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第02話 メイドの仕事に他意はない



さ、最初くらい飛ばして書いてもいいですよねっ!?


最初ですからっ!




珍しく、昔の夢を見た。


それは今でも忘れるわけがない、初めて彼女と出会った日の夢。


父と共に外出していた際に、道を外れた木の陰で倒れ込んでいた彼女を見つけた時は、本当に驚いたのを今でも覚えている。


あたしは混乱するあまり何をすべきか分からなかった。血まみれで、ボロボロの服を着た自分と同じくらいの少女を見て、冷静に対処できるのならばその人間は賞賛に値する。


さすがのあたしも気が動転、後から馬車を降りてきた父は最初こそ目を見開いて驚いていたが、すぐに仕事人間の顔になって自分が羽織っていたローブを脱ぐとそれで少女の身体を包み込んでヒョイと持ち上げた。


決して肉体派、とは言えない父でも軽々と持ちあがったのだから、あの時彼女がどれほど衰弱し、やせ細っていたのか想像に難くない。


あの時、少女の顔の左半分には血で白い所がないほどの包帯が巻かれていた。


あたしはそれが意味するところを理解せずに、包帯を交換しようとした。


だから、正面から見てしまった。


包帯の裏に隠されていた彼女の顔の左半分を。


見るも無残に焼き爛れたようになっていて、とてもじゃないが直視して良いものではなかった。


そして案の定、あたしは胃の内容物を道にぶちまけてしまった。


よほど長い間、適切な処置もされずに放置されていたのだろう。行き倒れていた間に蛆が湧いていたその傷痕は彼女がどれほど過酷な人生を歩んでいたかをこれでもかとあたしと父に見せつけてきた。


あの頃は目立った騒乱もなかった。


何者かに襲われて、命からがら逃げのびてきたのか、とも考えられたが彼女のボロボロの服の間から覗いていた黒光りする鉄の物体を見て、彼女がまともな世界に生きていなかった事を思い知らされた。


こんな夢を見たが、あたしは悪夢とは思わなかった。むしろ懐かしい思い出を思い出すことが出来て懐古の情に包まれてしまったほどだ。


彼女とは今では主従の関係以上に親しい。


あたしは彼女に絶対の信頼をおいているし、彼女もきっとそうだろう。


こんなことを考えていると自意識過剰かと思われてしまいそうだが、事実なのだから致し方ない。


しかし、なぜ今になってこんな夢を見ているのか不思議でならない。


もはやこの記憶はさして重要ではない。彼女はもうあの時の彼女ではないし、前を向いて歩いている。彼女にあの時点以前の記憶がないのは不幸中の幸いだ。


あんな傷を負うような過去を思い出してほしくなかったのはおそらくあたしの屋敷の者の総意だろう。


父は彼女の素性を探ろうとさまざまなパイプを駆使していたようだが、不思議な事に彼女に関する情報は一切なかった。本来生まれた時に作られる戸籍すら残されていなかった。


あれ以来、父が彼女の調査を続けているかどうかあたしが知る術はない。


あたしも彼女の過去をそこまでして知りたいとは思わないし、知りたくもない。あたしにとって大切なのは今なのだから。


そう、今なのだ。


実はすでに夢から覚めているという事を改めて言っておかなければならない。


誰に?


さあ、あたしも理解できていない。


そしてあたしにとって大切なのは今現在だ。


あたしの今現在大切な事は――――――。
















「お嬢様、朝ですよ」


「あと5分~」
















わずかばかりの睡眠だと言っておこう。























「あと5分~」


「駄目です、今すぐ起きないと遅刻してしまいますよ?」


一度、寝づらそうに寝返りをして瞼を開けたため、今日は恙なく起床するかと思った少女は一瞬フランの顔を見ると再び布団の中にもぐり込んでしまった。


フランはため息をつきながら再度少女に起床を呼びかけるが、返ってくるのは「あ~」だの「う~」だの言う少女の呻き声だけだ。


このままでは埒が明かないと判断したフランは部屋で少女の持ち物である私物を整理していたグラントに視線を送る。


「……仕方ないな。許す、やってしまえ」


しばし考えを巡らせた後、グラントは「ただしお手柔らかにな」と前置きをしてからそう呟いた。そしてそそくさと部屋の外に出ると部屋にはフランと少女の2人だけになる。


グラントが執事としてはあまりよろしい行為ではないであろう、扉を随分と大きな音を立てて閉めると、布団の中にもぐり込んだ少女の身体が外からも見えるほどビクッと震えた。


