第18話 いくら可愛いからと言って仕事はしましょう
ふぃ~、寒い……。
手がかじかんでしまって辛いです。本当に春が待ち遠しいですね。
では、どうぞ。
「それで、これはどういう状況?」
学校から帰ってきたレティアを出迎えたのがメリスとグラントだったのを不思議に思いながら大広間に行くと、カーペットの上に寝転がるクレアと腰を下ろして餌を与えているフラン、そしてその餌を貰って美味しそうに食べている黒猫の姿がその目に飛び込んできた。
「フランが拾ってきた猫をクレアが見た途端、え~、こほん、『可愛いぃぃぃぃっ!!』と言って仕事そっちのけであの状態です。フランはあの後デックスから小魚を貰って、今あの猫に与えている、という状況です」
「メリス、具体的かつ分かりやすい説明ありがとう。だけどわざわざ声真似までする事はないわ。おかげでその光景がありありと思い浮かんだけど」
猫を拾ってきたのは別に問題ない、今この大広間にいるという事はメリスの許可も下りているのであろうし、そもそもそのメリスが脇にどう見ても猫のために持ってきたと思われる古い毛布を抱えているのだ、メリスも猫を飼う事に賛成している事はすぐにわかる。
だが、何故クレアが自分の仕事もせずにカーペットに寝転がって美味しそうに魚を食べる猫を眺めているのか、それがいまいちよく理解できない。
フランは既にレティアが帰ってきたことに気が付いているのだが、どうもクレアは猫に夢中になるあまりそれに気が付いていないようだ。ニコニコと猫の頭を撫でながら「良い子だねぇ」と呟いている。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま。とりあえず、その猫どうしたの?」
レティアはクレアを無視して猫の前で腰を下ろすと、身体を撫でながらフランに聞いてくる。
「まあ、拾ってしまった以上責任を持って育てようかと」
「ふぅん、何歳くらいかしら、大きさからして、2歳くらいかな?」
「さあ、そこまでは分かりませんが、怪我も無いようで良かったです」
綺麗に残さず魚を食べ終わると、まるで「ごちそう様」とでも言っているかのように小さく鳴いてみせる。その顔もどこか満足げに思える。
「そういえばお嬢様、この町に噴水のある広場ってありましたか?」
話題を変え、気になっていた事をレティアに聞いてみる。レティアに訊ねてはいるが、背後のメリスにも視線を向け、同じことを訊ねる。
「噴水? そんなのあったかしら?」
「私もこの屋敷で働いて随分経つけれど、噴水なんて見た事ないわね……」
「そうですか……」
やはり、あの場所はどこか違う場所だったようだ。猫を連れて帰る時に後ろを振り返ってみたのだが、いつの間にか広場は消え失せ、薄暗い路地が続いていた。まるで最初からそこに広場など無かったかのような異様な雰囲気だけが残っていたが、フランはとりあえず猫を屋敷に連れて帰る事にした。
「ニャア」
考え事をしていたフランのスカートを猫が引っ張るのを感じ、猫に視線を移すとこちらの顔を猫が覗き込んでいる。
「名前を、決めなければなりませんね」
「フランに良く懐いているし、あなたが決めてあげたら?」
「そうですか? それじゃ……、テト、なんてどうでしょうか?」
深く考えず、思いついた言葉を言ってみる。何かヒントになったものがあるわけでもない、純粋に思いつきというやつだ。
「テト、よし、あなたは今日からテトだよ~」
「クレア、猫ばかり相手にしていては駄目でしょう」
レティアがいると言うのに起き上がろうともしないクレアの頭にメリスが軽く拳をぶつける。クレアが「きゃん」などという悲鳴を上げると頭を押さえながらようやく身を起こし、軽く服の皺を伸ばすと大きく伸びをする。
その挙動一つとっても、どれだけクレアがゴロゴロしていたかを物語っている。
「テト~」
「ニャ~」
自分の名前だと理解しているのか、フランが名前を呼んでやると返事を返してくる。そしてフランの膝の上に飛び乗るとそこで腰を下ろしてジーッとフランの目を見つめてくる。
何度見ても、綺麗な瞳をしている。魅入る、とはまさにこの事だろうか。
