第32話 迫るは学園祭
では、どうぞ。
「あ~、なるほど、何がやりたいのかは分かりました。ただ、どうしてあたしまで駆り出されなければならないのかが分からないのですが?」
食堂にある大きな調理場で働く女性とカウンター越しに他愛もない世間話をしていると突然レティアのクラスの女子生徒が駆け寄ってきてフランの腕を掴むと強引に教室に連れてこられた。
そこではレティアたちが慌ただしく論議を繰り広げており、相変わらずジョブは教卓に突っ伏して就寝中である。
話されていた議題は、新入生歓迎及びクラスの親睦を深めるという意味合いで行われる学園祭の出し物についてだ。
この学園では春先に学園祭をやるという慣習になっており、まだ桜が散り終わらない頃には準備を始めることになっているのだ。夏には球技大会という名の弾ではなく球を使った戦争が行われると聞いているが、それと違ってこちらは売り上げを競って戦うようだ。
黒板には出された案がたくさん書かれており、半分程度が飲食店、もう半分が劇やお化け屋敷と言ったもので占められている。そして今争われているのは飲食店で行くか、それ以外で行くか、だそうだ。
飲食店をやるには健康診断などの前準備が必要であるため早めに決めて学園祭委員会に書類を提出しなければならないらしい。だが、出し物で行きたいという生徒との間で議論は平行線になり、とうとうフランにまで飛び火してきたというわけだ。
教室に入りレティアから事の次第を聞き及ぶとクラス活動が活発なのは良いが、これではまとまるものも纏まらないだろうという気がしてきてしまう。
「飲食店!」
「出し物!」
詳しい話し合いがされている訳ではない。ただお互いの主張を繰り返しているだけなのだ。そうしたくなる気持ちも分からないではないが、こんなことを4年間も続けていたかと思うと、今までどうやって解決していたのか不思議でならない。
「……それで、あたしは何をすればいいんですか?」
「あのウルティ、さんを従えてるフランさんならこの事態を丸っと解決してくれるかと……」
フランの問いに答えたのはクラスの話し合いに参加していないテルだ。
なぜ参加していないのが分かるかと言うと、これだけクラスが二分されて論争を繰り広げているのに窓の近くで読書をしているからだ。読んでいる本は「ブラック世渡り術:改訂版第8巻」、正直なぜそんな本が8巻まで続くのか、そもそも改訂されるのかさっぱりだが、妙にテルが読んでいると様になっているような気がしてならない。
「あのですねぇ、ウルを従えている訳じゃありませんし、こういう事に部外者が首を突っ込むのは抵抗があるのですが……」
因みに当のウルティは最初こそ多少真面目に授業を受けていたのだが、ジョブが寝てばっかりなのを見てとると完全に崩壊してしまった。授業そっちのけで屋上で昼寝をしている事だろう。それでも提出物だけはちゃんと出しているところはウルティの真面目と言うか、常識人な部分が表に出ているのだろう。
というよりかは、ウルティ自身が馬鹿のまま一生を終える気がないという証拠なのかもしれない。不良をやるというのと馬鹿になるというのは全く別問題、といったところか。
「いや、案だけで良いんです。こう、思いついたやつでもいいんで……」
案が出過ぎて困っているはずなのにそのお願いはどうかと思うが、とりあえず黒板に出ておらず、なおかつこの平行線を辿る不毛な話し合いの解決策になりそうな案を探してみる。
といっても、相当論議は行われた様で黒板に出ていないものを探す方が大変だ。同じのが複数あっても見落としそうである。
「そうですね……、両方、両方やれるもの……」
ビシッとした妥協点は難しいだろう。
見渡した感じでは飲食店の方が人数が多い。出し物をやりたい生徒たちは「譲れない戦いが今まさにここ」と言った形相だ。そこまでして何がやりたいのかという点が完璧に抜け落ちているような気がするが。
「ええと~、ってそうだ」
よくよく考えてみれば、今この場に必要なのはまとめ役ではなかろうかという考えに至る。本来まとめ役をやるべきジョブが爆睡しているために論議に歯止めがかかっていないわけで、まとめ役があればとりあえず一時的にとはいえ落ち着かせる事も出来るはずだ。
フランは仕方なく机の間をすり抜けて教卓の横に行くとなるべく注意を引き付けられるように声を大きくしてクラス全体に呼びかける。
