第11話 メイドは体調管理が必須
なんだかんだしている間に数日が過ぎてましたね。
ようやく(書き溜めしている)回を書き終えたので投稿出来ましたw
では、どぅぞ。
「おし、そこまでだ。全員ペンを机に置くんだ」
「だ~、やっと終わった……」
ジョブの号令と同時に教室内で硬直していた空気が爆発する。
「レティ、出来たー?」
隣の女子生徒がレティアのテスト用紙を覗き込みながらそう尋ね、レティアは自信なさげに唸り声を上げる。
「微妙ね。全部埋めたけど、最後の方は見直ししてないからなぁ」
「うへぁ、あの時間内で見直しまでしたの?」
感心したような表情で見つめるクラスメイトにレティアは内心笑みを浮かべていた。
(直前にフランにテスト勉強手伝ってもらって助かった)
昨夜、テスト勉強が思う様にはかどらなかった時に紅茶を持ってきてくれたフランと共に短い時間ではあったが勉強をしたのだ。フランはいつも通り、それとなく、遠まわしに、レティアが問題を解くきっかけを与え、おかげで分からなくて飛ばしていた部分も全て見直すことが出来た。
全てを網羅することは出来なかったが、要所を押さえる事でとりあえずテスト用紙を埋める事は出来た。
「ふふ、帰ったらフランにお礼を言わないとなぁ」
上機嫌で後ろから回ってきたテスト用紙を受け取り、自分の用紙を裏返して束の上に置くと前の男子生徒の背中を叩いて用紙を前に回す。
「フランさん、ってレティの所のメイドさんよね? あの人また来てくれないかなぁ、頭良いし、あんなに勉強はかどった授業久々だったよ」
「さん付けするほど年上じゃないわよ? あたしと同い年くらいだもの」
「そうなの!?」
このクラス内では既にフランは救世主のような立ち位置を確立している。先日の授業で見せたフランの頼もしさが今なおクラスメイト達の間では英雄のように扱われている。
そのせいか、事ある毎にレティアに対してフランを連れてきて、とか、一家に一台だの訳の分からない事を言い始める学生が増えている。前者はともかくとしても、後者の意味はレティアには理解できない。
「ほぇ~、なんか大人びてるから年上かと思ってたわ……」
隣で口をポケーッと開けるクラスメイトに苦笑しながら、レティアはペンケースを自分の鞄の中に入れる。
テスト用紙の回収が終わり、教卓の上で眠たそうに枚数を確認したジョブが「はい、じゃあ授業終わり、おつかれさん」と言うとチャイムを待たずに一斉にクラスメイトたちが席を立ち、テストの出来具合や放課後の予定などを話し始める。
「来るんだろうなぁ、来ちゃうんだろうなぁ」
「レティ、出来栄えはどうだったかしら?」
「やっぱり……」
「な、人の顔見るなり何よ!?」
目の前に仁王立ちしたレイナを見るなりレティアは小さくため息をつく。
「で、何よ?」
「だから、どれほどできたのか、と聞いてるのよ」
競争心の強いレイナは事ある毎にレティアと張り合う。そういう事が全く関係ないところでは普通のクラスメイトなのだが、とにかく、テスト、競技、その他諸々の事になると目の色を変えてまさしく燃え盛らんばかりの対抗心を胸に全力を出している。
「まあ、悪くはないと思うわ」
「ふふ、その様子では今回は私の勝ちね。先週末から勉強したんだから」
「いや、今週初めに出たプリントの範囲は?」
「もちろんやったわよ。クラストップも夢じゃないわ」
「ほぉ、言うじゃない」
拳を強く握りしめてガッツポーズを決めたレイナに、レティアはニヤリと笑みを浮かべ、鞄に入れていた問題用紙を机の上に出す。
「それじゃ、答え合わせと行こうじゃない」
「ええ、良いわよ」
前の席に誰も座っていない事を確認してレイナは椅子の背もたれを掴むと180度回転させてレティアの机に向けるとそれに腰を下ろす。
そして自分の問題用紙をレティアの机に置くと、お互いにザッと見比べる。
「……見た感じ、同じね」
「ええ、だけど、同じ問題を間違えている、という可能性もあるわ」
「そうね、それじゃ問1から見ていきましょうか」
採点がされて生徒に返されるのには大体数日かかる。
その間も当然授業で内容は進んでいくため、ジョブの授業では解答用紙が返されてから復習していると時間が足りないのだ。そこで大概の生徒は宿題が出されない今日の内に答えあわせをしておき、点数だけ待つという状態にしておくようにしている。当然、レティアたちだけでなく、教室には友人同士で答えあわせをしている生徒がチラホラ見受けられる。