「あ、そうだフラン、一応毛布とかを持ってきたから、後であなたの部屋に持っていっておいて頂戴。あなたの部屋で養う事で良いわね?」
「はい、問題ありません」
テトが自室にいて困る事はほとんどないだろう。しいて言えば、アフェシアスの解体清掃時ぐらいは大人しくしていてもらう必要がある。細かい部品を飲みこんでしまっては目も当てられない。
幸いにしてクレアが完全にテトの魅力に取りつかれているようなので、そういう時はクレアに面倒を見てもらうというのも良いだろう。
「…………う~ん」
「どうしたんですか、メイド長」
先ほどからテトを見つめてはずっと考え込んでいたメリスに、気になってフランは訊ねる。見ればテトもメリスの方を向いて警戒心を露わにしているようだ。メリスがテトに何か悪い事をした記憶はないので、一体何事なのだろうかとフランは首を捻る。
「どこかで、どこかでこの猫を見たことがあるのよ。どこだったかしら……」
「やはり、どこかの飼い猫でしょうか」
「いや、そういうのではないのよ。そう、何かの本で読んだのかしら……」
「もしかして、テトは貴重な種なのでは? こんな毛並みも良くて目も綺麗な猫、見た事ありませんが」
野良猫や飼い猫をフランも他所で見た事はある。
だが、ここまで綺麗な猫は初めて見た。
「そうかもしれないわね、後で調べてみるわ」
メリスはそう言うと、毛布をフランに手渡して部屋を後にしていった。
フランは毛布をテトにかけてやると、テトはもぞもぞとその中でしばらくもがくとヒョコッと顔を出してみせる。
フランは気が付かなかったがその時テトはジッとメリスが去った後を見つめていた。
「と、いう訳で、ファルケン家に家族が増えました。テトちゃんです」
夕食の時間、最近では当たり前になった皆での食事の際、クレアはテトを全員の前で改めて紹介した。と言ってもこの場でテトと初めてご対面したのはグラントだけ、先ほどテトの夕食を貰いに行く際、デックスにも顔を見せに言ったのだが、デックスは黙ってテトの頭を撫でるだけでどういう反応だったのかいまいちよく分からない。
グラントはと言えば、妻が猫派である事もあってか、どこか嬉しげだ。フランが知る限り、この屋敷で動物を飼うのはこれが初めてなのだが、そうだからと言って別段対応に困るという事もなく、クレアからテトを渡されると慣れた手つきで喉を撫でている。
「テト、か。名付け親はフランかい?」
「はい、深く考えずにつけましたが、テトも気に入ってくれたようで何よりです」
グラントが頷きながらテトの名を呼んでやると、テトはフランの時と同じように返事をする。
「メイド長、テトの食費は……」
「問題ないわ、猫一匹飼えないほどこの屋敷の家計は圧迫されていないから。ただ健康管理はしっかりしてあげてね。適度な運動も必要よ」
まったく、メリスにかかれば問題など無いのかもしれない。メリスはポケットからメモ用紙を取り出すとテーブルの上に置いて押さえながらフランの方へ渡してくる。
その紙は「猫の飼い方」と題されており、必要な事、注意するべき事、その他諸々の諸事項が箇条書きされており、それはどれも猫を飼ううえで大切な事ばかりだ。
中にはフランが聞いたこともないような情報まで入っていて、たとえば猫の異変を知る上でヒントとなるような仕草、鳴き方までもが書かれている。
「分かりました。テトの面倒はあたしが責任持ってやりますので、時折席を外すかもしれませんが」
「まあ、別に部屋に閉じ込めておく必要があるわけでもないし、目につく場所にいるなら屋敷内を自由にさせても良いじゃないかしら?」
「旦那様とお嬢様、メイド長のお部屋はさすがに閉めておかないとだめですね」
「あたしの部屋はいいの~?」
クレアが自分の部屋だけは問題視されなかったのを不満に思ったのか頬を膨らませている。
「クレア、あなたの部屋に何か壊されたり、失くしたりして困るような物があるかしら?」
「あるよ~、えーと…………あれ?」
見栄を張ったのかどうかは分からないが、あまりにも展開が読めてしまったのでフランは苦笑するしかなかった。クレアが悔しそうにしているのとは逆に、メリスは「それ見た事か」という表情をしている。