「すいません、一端クールダウンしましょう。なんであたしがこんなことをやってるのか自分でも分からないのですが、飲食店と出し物、双方でやりたい事を1つに絞ってみてはどうですか? 双方の中でもまた意見が割れているとなるといつまで経っても話し合いは進みませんからね」
出し物の方は先ほど言った通りだが、飲食店もまたやりたい事が幾つか聞こえてきていた。幅広い料理を提供できる喫茶店やちょっとしたレストランから、1つを極める専門店まで、意見は多々ある。それを1つにまとめた上でもう一度ぶつけてみないと、結局は堂々巡りしてしまう。
フランの呼びかけに一度静まり返った教室は、廊下側と窓側にそれぞれ生徒たちが集合しておもむろにそれぞれの会議を始める。
最初は話を聞いてもらえるかも不安ではあったが、幸いにしてフランの発言力はこの教室に限って言えばそれほど小さいわけではないようだ。
しばらくして双方の意見がまとまり、飲食店は喫茶店、出し物の方は寸劇か小さなパフォーマンスをやりたいということに決まった。
フランはとりあえず無造作に書き連ねられていた黒板の文字を消して大きく「喫茶店」と「劇」の文字を黒板に書いていく。
「えーと、喫茶店は分かるとして、パフォーマンスは具体的にどのような事を?」
出し物代表はレイナらしく、前に出てくると胸を張ってフランの問いに答える。
「うちのクラスのダンス部を中心にダンスを踊るのよ。体育館は学園祭までには治るだろうから人が集まる時間帯を使って観てもらうの。飲食店と違ってお金もそんなにかからないしね」
そう言って自信満々に喫茶店を主張する面々を見据えるレイナ。
てっきりレティアが喫茶店の方にいるから単純にそれだけで出し物を推しているのかと思っていたが、しっかりと考えをまとめていたようだ。
「喫茶店は売上さえ出れば利益だって出る。歩き食い出来るものから昼食用のサンドイッチとか出せば人は集まるさ」
出し物を推すのは全体的に女子が多いが、喫茶店を推すのは男子が多いように思える。
とはいえ、男女比で意見が決まるほどこの教室に男尊女卑やら女尊男卑はないようだから、結局は平行線となりそうだ。
そんな事を考えていると、ふとある事に気が付く。
「両方一度にやる、と言うのは駄目なんですか?」
「「「「「え?」」」」」
一瞬にして教室内が静まり返る。
まるでそんな事端から考えていなかったかのような顔をほとんどの生徒がしている。レティアだけが感心したような表情をしている。
「いや、ですからね? この教室であればドア付近にお会計云々、中央にテーブル、奥に仮設のステージを作ってしまえばいいんじゃないかなぁ、と思いまして。ダンスの時間を張り出して、昼食に来た人たちには座ったまま楽しんでいただくとかです。歩き食い出来る食べ物なら立ち見しながら食べられますからね」
そこまで言って相変わらずあんぐりと口を開けている教室の面々を見渡し、どういう感想を持たれているのか無性に不安になってくる。
「あ、あの、何か反応してくれませんか……?」
「「「「「そ……」」」」」
「そ?」
「「「「「それだ――――――ッ!!!」」」」」
フランの機転によって問題があっという間に解決してしまった5年C組は即座に具体的な内容を決める段取りに移る事となった。
隣の教室の教師が様子を見に来るほど大声を上げたにも関わらず微動だにしなかったジョブにはもはや呆れすぎて感心さえしてしまう。
一度決まってしまうとすぐに具体案はまとまった。
概要だけを説明してしまうと、メインは当然ながら喫茶店となるが、ダンスを披露する時間を決めておき、その時間と食事の時間を被らせる事によってよりお客さんに楽しんでもらうということにした。それ以外の時間帯はステージが空くのでクラスの中で何かやりたい者がいれば使ってもらうという事になった。お笑いをやりたいと言い出した男子の2人組が即座にトップバッターに決まったそうだ。
ここまで来るともはやフランなどいなくても回るのがこのクラスだ。そもそも担任があれなのだから、嫌でも自立性は上がる。
早々にお役御免となった事を悟ったフランはレティアに一言声をかけてからクラスを後にして放課後まで時間を潰す事にする。昼食は食堂で取る事にしているが、ここの食堂はかなり人気で昼時は混雑するため生徒たちが授業を終える前に食事をしている。そのためか食堂のおばちゃんとも仲良くなってしまった。
