第20話 ガブッと来てスパッと行って抱きついて就寝
今回の話の全てを詰め込んでみました。
後悔はしてません。反省もしてません。
では、どうぞ。
「…………」
「とまあ、こんなものかの」
自己紹介、というよりは自分の過去を独白していたように感じられる。
テトは表情を暗くし、若干俯きながらもフランに向ける視線は外さない。
「……テトは、あなたはどうしてそんな事をあたしに言うんですか?」
フランは何をされても対応できるよう最大の警戒をしつつもテトに訊ねる。
「それは、お主が今までの主とは少し違うからじゃ。インペリティア、生まれて初めて、いや3度目か、主に興味を持った」
一度目はおそらく話に出てきた老夫婦なのだろう。とすると二度目はなんだろうか。
テトは一歩進んでフランに近づくが、フランは素早く反応して一歩飛び退く。それを見てテトが苦笑するが、未だに全容がつかめない相手に油断するわけにはいかない。たとえ今の話が全て真実で、目の前の女性がテトだったとしても、それが警戒を解く理由にはなりえない。
「安心せい、殺す気など毛頭ない」
「……あなたの話からすれば、あたしも殺される流れになりそうですが?」
「なんじゃ、殺して欲しいのかの?」
「冗談じゃありません」
真顔でテトが首を切る仕草をしてみせると、フランも真顔でそう言う。
テトの動きからは敵意が消えている。だが、なんとも言えない不気味な雰囲気は未だに消えず残っている。それが彼女の本質だとすると、フランは自分がとてつもない強者と相対しているという事になる。平時から周囲に威圧感を与えるとなると、相当の実力を持っていると考えて良いかもしれない。
それほどの力を有していながら、フランと会話をするというのはフランからしてみれば解せない。人を呼ばれて困るのは彼女自身、眠っている間に寝首をかくなど、彼女からしてみれば容易い事のはずだ。自分に及ぶ影響も含めると、単にフランに対する興味だけで終わるように気がしない。
「ふふ、考えている事は何となく分かるぞ。我がどうして自分をすぐに殺さないのか、そんな所じゃろう?」
テトは心を読んだように微笑する。
そしてそれにフランが聞き返そうとした時、なんの前触れもなくテトの姿が掻き消える。
「な――――――っ!?」
「背中ががら空きじゃのぉ」
まったく気配を感じさせる事もなく、テトはフランの背後に回り込んでいた。そしてその首に腕を軽く巻きつけてくる。
移動、などという言葉では説明がつかない。どんなに速く、一瞬で動こうとも移動した後にはその影響で空気の流れが変わる。だが、今テトが移動した時にはそのようなものが一切感じられなかった。まさしく目の前から背後に瞬間移動したのだ。それも何の前兆もなく、フランからしてみれば目の前から突如テトの姿が消えたと思ったら背後から声をかけられたのだ、尋常ではない速度という事になる。
「驚きすぎて口が利けないのか?」
「……何がしたいんですか」
声のトーンを落として、静かにフランは背後の影に訊ねる。すると背後からくぐもった笑いが零れてくる。
「くく、何度も同じことを言わせるでない。お主に興味が湧いた、ただそれだけの事じゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……満足しましたか?」
少し振り向いて視界の端にテトの顔を捉える。無理をして笑顔を向けてみるが、自分でも引きつっているのが分かる。テトもそれに気づいたのか笑みを深めている。
「……まだじゃ。お主のその左目も、髪の毛も、我は何も知らん。人と違う事がお主にどのような影響を与えているのか、興味が尽きん」
「……それは、あなたも同じじゃないですか?」
その言葉を言う事で、その後どうなるか想像していなかったわけではない。むしろ、本能はそれを言うべきではないと警鐘を鳴らしていたように思える。
だが、気が付いた時には勝手に口が動いていた。
フランがそう言った瞬間、明らかに部屋の空気が緊張した。背後から感じ取れる気配が変わり、まるで部屋の気温が数度下がったかのように感じられてしまう。
「……なんじゃと?」
「他の者と違うから、他の者より希少だから、そういう理由であなたも追われたのでしょう? その過程で数多の血を吸い、人を殺めてきた。そんなあなたがどうして言葉一つで大人しく封印される気になったのか、あなたの話を聞いて興味が湧きました」
「お主に我の何が分かるというのじゃ……?」
声に不愉快な感情が滲み出ている。