「も、もしや……、今、2人、だけ……?」


「その通りです、お嬢様。さて、今お嬢様に許された選択は2つです。1つ、大人しく布団からお出になられて制服に着替えるか、2つ、あたしに強引に朝の清々しい風にその寒い恰好で放り出されるか、です」


「今すぐ起きる!」


布団がベッドの上で宙を舞う。


そして燃えるような紅い髪の毛がその陰から姿を現し、フランはにっこりと笑みを浮かべた。


「おはようございます、レティアお嬢様」


「あ、あなたねぇ、いい加減主に対する態度を覚えた方が良いわよ……」


眠りの世界から脅迫まがいの事をされて引き戻されたレティアが恨めしそうにフランを睨み付けるが、フランの笑みはその視線を軽々と弾き返す。


「おや、あたしは何もしておりませんよ、お嬢様。それよりも早くお着替えください。朝食は出来ています」


「まったく、いつからこんなに生意気に……」


レティアが不満げにそんな事を呟いた瞬間、フランの視線がレティアに照準を合わせた。


「お嬢様」


「な、何かしら?」


「先に謝罪しておきます。失礼」


「はぁ――――――ッ!?」


レティアが言葉の意味を理解するよりも早くフランは動いた。


まずは上だ。


レティアの身体の前にある6つのボタンを目にも止まらぬ速さで外すと反対側の手で真上に引く。服に引っ張られてレティアはいわゆる「万歳」の姿勢になり、フランはそうなった瞬間にパジャマの上を剥ぐ。


その時点でレティアが顔を真っ赤にし始めているが、フランはそれに意を介さずすでに用意されていたレティアの着替えを手に取るとレティアが露わになっている胸を隠す間も与えずにブラジャーを装着させる。そしてその上からシャツを着せ、次は下に――――――。


「何やってるのよ!」


思い切り蹴られてしまった。


顔面にレティアの裸足の蹴りが思い切り入ったおかげで眼帯が外れそうになってしまい、慌ててそれを抑えていると燃えるような紅いオーラを身に纏ったレティアがその眼前に立ちふさがった。


「もう一度聞くわよ、フラン。あなたはいったい何をしようと、いえ、したのかしら……?」


「もちろんお召替えを――――――きゃっ」


再び蹴られる。


先ほどより軽めであったが、それでも相当強い事に変わりはない。


「『きゃっ』って何よ! あなた頑丈でしょうが!!」


「メイド長に『女の子らしい仕草』を覚えるよう言われたのですが」


「使いどころが間違ってるのよ!」


「はぁ、お嬢様、何をそんなに怒ってらっしゃるのか理解できないのですが、このままですと朝食抜きですよ?」


「うぐっ……分かったわよ。着替えるからもう勝手な真似はしないで……」


朝から大声を出す羽目になったレティアが心底疲れた声でそう言うと、フランは起き上がって着替えをレティアに手渡す。


「お嬢様」


「ん、今度は何よ」


「おはようございます」


挨拶は大切だ。


こればかりは毎日欠かさず行っているからもはや習慣になっている。


レティアはさっきまでの空気はどうした、とでも言いたそうな顔をしつつもフランに顔を向けると、小さく口を開いた。


「……おはよ」












「お嬢様、おはようございます」


「おはよう、グラント」


レティアが着替えを終えた頃合いを見計らってグラントが部屋に戻ってきた。


「うむ? どうしたフラン、その顔は」


入ってすぐに、グラントは若干赤くなってしまったフランの顔に気が付いた。些細な事にもすぐに気が付ける観察眼が必要、という事を言っていたのはグラントであったかメリスであったか。


「お嬢様に蹴られまして」


「おやおや、あまり暴力に訴えては駄目ですよ、お嬢様?」


「酷い目にあったのはこっちなのよ!」


先ほどの事が思い起こされてレティアは耳まで真っ赤になる。


おそらく叫び声は外まで聞こえていたから、グラントも何故こういう状況になったのかは理解できているのだろうが、さすがにそれを面と向かって言う事ではない。


「お嬢様、暴れられると髪の毛がうまく……」


レティアは今フランに髪を梳いてもらっている。紅く長い髪は背中の半ば程度まで伸びているため、自分で手入れをするには些か面倒なのだ。


レティアは白色を基調とした、「制服らしい」制服を着ている。ブレザーはボタンが正方形の頂点になるようにお腹の前にあり、胸元には獅子をモチーフとしたエンブレムがある。スカートは膝上数センチといったところで、こちらも上に合わせて白を基調としている。


