第05話 メイドは用意が良くなくては
メリークリスマス~、なわけですね。
しっかり遊んでから投稿することにしました。
正確には昨日ですけどね。
では、どうぞ。
結論から言う事にしよう。
突如バトルマニアのような事を言い出したメリスと模擬戦をやる羽目になったフランは20分と持たずに喉元に剣の切っ先を突きつけられることになった。
遠距離武器である銃と近接武器である剣、この組み合わせでは銃の圧倒的有利は確かに揺るぎないものであっただろう。事実フランは極力自分がメリスの射程距離に入らないよう常に距離を取って戦っていた。メリスは距離を詰めないとフランを攻撃出来ないが、フランは近づく必要などない。遠距離から一方的に倒す事も可能であったはずだ。
それが出来なかったのは、撃った弾をメリスが弾くという離れ業をこなせる事にあった。1発弾いて即座に第二撃を迎撃できるほどの剣速を持っているメリスにとって最大6連射のフランの攻撃を全て無効化するのにそれほど苦労はいらなかったのだろう。フランが6発撃ち終えて再装填する隙を突いて一気に距離を詰めて自分の間合いで戦うようになるのに、それほど時間はかからなかった。
それでもフランとしては善戦した方と言っても良い。
再装填しつつ距離を取っていたら突如目の前にメリスが現れたのだ。再装填を失敗しなかっただけマシと言えるかもしれない。
とはいえ、この距離では撃つにはあまりにも不利だった。撃とうと狙いをつけても素手で銃身を握って狙いを外されてしまうのだ。これでは撃ったところで到底命中などさせることはできない。
「ふぅ、とはいえ20分、持たせるとは上達したわね、フラン」
繰り返される剣撃を銃で防ぐのには限界がある。
いかにアフェシアスが30センチというおよそ拳銃とは思えない規格外の大きさとはいえ、所詮は銃、1メートルを超える剣を凌ぐには無理があったようだ。アフェシアスは強度面でかなり頼りになるが、それでも五月雨式に降りかかる攻撃のおかげで再装填すらままならない状況に追い込まれてしまった。
「うぅ、メイド長、まだ腕が痛いのですが……」
「あら、ごめんなさい、軽く冷やしましょう」
勝負を喫したその時、メリスは銃を思い切り捻った。それはつまり繋がっているフランの腕も捻られたようなものだ。手を離してそれを回避できなかったがゆえに、フランは右腕を摩りながら若干表情を歪ませる。
メリスも戦いの中とはいえ自分がやった事には責任を持つため、足早にフランに近づくとポケットから氷嚢を取り出してフランの袖を捲って患部に当てた。
「ひゃぅ、……というかメイド長、どこから氷嚢を……?」
「メイドたる者、主が欲した時になんでも出せなければ話にならないわ」
「それはつまりメイド長の服の中に冷蔵庫があるという事ですか?」
「ふふ、どうでしょう?」
思わしげな表情をするメリスを見ているとあながち冗談に思えなくなってしまう。
メイドとしてメリスが圧倒的に優秀なのは、こういった、先を読めるところなのかもしれない。
自らの主が何かを欲するであろう事を職業本能で察知してあらかじめ用意しておく。今のフランにはとてもじゃないが真似できない芸当だ。そもそもそうだとするとメリスは主だけにとどまらず、フランたちの事も完全に把握しているという事になる。
24時間体制で屋敷内の全ての人の行動を把握しているのか、と想像してしまったフランは目の前でジッと氷嚢を見つめているメリスがどこか不気味にすら思えてしまった。
「それはそうと、フラン」
「っと、はい?」
不意にメリスが声を上げたためフランは氷嚢を落としてしまいそうになった。
慌てて左手で氷嚢を押さえ、顔をメリスに向ける。
「あなた、手加減したでしょう?」
メリスがどこか面白くなさそうな表情をしている。
フランは一瞬返答に困ってしまうが、こればかりは仕方のない事だと割り切って小さく首を縦に振った。
「やっぱりね。どう考えても弾が弱すぎると思ったのよ」
「万が一にも怪我をさせてはいけないと思いまして……」
「そのおかげであなた自身が怪我をしては元の木阿弥よ? それにあなたは私に手加減できるほど強くないでしょうに」
そう言われると反論のしようがなくて閉口してしまうが、かといって本気を出せば確実にメリスに怪我をさせてしまうのが分かりきっている。
