第55話 親友兼ライバル
終わったー^^
学園祭編(?)は今回で終了です。
次回からは新たな登場人物と共に新たなステージへ進んでいきます。
では、どうぞ。
「終わった……」
「終わりましたね……」
ステージ脇で火傷の治療を受けるレティアとフランは天を見上げながらお互いそう呟いた。
勝負は最終的にビデオ判定という結果になった。
レティアの捨て身の攻撃による爆発がレティア自身の風船を爆風で割るのと、フランの放った弾丸がレイナの風船を見事に捉えたのはほとんど同時だったからだ。
おまけにその直後ステージ全体を爆発による煙が包み込んでしまったため、どちらが先に割れたのか全てが落ち着いた後に見直す必要があった。
幸い試合模様を撮影していたカメラはばっちり決着の瞬間を撮影しており、今まで一度も姿を現さなかった審査委員たちが映像を食い入るように見つめて勝敗を見極めようとしていた。
映像は観客にも見えるよう大型スクリーンに投影されていたのだが、スローで見てもどちらが先か分からないほど同時に近かった。
しかし、勝負はまだどちらが勝ったかも分からない段階であるにも関わらず、フランとレティアの表情はレイナたちと比べると晴れやかだ。自分たちに出来得る最大限の事を成し得たという達成感の前には勝敗などどうでもよくなってしまったのかもしれない。
一方のレイナたちといえば、特にレイナに関して言えば悔しさを隠そうともせず俯いている。ミコトがその隣でずっと肩を抱いているのだが、2人からしてみれば最後の最後で自分たちの戦略が撃ち破られた以上、戦いに勝っても勝負に負けたという事実が重く圧し掛かっているのだろう。
フランはお互いの善戦を称え合おうと思って声をかけようと思っていたのだが、それはレティアに止められた。今のレイナにはそれは屈辱的な同情とも取られてしまいかねないと言われ、フランも遠目に様子を見る事しかしていない。
決勝戦が終わったため、表彰式の準備のためにステージが片付けられているのだが、よく言っても滅茶苦茶、悪く言えばグラウンド・ゼロを想起させられるほどにまで破壊しつくされたステージをもはや修理する気力は運営側にも起きなかったらしく、ステージだった瓦礫の山を撤去して校庭の土を露出させるとそこに表彰台やマイクを設置している。おかげでスケールダウンを感じさせられてしまうのは致し方ない。
試合中にフランによって盾扱いされた挙句気を失ってしまったカミラはその後しばらくして目を覚ましたそうだが、とてもじゃないが実況に戻れる状態にはなかったため医務室送りとなった。フラン個人としては、今回の件でカミラが火に対してトラウマが植えつけられていないか心配でならない。原因が自分にあるという事は考えていないが。
「しかし、結果発表遅いですね」
「決勝で初めての仕事が回ってきたんだもの。慎重になっているんじゃない?」
「まあ、なんだかもう勝っても負けてもどうでも良くなってしまったんですけどね」
「早く帰って寝たいわ……」
「体洗ってから寝てくださいよ? 明日は学園祭の後片付けなのでしょう?」
その言葉にレティアが嫌な顔をするであろうことは容易に想像がついていた。
学園祭はクラスや部活ごとに出し物をした以上、後片付けもまた自分たちでやらなければならない。その事を思い出したレティアは口をへの字に曲げて小さくため息をついた。
火傷した腕などに薬を塗り、包帯を巻いてくれた保険医に礼を言うとレティアは自分の腕とフランを見比べ始める。
「……相変わらず、その体が羨ましいわ、フラン」
「ははは、さっきの人にどう言い訳するか焦りましたけどね」
苦笑いを浮かべながらフランがそう返すと、レティアが呆れ半分といった表情をする。
傷の治癒力が人並外れて強いフランでも今回は随分と痛い目にあった。熱波を長時間浴び続けたためにいろんなところを火傷してしまったのだ。しかし判定に時間がかかっていたため、待ち時間の間に治り始め、ひりひりとした感覚はまだ残っているもののほとんど治りかけている。先ほど包帯を巻いたりしてくれていた保険医には「運が良かった」と言って誤魔化したものの、正直に話すわけにはいかない身の上をフランは改めて少々呪った。
「そういえば、さっきステージの上で何か探していた様子だったけれど、なんだったの?」
「ああ、あれですか? 実は銃の弾を回収できないものかと思っていたのですが……、あいにくほとんどレイナさんとミコトさんの業火の剣の前に蒸発してしまいまして……。残っていたものも原型を留めていなかったので到底使う事は出来そうにありませんでした」
アフェシアスの弾丸は有限だ。