グラントはテトの相手に夢中なのか、一切会話に入ってこない。
グラントは自宅から通勤しているため、屋敷に部屋はない。一応部屋自体は確保してあるが、使っていないので鍵は閉められたまま、週に何度か掃除するだけだが何もないので掃除自体は楽だ。案外テトの遊び場にしてしまうのも悪くないかもしれない。
「グラント、あたしにも」
レティアが若干高揚しながらそう言うとグラントが優しくテトを持ち上げるとレティアの膝の上に乗せてやる。
ここ数時間でテトがどれほど利口なのか、驚くほど思い知らされた。
まるで前から知っていたかのようにフランたちの言う事は聞くし、大人しくしているよう頼むとカーペットの上で丸くなって眠っていたりする。声をかければ返事をするし、本当に不思議でならない。
レティアはテトを抱き上げるとスリスリと頬ずりをする。テトは少し嫌そうな表情をして尻尾を忙しなく振っているが、レティアはそんな事は気にせずテトを抱いている。
「髭がくすぐったいね~」
「お嬢様、テトが嫌がってますよ」
「むぅ~、良いじゃない、これからフランはやりたい放題なんだから」
「いや、テトが嫌がるような事はしないですよ」
フランがそう言うとテトは視線をフランに向け、レティアの抱擁から何とか脱出するとフランの方に駆け寄り、椅子に座っていたフランの膝の上に上る。
「ふふ、そこがテトのお気に入りのようね」
「も~、フランばっかりずるいよ」
メリスとクレアがそれぞれ違った反応をする。メリスは穏やかで暖かな視線を送っているのに対して、クレアは先ほどのレティアほどではないが、表情で「次はあたしの番」と言ってきている。
とはいえテトはフランの膝の上から退く気がないようでそこで丸くなってしまう。こうなるとさすがのクレアも強引に抱き起すわけにもいかないのか、残念そうにため息をつくと諦めて自分の席に戻る。
「テトの食事もデックスさんが考えてくれるそうですね」
先ほどデックスの所へ行った時、そう言ってくれた。
デックスは猫の餌だろうと妥協する気はないらしく、既に猫が食べても問題ない食材を使って猫用のレシピの模索を始めている。猫の食事を作った事があるのかと訊ねると、小さく首を横に振られたが、彼にとって新しいレシピを作るのは至高の時らしく、その表情はやる気に満ちていた。フランもそれ以上デックスの邪魔をするのもあれだと思いその場を後にしたが、ついさっきまでテトが食べていた食事はデックスが少ない時間で作ったものだ。
人間が食べてもおかしくないほどの出来栄えで、テトも喜んで食べていた。
「デックスは猫だろうと最高の食事を作るのね。あの人らしいわ」
メリスが笑みを浮かべる。
テトはいつの間にか眠ってしまっていたようで、膝の上ですやすやと寝息を立てて寝ている。丸まって寝ている姿は可愛らしい事この上なく、フランも癒されてしまう。
「ふふ、新しい家族に皆メロメロね」
レティアは「自分も人の事言えないけど」と笑いながらそう言うと立ち上がり、部屋を後にしていく。先ほど聞いた話では宿題が出されているらしく、フランも分からない事があったら助けてくれるよう頼まれている。
そうなったらさすがにテトを連れていくわけにはいかないので、部屋に据え付けたテト用の部屋のようなものの所に移しておく必要があるだろう。メリスがテトのために見つけてきてくれたのは小さな木箱だ。蓋が無い木箱に毛布を入れ、ベッドのようにすると遊び道具になるかと思ってボールを幾つか入れておいたそうだ。大人しくしてるよう言っておけば寝ていてくれるだろう。
「グラントさんの家の猫も連れてくれば楽しい事になりそうですね」
「ふっ、妻が手放さんよ。あれは我が家の番猫だ。そこらの野良犬なら撃退してしまうほどだ」
「それ、本当に猫なのかしら」
メリスが心底不思議そうな表情をしている。確かに犬を追い返す猫の図は想像しにくい。
「まあ、猫と言ってもネコ科という訳だが……」
「ああ、山猫?」
メリスが心当たりがあったのかそう言うとグラントは小さく頷いた。
