第41話 彼の過去
ひっさびさに2日続けて投稿ですよー。
いやー、昨日活動報告にも書いたんですが、ようやく「とととモノ」の設定が完成したのでその勢いがまだ残っていたみたいですねw
とはいえ、危惧していた通り、今回はシリアス回ですwww
サブタイトル通り、あの人の過去が明らかになります。
さてさて、どうなることやら……。
では、どうぞ。
「それじゃ行ってきます!」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
今日は学園祭2日目だ。
今日もまた午前にクラス企画のシフトが入っているレティアは料理の仕込みのためにいつもより早く屋敷を飛び出していった。
それを見送るとフランは広間に戻って今日やるべき仕事に取り掛かる事にする。
レティアは今日も学園祭を見に来てほしいと昨夜言っていたが、さすがに2日も屋敷を空けるわけにはいかないので今日は学園祭には行かないことになっている。
「フラン、昨日はすまなかったな、エルザがいろいろ迷惑をかけてしまった」
「いいえ、そんな事ないですよ」
実は昨日、合流した後にエルザに質問攻めにされてしまったのだ。
具体的に言うと、眼帯の事や髪の色の事、気にしないと言っていたにしては異常なほどの関心の高さだった。そのため質問が終わると妙に疲れてしまったのだ。
とはいえ、自分の後輩がどのような人物なのか、メリスから話を多少聞いているエルザも気にならないはずはない。それが分かっているのでフランも答えられる範囲で質問に答えた。記憶がない部分が大半のため答えられたのは数個の質問だけであったが。
グラントの詫びに「とんでもないです」と言うと、グラントもどこか安心したような表情で屋敷の奥に戻っていった。
それにそれが気にならないくらい、もっと重要な事を考えていた。
よりにもよって、屋敷の皆と楽しいひと時を過ごそうと思っていた時に、それに水を差すどころか、油を注いで火を放たれたような気分にさせられてしまった。レティアの言葉もあり、その時はそれを心にしまって学園祭に意識を向けていたが、一晩経つといよいよ仕事中もあの記憶が蘇ってきてしまう。
もはや、記憶の断片というには大きすぎる。
そして何より、精神的なダメージが大きい。下手をすると今後の生活にすら支障を来たしそうな具合だ。
「……っ」
ふと窓に映った自分の顔を見ると、酷い顔をしていた。
寝不足で隈が出来ているというわけではないが、それでも今の表情はとてもじゃないが他人に見せられるものではない。慌てて周囲を見渡して誰もいない事を確認すると、フランは人知れず小さなため息をついてしまう。
「……と、いけない、仕事仕事……」
明日明後日と学園祭に参加するため、今日出来る仕事を多めに引き受けたのだ。
メリスとグラントがいれば屋敷の管理は手が回るだろうが、それではフランの気が済まない。レティアに関係のある理由とはいえ、仕事をほっぽり出すことに変わりはない。
因みに、昨日フランとは別の意味で酷い目に合ったクレアだが、さすがに一晩経ってメリスの怒りも収まりつつあるのか、今日は紐で結ばれてはいなかった。どうも昨日相当きつくペット用の首輪を手首に巻かれていたらしくうっすらと痣のようになっていた。
これに懲りて大人らしい行動をするように、と言われたようだがそう言われて変わるクランだったら昨日の一件は存在しなかっただろう。同じことを何度言われたのか、記憶力の悪いフランだけでなく、本人ですら覚えてない始末だ。
「ええと……と?」
広間を何気なく通りかかったフランは、テーブルの上にティーカップが1つだけ置かれているのに気が付いた。レティアの朝食の後、片付ける際にそれだけ持っていきそびれたようだ。
フランはティーカップを手に取り、調理場に持っていく事にする。
そして調理場の扉を開けようとした時、中から聞き慣れてはいるがここで聞こえるはずはない声が聞こえてきてその手を止める。
「なあ、あんたなんだろう、デックスさんよ。どうして認めてくれないんだ。あんたは私たちにとっちゃ英雄みたいなもんだ。あんたの武勇伝の1つでも土産にしちゃダメなのかい?」
聞こえてきたのはウルの声だ。
大方、クラスの仕事など最初から請け負っていないのだろう。自分のやりたいようにやる、を信条にしている女性だ。
しかし、フランにはウルの言っている意味が分からない。
「…………」
「だんまりかい、私は別にあんたがどうしてここにいるとかには興味はない。あんたが過去にやってきたことは聞いている。同じ番長として、な? だから頼むよ、デックス・ローグ・ナトリさんよ」
(ローグ……?)
