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第33話 思い出の夢

ちょっと更新速度がまったりしてます。


まあ、頑張ります。


では、どうぞ。


「こほっ」


事の始まりは小さなことだった。


朝起きたら妙な気怠さに襲われたが、大したことはないだろうと思っていつも通り朝食を済ませてレティアと共に学園へ行こうと玄関まで行った時、小さな咳が出た。


「フラン、風邪?」


「いえ、朝からちょっとボンヤリしましたけど大丈夫だと思います……」


「ちょっと来てみて」


顔を近づけるよう言われて言われた通りにすると、レティアが自分の額とフランの額に手を当てて「うーん」と唸り声を上げる。レティアの手の平はほんのりと温かく、どこかホッとさせられてしまう。


「……やっぱりちょっと熱があるわよ。今日は1人で行くから休んでいたら?」


「あら、熱があるの?」


見送りに来ていたメリスが驚いたようにフランの額に手を当てる。


「頬もちょっと赤いし、様子を見た方が良さそうね」


「いや、大丈夫ですって」


自分としては、全く問題はないと思っている。


頭が若干ボンヤリしているとはいえ、生活に支障をきたすレベルではない。記憶のある範囲では風邪にかかったことは今までになかったのでそれはそれで驚きはあるが、微熱程度でレティアたちに迷惑をかけたくないという思いが今は勝っている。


そんな様子のフランを見かねたのかメリスが呆れたようなため息をつくと腰に手を当ててフランの額を軽く指で突いてきた。


「あのねぇ、あなただけならともかくとして、お嬢様やその学友にまで風邪を伝染させるわけにはいかないでしょう? 程度の軽いうちに治しておくために今日は休みなさい」


若干語尾が強められた言葉はあまりにも正論だった。


レティアもまた「そうした方がいい」という表情をしている以上、無理に彼女についていくわけにもいかない。


(いつの間にか、お嬢様の傍に常にいるのが仕事になっていましたからね……)


ここ最近はそれこそ寝る時以外は常にレティアの傍にいる。今までは学園にはついていっていなかっただけに行動を共にする時間はかなり多くなった。そのせいもあってか、レティアの傍にいるのが自分の義務のような感覚が生まれてきている。


レティアの傍で常に彼女の欲するものを渡し、彼女から渡されるものを受け取る。


ちょっとした厄介事から彼女を守り、彼女の生活を支え続ける。


それがフランのすべき仕事であり、義務である、という考えに至っている今、それを果たせないのはとてつもなく悔しい。


「分かった、フラン?」


とはいえ、今回は無理を通せば道理が引っ込むような事はない。無理を通してレティアが風邪を引いてでもしまえばそれこそ自分が自責の念に陥ってしまう事になるのが目に見えている。


「……分かりました。今日は大人しくしている事にします」


「よろしい。クレア、代わりにお嬢様を学園までお送りしてさしあげなさい。寄り道せずに帰ってくるのよ?」


「分かったよ。それじゃフラン、お大事にね」


クレアがそそくさと靴を履いてレティアのために玄関の扉を開ける。


玄関を出て数歩進んだ所でレティアが振り返り、心配そうな表情でフランを見つめてくる。


「大人しくしてなさいよ?」


「分かりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」


「ん、行ってきます」
















「ほわっ!?」


先ほど部屋から出ていったばかりのフランが戻ってきたのを驚いた表情で出迎えたテトはそそくさとフランの・・・・ベッドから降りると場所をフランに譲った。


「……何をしていたかは、もう追求しません……」


正確に言うと、追及する気すら失せているというのが正しいだろうか。


自室の扉を開けて、部屋を見たらベッドの上で枕に顔を埋めて何やら身体をくねくねさせている女性が飛び込んできたのだから聞きたい事とか、問い詰めたい事は1つや2つではないのだが、レティアを送り出した途端、急に体の気怠さが倍増したのでもはやその突っ込みどころ満載の行動に突っ込む気力もない。


おそらくは、責務から一時的にとはいえ解放されたために緊張していた身体の節々から一気に力が抜けてしまったのだろう。寝る時に邪魔になるカチューシャとウィッグを無造作に外すとそのままベッドにダイブする。