魔法のように食べて寝れば翌日には回復しているようなものではない。ここ最近特に消費量が上がっており、回収できないことも何度もあったためにストックが無くなりつつある。これは地味な問題だが、後々の事を考えると早急に手立てを講じる必要がある。
「弾丸、ねぇ。鋼鉄製なんでしょう? なくなったらどうするの?」
「以前、グラントさんやメイド長が弾丸の調達をした鍛冶屋に行こうと思っています。町はずれですが、それほど離れてもいませんし」
「へぇ、鍛冶屋かぁ。剣とか作ってるイメージはあるけど、そんな小さなものまで作ってるんだ」
「ええ、直接お会いしたことはないので、お礼も兼ねて」
そこまで言った時、にわかに場内が騒がしくなってきた。
顔を上げてスクリーンに視線を向ければ、リプレイは映されておらず、審査員席が映し出されていた。男女からなる審査員がお互い手に持っている紙を確認し合い、それをまとめてカメラに向かって持ち上げてみせると、会場にどよめきが走る。
『どうやら結果が出たようです。それでは双方ステージの中央へお越しください』
「あら、カミラ復活してる」
「火がなければ大丈夫なのでしょうか」
「いや、そんな単純なことは……ありそうね」
カミラと目が一瞬あったが、即座に逸らされてしまいフランとしては若干胸が痛いのだが、試合中実況があんな場所を飛んでいる方が悪いのだ、と自己を正当化してそれ以上の事は考えない事にする。
会場の反対側からもレイナとミコトがやってくるが、その表情は暗い。
『それでは、最終結果を発表したいと思います! 今回のグローリア学園武闘祭の栄えある優勝者は―――――』
会場が静まり返る。
これほどの人数が集まっていながら、話し声1つ聞こえてこない。
ドラムロールがどこからともなく聞こえてくるだけで、そのほかには何も聞こえない。
会場の全ての人がカミラのこれから発せられようとする言葉を聞き逃すまいと聞き入っているのだ。
『ホムラ・レイナとホムラ・ミコトの姉弟コンビです!!』
歓声。
それまでの静寂が嘘のように、火山の噴火のように歓声が爆発する。巨大な歓声の波がどっと会場の中を流れ、そして中央にいるフランたちにすさまじい音量となってやってくる。
「あ~らら」
勝敗が喫した瞬間、意外にもレティアはため息交じりの笑みを浮かべていただけだった。
「負けちゃったか」
「すいません、あたしの力が及ばず……」
メイドとして、レティアに仕える者としてフランが頭を下げようとすると、それをレティアに止められる。
「フランのせいじゃないわ。あたしたちの力があの2人に及ばなかっただけ。決勝まで頑張って来られたのもフランのおかげなんだし、謝る必要はないわ。むしろ感謝しているわけだし♪」
「お嬢様……」
「そりゃあ、優勝できればそれに越したことはなかったけれど、十二分に楽しめたからそれでいいのよ」
「お主が満足しても我が満足せんぞ!!」
「わっ!?」
突然横から声が聞こえたと思ったら耳元でテトが大声を上げていた。
ワナワナと震えながらフランの両肩をガシッと掴んで目尻に涙を浮かべているテトが歯ぎしりをする。
「フラン、お主が勝つ事だけを信じてやってきた我の、この我の気持ちをどうすればよいのじゃ!?」
「テ、テト、落ち着いてください。残念ですが、負けは負けですっ」
両肩を掴まれた状態で前後に激しく揺さぶられて舌を噛みそうになるので必死に制止を求めるが、テトはフランが負けたのがよっぽど悔しいのかなかなか止めようとしない。
「ぬおぉぉぉ、納得いかないのじゃー、まったくもって納得いかんのじゃー!」
「あたしも異議ありよ」
ふと、そんなテトの言葉に呼応するかのように誰かの声が聞こえた。
見ればレイナが俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに前を見つめて立っている。
「……レイナ?」
レティアの言葉には耳を貸さず、レイナはカミラの前まで歩いていくとその前で姿勢を正す。
「その優勝、辞退させてもらいます」
「はあっ!?」
面と向かって言われたカミラ以上に、横にいたレティアが驚いていた。
実際、フランもレイナがそんな事を言うなんて信じられなかった。誰よりもレティアと勝負をすることを望み、勝利を掴もうと必死になっていたレイナが自らその勝利を手放そうとしているなど、普段の彼女を少しでも知っている者からは信じられない光景である。
「僕も姉さんに賛成します。そこにある優勝杯はレティアさんとフランさんに」
ミコトもレイナに追従して、表彰台の横に立っている武闘祭役員の持つ大きな優勝杯に視線を向けながらそう声を上げる。
「ちょ、ちょっと、2人とも、どうしちゃったのよ! あなたたちが勝ったんだから素直に受け取りなさいよ!」