デックスの名前の間に挟まれた言葉にフランは首を傾げる。
話の内容からしてどうやらウルはデックスに対して尊敬のような感情を抱いているようだ。基本的に人に頭を下げるような人間ではないウルが、頼み込んでいるのだ。それだけでも十分異常な状況だ。
以前、デックスの料理を食べてえらく感心していたようだが、今回のはどうもそれとは違う雰囲気を感じる。
「……その名で俺を呼ぶな」
静かにデックスの声が響き渡る。
静かだが、扉の外にいるフランにもはっきり聞こえるほどしっかりとした、重みのある声だ。
「お前が言っているデックス・ローグ・ナトリとやらを俺は知らん。他人のそら似だ。これでいいだろう、お前の欲する情報を俺は持っていない、お前がここにいる理由はない。早々に帰れ」
日頃のデックスとは全く違う。
それが声から感じ取ったフランの感想だ。
有無を言わせぬ威圧的な言葉、普段の寡黙な彼からは想像もつかない。
だが、それで臆する程度のウルでもなかったようだ。扉の向こうからくぐもった笑い声が聞こえてくる。
「ふふ、まあいいだろう。別に今すぐ知る必要もないんでね。また近いうちに寄らせてもらうよ」
声は諦めていない。
むしろ楽しげだ。
そしてウルのものと思われる足音が扉の方に近づいてくるのを感じて慌てて扉の影に隠れると、それとほぼ同時に扉が開いてウルが外に出てくる。
「……ん?」
ウルは扉の前で一度足を止めたが、何事もなかったように広間のように歩き去っていく。
一体いつの間に屋敷に入り込んだのかさっぱり分からないが、今後の防犯上メリスに話をしておく必要があるだろう。自分の家のように好き勝手されてはさしもの形式上ウルを抑えているフランの立つ瀬がない。
(って、なんだかものすごく入りづらくなってしまいました……)
扉の影から出ようにも出られなくなってしまった。
あんな会話を聞いてすぐに調理場にいつも通り入れるかと聞かれれば答えは「ノー」だ。おまけに相手はデックス、ちょっとした感情の揺らぎからいつもと様子が違う事に気が付かれてしまうだろう。
(ここは一度出直すのが吉ですね……)
そう思って扉を自然に閉まったように見せかけて閉じようとした時、閉まっていく扉が強い力で遮られ、逆に開いてしまう。そして扉の反対側からデックスが姿を現した。
「う……」
何とも言えない、気まずい空気が漂う。
デックスと無言で見つめ合う事10数秒、ようやくデックスが口を開いた。
「まあ、入れ」
「は、はい……」
初めてフランは調理場の扉が地獄の入り口のように感じられてしまった。
調理場に入っても、フランは投げかける言葉が見つからず扉の傍で立ちすくんだままだった。
デックスはいつも座っている調理場の簡素な椅子に腰かけると、天井を見上げて大きく息を吐いた。
「……どこから聞いていた?」
デックスの言葉に怒りは感じられない。
だが、人の話を盗み聞きしてしまったフランとしてはそこに静かな怒りを感じずにはいられなかった。
「え、えと、ウルがデックス・ローグ・ナトリ、と呼んだ辺りから、でしょうか」
「そうか……」
デックスの態度はフランに対する怒りというよりも、むしろ自分に対する自責の念のようなものなのかもしれない。
フランは今のデックスの態度からそんな憶測を立てる。
「あの、デックスさん?」
沈黙に耐えられず、フランの方から声をかける。
デックスはピクリと反応したがそれ以外に動きは見せない。
「デックスさんって、旦那様に料理人として拾われた、と仰っていましたよね。それ以前は何をしていらしたんですか?」
おそらく、これが事の根幹となる質問だろう。
無駄に引き延ばして微妙な空気を吸い続けるよりかは、単刀直入に聞いてしまう方が楽だ。それに単刀直入だからこそ、デックスは答えを逸らすことが出来ない。
「……あの女と同じだ」
しばらくして、デックスは幾分力のない声でそう答えた。
「ウルと同じ、ということは……」
「そう、この町の馬鹿共をまとめていた、まあ不良の大将だ」
天井からフランに視線を移すと、デックスは調理場の引き出しから包丁を1本取り出してポイッと宙に放り投げる。
放り投げられた包丁は回転しながらデックスの頭の上を通過して反対の手に収まる。そして今度はその手から頭の上を通過して元の手に戻る。
「それもあの女なんて目じゃないくらいの悪だった。巷じゃ不良の権化みたいな扱いを受けていたが、俺はむしろそんな自分を誇りに思っていた。今からしてみれば、馬鹿共の上に立って文字通り有頂天になっていたのかもしれん」
包丁を手で器用に回転させながらデックスは言葉を紡ぐ。
フランはここまで饒舌なデックスを見たのは初めてだ。一切言葉を発さず、ただただデックスの言葉に耳を傾け続ける。