「どうしたのじゃ? 顔色が悪いとは思っておったが……」


「微熱、だそうです。今日1日は休むよう言われたので大人しくしているつもりです」


「なら着替えるかの?」


「あなたの前では着替えません」


「むむ、お見通しじゃったか……」


少し悔しげな表情をしながら指を鳴らすテトの相手をするのも億劫だったので、ぼんやりと宙を見つめながら横になる事にする。


「しかし、お主の身体は並外れた治癒能力を持っておるじゃろう? 風邪なんぞ引くのか?」


しばらくして思い出したように顔を上げたテトがレティアやメリスのようにフランの額に手を置いて熱を測ろうとする。


言われてみれば、この身体は病気などとは無縁の存在なのではないかという考えに至る。まさか怪我は治せるけどウイルスは違いますなどというわけでもないだろうし、それなら冬場で乾燥した時期に風邪の1つや2つかかっていてもおかしくない。


「まあ、あたしも人間だった、って事じゃないですか?」


「む、なんでそこで我を見るのじゃ?」


こいつは一生風邪なんて引かないだろうなぁ、などと考えながらテトに視線を向けてやると、不満げな声が返ってくる。


1日仕事がない、というのは久しぶりだ。


普段は何かしらの仕事をやっていたせいもあるだろうが、仕事をしなくともいいとなるとむしろ何か物足りない。随分なワーカホリックになってしまったものだと内心苦笑してしまうが、仕事以外に出来る・・・事がないというのも事実だ。


フランの行動は何かしらの仕事に関連している事がほとんどだ。自分のため、なんて事は滅多にない。以前テトと共に服屋に行って私服を買ったことはあるが、それだってテトに言われたからであって本来の目的はメイド服の改良だ。


(あ、そういえばあれから随分経ってますね……)


涼風にメイド服を注文してだいぶ経つだろうか。回復したら一度顔を出さなければならないかもしれない。


「しかし、休むのであればメイド服のままでは眠りづらいのではないか? なんなら我が……」


「結構です」


下心が透けて見えるテトの提案を一刀両断すると、心底残念そうにテトが項垂れる。


「何かあった時寝間着では困りますからね。仮眠は取りますけどいつでも動けるようにしておかないと……」


そんな事を言っているとテトが呆れたような表情をする。どことなく玄関にいた時のメリスのそれと似ているような気がする。


「お主は病人、なら大人しく寝ておれ。何かあったら我に任せておくがよい。お主に手を出そうなどと言う不埒な、地獄に落ちるべき、御しがたい愚か者がいたら我が直々に黄泉の世界に送り届けてやるのじゃ」


「それはそれで不安です……」


テトのフランに対する愛情、というか溺愛っぷり、は尋常ではない。本当にそうなりかねないので全く安心できない。


「まあ、安心して寝ておれ。さすがの我も病人のお主を襲うほど飢えてはおらん」


「安心して良いんですか、それ?」


「抵抗してくれないと面白くないんじゃ」


「…………」


聞いた自分が馬鹿だった。
















もう何度目になるだろうか、あの夢を見た。


だが、今回は今までのそれとは打って変わった雰囲気だ。


「エネア、身体は大丈夫?」


横にいる白髪の女性がそう訊ねてくる。


「うん、姉さん」


顔を上げ、そう自分が言いかえすと「姉さん」と呼ばれた女性は満足そうに笑みを浮かべた。


「今日はどこに行くの?」


どこか言葉を喋るのに慣れていない、拙い言葉でそう聞くと女性は心底待ち遠しそうな表情をしながら2人が歩いている通路の先に視線を向ける。


母さん・・・が私たちのために部屋を1つ作ってくれたのよ。そこなら皆に会えるし、皆と遊べるのよ」


「ほんと? 皆いる?」


「ええ、お仕事・・・がない時はいつでも行って良いって」


お仕事、という言葉を発したその一瞬だけ、女性の表情が強張った。だが幼い自分にはそれが分からなかったのか、女性の言った言葉を純粋に受け止め、歩く速度を若干速めようとする。


「エネア、あなた、終わったばっかりでしょう? 無茶をすれば引っ張り戻されるわよ」


女性が慌てたように追いついてくると少女の身体を指差しながら心配そうにそう言い聞かせてくる。自分の手を見下ろすと、腕には包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいる。患者服のような服から覗く足も腕と同じように包帯が巻かれている。


「ほら、着いたわよ」


女性と手を繋いで歩いていると不意に女性は通路に面した扉の1つを指差した。


そしてドアを開けると少女と同じくらいの子供から、女性と同い年くらいの青年や女性が集まっているのが目に飛び込んでくる。その場にいた全員が入ってきた2人に気が付くと表情を緩めて手を振ってくる。