「あんな勝ち方では納得できないわ! あたしは完璧にっ、パーフェクトにっ、圧倒的にっ、百人中百十人があたしに勝利の旗を上げるっ、そんな勝ち方をしないと満足なんて出来ないのよ! あんなどっちが勝ったかも怪しい勝ち方、こっちから願い下げよ!」
「勝ちは勝ちでしょ!? いつものあなたらしく勝ちに貪欲になりなさいよ! こんなチャンス滅多にないと思うわよ?」
「ぬわんですってぇ!?」
「ちょ、お嬢様冷静に……」
「ね、姉さん……」
せっかく試合は終わったのに、再燃しそうな雰囲気に慌ててフランがレティアを、ミコトがレイナを抑えにかかる。
間に立つカミラが今にも泣きだしそうな顔をしているが誰も気に留めない。
「あたしだってあんたに譲られた勝利なんて却下よ! 正々堂々勝ってから貰いたいわ!」
「はっ、だったらここで白黒はっきりつけようじゃないの!」
「かかってきなさいよ! このブラコン!」
「こんの百合娘!」
もはや収拾がつかない事態に陥りつつある。
このままでは大勢を巻き込んでの大喧嘩に発展しかねない状況にフランが慌てていると、そこに人影が近づいてくるのに気が付いた。
「お嬢さん方、喧嘩するほど仲が良いと申すが、さすがに今ここでは遠慮してもらえんかのう? 怪我人が出ては君たちも目覚めが悪いじゃろう?」
「っ、校長先生……」
そこに立っていたのは、フランが新学期の時にも見たこの学園の長、ドランクであった。
穏やかな口調ではあるが、その言葉はどこか冷静になる事を強制させられるような力がある。
「ホムラ・レイナ君、君は実に優秀な生徒じゃ。弟のミコト君とそうじゃ、2人が力を合わせれば出来ぬ事などほとんどないじゃろう。だがいつかは1人で何かを成し遂げなければならない時もくる。常に冷静に物事を考える力を持つべきじゃ。短絡的な思考は怪我の元じゃよ?」
「は、はい……。すいませんでした」
「レティア・ファルケン君、お主の力もまた、彼女に勝ると劣らぬ素晴らしいものじゃ。精進すればお父上同様素晴らしい魔法使いになれるじゃろう。じゃが今はまだ学ぶ者じゃ、良きライバルでもあり、親友でもある者同士、いがみ合うのではなく高め合うのじゃ」
「わかりました……」
ドランクという人間が放つ言葉には強制力があるわけでもない。
だが、その言葉には人の心を操る不思議な力があるのではないか、そんな風に思ってしまうほどに鮮やかな鎮火だった。
フランがその様子を茫然としながら見つめていると、ドランクがフランに視線を向けて僅かに目を細めた。
「お主がファルケン家に奉公しているメイドの、フランと申したか?」
「え、あ、はい、そうです」
自分の名前を知っている事に驚きかけたが、よくよく考えればこの場所にいるという事は試合を見ていたということなのだろう。スクリーンには大きく選手の名前が出ているため、知っていて当然だろうと考え直す。
「お主の戦い方はかなり自分の体の能力に頼ったものじゃ。無茶が出来る体とはいえ、無謀な行為は極力避けるようにするべきじゃ。それでは助ける事は出来ても助かる事はできんぞ?」
その言葉にフランはハッとなる。
今目の前にいる老獪は自分の体が持つ力をわずかな時間で見抜いたのだと直感で理解する。背中を冷たい物が流れていくのを感じながらも、フランはただただドランクの言葉に聞き入ってしまう。
「お主が誰かを大切に思う様に、誰かもお主を大切に思っておる。命の無駄遣いには要注意じゃ」
「それは、どういう……」
「なに、じじいのたわ言じゃ。聞き流しても良い。……さてさて」
フランの言葉を制してドランクは再びレイナとレティアの方に視線を戻す。
「どちらか一方が優勝杯を受け取るのが嫌というのなら、いっそ2人で受け取るのはいかがかのう? 今日のところは、引き分けということでどうじゃ?」
レティアとレイナはお互いの顔を見合い、優勝杯に視線を向ける。
「ま、まあ、それなら……」
「しょうがない、わね……」
「なら、決まりじゃ」
するとドランクはポンと手を叩いて満面の笑みを浮かべ、会場にいる観客の方に身体を向ける。
「今年の優勝は、この4人じゃ」
一瞬の沈黙後、再び大歓声が会場を包み込んだ。
「優勝おめでとうございます、お嬢様」
「レイナと一緒ってのは少し納得いかないけど、まあ今日のところは大人しく受け入れる事にするわ、ありがとう」
学園祭は恒例となっている後夜祭に突入している。
武闘祭の大きな会場セットは片付けられ、代わりにコンサート会場のようなセットが組み立てられ、絶賛有志のグループによるライブが行われている。ステージには大勢の生徒が押し寄せリズムに合わせて歓声を上げている。
つい先ほどまで命がけといっても過言ではない試合をしていたレティアにはその波に加わる気力はなかったため、校舎の屋上からその様子をぼんやりと見つめている。
