第24話 犬は主人を持ち、猫は僕を持つ
サブタイトル前半は関係ないです。問題は後半ですww
では、どうぞ。
「フランちゃん、何となく形がまとまったから、見てくれるかしら?」
「あ、はい、分かりました」
まったく考えた事のない、私服選びという難題を突き付けられて考え込んでいたフランを呼ぶ声がして振り返るとイディラスがカウンターの反対側から手招きしているのが視界に入ってきた。その隣ではモービが早速素材は何にしようか、と考えているのかごそごそと作業を始めている。
実は、先ほど進行状況を覗いてみようとカウンターに行った時、メイド服がワンマンアーミー顔負けの重装備かつ機動性確保という理由でどう考えても日常生活に支障が出る装備になっているのを目撃してしまったので、どういう風に形がまとまったのか非常に不安だった。
ところが、カウンターの上に置かれたスケッチを見てみると、そこには今着ているメイド服とあまり変わらないデザインの服が描かれていた。しかもご丁寧にフランの顔まで精巧に描き込まれている。
「外見はあまり変えないという事で良いかしらね? ただ、今のままだと戦闘時スカートが広がって動きにくいとか、そういう問題が残るから、こっちも採用」
そう言ってイディラスがスケッチブックを1枚捲る。
するとそこには身体にフィットした服を着たスケッチが描かれていた。構想を練り始めてからまだ数十分と経っていないはずなのだが、あまりの仕事の速さにテトが隣で感心している。
黒を基調とした、というよりは真っ黒なその服は関節部などにサポーターが取り付けられている。また、その隣には先ほどのメイド服の裏側と思われるスケッチもある。
「防御面においては素材の変更を行うわ。前回はあまり重視していなかったけれど、今回は耐熱、耐寒性に優れていて尚且つ薄くて丈夫な素材を使う事にしてみるわ」
「そんな都合の良い素材があるのか?」
テトが驚いたように訊ねる。
するとモービが自慢げに笑みを浮かべてみせた。
「涼風は軍用服も扱ってるんだ、そこからちょこっと技術を拝借すれば簡単さ。さすがに詳しい素材の内容は教えられねえけどな。そこは勘弁してくれな?」
つまり、ブラックボックス化されている、という事だろう。軍用となれば他国への技術流出などを防ぐ義務がどんなものでも発生する。それは服にしても同じであるようだ。
ファルケン家が信頼に足る家柄であり、なおかつモービとイディラスがフランを知っているからこそ、そんな真似が出来るのかもしれない。
「それは問題ないです。それで、具体的には?」
「そうだねぇ。そちらの要望を聞かないと詰められない部分もあるから、呼んだんだよ。聞きたいのは、ずばり1つだ、この服で何がしたいか、だ」
イディラスが人差し指を立ててフランを見つめる。
少ない情報から客の要望通りの物を作るのも才能だが、それ以前に客の要望を100パーセント完璧に盛り込むのが仕事だ。集められる情報は大いに越したことはない。
「そうですね……、近接戦闘でも剣による怪我を軽く出来ると言うのが目下の優先事項ですが……」
近接戦闘、フランはまだ数分、下手をすれば数十秒で使えなくなってしまうアフェシアスの出す魔力を剣に変える技術、これを突き詰めていけば遠距離、近距離関係なく戦えるようにある。それはつまり、近接戦闘による負傷の可能性が増える事を意味する。
遠距離でアフェシアスを撃ちながら敵の魔法攻撃を回避し続けるだけなら、そこまで意識しなくてもいい性能なのだが、今日のテトとの戦いで近接戦闘にも希望の光が見えたので、改めてその部分を考える必要性が出てきた。
「ふむ、斬るという動作に対して布で対抗するのは無理があるが、いっそ鎖帷子でもつけるかい?」
「重そうなので無理ですね」
「だろうねぇ。う~ん、斬るのを完全に防ぐのは無理だが、打撃に関しては何とかできそうだね。衝撃を少なからず吸収できるようにしておこう」
イディラスがフランの要望をスケッチブックに書き込んでいく。
「全体として大きな変化は感じられないかもしれないけれど、耐久性は数倍に跳ね上がるね。後はキャパだが……」
「ああ、武器はアフェシアス1つですから、そんなに増やす必要はないんですが……」
「そうかい? ならその分、軽量化することは出来るね。よし、わかった、早速試作してみるから、こちらから連絡させてもらうよ。それで、私服の方は何か決まったかい?」
