第49話 普段大人しい人ほどなんとやら
ふむ、何が起こるかなんとなーく想像がつくでしょうか?ww
今回も歪みないあの人がやらかします!
では、どうぞ。
「…………えーと、何事ですか?」
フランは目の前に広がる光景に茫然としてしまった。
学園祭最終日、今日の日程を確認しようと舞踏会会場の控室を出て、学園祭本部へ行っていたフランが控室に戻ってくると、扉を開けると同時にパイプ椅子がお出迎えしてくれた。その直後、視界を左から右へ何かが猛スピードで移動したような気がしたのだが、パイプ椅子が邪魔でそれを目で捉える事は出来なかった。
ドアノブを支えにしてそれを避け、控室内に視線を向けると数分前いた場所とは思えないほど凄惨な状況になっていた。
仮設であるため、壁は薄い木の板で出来ているのだが、壁と言う壁が黒く焦げており、場所によっては火が起きている。控室内にあった長机は中心から真っ二つになっており、パイプ椅子の残骸と思われるものが至る所に散乱している。どうやら先ほどの1つが最後のパイプ椅子だったようだ。
控室というよりは、もはや戦場なのではないかと錯覚するその光景に施行を停止させられていたフランのもとに、頭を低くして砕けた木の板を盾代わりにして近寄ってくる人影を捉え、ようやくフランは思考を再開することが出来た。
「ミコトさん、どうしたんですか、その恰好」
近寄ってきたのはミコトであった。
だが、その恰好はまるで火事の中を走って来たかのようにボロボロで、顔には煤がついていて黒くなっている。
ミコトはフランの傍まで来ると力なく笑みを浮かべ、そのままへたり込んでしまう。
「すいません。僕ではあの2人を止められませんでした……」
「あの2人……? よもやお嬢様とレイナさんの事ですか?」
「はい……」
ミコトは小さく頷くと、事の顛末を話し始めた。
話はこうだ。
フランがレティアに断りを入れ、控室を出ていった直後、控室にレイナとミコトがやって来た。今日行われるのは準決勝と決勝、準決勝ではシードの教員組と当たるため、勝ち上がってきた学生は全てこちらの控室に固まるよう指示が出ていたのだ。フランたち同様に勝ち上がってきたレイナたちがこちらに来るのは当然だ。
レティアをライバル視しているレイナは、その時はわずかに殺気立つ程度でレティアと朝の挨拶を交わし、控室の端の方に荷物を置くと着替えるために更衣室に入っていった。その時点ですでにレティアは着替えを済ませていたので、椅子に座って用意されていた紅茶を淹れて飲んでいたそうだ。
そして2人が着替えを終えて更衣室から出てきても、まだ大丈夫だった。レイナはレティアの反対側に座って紅茶を飲みつつミコトと今日の試合の作戦会議をしようとした。
問題はそこからだ。
レイナはかなり神経過敏になっており、自分たちの作戦がレティアに筒抜けになるのを恐れてレティアを控室の外なり更衣室なりに行っていてくれと頼んだそうなのだ。レティアとしてはそこを動く気はさらさらなかったため、「作戦会議なら他所でやってよね」とぶっきらぼうに答え、その結果がこれだというのだ。
「……理解に苦しみます」
「すいません。僕一人では延焼を防ぐので精一杯でした……」
申し訳なさそうに頭を下げるミコトであるが、話を聞いている限りミコトに非は一切ない。責められるのはむしろ彼の姉とレティアである。
「と、とにかく、それでお嬢様とレイナさんはどこに……?」
頭を上げるようミコトに言いながら、そんなつまらない事で喧嘩を始めた当の2人の居場所を尋ねる。控室の壁に大きな穴が1つ開いている事から、ここではないどこかで喧嘩を続けているのだろうと危惧したからだ。
「ああ、それに関しては多分大丈夫かと」
しかし、帰ってきた答えは随分とのんびりしたものであった。
「大丈夫、と言われても、他の人のご迷惑になるようでは……」
「さっき、本部の人が慌てふためきながらジョブ先生を呼びに行きましたから、もう捕まってると思いますよ。喧嘩の鎮圧でジョブ先生の右に出る人はいませんしね」
ジョブの名が出てきても、フランはやはり心配を拭えなかった。
レティアのクラスの担任でもあり、それなり以上の実力を持っているであろうジョブであってもやはりこの目で見ないと安心することが出来ない。
仕方なくフランは壁に寄りかかっているミコトを労いつつ、壁にポッカリと開いた穴から外に出てレティアとレイナがどこへ向かったのか探すことにした。