「体長2メートルはある山猫だ。拾った時はこんなに小さかったんだがなぁ」
そう言ってグラントは手の平を見せて大体の大きさを示す。
とはいえ、2メートルの猫、それはもはや猫じゃなくてトラとかジャガーとかそういう分類になるのではないだろうかとは思ってしまうが、山猫の中には相当大きい個体もいる事自体は知っているので大人しく黙っている事にする。さすがのテトもそんな大物を目の前にしたら飛び上がって逃げてしまうかもしれない。いや、賢いからこそ敏感に危険を感じ取って出会わないようどこかに隠れるだろうか。
(テトは、猫らしくない猫ですからね……)
まるで、人のように感情豊かで、表情を多彩だ。
「フ~ラ~ン」
遠くの方からレティアの声が聞こえてくる。どうやら、お呼び出しのようだ。
テトを起こさないよう抱き起せるかと思ったが、レティアの声を聞いた直後にパチリと目を開き、起きてしまう。フランは起きたテトを抱き起して部屋に戻り、それからレティアの部屋に向かう事にした。
「ふぅ、やっと終わった……」
宿題の量は存外多く、終わらせるのに時間がかかってしまった。その後風呂に浸かって1日の疲れを取ると、フランは自分の部屋に戻ってきた。
自分の部屋に戻ると、テトが自分の住みかと認識した木箱の中から顔を出し、フランを視認すると木箱から飛び出しフランに駆け寄ってくる。
「ちょっと待っててくださいね、今着替えますから」
手早くウィッグとカラーコンタクトを外し、机の上に置くとジッとテトがこちらを見ている事に気が付く。その視線は心なしかフランの髪の毛に向けられているように思える。
「ふふ、テトが見ても不思議に思えますか?」
メイド服を脱ぎ、寝間着に着替える。風呂に入った後もすぐに寝間着になるわけにはいかないので、メイド服に一度戻るが、部屋に戻ればすぐに寝るために寝間着になる。人に見られている訳ではないのだが、こちらをジッと見つめるテトにどこか気恥ずかしさを感じてしまう。
因みに、テトは雌だ。だからたとえ人だったとしても問題はないのだが、やはり落ち着かないのは事実だ。
「さて、あたしも寝ますから、テトもお休みしましょうか」
「ニャア?」
抱き起して木箱に戻してやり、フランは自分のベッドに入って寝ようとするが、テトは木箱から出てベッドの上に飛び乗ってくるとフランの身体の上に乗ってくる。
「一緒に寝ますか?」
「ニャ♪」
木箱を持ってきたのにわざわざフランのお腹の上で寝ようとしているテトにそう聞くとそんな返事が返ってくる。
「頭が良いなんてレベルじゃないですね……」
頭を撫でながらそう呟いていると、テトが気持ち良さそうに目を細める。そのうちリラックスしてきたのか身体を横にして丸まってしまう。
それを確認してからフランもランプを消して眠りにつく事にする。
カーテンの隙間から入ってくる月明かりがテトに当たり、どこか幻想的な光景を作り出している。
(さて、明日は何をしなければならないんでしたっけ……?」
次の日にやるべきことを考えるというのは楽な睡眠促進法だ。仕事の内容を頭の中で考えている間に睡魔が徐々にフランの瞼を重くしていく。
時折、レティアが勉強の最中に舟をこぎ始める事もあるが、それも似たような理由だろう。
そしてそんな事を考えているうちに瞼が重くなり始め、それに抵抗することなく目を閉じて眠りにつく事にする。
お腹の上にテトの重さを感じながら、フランは夢の中に落ちていった。
膝の上に猫が乗ってくると、それはもう至福の時です。
そこで寝たりするともはやヘブン状態ですww
猫をこよなく愛するハモニカにとってそれはご褒美以外の何物でもありません。実家の猫を今すぐにでもモフモフワシャワシャしたくなってしまいました。
そしてデックスはあれですね、デックス(の料理)万能説が出てきてもおかしくないですね。よく高級猫缶なんて聞いたりしますけど、一から猫のために料理作るんですから、すごいなぁ。そんな事されたら猫だって舌が肥えるでしょうね。
さてさて、どうなるでしょうねぇ。
では。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。