アフェシアスは魔力を火薬代わりにしているため、込める魔力の量を変えれば威力も変化する。フランは自分の感覚で非殺傷、対人、対物・対魔法障壁と魔力を込める量を意識的に変化させることで威力を制限しているのだ。
当然ながらメリス相手には非殺傷、当たっても人体を貫通しない程度の威力の弾を撃っている。これが対人以上となるとおそらくメリスの持つ剣を砕きかねないほどの威力になってしまう。
大量の魔力を込めればそれ相応の威力を持つため、理論上アフェシアスの威力に上限はないと言える。フランが保有する魔力が尽きるまでという条件付きではあるが、身を守るには十分すぎるものだ。
それに、この平和なご時世、練習、模擬戦以外でアフェシアスの引き金を引くことはまずないと言っていい。
「あなたが言いたい事は分かってるわ。だけどそれじゃあなたのためにならないのよ、フラン。教えを乞う者が全力を出さないのでは教える側もどうすればいいのか分からなくなるわ」
「……分かりました。でも人相手には絶対使いたくないですから…」
それは心に決めた事だ。
アフェシアスを使うような事態になっても、絶対に人を殺すような事にだけはしたくない。
何故、自分がこんなものを持っているのか時折不思議にすら思えるが、その理由は思い出せない。
「さて、あちらも終わったようよ」
「というよりそちら待ち、だったんだがな」
メリスが振り返りながらそう言うとグラントの声が返ってくる。
グラントの隣では満足そうな表情をしているレティアが炎を器用に操って「遅い」という文字を作り出している。
「お嬢様、フランたちも一段落つきましたし、夕食にいたしましょう」
「ええ、もとよりそのつもりだったわ。しっかしフラン、相変わらずとんでもない動体視力ね」
レティアが近寄ってくるとフランの腰にぶら下がるアフェシアスを指差しながらそう言った。
「メリスの剣撃をそれで受け止めるなんて、普通無理よ?」
「グラントさんとメイド長の日々の特訓の成果、ですよ」
「む……なんでそこにあたしが入っていないのよ」
「いや、失礼ながらお嬢様からあたし、何か学びました?」
「言葉から服の着方まで教えたのは誰だと思ってるのよ」
「まことに申し訳ありませんでした、お嬢様」
もはや黒歴史、という単語すら覚えたフランにとってその手の話は自分の赤っ恥をさらけ出すようなものだ。即座に謝って即座にレティアを屋敷の中へと連れていくことにした。
存外早くするべきことも済んだレティアは夕食を食べ終わるとバスルームへ向かっていった。
それを見送るとフランはそそくさと庭に出てガンベルトを外して先ほど出したテーブルの上に置いておく。
しばらく準備運動をしながら夜の少し肌寒い風に慣れようと身体を動かしているとグラントがスーツを脱いだ恰好で姿を現した。さすがに運動するのに仕事着を着ている訳にもいかないのだろう。
因みにフランは普段から来ているメイド服のままだ。
そもそもメイド服自体が非常に動きやすいように作られており、特にファルケン家が使用しているメイド服は見た目よりも実用性を重視しているため、見た目はそれほど華やかとは言えない。
フランはグラントが出てきたのを確認すると袖を捲り、グラントの前に立ちはだかる。
「メリスにやられたのは大丈夫か?」
「問題ないです。あれくらい、ものの数分で完治しますよ」
メリスに捻られた右手首を気遣ってそう聞いてきたグラントにフランはヒラヒラと手首を振ってみせる。フランも自分のこの体質には感謝している。フランがこの屋敷に来た当初は彼女にしてみれば思い出したくもない失敗談がたくさんあるのだが、やはり食器を割ったりしてしまった時に怪我をしてしまう事も少なくはなかった。
だが、切り傷程度の傷だと半日もあれば完治してしまうという、驚異的な治癒能力をフランは身に着けているのだ。痛みは伴うのでフランは極力怪我をしないようにしているが、万が一怪我をしても大抵の怪我は自然と治す事が出来る。
それは当然グラントも知っているが、それでも心配してくれるのが彼らしいところ、とも言える。
「それでは、行くぞ」
「はいっ」
グラントの合図と同時に、フランがグラントとの距離を一気に詰め、その顔面に遠慮のない右ストレートを食らわせようとする。グラントはフランの右ストレートを首を捻って回避するとその腕を掴んで自分の後ろへ引っ張り、そのまま放り投げる。
「相変わらず、人を軽々と投げますね……」
