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第03話 メイドは案外昼が暇



存外順調に執筆が出来たので3日連続で投稿。



「行ってきます!!」


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


レティアが慌ただしく屋敷の玄関から飛び出していく。


結局、朝食を流し込むようにして食べ終えたレティアはグラントが持っていた学生用のカバンを引っ手繰ると踵を靴に入れる暇すらなく走り出していた。


フランとグラントがそれを見送り、レティアが見えなくなるとそこでようやくフランは大きく伸びをした。


「朝の仕事終了、と」


基本的に、主がいない屋敷のメイドと執事は仕事がない。もちろん、庭の手入れや掃除は必要不可欠だが、何も全員でやる必然性はない。シフト制になっているため、シフトがない者は朝とレティアが帰ってくる夕方から夜にかけてしか仕事がないという場合もある。


そういう場合、住み込みの者は自室でプライベートな時間を過ごしたり、グラントのような自宅通勤の者は一度帰宅するという事も出来る。


シフトは何が起こっても対処できる最低限の人数が確保されているため、突然の来客などにも対処は出来る。


とは言うものの、来客者はほぼ屋敷の主人に用があるのだからフランたちとしては何も出来ない事の方が多いのだが。


グラントは喉の所までしっかり締めていたネクタイを緩めると一息ついて屋敷の中へと戻っていこうとする。執事の制服を着こなすグラントは凛々しいが、ネクタイを緩めるとワイルドさが加わる。


「グラントさん、中庭に結界を頼めますか?」


フランは玄関から中に入ろうとしていたグラントを呼び止め、そう頼み事をする。


「練習か? 分かった、用意するから少し待ってくれ」


グラントはさして気にする様子もなく屋敷に入ろうとしていた身体を翻して中庭へと向かう。


この屋敷の特徴の敷地面積に対して屋敷が比較的小さいという事だろう。そのため必然的に庭が占める割合が増え、丹精込めて育てられた花や井戸水を使った小さな池も作られている。休憩時間には池の近くで疲れを癒す者も少なくないし、フランもその中の1人だ。


中庭の中でも周囲に何もない開けた場所に出る。そこは表からは見えない場所にあり、そこだけ芝生がなく茶色い土が露出している。


グラントは土が露出している場所に立つと小さく息を吸い込む。


その瞬間、土が浮かび上がる様に地面からそそり立ち始め、2つの分厚い土壁が並行して構築される。フランとグラントはその壁に挟まれるような位置に立っており、壁は高さを増すと徐々に角度をつけ始め、ついには2人の頭上で結合、トンネルのような形になる。


壁には等間隔で穴が開いており、中にいてもそれほど暗さを感じる事はない。


「目標はどのくらい必要だ?」


「そうですね……、200個ほどお願いします」


「夜の鍛錬に向けて気合が入っているな」


「久々にグラントさんに教えてもらえるんです。この機を逃す気はありません」


フランの言葉にグラントが少し照れつつも嬉しそうな笑みを浮かべる。


その間にもフランが要望した「目標」の構築を開始する。壁から突き出るように円状のものが突出し、トンネルの向こう側に小さな的が姿を現す。


「フランのおかげで土の操作が随分と上手くなったな。本を読みながらこれくらいなら出来そうだ」


「前はいつも嫌な顔をしていましたよね」


「当たり前だ。3時間も4時間も土とにらめっこなんて、普通は無理だ」


グラントはため息をつくとトンネルから出ていく。


「練習を止める時に声をかけてくれ。それまで私は読書だ」


「分かりました。ありがとうございます、グラントさん」


フランが礼を言うとグラントがヒラヒラと手を振る。


フランはグラントが視界から消えると目の前に向き直り、無数の的を見据える。現在トンネルの向こう側までで見えている的は5つほど、土で出来ている事を利用して不定期に壁の中に戻ったり、地面に潜ったりするようになっており、狙いをつけるのは容易ではない。


腰の後ろに回していたホルスターから黒光りする銃を取り出すとポーチから鉄球を無造作に取り出す。


シリンダーを取り出すと6つある穴に鉄球を入れていく。この作業は地味に面倒臭く、1つひとつ入れていると最短でも10秒かかってしまう。そのためフランは平べったい円柱状の道具を使う。