「エナス姉さん、2人が最後だよ」


この中では隣の女性に次いで年長者と思われる青年が読んでいた本を閉じて立ち上がると歩み寄ってくる。


「ごめんね、デュオ。まあ、これで全員集まったのなら、始めましょう」


「はじめる?」


少女がエナスと呼ばれた女性の言葉の意図が分からず首を傾げる。


「そう、あなたの、エネアの誕生日会よ」


「たんじょう、び?」


「あなたの生まれた日、よ。ここにいる皆、自分の誕生日を知らないからここに来た日を誕生日にしているの。あなたの誕生日会はもっと前、それこそ5年くらい前に最初の1回をやりたかったのだけれど、あなたの存在を私たちさえ知らなかったから、今になってしまったの」


「「「「ハッピーバースデー、エネア!!」」」」


エナスが言い終わるのが先か、その声がエナスの最後の方の言葉をかき消したのが先か、というタイミングで何かが弾けるような音と共にそんな言葉が投げかけられる。音に一瞬飛び上がりそうになり、握っていたエナスの手により力を入れてしまう。


「怖がらないで。皆あなたを祝福しているの。ここにいる皆が、兄弟で、姉妹なの。家族なのよ」


「かぞく?」


「そう、そして私が母親」


不意に背後から声をかけられ振り返ると、「母さん」がそこに立っていた。


「お誕生日おめでとう、エネア」


柔和な笑みを浮かべながら頭を撫でられ、少女はちょっと照れくさそうに片目しかない目を閉じた。


左目がいつから見えなくなっていたのかなんて分からない。物心ついた時には、すでにこうだった。


ここにいる少年少女も、似たようなものだ。エナスにしてみても、彼女の両足は生まれた時からあった相棒ではない。無機質な銀色の足は部屋の明かりを反射させて光っている。少し動く度に内臓されたモーターが駆動する音が隣にいると聞こえてくる。


「母さん、仕事はいいの?」


「あなたたち全員がここにいるんだから、仕事なんてないわ。1時間しか集まれないけれど、皆にはエネアに少しでも長い時間いて欲しかったのよ」


「……そろそろ、なの?」


エナスの表情から笑みが消える。だが後ろを向いている彼女の表情を兄弟、姉妹たちが見る事は出来ない。隣にいる少女だけが、わずかに見上げて見えているだけだ。


「ええ、実験の準備も最終段階に入ったわ。最初はあなた、そしてデュオ、トリア……。ごめんなさい、もうアレ・・は私には止められない」


「母さんのせいじゃないよ。いずれ来るものが、来ただけの事。それに私も皆も、死ぬ気なんてこれっぽっちもないんだから」


エナスが微笑する。


「さあ、今日は倒れない程度に騒いでいいんでしょう? 皆、楽しみましょう」


皆に向き直ったエナスは満面の笑みでそう言い、エネアの手を引っ張って皆の輪の中へと入っていった。


この類の夢を見て、初めて悪夢、と呼ばなくても良かったかもしれない。


フランはそんな事を考えながら自分が夢の中にいるという実感を覚えながら虚空を漂っていた。眼下ではエネアと呼ばれる少女が兄弟、姉妹、そして母さん・・・に囲まれて戸惑いながらもどこか嬉しそうな表情をしている。


壁には「誕生日おめでとう、エネア」と大きく描かれた横断幕が飾られ、この日のために用意したのか円錐状の帽子を皆で被って騒いでいる。


この施設がどういうものか分かってしまっている今、彼女たちがこんなにも楽しそうにしているのが不思議でならない。あれほどの苦痛を日々受けているにも関わらず、彼女たちはその辺の普通の子供と同じように、屈託のない笑みを浮かべている。