「馬鹿な事もたくさんした。気に入らない店があったら大勢連れて夜中に滅茶苦茶にしてやったし、学園の教室棟を丸々消失させた事もある。あの時ばかりはヤバいかと思った」
今ではそれも良い思い出だ、と言うような言葉だが、その内容はかなり過激だ。
「もちろん、やって良い事と悪い事の最後の境界は分かっていたつもりだ。命に係わるような事はやらなかったし、教室棟を消失させた時も人がいない時にやった。まあ、警備員くらいはいただろうが」
そこまで言って、デックスは言葉を切る。
同時に手に持っていた包丁をまな板の上に置き、顔を俯ける。
「そんな時だ。俺は他の町の不良共と戦う羽目になった。別段それ自体は問題ない、喧嘩を売られるのは初めてじゃなかったし、おそらく最後でもなかっただろう。近くの空き地に手下を引き連れて集まり、持てる力の危険性を理解もせずに使いまくった。もちろん、相手を殺すつもりはなかった、痛めつければ十分だ。だが、相手はどうもそのつもりだったようだ」
「デックスさんを、殺すつもりだった、と?」
フランの問いにデックスが小さく頷く。
「奴らは加減なんかしなかった。土で作った槍を投げ、大火力の炎を生み出し、地面が抉れるほどの威力の雷を放った。そんな喧嘩が、空き地の中に留まるわけがあるまい?」
デックスがフッと息を吐く。
フランにはそれは自嘲の笑みのようにも思えた。
「近くに住んでいた少女がな、お使いのために空き地の近くを通りかかったんだ。もちろん、騒動には気が付いていただろうが、その頃はよくある事だったから、特に気にも留めなかったんだろう。だが、まるでその不注意を狙いすましたかのように土の槍が少女の方に放られたんだ。彼女を狙っていたわけではないだろう、おそらくは投げ損なったか、こちらの動きを読んで未来位置に投げたつもりだったんだ。しかし誰もそこにはおらず、槍は少女に向かって飛んだ」
その時、フランは気が付いた。
(デックスさん、震えてる……?)
わずかにではあったが、デックスの肩が震えているのが分かってしまった。
その震えから、フランは事の顛末に想像がついてしまう。
「俺は、それに気が付いていた。だが丁度その時、俺は相手のボスにトドメの1発を食らわせようとしていた。相手はかなりの猛者でなかなか隙を見出すことが出来なかった。俺はその一撃で勝負を終わらせようとしていた。その時視界に少女と槍が飛び込んできたんだ。そして俺は――――――」
言わなくていい。
それ以上言う必要はない。
「俺は少女の命より勝負を取った」
デックスの言葉はあまりにも辛いものだった。
そしてそれが意味することも。
「俺がボスを倒した時、道には槍で穿たれた少女が倒れていた。慌てて駆け寄った時、まだ少女は生きていた。口から血を溢れ出させ、目から涙を流して俺を見上げていたんだ。言葉にはなっていなかったが、確かにあの時彼女は『助けて』と俺に言おうとしていた。俺が勝負を捨てて少女を助けに行けば、どうとでもなっていたにも関わらず、俺は勝負を捨てられなかった。その結果、まったく関係のない、俺みたいな人間のクズとは一生無縁に過ごせただろう命が失われたんだ」
悔しさ、無念さ、自分の選択に対する恨み、自責、そんな感情が入り混じって言葉に滲み出している。
「警察は相手側の放った槍だったこともあって相手の不良グループを罪の対象とした。俺たちにはどうしようもなかったと判断したんだろう。しかし、それは間違いだ。少なくとも、あの時、俺は気が付いていた。助けるだけの時間も力もあった。それをしなかった。それどころか、それを打ち明ける事すらできなかった。もうだいぶ昔の事、俺の事を知っている奴らはほとんどこの町にはいない。せいぜい八百屋のあいつくらいだろう。皆あの事を忘れようとこの町を離れたんだ」
以前デックスと話をしていた気さくな八百屋の店主を思い出す。
体格が良かったが、そういう過去があったからこそ、ということだろうか。
「おそらく、あのウルという女は不良共の間で受け継がれている俺の話を調べていくうちに、それに気が付いたんだろう。表向きには『不幸な事故』扱い、俺たちにはどうしようもなかったことになってる。むしろ不良の中にいたお偉いさんの息子のために事実はかなり捻じ曲がって新聞に載った。それを信じてるんだろう」
デックスはその事もまた、気にしているようだ。
自分だけが少女を助けられたということ、それが出来なかった事、それを誰にも話せなかった事、デックスはその全てを抱え込んで今までも、そしておそらくはこれからも生きていくのだろう。
(ある意味、あたしと同じ、ですね……)
フランの場合、話したくても話せない部分も多い。