判子のような持ち手がついており、底面にはシリンダーの穴の大きさに合わせたへこみが付いている。鉄球をあらかじめこのへこみに入れておくことで、装填の時間を大幅に減らせるようにしているのだ。といってもこの方法はフランが考えたものではなくいつも1個ずつ装填しているフランを見てグラントが試しにと考案した方法だ。これのおかげで鉄球が穴に入らず地面に落ちるというストレスしか生まない事が起こる回数は激減した。


鉄球を装填するとシリンダーを元の位置に戻して一息つく。


「ふぅ――――――」


目を開き、銃を持った右手をまっすぐ伸ばす。


「『アフェシアス』起動」


小さくそう呟くと、銃身の溝が仄かに光り出す。青白い光は銃身からシリンダーへ、そしてグリップへと伸びていき、銃を持つ手までその光がたどり着くと光の線はグリップから手の甲へと乗り移ってくる。


『アフェシアス』というのはフランの銃の名前兼この青白い光の線を擁するシステムの名だ。


この銃は前時代のように火薬を使用して弾丸を発射するものではなく、使い手の魔力を爆発させて弾丸を発射する。


そのため銃に魔力を供給するラインが必要だ。それが青白い光の正体である。


フランの手の甲まで伸びた光の線はそこで止まり、銃へフランが持つ魔力を吸出し供給する。


このシステムにより理論上持ち主の魔力が枯渇するか、弾がなくなるまで撃ち続ける事が出来る。銃身の摩耗も多少影響を受けるが、ほとんど気にならないほどだ。


いつからこの銃を持っているのか分からないが、不思議と身に着けていると心が穏やかになる。


「あたしの過去の記憶と今を繋ぐ唯一の……。フフ、何を言ってるのやら……」


記憶を失うと言うのは不思議な気分だ。


きっと失いたくなかった大切な記憶もたくさんあったのだろう。


だが、記憶を失うと記憶を取り戻したいという気持ちとどうでも良い、という2つの意識が生まれる。きっと思い出さない方が良い記憶をあるだろう。


自分がまともな幼少期を送っていなかったであろう事は自分の顔の左半分を見ればすぐに分かる。


物心、と言っていいのか定かではないが、この屋敷に来てからの記憶しかないフランにはそう形容しなければならないものが身についた頃から、何故かこの銃だけは手放す気にはなれなかった。


そして今日も身体の一部になってくれている。


『アフェシアス』が起動されると青い光の帯が魔力を銃に供給するパイプとなる以上、身体の一部になるのは当然だ。そして銃が自分の身体の一部になる様に、フラン自身も銃の一部となる。


呼吸と心臓の鼓動を同調させ、手振れを最小限にまで減らしていく。意識を銃と標的に集中させると不意に周りの音が静かになって自分の呼吸と心臓の鼓動が異様に大きく聞こえるような錯覚に襲われる。


「すぅ――――――」


狙うは一番手前の標的だ。直線距離にしておおよそ15メートル、中央に円状の模様が描かれているそれに流れるような動作で銃口を向けると間髪入れずに引き金を引く。



バガンッ!!



到底それが発するとは思えないほど巨大な発砲音が響き渡る。


アフェシアスはいわゆるダブルアクションの銃だ。引き金を引くだけで撃鉄が上がり、下ろされるという2つの動作を行う。火薬の代わりの魔力に引火し、装填されていた鉄球が猛然と発射されると標的のど真ん中を寸分の狂いもなく撃ち抜く。貫通した鉄球が土の壁にめり込むが、強靭な壁はそれの貫通は許さない。


撃ち抜かれた事を確認するかのように少し間を開けると中央を穿たれた標的がボロボロと崩れてただの土くれに戻る。


「腕は鈍ってなさそうですね……」


自分の肩が違和感を持っていないか確認しながらフランは独り言を呟く。


銃を握る右手の中指、薬指、小指を開いたり閉じたりさせながら、銃を手に馴染ませる。指を開いたとしても、青い光の帯があるため銃が手から落ちるような事はない。逆に言えば銃を手放したければ『アフェシアス』のシステムを停止させる必要がある。


銃を使っていて1つだけ自分の身体に感謝をした事がある。自らの隻眼だ。


健全であれば、左右の目のわずかな距離の違いから誤差が生まれてしまう。それを人間の脳は修正して焦点を合わせるわけだが、隻眼であるフランはそもそもそんな事をする必要がない。右目から入る視覚情報をそのまま利用することが出来るのだ。


その事を呟いた時、グラントが複雑そうな顔をしていたのは物忘れがひどいフランにしては珍しくはっきりと覚えている。



バガンッ!