自己採点するためには当然ながら問題用紙にも答えを書き写しておく必要があるが、それさえやっておけば自分の点数は返される前に大体予想することが出来る。ジョブは問題用紙に配点を書かないが、最後の長文問題の方が配点が高い事を考慮しておけば、大方の見当はつく。そうでなくとも1年近くジョブのテストを受けていれば配点の特徴も頭に入る。
「そういえば、町で一悶着やったんですって?」
「え? ああ、あれね……、レイナ、ここ合ってる?」
答えあわせをしていると、レイナが顔を上げずにレティアに声をかけてきた。
「合ってる……と思うわ。フランさん、カッコ良かったって噂になってるわよ?」
「話題にはなるでしょうね……」
街中で不良3人をコテンパンにしたのだ。同じ学園の学生である以上、その話題が出ないはずもなかった。朝から絡まれた事を心配するクラスメイトや詳しい事を聞こうと生活指導の先生とも一言二言会話しているレティアはため息をつきながらそれに返事をする。
「あいつら、武術やってるから誰も怖がって注意できなかったのに、フランさん、一瞬で倒したんでしょう? やっぱり、主を守る従者って感じねぇ」
「フランはいつだってあたしを守る事を第一に考えてるわ。……まあ、おかげで加減なんてしてなかったみたいだけど」
「その方が良いじゃない。それだけレティを守ろうっていう意志が強いってことでしょう? 羨ましいわ、お姫様を守る騎士って、きっとフランさんみたいな人の事を言うのね」
何やら1人トリップしているレイナは放っておくことにして、問題を見比べながら解き直していく。
「そして騎士はお姫様に恋をするのよ、でも身分違いの恋は実らない。だから2人は駆け落ちの道を選ぶ!」
「……あ、レイナ、ここ間違ってる」
「なんですとっ!?」
その一言でレイナは現実世界に引き戻された。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ」
レティアが家に戻ると、玄関先で箒を持って掃除をしていたメリスと鉢合わせした。今日は1日事務処理に追われるとグラントから聞いていたレティアは箒の柄を持ち玄関の扉を開けるメリスに視線を向ける。
「デスクワーク終わったの?」
「いえ、まだ少し残ってますが、身体を動かさないで1日机に噛り付いているのも健康に悪いですから。息抜きに出てきたんです」
「なるほど」
屋敷に入り、メリスは玄関の脇に箒を置くとレティアの鞄を受け取る。
「ああ、お嬢様お帰りなさい」
「ただいま、クレア」
クレアが廊下の先から顔を出し、レティアを迎えたのでレティアがそれに応える。
「夕飯までまだ時間がありますから、紅茶でも淹れましょうか?」
メリスの問いにレティアは少し考え込んでから顔を上げ、それを了承する。メリスは鞄をクレアに手渡して調理場の方へ向かっていった。
「あれ、フランは?」
そこでレティアはいつもいるはずのフランがこの場にいない事に気が付き、辺りを見渡す。よく考えればグラントもレティアを出迎えていない。
隣にいたクレアに視線を向けると、何とも言えない複雑な表情をしている。
「フランはちょっと体調が優れないみたいで、部屋で休憩しています。夕食までには復帰するそうです。グラントは今丁度フランの様子を見に行ったところです」
「体調が? 朝は見た感じ元気だったけど」
「お昼前に顔色が悪くなって、様子見ですから大したことはないですよ」
クレアの言葉に一応は納得してみせるが、出会ってこの方病気にかかったところを見たことがないレティアは何かあったのではないかと勘繰ってしまう。
だが、それならレティアの耳に入れても良いはずだ。本当に大したことが無いからあえてレティアの耳に入れる事もない、と判断したのだろうか。
「……そう、あまり無理はしないように言っておいて。後、夕飯になっても出てこれないのであればあたしも様子を見に行くわ」
「分かりました」
ブレザーを脱ぎ、椅子の背もたれに引っかけるとその椅子を引き、とりあえず腰を下ろす。
時を置かずして調理場の方からメリスが紅茶の入ったポットとティーカップをお盆に乗せて現れ、音もなくレティアの席の前に置く。
「フランが調子を崩してるんですって?」
クレアもいるが、あえてメリスにそう尋ねてみる。
「ええ、大事を取って休憩させましたが、熱もありませんから風邪というわけではないでしょう」
メリスは表情を崩さずレティアの問いに滑らかに答える。それはクレアの言っていた事を補完するには完璧な答えだったが、どこか釈然としない気持ちが心の中に残ってしまう。
(気のせい、だよね?)