今日もそうしようと思って食堂の端っこの方で昼食を取っていると、不意に目の前の席にジョブが座ってきた。手には鳥の照り焼き定食を乗せたトレーが握られている。正直学園でする事がほとんどなかったフランにとって食堂で全ての料理を網羅すると言うのが密かな楽しみになっていた。そのため大体の料理は把握できている。
「ここ良いかい?」
「構いませんけど、授業は良いんですか? まだ授業中ですが」
食堂にある時計に視線を向けると、まだ授業が終了するまではまだ早すぎる時間を指している。
「いや、今の時間は専門の教師が担当しているのでな。俺は休みだ」
「そうなんですか」
いつも休んでいるようにも思えるのだが、それを言うほど野暮ではない。
食堂を見渡せば教師が数人食事をしているのが視界に入る。彼らもまたジョブと同じようにこの時間に授業が入っていないのだろう。混雑する前にここに来れるのは教師の特権か。
「年度末は、その、すまなかったな」
「はい?」
しばらくお互いの食事に専念していると、ジョブが言いづらそうにそう切り出してきた。
最初は言っている事の意味が分からなかったのと食事を味わっていたのもあって間抜けな返事を返してしまったが、すぐに何を指して言っているのかは分かった。
「あれは学園側の失態だ。ウルティがあそこまで表だって動くとは思ってなかった。いつも何かやるなら学園外だったからな。学園内に滅多にいない事もあって学園内では、な」
「まあ、済んだ事ですから、あまり気にしなくても良いですよ。結果として多数の不良が更生してウルも一応は大人しくすると言ってますから」
「本来ならばそれは俺たちがするべき仕事だ。それを赤の他人の、しかも怪我までさせてしまってはこちらとしてはもう謝る以外に何もできない」
ジョブはそう言いつつ自分の首にぶら下がっている名札のようなものを持ち上げてみせた。そこには生活指導員と書かれており、その下にはジョブの名前と顔写真が貼られている。
「ウルティのおかげであの体育館でのことは全て表沙汰にはならず、君の怪我すら校長や俺くらいしか聞き及んでいない。まったく、巧妙な偽造をしたもんだ」
憎たらしげにため息をつくジョブの顔は苦虫を噛み潰したかのようだ。
「ファルケン家のメイドと執事が職員室に物凄い剣幕で入っていったのを見て全てを把握したよ。新年度始まって初めてのホームルームでのレティアの表情、ウルティの表情からもね。だからこそ、君に謝罪と感謝をしたかった。出来れば屋敷に窺って謝りたかったんだが、あいにく放課後からが俺の本業でね」
「教師がそれを言いますか」
苦笑しつつそう言ってやると、「まったくだ」という返事がされる。
「昼のお仕事にまで支障を来すようなハードな仕事なんですか?」
「仔細は言えんが、最近は隣町まで出張っているからな……」
おかげで疲れを取る時間すらない、と肩を回すとポキポキという音がフランにまで聞こえてくる。相当疲れが溜まっているようだ。
それを見ていたフランはおもむろに立ち上がると机を回ってジョブの背後に立つ。
「どうした?」
「ちょっと失礼」
両手を肩に置くとゆっくりと力を入れていく。すると顔をしかめてしまうほど肩がこっている事に気が付き、相当長い間休息を取っていないのだろうと思ってしまう。
その肩凝りをゆっくり揉み解していく事にする。
「うっ、効くな」
「プロほどじゃありませんが、よくやってますから」
肩のツボを指で押し込むとジョブの呻き声が聞こえてくる。
マッサージはグラントに習ったものが多い。身体の各所にあるツボなどを覚えるのはかなり苦労したが、今では大体の位置は把握できている。疲れて帰ってくるレティアの相手や、時にはメリスやグラントが頼んでくることもある。
「……君もただのメイドじゃないんだね」
「えっと、それはどういう意味で?」
「以前握手をしたのを覚えているか? あの時の君の手は武器を持つ手だった。あの時は護身術とかか何かかと思っていたがウルティを倒したとなるとそれどころじゃあるまい?」
「お見通し、ですか」
なるほど、あの時相手の事を探ったのは自分だけではなかったようだ。
「まあ、君は心が優しいから安心できる。ウルティみたいなのはいつ暴発するか分からないからたまったもんじゃない」