また引き金を引く。


今度は30メートルほど先、トンネルの右に寄った地面から突き出した土の人形の頭部を撃ち抜く。


だが、今度はそれで終わらず右から左に銃を動かしていき、その過程で銃口の前に来た標的を左に移動させるという動作の過程で排除していく。


標的に合わせて発砲、また合わせて発砲という訳ではなく、全体の流れの中でその狙いを定めると言ったところだろうか。


何も考えず、ただ視界に入る標的を次々と撃ち抜いていく。


ある程度標的が減ると新たな標的がトンネル内に追加される。そのうち上下左右に動くような標的まで現れ始めるが、フランはその未来位置を正確に予測して標的の中央に鉄球を撃ちこんでいく。


(右……右……左……下……そこ)


動く標的はその規則性を見出す必要がある、とグラントに言われた事がある。


だが、正直フランにはそれをする必要はない。


物体が動くその寸前の、その刹那の瞬間を捉えてフランは次に標的がどの方向に動くか容易く予想出来てしまう。


6発全てを撃ち切ると、視線を向ける事もなくシリンダーを外し、鉄球を補充していく。この動作1つ取っても、一切の無駄がなく、必要最低限の動きで行われる。


鉄球を装填すると軽く銃を振ってシリンダーを元の位置に戻し、再装填の間も睨み付けていた標的に銃を向け素早く引き金を引く。


次々と標的を破壊していく様子を見ていると、フランは無意識のうちに笑みを零していた。


(アフェシアスは裏切らない)


この銃は自分の思い通りに動いてくれる。身体の一部と称したが、そうじゃなくともフランにとって頼もしい相棒であることに違いはない。


(絶対に……)


それはもはや確信の域に達していると言っても過言ではない。毎日欠かさず手入れを行い、塗装以外は常に万全の状態を維持させている。塗装は1回に数百発撃つため新しく塗ったとしても簡単に剥げてしまうため放置している。そのため日に日に黒い塗装が剥げているのだが、フランはあまり気にしている様子はない。


引き金を引く度に銃口から帯の色と同じ青白い発砲炎が一瞬トンネル内のものを青く照らす。


「あっ……」


そんな事を考えていたせいか、標的を1つ撃ち漏らしてしまった。撃ち漏らしたと言っても中央に命中させる事が出来なかっただけで、標的自体にはしっかり弾痕が残されている。


「65発中64発、と」


外したところまでに撃った数を確認し、頭の中で反芻させる。


「65人目がお嬢様に襲い掛かるかもしれない、と」


これは自己暗示に近いものだろう。


実戦で外したらその敵がレティアや友人に凶刃を向けるかもしれない。強迫観念じみたそれを頭の中で繰り返し呟き、自分の中で「絶対に外さない」という決意をする。


「…………よし」


しばらくして銃を地面に向けて頭の中の整理をしていたフランは目を開き、気を取り直す。


標的の動きは止まっていた。


おそらく銃声が途絶えたのに気が付いてグラントも一息ついていたのだろう。フランが黙ってトンネルの壁を軽くノックすると、それまで動きを止めていた標的が一斉に動き始める。


ほとんど無作為とも言える標的の動きは、全てグラントによって遠隔操作されている。


つまり、同時に数十個の標的に意識を集中させ、なおかつ破壊されたものは破棄し、その分新しい標的を作り出すという作業もしているのだ。


フランは感謝しつつも、よく頭がパンクしないものだ、と内心舌を巻く。


その後、フランは自らの胃が空腹に悲鳴を上げるまで引き金を引き続けた。

























「ん、休憩か」


空腹に胃が悲鳴を上げたのをきっかけにフランの命中率は著しく低下した。一度腹の虫が鳴くとどうしても昼食の事が脳裏を過り、特訓に集中できなくなってしまったのだ。


そうじゃなくとも既に数時間銃を引き続けたのだ。そろそろアフェシアス自体を休ませないといけない頃合いだ。おそらく今この銃に液体をかければあっという間に蒸発してしまうだろう。


