第36話 どうせやるなら最後まで
このモットーは正直ハモニカ自身のものでもあります。
嫌な事でも、好きな事でも、やるからには最後までやりきらないと意味ないですからね。
特に勉強とか、勉強とか、勉強とか、勉強とか……。
宿題なんて、途中で終わってたからって「部分点ください」なんて、無理でしょう?
ですから、モットーは単純明快、「どうせやるなら最後まで」です。
「姉御ー、待ってくれよー」
「待ちません」
背後からかけられる声に競歩のような速さで歩くフランは無慈悲にそう言い放ちながら通りを歩いている。
運が悪かった、としか言いようがない。
用事で町に出る事となり通りを歩いていたらウルに遭遇してしまった。
そしていきなり「1回戦ろう」と言ってきたのだ。フランでなくても逃げたくなるだろう。両手に荷物を持っていたため戦うつもりもなく、今日のところは逃げるという事で通りをウルに追いつかれないよう全速力で歩いている訳だ。荷物が割れ物なのであまり速度を上げられないのだ。
「いいじゃないか、1回くらいさ。そんなに時間も取らせないから。来週に向けて練習しておきたいんだよー」
「来週……?」
ウルの言葉に引っかかるものを感じて足を止めると、真後ろから追いかけてきたウルがフランの背中に突っ込んでくる。荷物を落とすわけにはいかないので重心を横に移動させて身体を回転させるとウルを前方にオーバーシュートさせる。
「おおっと!?」
危うく転倒しそうになったウルが慌てて体勢を立て直すのを見ながらフランは疑問に思った事を口に出す。
「来週って学園祭、ですよね? 何かやるつもりなんですか?」
手合せを申し出ている以上、チェス大会に出る、という訳でもないだろう。あるかどうかは知らないが。
だとするとウルはなんのために手合せをしようというのか知っておかなければなるまい。ウルがあんなに高揚している以上、物事が穏便に始まり穏便に終わるという気が一切しない。
ウルは振り返ると満面の笑みでポケットから1枚のビラを取り出してフランの前にかざした。そこには大きく「武闘祭」の文字。確かにウルが興味を引かれるのも分からないではないが、なんでそんなものを一介の学園がやるのかという疑問がさらに湧き上がってくる。
「いっそのこと、舞踏の方が良かったですね……」
「お、姉御、うまい事を言うね」
「褒められても手合せはしませんよ?」
そう言いながらビラを掴み、詳しいところを読んでみる事にする。
武闘祭、文字通り学内の腕に自信のある者を募って学園最強を決める催し物だそうだ。出場資格は学園内に籍がある者、その家族、関係者、果てには教師まで出場資格がある。教師相手で勝てるのか、という素朴な疑問はともかくとして、どうやらこの企画は校長が言いだしたことのようだ。一番下に「言いだしっぺは校長」と小さく書かれている。
「あの校長が、なんでまたこんなことを……」
「さあね? だけど教師が相手になるというんじゃ出ないわけにはいかないんだ。今こそ私が学園最強である事を世に知らしめる時さ」
こんなものに教師が率先して参加するとは思えないが、このままではウルが他人に多大な迷惑をかけるのが目に見えている。
「どれくらい参加するんですか、これは」
「さぁ、少なくともうちのクラスからは2人か3人出ようって言ってる奴がいたな。学生だけでも相当数参加するだろうね」
「皆さん血気盛んなご様子で……」
呆れてものも言えない、とはまさにこの事を言うのだろう。
学園最強などという言葉に釣られてこんなものに参加すればどうなるか、想像ぐらいできないのだろうか。
教師が言いだしっぺ、教師の参加が認められている、これらの事を鑑みるにこれはデモンストレーションなのだ。
教師に逆らったら酷い目に合う、という。
おそらく、率先して参加するのは不良の更生等を担当する生活指導員らだろう。彼らの実力を新入生に知らしめると同時に、在校生に対して「お前らも馬鹿な真似はするなよ」と脅しをかけるのだろう。ウルにそれが通用するかはこの際置いておくとして、デモンストレーションとしてこれほどピッタリなものはないだろう。
しかし、それを大っぴらにするわけにもいかず、こういう搦め手のような事をしているという事か。
だとすればあまり関わりを持たない方が身のためだ。
ウルは放っておくとしてレティアが巻き込まれないように帰ったら重々言っておく必要があるだろうか。
(まあ、お嬢様もそこまで後先が見えないお方じゃありませんし……)
「ああ、そうだ」
そこで思い出したようにウルが手を叩く。
「姉御のご主人様も参加するみたいだぞ?」
その瞬間、フランは立ちくらみに襲われてしまった。
「仕方ないじゃない。レイナにどうしても、って言われちゃったし」