今まではテトがその場の主導権を握っていたが、フランとてこのまま何もせず良いようにされる気はさらさらない。せめて異変に誰かが気が付いて見に来てくれるくらいまでは時間を稼がなければならない。いつトドメを刺されるかも分からない状況からは、どうにかして脱出したいところだ。
「話に出てきた、あなたを封印した王を、どうしてあなたは殺さなかったのですか? そうすればあのような場所に閉じ込められる事もなかったはずです。しかしあなたはそうしなかった」
「……続けよ」
短くそう言うが、テトの機嫌が物凄い勢いで悪くなっているのは顔を見なくとも分かる。首に巻かれた腕にわずかに力が入り、何か下手な事を言おうものならすぐにでも殺そうとしている。
「あなたはいったい何人の血を吸ったんですか? あの空の色、それこそ数えきれないほどの命を屠ってきたのでしょう。そんなあなたがなんの理由もなく大人しくするとは考えられません。考えれば考えるほど、そこが引っかかります」
「……お主には関係のない事だと思うのじゃが?」
「そのお言葉、そっくりお返ししますよ」
誰だって、勝手に胸の内を引っ掻き回されるのはいい気分ではない。
フランだって、同じだ。
最初はあまりの事態に頭が追いつかず反応が随分と遅れてしまったが、こうして冷静になって考えてみれば、フランにはテトの興味に付き合う義理も何もない。フラン自身すら知らない事をテトに知られるのは癪だ。
「つまり、力づくで我を追い出すと? 言っておくが、止めておいた方が身のためだと思うぞ?」
「……なぜ、人を殺し続けたあなたが、殺すことを躊躇っているんですか?」
「っ!」
問いを無視して質問を投げ返す。
これは確証もなければそういう流れであったわけでもない、単なる勘。話を長引かせているのはフランなのかもしれないが、どこかそうなるよう仕向けているような気がしないでもない。
そしてそのヤマ勘が見事に的中してしまったのか、明らかに背後のテトが動揺した。腕に力が入ったのを感じ、一気にフランは流れを自分の方へと引き寄せる。
「人を殺すことに躊躇いのなかったであろうあなたが今になって、いやきっと封印される直前にどうして人を殺すことを躊躇ったのか、その王様が関係しているんですね?」
「……黙れ」
「王様、というからには男性、人を大きく超える知性の持ち主であるあなた方でも、人並みの感情は持ち合わせていたという事ですか」
「黙らんか……」
声に怒りが混ざり始めている。
そして、フランは一気にトドメの一発になるであろう言葉を投げかける。
「あなたは、その王様に恋をしたんですね?」
「黙れえええええぇぇぇぇぇっ!!!!!!」
瞬間、部屋の中に突風が吹き荒れる。
そして問答無用に首の骨を腕で折ろうとするテトの腕と自分の首の間に間一髪で腕を滑り込ませると首の骨を折られることはかろうじて防ぐが、怒りにまかせて力を入れていたようでフランの左腕の骨がミシリと悲鳴を上げ、ほどなく砕ける音が響く。
「っ!」
腕が関節の無い場所で不自然に曲がる。折れた骨が神経を刺激して強烈な痛みが脳まで駆け上がってくる。それでも首の骨を折られるよりはよっぽどマシだ。
フランは足に力を込めてテトを窓の方へ押しやり、壁にテトを叩き付ける。一瞬テトの腕から力が抜けたのを見逃さず拘束から抜け出すと素早く距離を取ってドアにかけられたアフェシアスに手を伸ばす。
「ちぃ、させるわけなかろうて」
苛立っている。
そしてフランの手がアフェシアスまであと数十センチまで近づいた時、不意に前に出そうとした右足が自分の意志に反して動きを止める。足首に何かが巻き付き、フランの足を固定している。
「尻尾……?」
それは長く伸びた尻尾だ。当然その反対側はテトに繋がっている。
尻尾を両手で握り、テトがそれを思い切り引っ張ると右足が強引に浮かび上がってバランスを失う。そのままテトは自分の尻尾を鞭のように操ってフランと床に叩き伏せ、素早くその上に乗ると両手を押さえつけ、尻尾で両足を縛り上げてしまう。
「もうよい。憶測でものを語ると酷い目に合うぞ?」
「……もう合ってますよ。それに、そんなに反応するとなると、やはり図星ですか」
「……止めじゃ。苦しまずに逝くが良い」
フランの頭を床に叩き付け、その首筋に加減すらなく噛みつく。前2回とは比較にならない痛みがフランを襲い、塞がりかけていた傷痕を再び切り広げられる。それをされて初めて、先ほどまでの噛み方が、いわゆる甘噛みであった事を思い知らされる。
あれは相手を殺さない程度に血を吸うものだったが、これは違う。飲みきれなくて口の端からあふれ出た血が流れようとお構いなしに噛み続けている。完全に気道を塞がれて呼吸すらできなくなり、急速に視界がぼやけていく。いや、気道を塞いでいるのは自分の血液のようだ。すぐに口の中に生暖かい液体が広がって一瞬耐えるがすぐに口の端からあふれ出していく。