空中で体勢を立て直してグラントの背後に着地したフランは悔しげな表情をしてみせる。
それを見たグラントが振り返って笑みを浮かべながら腕をフランに向けて構えを取った。
「女性が軽いと言われるのは褒め言葉だろう?」
「それとこれとは話が別、です!」
再びグラント目掛けて突っ込む。
初撃の右ストレートは先ほど同様軽く回避されるが、今度は右ストレートの直後に身体を反転させてグラントの腹に回し蹴りを食らわせる。一瞬回し蹴りの衝撃でグラントの身体が「く」の字に曲がるが、吹き飛ぶことはなく足でしっかりと地面を捉えている。まるで地面に根を下ろしているかのようにビクともしない。
見ればグラントは腹に決まっていたと思われた蹴りを左手の手の平で受け止めていた。そしてフランの足をがっしりと掴んでフランの身動きを封じている。そして右手をフランの足首に当てると強引に足を回してフランの体勢を崩させてきた。片足立ちになっていたフランに崩されたバランスを取り戻すだけの余裕はなく、なす術もなく地面に倒されてしまう。
「ふむ、少し鈍ったか? 二撃で終わるようではお嬢様はお守りできんぞ」
「グラントさんが敵になったら素直に諦めます、じゃ駄目ですか?」
「むろん、駄目だ」
フランが冗談を言うとグラントが凄みのある笑みを浮かべてその冗談を一刀両断する。
「いいか、フラン。お前はアフェシアスを持っている。近接戦闘を主とする者に対しては絶対的なアドバンテージを持っているんだ。敵の間合いまで近寄らなければ一方的に敵を倒すことが出来るはずだ」
(いけない、教官モードになってしまいましたか……)
先ほどのレティアの時と同じような口調になったのを感じ取り、フランは内心で後悔してしまう。
こうなってしまうと基本的にグラントは徹底的な鬼教官になり、身体の中でも特に耳が痛くなる始末だ。得られるものはとても多く、勉強になるのだが、精神的な疲弊は並々ではない。
「だが、当然一度敵の間合いになれば距離を取らせまいとして再び自分のペースにするのは困難だ。向こうも必死だろうからな。そんな時、何もできずに防戦一方では駄目だ。そのための特訓だと随分前にも言ったと思うが?」
「はい……、言われたと思います、確か……、おそらく……」
記憶にないが、きっと言われたのだろう。
「では、最低でも10回は私に攻撃し、私の攻撃を凌げるようにしてみろ。メリスよりよっぽど楽だと思うが」
「どっちも楽じゃありませんよ……」
そう言いながらもフランも構えを取る。
自宅通勤のグラントが相手をしてくれている事自体、稀なのだ。文句もほどほどに得られるものはどんどん覚える方が得策だ。こう言っては語弊があるかもしれないが、フランは頭に入らないため身体に覚え込ませる必要がある。
「よし、では今度は私から行くぞ」
グラントがそう言い一拍置くと、少し足を曲げて力を込めた後フランの足元を狙って蹴りを入れてくる。その蹴りも加減されてはいるが、本気で蹴られれば骨が折れてしまうのではないかというほどのものだ。グラントの蹴りは正確にフランの左足の膝を横から襲い、フランは飛び退いてそれを回避する。関節を蹴りで損傷させ、その後の行動を著しく制限させる予備的な攻撃だろう。
グラントはフランが飛び退くと間合いを開けずにフランが飛び退いた分前に進んでくる。グラントはフランの服を掴みにかかるが、掴まれれば確実に投げられることが分かっているフランはそれを払いのけてわずかな隙を突いてグラントの胸部に一撃を加える。
「よぉし!」
だがグラントは堪えるどころかむしろ嬉しそうに攻撃を続けてくる。おそらく自分の攻撃を凌いで反撃してくるフランを見て喜んでいるのだろう。
「ありが、とうございます!」
ところがグラントが笑みを深める度に攻撃の苛烈さがうなぎ上りになるためフランとしては笑いたくとも笑えない状況になる。
それでも、グラントが本当に加減しているのか分からないくらいのわずかな手加減のおかげでグラントによる一方的な蹂躙にはなっていない。メリス相手にアフェシアスを使った時はフランも加減したが、素手で戦う時は手加減などしている余裕はどこにもない。むしろ手加減などしようものならグラントの鉄拳制裁が脳天に入る危険性すらある。
「ほら、脇が甘いっ!」
「え――――――わっ!?」
グラントが黒い笑みをして目を光らせている構図を思い浮かべていたせいで注意力が散漫になっていたようでフランの死角から迫っていた蹴りに気が付くのが遅れてしまった。