「空腹には勝てないようなので」


「腹が減っては戦は出来ぬ、とも言う。デックスに昼食を作ってもらおう」


トンネルから少し離れた小さなテラスで椅子に座って優雅なひと時とでも言うべき時間を過ごしていたグラントは読んでいた分厚い本を閉じるとゆっくりと立ち上がり、フランのために作り出していたトンネルを地中に戻していく。


するとトンネルがあった場所からフランたちのいる方へ地面が波打つように動き、フランの前まで来ると盛り上がり地面から小さなお盆のような物体がせり出してきた。そのお盆の中には銀色に光る鉄球が入っている。フランが撃った鉄球を全て回収してきたもので、フランはグラントに礼を言うとそれをまだ撃っていない鉄球とは違うポーチに入れる。


この鉄球はあまり無駄にして良いものではない。


魔法技術が発達するこの世界では銃のような武器自体が稀有な上、その弾丸ともなるとそれこそ製造しているような奇特な人間はいない。この鉄球にしても、デックスとグラントが調理場で作った代物なのだ。


屋敷の廃品にするしかない金属のものをかき集めて熱し、液体になったらグラントが作り出した土の型に流し込んで鉄球を作った。いわば2人の汗と涙の結晶と言える。血は流していないので除外される。


そういう訳であるため、回収できないような事が無いようにしている。


現在鉄球は全部で400発ほどあるが、ポーチに入れているのは200発ほどだけだ。残りはフランの部屋の引き出しの中に収められている。


屋敷の中に戻り、廊下をグラントと共に歩いていると反対側からメリスが音もなく歩いているのを視界に捉えた。


遠くから見ても、それがメリスだとすぐに分かるのはその歩き方、仕草、どれを取っても際立っているからだろう。


「あら、その組み合わせを見るに練習をしていたのかしら?」


メリスはこちらに気が付くとニコリと笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。


グラントの土結界は防音性に優れているため分厚くすれば壁の反対側でも一切音が聞こえないというくらいのものが作れる。おかげでこのように屋敷の中という極めて至近な場所でも銃声は聞こえない。


「ああ、今夜手合せをするからその練習だそうだ」


「手合せ? レティアお嬢様の宿題のついで、と言ったところ?」


「はい、もちろんお嬢様の宿題が全て終わったら、という話で終わらなかったらそちらを優先しますが」


「そうならないように頑張りなさいな」


ふふっと笑いながらメリスはグラントの脇を通り過ぎて今フランたちが歩いてきた道を進んでいく。


そしてその途中で思い出したように足を止めて振り返る。


「昼食ならリビングの机に置いてあるわ。私とクレアは頂いたから後は2人で食べて大丈夫よ」


「それはすまないな。だがメリス、あまりクレアをいじめてやるなよ? 先ほども声が聞こえてきたが」


グラントが苦笑しながらメリスに言うと、メリスは物凄く良い笑みを浮かべてみせる。


「あれはいじめじゃないわ、躾けよ? そもそも掃除のはずが汚れを増やすんだから、私じゃなくとも叱咤の1つするわよ」


「クレアはたまにおっちょこちょいですからねぇ」


「あらフラン、あなたがそれを言うのかしら?」


「うぐ……」


うっかり漏れたフランの呟きに素早くメリスのツッコミが入る。


メリスは最後に小さく手を振ると曲がり角を曲がって2人の視界から消える。


それを確認してからグラントはフランに顔を向けた。


「フランの最初はクレア以上だったからな」


「……言わないでください。少なくともお皿はもう割りません」


「ならいい」


グラントが父親のようにフランの頭を撫でる。フランも少し恥ずかしそうな表情はするが嫌がるそぶりは見せない。


グラントが父親なら、さしずめメリスが母親と言ったところか。


そんな事を想像してメリスの厳しい教育風景を思い出したフランは人知れず身震いをしてしまった。





むきゃー、男少なめとか言っておいてもう2人出てきてるじゃないですか!


……ですが!


全体で見ると相当少ないんです!


きっとそうなる予定!


では!


誤字脱字報告、ご感想お待ちしております。

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