スケッチブックを横にずらすと、イディラスがもう1つの方について聞いてくる。
フランはカウンターにとりあえず買う事にした服を置き、ポケットから財布を取り出す。財布といってもこれを持って外を歩くことは滅多にないのでほとんど傷もついておらず、中に入っているのも先ほど屋敷を出てくる前にメリスから受け取った真新しい硬貨だ。
服は温かみのある色を基調とした服が中心で、主にテトがコーディネートしたものだ。数回試着したがメイド服とはまた違った温かさがあって新鮮だった。いくつあるのかイディラスが確認するため持ち上げていると、不意にその手を止めて持ち上げた服の横から顔を出してテトを見つめる。
「……あなた、センスあるわね」
「じゃろう? ふふ、そなたとはゆっくり酒を交わせそうじゃのう」
「残念、私は酒は飲まないのよ、お茶でどう?」
「「ふふふふふふふふ……」」
何やら、テトとイディラスが不気味な笑みをお互いに見せ合っている。
その様子をフランはモービと共に首を傾げながら見ていたのだが、しばらくして2人はいきなり力強く握手をして、何かを誓い合ったかのような表情を見せる。
「な、なんなんですか……」
「フランには関係あるが関係のない事じゃ」
「む、なんですかその言い方は……」
意味の解らない事を言うテトにため息をつくが、それはともかくとしてテトが早速この町の人とあっという間に親しくなったのは喜ばしい事だ。社交性という観点ではフランの一枚どころか十枚ほど上手なようだ。
「ええと、全部で5着だね」
その後に代金を言われ、代金を支払っている間にモービが服を袋に入れていく。お釣りを受け取り財布に戻してからその袋を受け取ると、フランは2人に礼を言って店を後にする。
店を出る際にイディラスとモービが「毎度あり」と威勢よく言うのが後ろから聞こえ、それに振り向いてもう一礼すると通りに出る。
「ふふ、よい店主じゃったの」
「あの握手は結局なんだったんですか……」
「ん~? それは秘密じゃ、と……」
テトが通りの先に何かを見つけたのか、一点を見つめ、素早く通りの路地を入り込んでしまう。そして路地で何かが光ったかと思ったら小さな影が飛び出してきてフランの身体によじ登ってきた。
「……何をしてるんですか……」
肩にちょこんと座った黒猫のテトにそう訊ねるが、「にゃあ」という鳴き声が返ってくるだけで、答えは返ってこない。そんな様子を疑問に思いながらも、視線を前に向けると、通りの正面をレティアがクラスメイト達と歩いているのが視界に入ってきた。
「ああ、そういう事ですか……」
「にゃ」
レティアとテトの仲が悪いのにはほとほと疲れさせられるのだが、その原因がフランとあってはフランにはどうしようもない。
「お嬢様」
お喋りに夢中になっていてこちらに気が付いていないレティアに声をかけると、レティアが振り向いてまずフランを見て笑みを浮かべ、次にその肩に乗っているテトを見て何とも言えない不機嫌そうな顔になる。ここまで分かりやすい表情をされるとこちらとしても何も言えない。
「フラン、珍しいわね、この時間に外にいるなんて」
「あ、フランさん、こんにちは~」
「こんにちは、レイナさん、テルさん」
クラスメイトのレイナとテルに頭を下げて挨拶をすると、案の定2人はフランの肩に乗るテトに視線を向けた。その様子にさらにレティアの機嫌が悪くなってしまったように思われる。
「その猫、フランさんのですか?」
「はい、テトと言います」
肩にいるテトを抱き起して胸に抱き、頭を撫でてみせるとテトが気持ちよさそうに喉を鳴らす。それを見て2人はレイナは癒されたのか緩んだ笑みを浮かべて「かわいいね~」などと呟いている。
「にゃ♪」
「っ! ……こんの性悪猫……」
「はぁ……」
レイナとテルには分からなかっただろうが、テトがレティアに視線を向けて人の時だったら絶対に「どんなもんだ」とでも言っていそうな表情を浮かべて鳴いたのでレティアの額に青筋が立っている。この2人の仲が良くなることなどありうるのだろうか、とこの先が不安で仕方がない。
「フランさん、抱かせてもらっても?」
「ええ、良いですよ」
レイナにテトを渡すと、テトの頭を優しく撫で始める。