「と言っても、探す必要はなさそうですね」
穴を出るとフランはポツリとそう零した。
それもそのはずで、まるで竜巻か何かが通り過ぎたかのように物が散乱したり壊れたりしている道が出来ているからだ。わずかに地面も抉れているような気がする。
フランはそれを辿って小走りでレティアたちの姿がないかと周囲を見渡す。
お互い炎を操るため、喧嘩となれば炎魔法の応酬、結果、必要以上に被害が出てしまう。控室はミコトの尽力もあってまだ原形を留めていたが、もしミコトがいなかったと思うとゾッとしてしまう。下手をすれば会場が吹き飛んでいたのではないかと思ってしまう。レティアはともかくとして、頭に血がのぼったレイナなら、やりかねないと思い、それはあまりに無礼だろうと考え直すが、一度頭に浮かんだイメージはなかなか離れてくれない。
(どうか、変な事はしないでくださいね……)
自分の主人に対してあるまじき事を心の中で呟いてしまったが、その不安は杞憂に終わった。
しばらく進んでみると、誰かが大声を張り上げているのがフランの耳に届いたのだ。それがジョブのものであると分かるのにそう時間はかからなかった。
声の主を探していると、校舎の二階の開け放たれた窓からジョブの声がしている事に気づいた。どうやら、ミコトの言う通りジョブによってレティアとレイナはお縄にかかっていたようだ。
ひとまず安堵のため息をつくと、フランは近くに校舎内に入れる扉がないか見渡し、ないことを確認すると地面を蹴って思い切りジャンプすると、声が聞こえてくる窓の枠に手をかけ、音もなくよじ登っていく。
決して、体力温存とか、表から入るのが面倒だったというわけではない、と誰に対しての言い訳かも分からない事を内心呟きつつ、窓から中を覗いてみると、部屋の中で正座をさせられているレティアとレイナ、そしてその目の前に仁王立ちになっているジョブの姿が飛び込んできた。レティアとレイナだけでなく、ジョブも説教に集中しているのかフランが窓から覗いている事にまだ気が付いていない。
「まったく、こういう事は試合でやってくれ。止めるこっちの身にもなって欲しいもんだ。ええ? そうだろう?」
「「すいません……」」
どうもジョブがレティアとレイナの喧嘩を止めたのはこれが初めてではないようだ。眉間に寄せられた皺の数がそれを物語っている。
レティアとレイナは先ほどのミコトのようにボロボロの恰好をしているが、それに対してジョブはほとんど怪我も服に汚れも付けていない。わずかにズボンの裾に土がついているが、その程度だ。正座させられている2人の恰好から相当激しい喧嘩だったのはすぐに分かるが、それをほぼ無傷で止めるとなると、かなりの熟練した技術が必要だろう。
その場に居合わせたわけでもないのに、フランはジョブの腕っ節に舌を巻く。
「今回は怪我人がほとんど出ていなかったし、学園の施設も、強いて言えば武闘祭の会場に大きな被害もなかったから良いようなもので、あの張りぼてみたいな会場に延焼でもしていたら、学園祭どころではないことぐらい、分かるだろう?」
ミコトに感謝しておくんだな、と付け加えるとただでさえ萎縮していたレイナがさらに小さくなっていくように感じられる。ミコトが延焼を防いでいた事を、ジョブも把握していたようだ。
「それに、お互いまだ試合が残っているだろう。不戦敗なんぞしたら、それこそお笑い種だぞ。『試合前の場外乱闘で双方自滅、対戦相手漁夫の利』ってところか」
「うう……」
「これが個人戦なら俺も別にそれに関してとやかくは言わんところなんだが、お前たちはタッグ戦に出場しているんだ。相方に迷惑がかかる事くらい、戦る前に気づけ」
「「……はい」」
「返事ははっきり!」
「「はいぃっ!!」」
最後に思い切り怒鳴られると、怒られていないはずのフランすらビクッと震えてしまった。
強烈な喝を入れるとジョブは憮然とした態度のまま部屋を出ていってしまう。そしてドアが閉まると同時に糸が切れたかのように残された2人が力なく壁に寄りかかる。
「まいったわ……、試合前に精神へのダメージが半端ないわ……」
「それは、お互い様よ、レイナ……。ああ、とっとと戻らないとフランが心配してるかも……」
「あ、あたしもミコトに全部押し付けてきちゃったし……。レティ、この決着は試合でつけるわよ」