そして、その中に自分・・も入っている。


彼女たちは自分たちが何のために、何故ここに囚われているのか知らないのだろう。あのエナスでさえ、そこまで詳しい事は知っていそうな雰囲気ではない。


しかし年長者ということもあって、周りの人々の反応や言動からなんとなく気が付いているように思える。デュオという青年にも同じ事が言える。


しばらくの間、「母さん」はその部屋でエネアの誕生日会に参加し、エネアを含む年少組が騒ぎ疲れて寝てしまうと苦笑しつつ1人ずつに部屋に置いてあった布団をかけていく。


「眠ったのかい?」


布団をかけている彼女にデュオが声をかける。


デュオ、以前の夢ではまだエネアと同じくらいの子供だったはずなのに、今回の夢ではもはや少年ではなく青年である。それだけで相当の月日が流れているという実感を得る。


「ええ、今ぐらいしか、眠る事もできないから……」


彼女の顔は暗い。そして自責の念に歪んでいる。


「私がしっかりしていれば、皆にこんな苦労を、苦痛を、与えなくて済んだのにね……」


「母さん、今さら悔やんだって死んだ兄弟は戻らないんだ。今生きているこの子達のために出来る事をしよう」


「ええ、分かってるわ。この実験が終わる前に、完遂される前に、絶対あなたたちを救い出してみせる。私がどうなろうと、決して、決して諦める気はないわ」


顔を上げた彼女の顔は、涙を浮かべながらも迷いはない。


「だから、もう少しだけ、待っていてね、エネア」


彼女は寝ている少女の頭をそっと撫でると、その場から立ち去っていく。


後にはそれを見送るエナスとデュオが残され、そこで視界が暗転する。
















「ん? どうした、フラン、何か良い事でもあったのかい?」


昼過ぎ、昼食を持ってきてくれたグラントにそう言われて、初めて自分の頬が緩んでいる事に気が付いた。


「はい、ちょっとだけですけど、良い夢が見られました」


後半はともかくとしても、あの夢はきっと楽しい夢に分類されるものだ。いや、楽しい頃の記憶、と言うべきなのだろうか。


「そうか、それは良かったな。朝に比べると具合はどうだ?」


「まあ、寝てただけなので何かが急に変わった、という事はないですけど、悪くはなってませんよ」


食事の後にグラントが持ってきてくれた風邪薬を飲み、お礼を言う。


若干の熱っぽさ、気怠さはあるが、とりあえずこれ以上悪くなるような気配はない。咳も時折出るが、喉を傷めるほど酷いものでもない。


「デックスの処方した薬だ。効き目が早い分眠くなるだろうから、横になっておくといい」


「はは、相変わらず、デックスさんってなんでも作れるんですね」


「彼の医学に関する知識はかなりのものだよ。料理人なんかではなく、医者としてもやっていけるんじゃないかな」


デックスは確かに万能、と言ってもおかしくないくらいすごい人だ。


それを改めて思い知らされたフランであった。

















グラントがフランに昼食を届けている頃、メリスは自室で考え事に耽っていた。


考えているのはフランの事だ。


治癒能力が高いフランがなぜ風邪を引いたのか、その原因が頭の片隅に引っかかったままなのだ。大したことではない、と囁く自分と、何かの兆しなのではないかと警鐘を鳴らす自分がいる。


(治癒能力が抵抗力と別物とは考えにくい。この間のウルティとの戦闘に原因があるのかしら……)


可能性は否定できない。


あの戦いの後、すぐに傷は塞がってはいたが感染症の危険がないわけではなかった。潜伏期の長い感染症が今になって表に現れたと考える事が出来ないわけではない。


しかし、本当にそうなのだろうか。


可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消えを頭の中で繰り返す。


(そういえば、頭を抱える事があるとデックスが言っていたわね……)


それも何か関係があるのだろうか。


どれも可能性の域を出ず、確たる証拠があるわけでもない以上、悩んでいても仕方がないのだがどうしても気になってしまう。


(……もしや)


すると、ある可能性にたどり着く。


「……いや、それならとっくにフランは……」


本人に聞いたところで、フランは自分がどうしてあのような治癒能力を持っているのか把握していない。


思えば、あの治癒能力があってどうして顔の傷が治らないのか、本来最初に気づくべき事に今さら気が付いた。


「……旦那様の報告を待つしかない、か」


自分の力ではどうする事も出来ない。それが無性に歯がゆい。


しかし、少なくとも少しずつではあるが問題の核心に近づいていると信じて、今はフランの体調がよく鳴るのを待つしかない。



ふむ、以前ハモニカはこんなタイトルを書いた気がします。


「メイドは体調管理が必須」


……うむ。


話が違うじゃありませんか!www


まあ、ちょっとシリアスじみてますからしょうがないんですが……。


今回は結構シリアス回? だったので、次回ははっちゃけようと思ってます。主にあの人とあの人辺りが。


ではまた次回。


誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。



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