上下共に服の節々に青い装飾がされており、白を基調とした制服の中でその青が際立って見える。


「今日は激しく動くような予定もないから、軽めで良いわよ?」


「そう言っていつも家に走って帰ってくるように思えるのですが」


「あれは……、ほら、突然動きたくてうずうずしてるっていうか、なんというか……」


「……いつも通り、ポニーテールにしておきましょう」


レティアの髪型はひとえに髪型をセットする人間にかかっている。レティア本人がやりたいと言う時も稀にあるのだが、稀なために左右非対称になる事がほとんどだ。


それも考えた上での左右非対称ではない。言ってみれば「ツインテールにしようとしたら束が3つにも4つにもなる」レベルだ。


手先は器用なのだが、自分の髪の毛は話が別な様だ。


「あれっていっつも後ろの奴に引っ張られるのよ~」


レティアが鏡越しに後ろのフランに視線を飛ばしてくる。


「引っ張りやすい所にあるのは否定できませんね」


綺麗にまとめて星のアクセサリーのついた紐でポニーテールを完成させると軽くレティアの肩を叩いてやる。


「ん、ありがと」


「どういたしまして」


レティアは鏡でおかしなところがないか確認するが、特に目立った違和感も無いようで満足げに頷くと、椅子から立ち上がって部屋の扉へと向かう。


扉の横で待機していたグラントが扉を開き、レティアはノンストップで部屋を出てリビングへと歩を進める。


「うぅ、ようやく暖かくなってきたわね」


「確かに、今年の冬は一段と寒かったですからね」


「おかげでお嬢様がなかなか起きていらっしゃらないので苦労しましたがね」


グラントが悪意のない表情、口調でそう言うが、先ほどのフラン同様ダメージをレティアが受けている。


「まったく、うちのメイドも執事も、どうしてこう主を敬わないのかしら?」


「「敬ってますよ、お嬢様」」


声を揃えてフランとグラントが良い笑顔をしてみせる。


これだけでレティアを撃沈させるには十分だ。


結局のところ、この屋敷ではメイドも執事も家族同然に近い。


そのため、相手が主であっても態度が激変するような事はない。皆同じように接している。


これを始めたのは他でもないこの屋敷の主、つまりはレティアの父親である。


クラウス・ファルケン、ファルケン家現頭首にしてこの国グラディアラス王国の大臣の地位にいる。他人にも自分にも厳しく、自ら率先して仕事を受けるためどうしても屋敷に帰ってくる機会が少なくなっており、現在も1週間も屋敷に戻ってきていない。


ファルケン家は代々王に仕える重役の地位にあり、クラウスもこの国に3人いる大臣職の椅子の1つに就いている。この3人は三本柱とも呼ばれており、この国の重要な政策や案件に対して強い権限を持っている。実質、国のナンバー2である。大臣の間で地位の差はないため、協力し合って政治を行っているそうだ。


クラウスはその中でもまとめ役のような存在で、それまで険悪だった議会と大臣との軋轢を埋め、王の声が国の隅々まで届く様にインフラ整備を推し進めている。


そのせいか出張で遠くに行くことも多く、そういう際はグラントがお供している事もある。


ともかく、レティアの父親であるクラウスはなかなか屋敷に戻ってこない。


そのためレティアが実質上の主のような地位になっている。基本的にはフランたちメイドや執事はレティアの言う事は聞くが、当然クラウスの命令の方が上位に存在していることも忘れていない。


いざという時の優先順位というやつであろう。


「はぁ、……と、そういえば明後日までの宿題があったんだっけか」


「はい、魔法学45ページ掲載の炎系魔法を形にしておくようにと、ありました」


「忘れてた~、どうしよう、さすがに間に合わないかも」


「ですから、今日明日は徹夜の御覚悟を」


グラントがニヤリと笑みを浮かべる。


この世界に生きる人間は、生まれながらにして精霊と契約している、と言い伝えられている。契約する精霊の種類によってその者が使用できる魔法の種類も変わるとのことだ。


例えばレティアは炎の精霊と契約している。契約の証である燃えるような紅い髪と、目を持っている。


その者の髪の毛と目の色は契約した精霊の種類によって決まるものだが、基本的にその血筋は受け継がれるものだ。両親が炎と水の精霊と契約していれば、その子はそのどちらかとなる事が大半を占めているが、もちろん例外は存在し、まったく違う精霊と契約していることもある。