ゆっくりと腰を上げると、まだ足に痺れが残っていたのかレイナが足をプルプルと震わせながらそう言い放った。腕は力強くレティアに向けられているのだが、その足はまるで生まれたばかりの仔馬のように震えている。
それに気が付いたのか、レティアは吹き出してしまう。
「ちょ、なに笑ってるのよ!」
「い、いや、だって、あんたの足、ププッ、おもしろすぎるんだもの」
「わ、笑うな! 見るな! どっか行けええええっ!!」
喚き散らすレイナを片手で受け流して笑い続けるレティア。
その様子を窓の外から安心した表情でフランは見つめ、自分がいなくても大丈夫だろうと判断すると地面に飛び降りる事にしようとして、硬直した。
「…………」
飛び降りようと下に視界を向け、自分の迂闊さを嘆くとともに激しい怒りがこみ上げてきたのだ。
「眼福、眼福♪ ……おろ?」
下には黒髪の美しい女性が立っている。
顎に手をやり、こちらを見上げながら随分と緩みきった表情をしている。まるで親父のような顔をしている、と言えば分かりやすいだろうか。
「……そこで何をしているんですか?」
フルフルと震える自分の拳でスカートを抑えながら、極力冷静を装ってそう訊ねる。
それでも、自分の声が上ずり、顔が真っ赤になるほど熱を帯びているのが自分でも分かる。下から見上げているのはいつもと変わらぬ行動原理の猫であったが、昨日に続き連日の、おまけにそれを他の人が見ているかもしれない場所でされれば、さすがのフランも堪忍袋の緒が切れた。
「んん? もちろん、我が心より恋して、愛して止まないお主の秘境を――――――」
ボグッ
その場に何かくぐもった音が響き渡る。
具体的に説明すると、重力の法則と壁を蹴る力を合わせたフランの2階からの強烈なキックがフランを見上げていたテトの顔面に入った音だ。
テトはそのまま後方に吹き飛ばされ、派手な土煙を上げながらしばらく地面を転がり、そこでようやく止まった。
「いたたたた……、フラン~、いきなりは卑怯じゃ、ぞ……?」
鼻を押さえながら上体を起こしたテトは言いかけて言葉に詰まった。
それもそのはず、目の前にいつもの冷静なフランはいなかったからだ。
普段なら怒りはすれど物理的制裁に訴えるような事は滅多にしないフランであったが、今回ばかりはいろいろ羞恥心が勝ったのか、額に青筋が立つほどの形相でテトを見据えている。目からハイライトが消え、気のせいかフランの背後におぞましい影が見えるような気すらテトはしてしまった。
「フ、フラン……?」
「……テト」
怖気すら感じるほど静かに、そして抑揚のないフランの声がテトを呼ぶ。
「正直に言ってくれてありがとう……」
テトは一瞬安堵してしまった。
フランは限界ぎりぎりまで怒ってはいたが、決して冷静さを失ってはいなかったと、そう判断したのだ。
だが、それが間違いだった。
「お礼に、苦しまずに殺してさしあげます」
「にょおおおおおおっ!?」
テトの悲鳴が学園内にこだまする。
「……で、どういうわけよ、これは」
何やら、どこかで聞いたことがあるような台詞を言いながら、レティアは目の前の光景に対してそう呟くのが精いっぱいだった。
控室に戻ろうとレイナと共に歩いていると、突然爆発音と乾いた発砲音が断続的に響き渡り、驚きつつも急いで音のした方にやって来てみると、巨大なクレーターが至る所に開き、校舎の窓はまるでショックウェーブでも通り過ぎたのかと思ってしまうほど見事に粉微塵になっていた。
そして、その戦場のような光景のど真ん中で、正座させられている人影を見つけた時、レティアは愕然としてしまった。
「部外者とはいえ、ここまでされるとどうしようもないんだがなぁ。ていうか、なんだ? 今日は厄日か?」
ため息交じりにそう呟いたのはレティアを先ほどまで叱っていたジョブだ。
「すいませんでした……」
「みゅぅ……」
そして正座させられているのは、てっきり控室で待っていてくれているものとばかり思っていたフランと、黒焦げな上、全身血まみれ&砂だらけのテトであった。
テトのすさまじい姿に対してフランはそれほどひどい恰好ではない。
せいぜいその両手が真っ赤に染まっていて、頬に返り血が付いている程度だ。その程度、と思ってしまうほどにテトのありさまが酷かった。
「フラン、な、何事よ、これ」
「あ、お嬢様」
レティアに気が付いたフランは顔を上げ、ばつの悪そうな表情を浮かべつつも、どこか何かを成し遂げたかのような笑みを浮かべる。