グラントの蹴りが脇腹に入り、フランの身体が一瞬宙に浮いて真横に飛んでいく。
肩から落ちそうになったところを手で地面を捉え、そのまま片手で側転ぎみに体勢を立て直して顔を上げると目の前にグラントの膝が迫っていた。
「っ!!」
正直、フランは敵の間合いから抜けるのがこれほど難しいとは思わなかった。一息つく事も、当然自分のペースに持ち込むことすらこのままでは出来る気すらしない。
顔面を狙ったグラントの膝蹴りを間一髪のところで両手で防御すると、自分の身体がミシリと軋んだのを感じた。
加減していてこれなのだ。本気を出したグラントに勝てる気がしない。
膝蹴りを防ぐために顔の前で腕を構えたのを見たグラントは一瞬フランの視界が自分の腕で塞がれたのを即座に察知、フランが腕を下した時には姿勢を低くして腰の位置に拳を構えていた。
「45点だ」
小さくグラントがそう呟いた直後、フランは鳩尾に強烈な一撃を貰って昏倒してしまった。
「ん……」
「あら、起きた?」
目が覚めると、視界に髪を下したレティアがいた。お風呂上りで上気した顔でフランに視線を向けているが、その顔は呆れていることをこれでもかというほど強調している。
「お風呂から上がってみたらフランがグラントに背負われてるんだもの。想像できたとはいえ、相変わらずね、あなたは」
自分が自室のベッドに寝かされている事に気が付き、身を起こそうとお腹に力を入れると鈍痛が走る。服の前を捲って自分の腹を見ると、うっすらと紫色の痣が出来ている。
「グラントはさすがに帰らないといけない時間だったから、あたしがあなたの看病を引き継いだの。グラントが謝っていたわよ、いつも手加減できずすまない、ってね」
「また、負けてしまいましたか……」
フランが残念そうに首をもたげる。
するとレティアが読んでいた本を閉じてベッドから立ち上がるとフランを見下ろす。
「あなた、多分自分が何をしているか気が付いてないようね」
「どういう、意味ですか、お嬢様?」
「あのね、グラントが手加減出来ないくらいあなたは強いっていう事よ。メリスにしても同じ、あからさまな手加減が出来るほど、あの2人にも余裕はないのよ。グラントの特訓は確かまだ半年かそこらでしょう? それでここまで出来ているんだから、あなたは自分を誇っていいのよ」
レティアは「そしてそんなメイドをあたしが誇りに思うの」と付け加えると満足げに頷く。
そこでフランは初めて壁掛けの時計に目をやり、時計の針が0時を指そうとしていた事に気が付いて目を見開いた。
「お、お嬢様っ」
「あ~、分かってるわよ。明日もいつも通り起こしてくれて構わないわ。まあ、あなたが起きれたら、の話だけど」
「すいません、あたしなんかのために夜更かしをさせてしまって……」
フランはレティアに向かって頭を下げる。もとよりここまで従者の事を考えてくれる主も珍しいだろうが、それに甘んじている訳にはいかない。
「良いのよ、あなたの寝顔、可愛かったし」
「はい?」
ボソッと言われた声が聞き取れず、つい聞き返してしまったが、レティアは上気した頬を隠す様に部屋の扉の方に歩き出してしまう。
「そ、それじゃ、また明日ね。お休みフラン」
「あ、おやすみなさい、お嬢様」
そそくさと出ていってしまったレティアを呼び止める事も出来ず、ただベッドで中途半端に身体を起こしていたフランであったが、ふとある事に気が付きもう一度時計に視線を向ける。
午前0時、フランがグラントと特訓を始めたのが8時過ぎ頃だとすると4時間は経っている。その間ずっと風呂に入っていたわけはなく、なぜレティアが頬を上気させていたのか不思議になってしまう。
「…………なんなんでしょう?」
さすがに聞くわけにはいかない、と思ったフランはベッドに横になり、枕元にある明かりを消して明日に備えて眠る事にした。
「くっ、我ながら情けない……」
レティアは自室に戻るとそのままベッドにダイブして枕を抱いていた。
「あの寝顔は反則級よ……。女のあたしですら見惚れたじゃない……」
レティアはそんなことを呟きながら布団の中にもぐり込む事にした。
はい、25日も執筆活動をするハモニカですw
とりあえず、レティアが妙な空気を醸し出してますね、そろそろ初投稿時に出し惜しみしたタグを作る頃合いですね……
誤字脱字報告、ご感想をお待ちしております。