「いやいやいや、お嬢様。先ほども言いましたけれどどう見ても勝ち進むなんてできませんし、仮に勝ち進んだとしても先生方に出る杭の如く叩きのめされるのがオチですよ?」
帰ってきて早速レティアに事の次第を聞こうと問い詰めると、若干不満げな表情をされてしまう。
「それに……」
「それに?」
何か言いたそうなレティアに顔を近づけると、言いにくそうに小声でブツブツと呟き始める。
「メリス、グラントに魔法の手ほどき受けてるのよ? その成果を今回のこれで見せられるかなぁって思って……」
そう言えば、ここ数日いつにも増してグラントやメリスに付き合ってもらって練習しているような気がする。この様子ではたとえレイナが言いださなくても1人で参加していた事だろう。
「……はぁ、お嬢様、繰り返し言いますが……」
「っ! そうだ!!」
小言を2、3言おうとすると急にレティアが表情を明るくして顔を上げる。
そのあまりの豹変ぶりに驚いてしまうが、その余韻も引かないうちにレティアはフランの手をガッシリと握りしめて顔を凝視してくる。
「お、お嬢様……?」
「あなたも出ればいいのよ!!」
「…………はい?」
言っている意味が最初理解できなかった。
いや、何を言っているのかは分かっている。ただレティアの意図が分からなかった。
「そんなに心配なら、フランも一緒に参加すればいいのよ! メリスやグラントだとさすがに先生相手でもボロ勝ちしそうだけど、フランならあたしを守りつつ良い所まで行けるわ!」
何を根拠にそう言っているのかは分からないが、レティアはまるで最良の方策を思いついたかのように自信満々に言う。
「いや、でも確かあれは1対1のものでは……?」
「あれとは別にタッグバトルもあるわ。あの女番長は1人で勝ち進むつもりでしょうけど、あたしはもともとレイナとこっちに出るつもりだったのよ」
「それだったらレイナさんと出てください」
「あら? あたしを出さないよう説得していたんじゃなかったの?」
フランは言ってから内心「しまった」という気持ちになってしまう。
レティアは案の定「してやったり」という表情をしている。
最初からレイナに誘われたわけではなかったのだ。よくよく考えてみればレイナはレティアを倒すために参加するとしても一緒に戦うために参加するとは思えない。フランの記憶が正しければそうに違いない。それにもっと早く気が付くべきだった。
「はい、これ」
「……なんですか、これは」
自責の念に囚われていると1枚の紙を手渡される。
そこには「参加希望書」という見出しの下に名前や年齢、性別等を書く欄が設けられており、最後に署名をする場所がある。
聞き返す必要すらなく、これがなんなのかは分かっていたが、それでも一応聞き返してしまう。
「学生以外が参加する時はこれを書くの。だから書いて♪」
「……随分と用意が良いですね……?」
「な、なんのことかしらぁ?」
あからさまにしらを切るレティアに何も言えず、結局フランはレティアと共に武闘祭に参加する事となってしまった。後々考えれば、メリスやグラントが出場しなかっただけでも良しとするしかない。彼女らが参加すれば軽く戦争が起こってしまいかねない。
因みにレイナは弟ホムラと共に出場するとか。
レティアが参加すると聞いてホムラに泣きついて共に出る事を頼み込んだそうだ。簡単にその様子が思い描けてしまったので心の中でレイナに詫びを入れる羽目になった。
学園祭の出し物の1つに強制参加が決まったフランであったが、それからは気を取り直して早速用意に取り掛かる事にした。
具体的には武闘祭なるものの日付、開催場所、細かいルールなどだ。
ウルが持ってきたあのビラには1対1のシングルマッチ用のルールしか書かれていなかったため、改めて調べる必要があったわけだが、最初からフランを巻き込むつもり満々だったレティアがすかさずタッグバトル用のルールなどが書かれた紙を持ってきてくれた。
この際場所なんかはどうでも良く、出る以上最善を尽くすためにルールを把握する必要がある。
出る事が決まってしまったのだから、どうせならレティアをより高い順位につけたいと思うのがメイドとしての気持ちだ。
ルールは至ってシンプル、特設ステージにおいて2対2のバトルをするわけだが、2人のうち1人が頭に紙風船を乗せ、それが割られれば強制的にそのチームの敗北が決定する、という仕組みだ。
もちろん、風船を割られなくても2人ともノックアウトされれば試合終了となる。
使用する武器や魔法具についての制限はないようだが、あまりに威力が大きいようだと教師による強制介入が行われるとのこと。つまり、殺すつもりで戦おうものなら教師の鉄拳制裁が入るという事だ。
特設ステージの周囲には流れ弾防止のために教師による結界が作られる予定のため、とりあえずよっぽど無茶な攻撃をしないのであれば好き勝手暴れる事が許されている。自分たちはともかくとして、ウルが暴走するのが火を見るより明らかなので気が滅入ってしまう。