ジョブがカラカラと笑うのを聞きながら肩を揉んでやる。
少しの時間とはいえ重点的にやったおかげでだいぶ肩の凝りは取れてきている。最後に軽く肩を叩いて終わった事を告げてやるとジョブが大きく息を吐いて肩を回す。
「お、すごいな。だいぶ良くなった」
「それは良かったです」
予想外に効いていたのか、ジョブが嬉しそうにそう言うとフランも釣られて笑みを零してしまう。
「まったく、君のような従者を持ててレティアは幸せ者だな」
「それは違いますよ、ジョブさん」
食事を再開したジョブの言葉にフランは席に座りながら首を振る。
「お嬢様に仕えられるあたしが幸せ者なんです」
「あ~、今日はフランの独擅場だったわね」
「そ、そんな事ありませんよ。後半はお嬢様だって積極的に発言されてましたし」
「あら、あなた後半は教室にいなかったんじゃなかったかしら?」
「うぐ」
ある程度クラスの意見がまとまっていくのは確認していたが、昼食を取るために教室を出ていたフランとしては、独擅場というには程遠い。むしろ結果としてはクラスのまとまりあっての事だろう。
「謙遜しなくても良いのよ。まとめ役だってクラス委員長がやればよかったのに、あいつったら飲食店を推すからって中立になっちゃうまとめ役を嫌がってたし……」
誰の事を言っているのか、そのクラス委員長と話したことのないフランはなんとも言えないが、まとめ役がいたのならば是非やって欲しかったという気にはなってしまう。
「お嬢様は何をやる事に?」
「ん? ああ、ウェイトレスよ。注文受けて料理運んでお会計したりね。普段フランたちにやってもらってることよ」
だから見よう見まねでやってみる、と照れくさそうに言うレティアはどこか楽しげだ。それだけ学園祭を楽しみにしているのだろう。
「フランも来てね? 学園祭は外部の人も参加できる催し物があるし、4日もあるとその規模が大きいから」
「4日もやるんですか」
さすがに具体的な事は聞いていないが、4日というのがどれほど規模の大きな物かは容易に想像が出来る。
「ちなみに去年はどのような物が?」
それだけに、フランも興味が湧いた。
「そうねぇ、飛行部の連中がアクロバット飛行披露したり、映画上映したり、いろいろやっていたわね。因みにあたしたちはお化け屋敷だったわ」
やはり大きな学園は規模が違うのだろうか。
飛行部というのは風の精霊と契約している者たちで構成される部活だろう。風を操り空を飛ぶ技術を磨き、学園祭などで日頃の成果を存分に見せつけるといったところか。
「飛行部ってすごい奴が多いからね。良い意味でも悪い意味でも」
「と言いますと?」
ため息をつくレティアに首を傾げて訊ねると、思い出すのも嫌そうな顔をしながらレティアが簡単に説明を始めた。
要約してしまうと、飛行部の部員の多くが新聞部のバイトをしているとのことだ。学園祭などで空から撮影をしたり、出し物を取材したりするのを手伝う訳なのだが、以前のゴシップ新聞にもあったように、人のプライバシーも平気で空から撮影するそうなのだ。飛行部の連中もちょっとした小遣い稼ぎになるから喜んで仕事を引き受けているようで、れっきとした取材と言う仕事と並行しているため頭ごなしに止めるよういうのも難しいらしい。
「ま、あいつらのおかげで毎年学園祭が盛り上がってるのも確かなんだけどね」
「なら、弱みを握られるような事をしないようにしなければなりませんね……」
「ええ……」
例の新聞を思い出して2人揃ってため息をついてしまう。
因みにあの新聞はメリスやクレアの目に入る前にレティアが焼却処分したとのこと。焼却処分する際に庭から呪怨のような声をクレアが聞いたとか聞いてなかったとか。
えー、どうも、ハモニカです。
昨日に引き続き今日も投稿という事で、32話をお送りしました。
いろいろ放り投げたフラグを回収するのに時間がかかりそうですが、頑張って回収したいと思います。
さてさて、ようやく学園祭です。春先にやるのもどうかと思われる方がいるでしょうが、その理由は追々本編中で説明したいと思っています。
では、また次回。
誤字脱字報告などお待ちしております。
追伸
もしよろしければ、ハモニカの今日付けの活動報告を覗いていただけると嬉しいです。
今日という日を生きている事に感謝しつつ、今後も活動を続けたい次第であります。