人気のない屋上にはフランとレティア、猫形態のテトくらいしかいない。ウルは試合後労いの言葉を自分の取り巻きを連れてやって来た後、他校の生徒が校内で暴れかけているという情報を耳にして嬉々としてすっ飛んでいった。誰だか知らないがその他校の生徒には同情している。
レイナとミコトは後夜祭に参加せずすでに帰宅している。とてもじゃないがあれに参加する気分ではなかったようだ。
「しかし、この学園は活気に満ち溢れていますね、良い意味でも、悪い意味でも」
「ふふ、反論できないわ……」
自分もなんの問題もなく生まれていればこの輪に心置きなく入れていたのだろうか、そんな事を考えながらフランはぼんやりとステージを彩るライトの輝きを眺める。
(でも、普通に生まれていたらお嬢様には会えなかった……)
レティアだけではない。
メリスにも、クレアにも、グラントにも、デックスにも、今の自分だからこそ出会えた存在というものが今ではこんなにいる。
「お嬢様」
「ん、なに?」
「ありがとうございます」
そう言うとレティアが目を丸くする。
「急にどうしたの?」
「いえ、なんだかそう言いたい気分でしたから」
「なによ、それ」
「さあ?」
あなたが言ったんでしょうが、とため息交じりに言われてフランも苦笑してしまう。
「ぬおー、我にも言ってはくれんのかー?」
「その姿で喋らないで、と前に言いませんでしたか?」
「覚えてないぞぃ。それより我にもー」
まるで駄々っ子のように柵の上から寄りかかっているフランの腕に顔を擦り付けてくるテトにフランはため息をつきながらも笑みを浮かべる。
「あなたにも、ありがとう、テト」
「うにゃ♪」
「そしてごはん抜きです」
「はにゃ!?」
天国から一気に地獄にテトを叩き落とす。
「当たり前です。表彰式に飛び込んできて……。後でジョブさんによく注意しておいてくれって言われたんですよ?」
「し、しかし我にはどうしても納得が……」
「言い訳無用、それ以上言うと明日の朝食を抜きますよ? それともあたしの部屋、出禁にします?」
「そ、それだけは勘弁じゃ!」
必死になってそう叫ぶテトは柵から飛び降りると人間の姿になってフランの前で土下座をする。それはもう、これ以上になくキレのある土下座だ。
「……まったく、相変わらず見てて飽きないわねぇ、テトは」
横でレティアが言う言葉にもまったく耳を貸さず、テトは土下座を続けながら「出禁だけは勘弁じゃー」と呟いている。
「はいはい、分かりましたから。これからは注意してくださいよ?」
「うむ、仕方なかろう……」
「そろそろ中入らない? あの熱気に飛び込みたくはないけど、冷えてきたわ」
レティアが肩を抱えながらそう言ったので、フランもテトを立たせて猫の姿に戻る様に言う。猫に戻ったテトを抱きかかえてレティアに渡すと、「温かい~」とレティアが言いながらテトと共に校舎の中に消えていく。
――――――タスケテ――――――
「っ!?」
不意に、声ではない声が聞こえた気がして振り返る。
だが当然ながらそこには誰もいなければ、屋上に自分以外の人の気配も感じられない。
「気のせい……?」
再びその声が聞こえる事はなく、フランは首を傾げながらレティアの後を追って校舎の中へと戻る事にした。
レティアに抱えられたテトは喉を撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしながらも、先刻聞こえた声の事を考えていた。
レティアやフランに聞こえていたかどうかは定かではないが、誰かの悲痛な叫びが風に乗って聞こえてきたのは確かだ。弱弱しく、魔力に敏感な者でも聞き取れるかどうか分からないほどの叫び、そんなものをこの平和な町で聞くことになろうとは思いにもよらなかった。
声はまだ若い、少年のものであるように感じられたが、どこから発せられたものなのかは分からない。正確な場所が分かるほどはっきりとしたものではなかったせいだが、テトはそれがのっぴきならないものであることを本能的に理解していた。
(……嫌な風じゃのう……)
テトは心の中で小さくそう呟いた。
はいはい、どうも、ハモニカです。
今日2012年9月30日日曜日現在、ハモニカの住んでいる所に台風が接近中でありまして、外にも出ずに部屋の中でビクビク震えている、わけもなくのんべんだらりとしております。
さて、今回で学園祭編が終わるわけですが、まあいろいろと手違いがあったりしてすいませんでした。
次回からはいよいよ物語の核に少しずつ迫っていこうと思います。
ではでは、また次回。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。