それはともかくとして、ルールは多岐に渡っている。
これを全て網羅しておけば、とりあえずルール違反で退場となる事はまずないだろう。後はどうやって勝ちを掴み取るかという話だけだ。
「トーナメントという事ですが、対戦表はいつ頃発表されるのですか?」
「学園祭が始まる時だって。武闘祭は3日目と4日目だから、まあ問題はないと思うけど?」
1日の猶予期間を作る所がまた憎たらしい。
教師と当たろうものなら1日試行錯誤して対戦に臨む者も出てくるだろう。それを完膚なきまでに叩きのめす、という事をやりそうだ。考えすぎかもしれないが、あの学園だと起こりかねないのでそれが怖い。
「ふむ……、今まで練習のお相手はしてきましたけれど、一緒に戦うという事は一切してませんからね、多少練習が必要でしょう」
「あたし風船係♪」
「……その係になったからと言ってやるべきことがないわけじゃないですからね?」
何やら風船係という聞いた感じでは楽な方へ逃げたレティアにそう釘を刺しておく。
実際、紙風船が割られればどんなに体力が残っていようともそこで試合終了なのだ。こちらも相手も紙風船を持っている者を優先的に狙ってくることだろう。実力が均一ではないフランとレティアの場合、どちらが紙風船を持つかというだけで勝敗が大きく左右される。
魔法による攻撃を行えるレティアと、直線的な銃撃と近接戦闘のフラン、前衛後衛はこれ以上になくはっきりしているが、だからといって後衛イコール風船とするのは早計だ。
「どうしても紙風船を持ちたいですか?」
「もちろんよ。ていうか、フランが激しく動いたら多分紙風船割れるんじゃないかしら?」
「あ」
言われて気が付いた。
渡されるのは何の変哲もない紙風船なのだ。フランは突貫してアフェシアスによる攻撃を行うだろうが、激しい攻撃、回避の中で十中八九割れる。そうなっては元の木阿弥だ。
「……仕方ありませんね、お嬢様が風船係ということで。それじゃお互いの動きについてですが……」
「ちょ、ちょっとストップ」
紙風船を持つのがレティアと決まった事だし、さっそく細かい打ち合わせに入ろうとしたところ、レティアに制される。怪訝な表情を浮かべながら顔を上げると、苦笑しているレティアの顔が視界に入ってくる。
「いくらなんでも勇み足すぎない? 1週間も先の話よ?」
「おかしなことを言いますね。やるからにはベストを尽くす、それがあたしのモットーですよ。練習はメイド長たちに仮想敵となっていただいてやるのが良いですね。ミッチリ仕込みますから覚悟しておいてくださいね」
事そこに至り、初めてレティアはフランを誘ったのは間違いだったかもしれない、と思い始めた。
しかし、時すでに遅しだった。
夕食の後、あまり乗る気ではないレティアと共に作戦会議と称して広間で話し合いを始める。
メリスとクレアも話し合いに参加しており、第3者から見た意見も取り入れるというかなり手の込んだものとなった。グラントにも話を聞きたかったところだが、さすがに通勤しているグラントに夜遅くまでいてもらうわけにもいかない。
「……お嬢様は極力その場所を動かないようにして頂き、あたしが相手の前衛を無力化するというのは?」
「それは相手の風船係がお嬢様のように後衛型だったら、の話ね。もしかしたら風船係も積極的に動いてくるかもしれないわ」
「風船係は風船係を狙い、あたしは極力早く相手を倒してお嬢様の掩護に回る?」
「無茶ね。お嬢様は魔法の使い方に関しては私やグラントの受け売りだけれど、それ以外は、ね。下手をすると自滅しかねないわ」
「……なんかあたし蚊帳の外……」
フランとレティアの戦い方を話し合っているにも関わらず、いつの間にか口を動かしているのはフランとメリスだけになってしまった。興味もなければ話にもついて来れないクレアは早々にソファで眠りこけてしまっているし、レティアはどこで話に割り込めばいいのか分からずフランとメリス、そしてテーブルに置かれた1枚の紙を見比べているばかりだ。
テトは最初こそ話をしているのを眺めていたが、いつの間にか姿が見えなくなってしまった。暇だ暇だ、と抱き付かれるよりはよっぽどマシではあるが。
「相手によって細かい動きを変える必要があるけれど、やはりフランがお嬢様を狙う相手の前衛を妨害しつつ風船係を狙うと言うのが妥当な線よね……」
「相手の前衛もあたしが突破すれば風船係を守らなければなりませんからね」
「いや、そこでこっちが速いかあっちが速いかで勝負してくるかもしれないわ」
ようやくなんとか話し合いに参加できたレティアの言葉にフランとメリスが考え込んでしまう。
「……何かを守りながら戦うという事ほど難しい事はないから、これは時間がかかるわよ」