「うぅ~、そのまま翌日寝坊したい……」


「ご安心を、お嬢様。時間きっかりに起こしてさしあげます」


「フ~ラ~ン~」


レティアは前者だ。


父親であるクラウスの血を色濃く受け継いでいる。


「グラントさん、あたしを同席しても?」


「課題にか? それは構わないと思うが、どうするんだ?」


不意にフランがグラントにそう尋ねたので、グラントは意外そうな顔をした。そして一瞬フランの腰にぶら下がる30センチを超える大きさの銃に視線を向ける。


「最近鍛錬を怠ってしまっているので、グラントさんにご指南をと思いまして。お嬢様の課題も助言くらいは出来ると思うのですが……」


「フラン、前にも似たような事をして酷い目に合ったじゃない。あなたの説明って擬音が多すぎるのよ」


「ま、前とはもう違います。あの頃はまだ、その、言葉もあまり覚えてませんでしたし……」


レティアが呆れたような表情でそう言うと、フランは若干頬を赤らめて言い返した。


「お嬢様、問題ないでしょう。それに、私も久々にフランの腕を確認しておきたいですし」


「グラントがそう言うなら別に構わないけれど、次の日仕事が出来る程度に手加減しておいてよね?」


「前は2日ほど寝たきりにさせてしまいましたからね」


「思い出したくもない……」


メリスとは違い、グラントには護身術などもフランは教わっている。グラントは執事の嗜みとして主人が危機の時それを乗り切るだけの技術と経験が必要だと常々言っており、フランとも組手や実戦形式の訓練を行っている。


素手での近接戦闘から、魔法を交えたより現実的なものまで、その種類は幅広い。


なんでもグラントは依然国軍で嘱託講師をしていたらしい。要は兵士の教育係を務めていたのだ。グラントは茶髪、世間一般に土の精霊と呼ばれる精霊と契約している。


炎や水と違ってそれ自体を作り出すと言う訳ではなく、既に存在する土や石、砂と言ったものを自在に操る事が出来る。これは他の魔法とかなり勝手が違い、後先考えずに使いすぎると自分の足元を言葉通り掬われることになると言う。


「よし、それじゃ今日は帰ってきたら早速特訓ね。中庭を使いましょう」


「分かりました。では用意をしておきましょう」


「頼んだわ、グラント」


このファルケン家の屋敷は町の真ん中に近い場所にある。当然隣にも家が並び、前の道を行き交う人の数もそれ相応に多い。夕方から夜にかけて魔法の練習などすれば、近所迷惑になってしまうのは目に見えている。


「土結界は防音性に優れていますからね」


「うむ、このような使い方をするとは考えもしなかったがな」


人間が作り出す結界はその者が契約している精霊の種類で異なる。


グラントの場合は土で作り出される結界、レティアであれば炎を薄く伸ばしたような結界を作る事が出来る。この場合、物質的な意味でグラントの結界は防音性に優れている。


結界と言っても外と中の世界を切り離すだけで、それが存在することは見ればすぐに分かる。特に夜中に炎の結界など作れば、かがり火になって安眠妨害になるだろう。


「お嬢様の魔法はよく爆発しますからね」


「仕方ないじゃない。水とか雷と違って調整が難しいのよ」


レティアがふて腐れて顔を背ける。


そんな他愛もない会話をしている間に、3人はリビングへ到着した。


既にそこにはメリスやクレアが集まっており、レティアの起床を待っていた。


「「「おはようございます、お嬢様」」」


「おはよ。ってもうこんな時間!?」


リビングの壁掛け時計に目をやってレティアの眼が見開かれる。


「ですから、早く起きてもらいたかったんです」


「くっ、朝食を逃す訳にはいかないわ。すぐに持って来なさい!」


ファルケン家の朝はいつもにぎやかだ。






















余談だが、フランはハムの原産地を問われてまともな答えを出す事も出来ず、グラントにことごとくフォローされる羽目になった。



ひゃっほーい、どうも、こんにちは、こんばんは、おはようございます、ハモニカです。


序盤くらい書き溜めしてある話をチマチマ修正しつつ連続して出そうと思った次第であります。


順調な滑り出しになればいいのですがねぇ。


では。


誤字脱字報告、ご感想、お待ちしております。


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