その間にレティアがフランに近づいてきて不機嫌な表情のまま隣に立つ。
「買い物かしら?」
「はい、服を買いまして」
手に持っていた袋を少し持ち上げてみせると、レティアがそれを覗き込んでくる。
「ふぅん、そういえば、フランの私服姿なんて見た事ないわね」
「着た事ありませんから」
レイナがテトと遊んでいるのを眺めながらフランは少し笑みを浮かべる。
テトはレイナの腕の中から飛び出すと肩を中継してレイナの頭に上っている。そしてそこで座ると若干満足げな表情をしている。レイナは懐かれたと思って喜んでいるが、フランとレティアにはその真意が手に取る様に分かってしまった。
「にゃあ♪」
「……楽しんでますね……」
「レイナも気が付いてないわね、椅子代わりにされている事に」
座り心地が良いのか、テトはしばらくレイナの頭の上を占領していたが、喜んでいたレイナもさすがに首が疲れてきたのか頭から下ろそうとしたため自分から地面に飛び降りると軽やかな足取りでフランの許に戻ってくる。
フランの足元まで来ると持ち上げてくれと言わんばかりに可愛らしい声を上げ、隣のレティアの顔が引きつったのが横目にも分かった。
「あれ、レティ、猫苦手だったかしら?」
そんな様子に気が付いたのかテルが首を傾げている。あえて言わない事にしたが、脇に抱える鞄の隙間にカメラが覗いており、光を反射させてわずかに光っている。
「え? い、いや、苦手じゃないんだけど、こいつが……ね」
まさか、人の姿になってレティアに喧嘩を売っているとは口が裂けても言えないだろう。もちろん、その原因がフランにある事はフラン自身分かっているので、万が一レティアが言おうものなら全力をもってそれを阻止しなければならないのはフランも同じだ。
あの日の朝の出来事が頭の中に蘇ってフランは自分の頬が熱くなるのが自分でも分かった。
「……? フランさん、顔赤いですよ?」
「ふえ? あ、いやその、なんでもありません」
自分でも説得力の無い言葉だと思って後悔したが、後の祭りだった。
屋敷に戻ると玄関の扉が閉じるや否やテトが人の姿に戻って大きく伸びをした。腕を高く上げて伸びをしたため否応なくテトの豊満な身体が強調されてレティアが面白くなさそうな表情をしている。
「んん~、あんな風に撫でまわされるのは嫌いではないんじゃが、やっぱりフランが一番上手い気がするのぅ」
「撫で方を褒められても反応に困りますね」
「そうか? ではこの姿でもう一度撫でてみるか?」
「どうしてそうなるのよ……」
レティアの突っ込みを無視してテトはフランの前に回り込むと頭を垂れる。耳がピクピクと動いてフランに撫でるよう催促している。このままでは埒が明かないので仕方なく頭を撫でてやると、猫の時とはまた違った気持ちよさそうな声を上げる。
「はいはい、いい加減フランにべたべたするのやめなさいよ」
「うん? なんじゃ、お主、さては羨ましいのか? お主もやってもらうと良い、フランはテクニシャンじゃぞ」
「誤解を招くような言葉を使わないでください」
撫でる手を止めて軽く頭を小突いてやると、テトが「にゃふ」などという声を上げる。
「……平和ねぇ」
そんな玄関での一幕を、レティアのお出迎えに顔を出したメリスがそう言うと、左右にいたグラントとクレアが激しく同意の頷きをしていた。
「それで、私に何をして欲しいんだって?」
日の暮れたグローリア魔法学園、学舎にはほとんど明かりが灯っておらず、職員室や警備の詰所など数カ所にわずかな明かりが見えるだけである。
真っ暗な校舎の中で、一カ所だけ明かりがついている場所があった。両隣どころか、その建物の中でその教室しか明かりがついていないが、正面からは見えない場所であるため、詰所などからは確認できない。
その教室には数人の男女が机を寄せて中央に集まっている。
「だから、その女に仕返ししてぇんだ! 姉御も協力してくれ!」
だらしなく制服を着た男子生徒が椅子に座って足を組んでいる女子生徒にそう言う。女子生徒、と言うには若干大人びているその女性は黙って男子生徒の顔を見つめている。
「そりゃあ、あんた、連れをナンパされてナイフ持って脅されたら反撃するだろうさ。あんたは狙う相手を間違えたね」
「そんな……おい、お前らもなんとか言ってくれよ」