(少し、間に合いませんでしたか……)
薄れていく意識の中で妙に他人事のように今の状況を見ている自分がいる。その間にも身体からどんどん血が抜かれていっている。テトが鼻で荒い呼吸をしながら、休みなく血を飲み続けているからだ。どうやら、先ほどの事はテトにとって触れられたくなかった過去の一端だったようだ。
諦めるつもりはなかったのだが、ここまでなってしまってはどうしようもない。四肢を拘束されてしまっては何も出来ないのだから、第三者の救助を待つよりない。
そして、その救助は完璧なタイミングで扉を叩き斬り、姿を現すことになった。
「私の部下に何をしてくれるのかしら?」
フランの視界を剣が横切る。
その剣は確実にテトの頭を斬る軌道であったが、一瞬でテトはフランの上から飛び退いてその剣を回避する。その瞬間、フランの拘束は解かれ、血を抜かれたために猛烈な虚脱感に襲われる。扉を叩き切ったメリスは剣を飛び退いてテトに向けつつフランの脇に膝をついてフランの肩を抱きかかえる。
「ゲホッ……つぅ……」
「フラン、大丈夫?」
自分の首筋ではなく、床を見てフランは自分の意識がまだある事に感謝した。
床は血の池になっている。どうやらテトでも飲みきれないほどの出血だったようで、直径1メートルほどの赤い池が作り出されている。当然ながら、フランが着ている寝間着もまるで最初からそうだったかのように真っ赤に染まってしまっている。
「大丈夫、とは言い難いですね……」
メリスの肩を借りて何とか起き上がるが、気を抜くと意識を失いそうになってしまう。
「仲間が来てしまったか。じゃが見られてしまった以上生かしておくわけにはいかん、恨むなよ」
テトの纏った気配が変化する。それをフランはテトの目を見て感じ取る。
テトの目は今や獲物を狩る捕食者のそれになっている。爪が長く伸びて先端がナイフのように鋭くなると左右の爪を擦り合わせる。金属的な音が響き、それに呼応するようにメリスが剣を持ちなおす。
「相手が悪いわ、フラン。このままではお嬢様にも危害が及ぶわ」
それはつまり、今ここで、テトを殺さなければならないという事か。メリスのテトに対する驚かない態度から察するに彼女は既にテトの正体にたどり着いているのだろう。
しかし、フランはメリスの腕に手を置き、今籠められる最大限の力でその手を下ろさせようとする。
「フラン……?」
「駄目、です。あたしに話をさせてください……」
ここでテトを殺させるわけにはいかない。
肩にかけられたメリスの手を振りほどき、メリスとテトの間に入る様に位置を取る。テトとメリス、双方の攻撃が相手に届かないようにするためだ。
「なんのつもりじゃ?」
「テト、あたしはあなたを殺す気なんかない。だから、あなたも武器を収めてください」
「我はセクメトの猫、主を不幸にする非情な猫ぞ? このまま我を生かせばお主にも、お主の大切な主にも不幸が及ぶ事になるのが分からんのか?」
「本当に非情なら、そんな事も言わないですよ。あなたは、自ら死のうとしてませんか?」
どうにもおかしいと思っていた。
話を長く持たせる事で彼女はメリスに気が付かせようとしていたのだ。テトを殺せるのは、それ相応の実力を持った者だけ、そこでテトはメリスに目を付けたと言ったところだろう。
「これ以上自分のせいで犠牲者を増やしたくない、ならば自分がいなければいい、そんな事を考えてませんか?」
「フラン、さっきセクメトの猫について調べていた時に、フランに教えられた名前が出てきたわ」
構えを解かずにメリスが口を開く。
あの噴水、血の泉に書かれていた警告、慰霊とも取れる碑文とその作者と思しき人物の名前、気になっていたフランは寝る前にメリスに聞きに行った時に調べておくと言われたのだ。
「ルゲルカ・ルサク、歴史上ではセクメトの猫の最後の飼い主よ。彼はセクメトの猫を眠りにつかせた直後、暗殺されていたわ」
「そう、あの人も我のせいで命を失ったのじゃ……」
「テト」
「っ! 寄るな!!」
フランが近づこうとすると鋭い爪でフランを突き放そうとする。5本の爪がフランの服と皮膚を裂き、血が出るがすでに服は血に染まっているため気にしていてもしょうがない。爪の1本は顔を横切り頬からこめかみの付近にかけて赤い筋がつき、血が流れ始める。
痛みに表情を歪ませるが、それでもテトに近づく歩を止める事はなく、目の前までやって来ると、初めて自分よりも身長のわずかに高いこの女性が怯えたような表情をしている事に気が付く。
「あ……」
「やっぱり……」