「まさかこの歳になってあの事を掘り返されるとは思ってなかった。すまん、退屈な話をしたな」
顔を上げたデックスはどこか疲れ果てたような表情をしている。
その表情がフランには鏡を見ているかのように感じられてしまう。自分もまた、こんな顔をしていたのかもしれない。
「いえ、むしろ嬉しかったです」
「嬉しい……?」
フランの言葉にデックスが怪訝な顔をする。
「誰にも言えなかった、1人で抱え込んでいた事を話してくれた、それが嬉しいんです」
もしかしたら、いつかフランがレティアに全てを話す時、彼女もまたこんな感情になるのだろうか。
苦しみ、悲しみ、辛さを共有することで、また1つその人との距離を縮められるような気がする。そう考えれば、レティアに話す事も別段辛くはなくなるかもしれない。
「フラン……」
「あ、そうだ、これ。広間に忘れられていたので持ってきました」
これ以上、言葉は不要だろう。
そう考えたフランは今まで手に持っていたティーカップをデックスにも見えるよう軽く持ち上げ、近くに置いてあったまだ洗われていない食器のところに持っていく。
デックスが何かを言おうとしたが、フランは言葉が発せられる前に調理場を後にする。
(あたしが、慰めるのはお門違い、ですよね……)
全てを知っているわけでもないのに、軽々しく同情を言葉にするべきではない。
上っ面だけの同情など、傷に塩を塗り込む程度にしかならない。本当の意味で慰めるというのは思いのほか難しい事なのだ。
「……と」
調理場を出て広間へ続く廊下の先に視線を向けると、廊下の壁にもたれ掛っているウルの姿を見つけた。その表情はどこかばつの悪そうなものだ。
「あたしが扉の影にいたの、気が付いてましたよね?」
「ああ……、それで話を盗み聞きしたわけなんだが、こりゃあ他の者には話せないね」
「話したら今度は釘バットじゃ済ましませんよ?」
フラン自身、誰かに話す気など毛頭ない。
これでもしウルが誰かに話すような事があれば、それこそフランは家族を守るという意味で銃を抜きかねない。
「ああ、姉御が言うと冗談にならないから重々承知するよ。ま、朝っぱらから来ただけの収穫はあったし、これで私は失礼するよ」
「おや、一戦やろう、なんて言われるかと思っていましたが」
「今日はそういう気分にゃなれないな。まあ、明日明後日大暴れするから、私の活躍見ておくれよ?」
「余裕があれば」
「はあ」
「にゅ? どうしたフラン、部屋に戻るなりため息か?」
「とりあえず、あなたを見てため息をついた、とは考えないんですか?」
部屋に戻ってみるともはや当然のようにベッドでゴロゴロしているテトが視界に飛び込んでくる。
「ふむ、その可能性は考えなんだな」
「はあ……」
テトに付き合ってやる気分ではなかったので、再びため息をつくとベッドに腰を下ろす。
その様子にようやくテトは身体を起こし、フランの傍に寄ってくる。
「フラン……?」
「人の痛みって、自分が痛めつけられる以上に痛いですね……」
話をするデックスの姿は痛々しいなんて言葉では収まらない。
思い出したくもないトラウマをほじくり返されるのがどれほど苦痛か、今のフランなら痛いほど分かる。たとえほじくり返した本人にその意図がなかったとしてもだ。
「優しい人間ほど、人の痛みには敏感じゃ。だが悪い事ばかりじゃあるまい?」
「……といいますと?」
「痛みを共有することは逆に喜びを共有する事でもある。共に痛みを分かち合ったからこそ、喜びもまた分かち合えるのじゃ」
「テトも、そうだったんですか?」
「何をいう、今もフランと共に分かち合っているではないか。我は決してフランから離れるつもりはない故、隠し事なんぞ無駄だと知るがよい」
そう言うテトは満面の笑みでフランに抱き付いてくる。
何故かその時は、それを引きはがす気にはなれなかった。
テトの温もりが、ほんのりと染み渡ってくる。
はいはい、どうも、ハモニカです。
2日続けての投稿だったんですが、昨日とは打って変わってシリアスでした。
まあ、デックスのフラグはかなり前からあったのでそろそろ回収しないと本気で忘れそうな気もしていたんですww
そんなわけで、フラン、デックスの過去を知る、の回でした。
次回から学園祭のクライマックス、的な武闘祭が始まる、と思います。
久々に大規模なバトル回です。話数的にはそんなに久々じゃないんですが、前回バトル回になっていたのが確かウルの釘バットをへし折った回、つまり投稿日は1か月くらい前なんですw
ハモニカの中では結構久しぶりです。なので頑張ります。
ではでは、また次回。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。