男は後ろにいた女子生徒に顔を向けるとすごい剣幕で詰め寄る。よく見れば、その男子生徒とは別に壁際にまるで貼り付けられたかのように立っている男子生徒が2人いる。2人とも頭などに包帯を巻いていて、1人は松葉杖をついている。
「で、でも、あいつすごい強かったし……」
女子生徒がまるでトラウマを思い出すかのようにおずおずとそう呟くと、教室に盛大な笑い声が響き渡る。声の主は座っている女性、歯をむき出しにして、これ以上になく楽しそうに笑っている。
「姉御……?」
「はは、強いから? 違う、あんたたちが弱いだけさ。ここの実技でCマイナス取ってる癖に手を出すんだから、そうなるのさ」
「な、なんだと!?」
さすがにこれには男子生徒も頭に来たのか、座っている女性に詰め寄る。胸ぐらを掴んで一発お見舞いしてやろうとでも考えていたのだろうが、男子生徒が女性に伸ばした腕は女性に届くことなく、叩き落とされた。
「あ――――――」
「汚い手で触るな、阿呆」
男子生徒の右腕が肘からプラプラとぶら下がっている。腕が完全に折れているらしく、重力に従って関節とは真逆に曲がっている。そして女性の手にはいつの間にか棍棒のような物が握られている。
「ふん、この程度も気が付けないとは、よっぽど素質がないのかねぇ? その程度で偉そうなことを言っているんじゃ、いつまで経っても舐められたままだな。そうは思わないかい?」
「ひっ!?」
立ち上がり、棍棒で肩を叩きながら女性は女子生徒に声を投げかける。
腕を折られた男子生徒が床にうずくまって唸り声をあげているので、その腕を軽く蹴ると男子生徒がこの世のものとは思えない悲鳴を上げ、女子生徒たちが反射的に耳を塞ぐ。
それを見て女性はニタリと歯を見せる。
「なにビビってるんだい? あんたたちもこれからこうなるんだ。まったく、私の顔に泥を塗っておいて、その上その尻拭いを私にさせようなんて、随分なご身分だね。せめて学力で私を追い抜いてからそういう寝言は言いな。ああ、その後でしっかり眠らせてやるから」
女子生徒が悲鳴を上げる前に棍棒が女子生徒の膝を襲い、強制的に跪かせる。目にも止まらぬ速さに3人の女子生徒が何が理解するよりも跪かされ、次の瞬間にはその腹に1人一発ずつの突きがお見舞いされる。
「ああ、せっかく治療してもらったあんたたちは止めておくよ。その代わり、あんたたちを返り討ちにしたっていうメイドについて教えてくれよ」
「あ、あいつは4年の学生のメイドだ。さっきのそいつらの話からするとそれは間違いない」
「ふう、ん。茶髪、眼帯のメイドねぇ。あんたたちの弱さはともかくとして3人を一瞬で倒すとはただ者じゃないのは確かだね。それなりの経験がある、か。面白い、久々に腕が鳴る」
女性はそこまで言ってようやく棍棒を手から離した。床には4つの人影が苦しそうにもがいているが、それを完全に無視して女性は椅子に再び腰を下ろす。
「そいつの名前は?」
「それが、学園の生徒じゃないから分からないんだ。あまり気軽に学園内も動けないし……」
「自業自得。自分がやる行動には責任を持つんだね。それは例えグレようがまっとうに生きようが変わりない事さ」
女性は笑みを崩さない。
「興味が湧いたよ、そのメイドに。あんたらの仕返しなんてこれっぽっちもする気はないが、久々に全力で戦える相手かもしれないな」
女性が不敵な笑みを深めると、バチッという音が教室に響く。女性は指の先に小さな雷で出来た球体を作り出すとそれを身体の周りにグルグルと回転させ始める。球体は絶えず放電しており、時折壁に静電気のように電流が伝っていく。
「ふふ、こいつは楽しみだ。ああ、すごく楽しみだ」
サブタイトルは、どこかのお国のことわざだったような気がするんですが、どこのだったかさっぱり思い出せません。億劫なのdゲフンゲフン……忙しいので探している暇もないので。
さてさて、そんなことより、何やら雲行きが怪しくなってきましたが、ようやく、ようやく出そうと思っていてずっと楽しみにしていたキャラを出すことが出来ました。
え~、応募キャラです。
名前が出た時点で、まあ、多分次回か次々回になるでしょうが、そこで改めて紹介などなどをさせてもらおうかなと思っております。
ですが、一応先にお礼をば。
七つ夜&夜つ七様、ありがとうございました。
誤字脱字報告、ご感想などお待ちしております。