そっとその身体に抱き付く。テトの心臓の鼓動は早く、早鐘のように鳴り響いているのが分かる。
「もう、良いんですよ、あなたはセクメトの猫なんて長ったらしい名前じゃありません。あたしの、あたしたちの家族、テトなんです。誰がなんと言おうと、あたしはあなたのせいで不幸になる気はさらさらありませんよ」
「お主……」
「……泣く子とフランには勝てないわね……」
小さなため息が聞こえたと思ったら、メリスが若干呆れたような声を上げる。その声にテトの身体が一瞬震えるが、フランはメリスの声質からすでに彼女も戦意はない事を感じ取る。そして案の定、すぐにメリスが剣を異空間に戻す音が部屋に響く。
「あなた次第よ、テト。でも、ここで私たちを殺そうっていうならそれ相応の覚悟はしてもらうわよ?」
「メイド長、テトを怖がらせるような事は……」
「あのねぇ、一応あなた、彼女に殺されかかってるのよ?」
「そ、そうじゃぞ!? ええぃ、離れんか! 動き辛いっ!」
「離れたら逃げるか襲うでしょう? ならこのまま、動きま、せ……」
フランの声が徐々に掠れていき、最後まで言い切る前に途切れてしまう。
そしてテトの身体に巻き付けていた腕が力なく下ろされ、横に倒れようとするのをとっさにテトは抱き留めてしまう。
身体を血に染めてなお、テトの説得をしようとしたフランにもはや立っていられるだけの気力も体力も残っていなかったようで、穏やかな寝息を立てながら眠ってしまっている。身体の傷もほとんど塞がっているのか、新たな出血はないようだが、それ以前に流した血液の量が尋常ではない。
「フランッ!」
「……大丈夫、眠っておるだけのようじゃ」
「テト、あなた……」
メリスが駆け寄ると、テトは爪を元に戻した手でそっとフランの頬を撫でていた。その表情にはもはや敵意も殺意もなく、ただ自分のために血を流したフランを大切そうに抱きしめている。
「我も丸くなったものじゃ。このような小娘に説得されてしまうとは」
「……それがあなたの本当の願いだったからじゃないかしら?」
異空間から救急箱を取り出し、造血剤を取り出すとフランの右腕に注射する。効き目があるかどうかはともかくとして、失った血液を出来るだけ早く回復できるようにしておかなければならない。
「本当の……?」
「自分はもう殺したくないし、自分のせいで誰かが殺されるのも嫌、誰かにその連鎖を止めて欲しかったのでなくて?」
「……そう、かもしれぬな……。じゃが、それももうどうでも良い事じゃ」
「フランにはそういう事、分かってしまうのかもしれないわね。相手の心の苦しみが、痛みが。感じ取れるのに、何もしないというのは彼女の行動理念に反するでしょうし」
フランは助けを求める人には誰であろうと構わず手を差し伸べる。
メリスだからこそ、その理由が分かるような気がするのだ。自分に救いの手は差し伸べられなかった、それが封印された記憶であっても人格形成に影響を与えているのかもしれない。自分のような者を見たくない、という思いが感じられる。
「お主も、随分と苦労しておったようじゃな……」
自分の手の中で寝ているフランに、テトは届かないと知りつつも言葉を投げかける。
「それでも彼女は生きようとしている。なら、あなたにもやり直すチャンスはあるわよ」
メリスの言葉に返事は返ってこない。
代わりに、テトの頬を一筋の涙が流れ、月明かりに照らされて柔らかく輝いていた。
あ~、甘噛みは本当に可愛い。
ですけどガチ噛みは本当に痛いです。ええ、離してくれないんです。でも、そんな姿もまた可愛い。あれ、ハモニカ結構、末期……?
そろそろちゃんとした戦闘シーン書かないとなぁ~、どこで書こうか……。
ああ、あと今週は期末が立て込んでますのでちょっと忙しいです。正確に言うと2月入って初っ端辺りが山場です。憲法とか倫理学とかそう言うものが一気に来まして……。
まあ木曜日辺りには解放されますから良いんですけどね♪
そしたら当分勉強から解き放たれてハモニカは長野へ行くのです。
え? 里帰り?
いえいえ、大学仲間プラス家族でスキーにでも行こうかと。
その間も更新は止まるかも?ですけど、まだ先の話ですし問題ないですよね。
それと最近思っている事があります。
更新、なんだかんだ言って2日に1回とかになりかけている自分がいますww
あ、あるぇ?
もっと不定期になるはずだったんだけどなぁ?
勉強忙しかったし、結構週末飲んでたりしたから更新滞ると思ってたんですがねぇ。
こんな駄作者の更新待ってる奇特な方なんて少ないでしょうけど、これからも小刻みに更新を続けられたらいいですね。
では、今日はこの辺で。
誤字脱字報告、ご感想お待ちしております。