「お嬢様、悪は滅びました」
「はぁ?」
そしてそのフランの口からは訳の分からない言葉が飛び出してくる。
(あ、悪って、テトのこと、かしら……)
フランとテトを見比べ、そう判断することにしたレティアに、ジョブが近寄ってくると、ため息交じりに声をかけてくる。
「レティア、頼むから、頼むから、騒ぎを起こさないでくれよな? それと、従者の手綱くらい、しっかりと持ってくれ……」
さすがに2回連続での説教に力はなく、疲れ切った言葉がジョブの口から出てくる。
「た、手綱ですか……」
ふと、手綱と聞いて、自分がフランに首輪をつけている姿を想像してしまったレティアは即座にその妄想を記憶の最深部の方に押し込み、表情に出ないようにする。
我ながらとんでもない想像をしてしまったと思いながらも、決してその記憶を削除しないレティアである。
「まったく、まさかこうも立て続けに問題が起こると、さすがに俺も監督責任を取らされるような気がしてくる……」
これ以上怒る気力も体力も残っていないのか、それだけ言うとジョブは校舎の割れた窓から中に入り、肩を落としながら奥へと消えていった。
「ふう、申し訳ありませんでした、お嬢様。余計なお時間を取らせてしまいましたね」
ジョブの姿が見えなくなったのを確認すると、苦もなく立ち上がるとフランは深々と頭を下げた。
だが、テトへの怒りは収まっていないようで、顔を下げたフランのその顔を背後から見たテトがビクッと縮み上がったのが、レティアには見えた。とてもじゃないが、頭を下げているフランの今の顔を見る気にはなれない。
「……それで、何があったのよ」
顔を上げるよう言いながら、レティアがついそう零すと、フランはニコリと笑みを浮かべる。
「そうですね、100回殺しても殺したりないくらいの怒りを覚えた、と言うのが適切でしょうか?」
「テト、あんた一体何をしたのよ……」
「わ、我はただフランのスカードワッヂッ!?」
説明しようとしたテトの頬にフランの回し蹴りがクリーンヒットする。
「お嬢様、世の中には知らなくて良い事もあるんです」
「わ、分かったわ」
とりあえず、こんなにも怒りに身を任せているフランも珍しいのでレティアは大人しくそれに従う事にする。とばっちりであんな目に合うのは御免だ。
「それでは、控室に戻りましょう。先ほどジョブさんから、教員組とは別の場所に代わりの控室があるそうなので、そちらに向かうよう言われました」
ニコリと笑うフランに、それ以上レティアは何も言えなかった。
「むぅ、よもやこれほどまでに反応されるとは思わなんだなぁ……」
しばらくして、フランとレティアが立ち去ったのを見計らったかのようにムクリと起き上がったテトは、体中にこびり付いた土と砂を叩き落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
「にゅっふっふ、とはいえ、おそらくあのような光景は二度とお目にはかかれんじゃろうし、それを考えれば骨の10本や20本、大したことではあるまいて」
今でも鮮明に思い出すことが出来る、フランの真下からのアングル。
それを脳内で再生しつつテトは緩みきった表情を浮かべる。
「にょほほほほ、今日は黒じゃったなぁ。やっぱりフラン、お主は最高じゃ。我は決してお主から離れんぞ♪ フッフッフ、ハッハッハ、ニャーッハッハッハッハッ!!」
その眉間に再び弾丸が撃ち込まれた事に、テトは撃たれた後に気が付く羽目になった。
と、いうわけで、相変わらず、ミリ単位の歪みすら出さないテトでした。
二話連続で個別的なメインがテトになってしまいましたね。まあ、戦闘ばっかの話が続いていますから、息抜きがてらということで。
ただいま準決勝の執筆を行っているんですが、これまた妙に規模がおかしい戦闘になりそうですwいや、もうなんか、いろいろおかしいですww
それと、話数的には先週の段階で50話を超えていたようです。本編も次で50話ですし、早いものでもう「とととモノ」連載開始から半年です。文字数もかなり増えてきましたし、これは当初の目標を達成することが出来そうです。
さてさて、それではまた次回。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。
最近誤字脱字がかなり多いです。一応気を付けてはいるのですが、見つけた方はどうぞお教えください。