「覚悟の上ですね。……一息入れましょう。紅茶でも淹れてきます」
立ち上がって一度大きく伸びをするとフランは調理場へ向かう事にする。
とっぷりと日は暮れ、既に夜の10時を回ろうとしている。レティアの明日の事を考えるとそろそろ切り上げなければならないだろう。
そう考えながら調理場に入るとデックスが紅茶の入ったポットとコップを用意していた。いつも思うが、デックスは未来を予知しているのだろうかと思ってしまう。大抵何かを欲してここに来るとすでにそれが用意されているというのはもはや経験則だけでは言い表せない。
「……具合はどうだ?」
「はい? ああ、風邪ですか、風邪なら――――――」
風邪の事を聞かれたのかと思ってそう答えようとするとデックスが首を振る。
「風邪じゃない。頭痛だ」
「え? ああ、デックスさんには気づかれちゃってましたか」
デックスの言葉にフランは驚きながらも、苦笑してしまう。
「大丈夫ですよ。もう慣れましたから。ずっと昔に」
それだけ言って調理場を後にする。
デックスが何か言いたげな表情だったが、レティアたちを待たせるのもあれだったので紅茶を用意してくれていた礼を告げて背を向ける。
何故か、心の片隅にトゲが刺さったような気持ちになってしまうが、もはやこの頭痛はルームメイトのようなものなのだ。頭の中で共に暮らしている、フランを形作るものの1つになっているのだ。
「本当に、もう慣れてしまいましたからね……」
小さくそう呟き、フランは首を回して広間に戻ることにする。
「ねぇ、姉さん?」
「なに、ホムラ」
酷く疲れたような表情をしているホムラが姉であるレイナにそう声をかけると不機嫌そうな声が返ってくる。
フランたち同様、作戦会議を行っていた2人はかれこれ4時間にも及ぶ綿密な話し合いを行っていた。それはひとえにレイナの「打倒レティア」のためだ。話し合いの始まりは「いかにしてレティアに勝つか」であり、その事だけを延々と考えているのだ。
もっと根本的な事を話し合わなければならないという事が分かっているホムラはどうにか姉の冷静さを取り戻そうとするのだが、レティアを倒すためならば苦労を惜しまないレイナにその声は届かない。
挙句の果てには数十枚にも及ぶ「レティアの倒し方」を考え出している。
そして今も「レティアの倒し方、バージョン98」について試行錯誤している。
「レティアさんに勝ちたいのは分かるけど、レティアさんと戦う為にももっと話さないといけない事があるんじゃないかな? 初戦で当たるとも限らないんだから」
「そんな事、後で良いのよ。それよりホムラも手伝いなさい」
「はあ……」
姉のそんな様子にため息をつくホムラ。
2人の作戦会議はまだまだ終わりそうにない。
はい、というわけで、ハモニカです。
花粉症のおかげでやっぱりグダグダしてしまい、どうしても歩みが遅くなってしまってます。
まあ、正直今までが早すぎたのかなぁなんて思ってる今日この頃ですがww
さて、そういう訳で学園祭が近づいております。
どんな学園祭にするかと言いますとですね……、「現実じゃやりたくても出来ない」事をやる学園祭を目指しています。
チョロッと出てる飛行部、これなんてその代表例です。
まあ、その他にもいろいろ考えています。
学園祭はさっぱり終わらせる気はないんですが(せっかく頂いた応募キャラを使いたいので)、相変わらずハモニカは自分で小説にスピード感ないなぁ、なんて思ったりしてます。
かなりロースピードな気がします。
学園祭でガッツリ10話、はいかなくても結構話数を使いそうです。まあ、理由は今回の話のも関わってるんですけどね。その後からは、ようやくシリアスというか、物語の根幹に関わる話に行きたいなぁと思っています。
では、また次回。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。
△▽△▽△▽△▽△▽△
追伸
実は、この間ふとアクセス解析を覗いてみたら5万に届こうとしていました。
なので5万を突破したら何か番外編でもやろうかなぁなどと考えています。
まあ、まだ未定ですが。
一応、候補としては
①キャラによる座談会
②過去話
③完全if物語→「もしも」を題材にショートショートな奴を幾つか一話にぶち込む
ex)「もしも、フランが〇〇な性格だったら」みたいな?
設定作る時にやろうかな、と思ってボツにしたやつとかですかね。
を考えています。
ぶっちゃけ②は本編に絡むのでやめようかなと思ってますけど、どうしましょうかね……。
もしやって欲しいとかのご意見があればドシドシ感想で言ってください。選択肢以外でも「こんなのどう?」でも構いません。
本編ばっか考えていて番外編なんてほとんど考えていないので、仮に5万を突破しても番外編がすぐに出るとは限りませんから。