帰ってきたらお礼を言おうと思っていたが、今はお預けになってしまったようだ。
「お嬢様がお帰りになったようですね」
「そのようだな、だが無理をするんじゃないぞ」
玄関の扉が開いた音がして時計を見上げれば、丁度レティアが帰ってくる頃合いだ。その後物音が重なりあって聞こえてきたためレティアが帰ってきたのは間違いないだろう。
フランは風呂から上がった後も顔色が良くはならなかった。午後は仕事がなかったため部屋で横になる事にしてレティアが帰って来るまでには仕事に復帰しようと思っていたが、夢を見た後から身体に残る鈍痛が尾を引き結局この時間まで様子を見る事になってしまった。
身体に異常がない事は自分が一番分かっているのだが、にも関わらず関節痛のようなものが身体の節々で悲鳴を上げている。動かせない事はないのだが、レティアの前で険しい表情をして心配させるのも嫌なフランはどうしようか迷っていた。
「ふむ、夢のせいで調子を崩しました、と言うのも心配を助長するからなぁ」
「すいません……」
「フランのせいではないだろう? 精神と肉体は絶妙なバランスの上に成り立っているものだ。どちらかが少しでもバランスを崩せばその影響は反対側にも簡単に広がる。気分が滅入れば体調も優れなくなるさ」
グラントは笑みを浮かべながらベッドに腰掛けるフランを見つめる。
「とはいえ、このままな訳にもいきません。夕食までには戻ります」
「分かった。そのように伝えておく。だが本当に無理はするなよ?」
立ち上がり部屋の扉の方に歩くグラントは最後にそう付け加える。
まるで父親のようだ。
相変わらずのその態度にフランは苦笑しつつも小さく頷く。
グラントはそれを見て頷き返し、それから扉を開けて仕事に戻っていった。
部屋にはフランだけが残され、1人になったフランはベッドに上半身を投げ出す。ベッドがフワリと投げ出されたフランの身体を受け止め、フランは天井を見上げる。
「全く、面倒な身体です」
自分の肩に手を置き、軽く揉むとおかしな所に力が入ってしまっていたのか肩の筋肉が硬くなっていた。それを揉み解しながらフランは夢のせいで体調を崩すという自分の気持ちの弱さにため息が出てしまう。
「このくらいで根をあげてどうするですか。そんなんでメイドが務まりますか」
自分に言い聞かせながら、フランは起き上がり、大きく深呼吸をする。
「お嬢様にまで心配をかけるなんて、メイド失格ですよね」
立ち上がり、服についた皺を手で軽く伸ばす。
冷や汗のおかげでぐっしょり濡れていたメイド服は洗濯に回され、今はパリッと乾いたメイド服を着ている。眼帯も汗で付け心地が悪くなっていたが、しばらく机の上で干しておいたのでだいぶ水分は飛んで乾いている。
服と違って眼帯はそう度々洗濯できない。
これは予備もなく、フラン自身これしか身につけたくないと思っている。レティアがくれた、フラン生まれて初めてのプレゼントなのだから、いつも身に着けていたいという気持ちが強いのだ。
それに、眼帯があれば本当の自分を知られずに済むような気がするのだ。
傷つき、醜い自分を、明らかに普通ではない自分を、周りの人から知られずに済む。もちろん、屋敷の者はその対象にはならないが、この眼帯がそういう意味で人が思っている以上に大切なものであることに変わりはない。
「さて、仕事に戻らないと、駄目ですよね」
立ち上がり、机に眼帯と共に置いていたアフェシアスをガンベルトと一緒に手に持つ。外していたウィッグも付け直し、そのままガンベルトも腰に巻き付けながら扉に向かう。
その時、不意に鋭い頭痛がフランを襲った。
「っ!?」
ほんの一瞬の事だったが、その痛みはフランの平衡感覚を狂わせ壁に寄りかからせるには十分な威力があった。
「これは、さすがにキツイですね……」
こめかみの辺りを手で摩りながら、「痛いの痛いの飛んでけー」と1人で呟き、せめて気持ちだけでも前を向かせようとする。
「ふぅ、とりあえず、夜までもてばいいですか」
部屋を出てダイニングに向かうとレティアが紅茶を飲みながらグラントと会話をしていた。もう間もなく夕食の時間になるので、調理場の方から美味しそうな匂いが漂ってきている。
「すみません、ただいま戻りました」
「フランッ、体調崩したって聞いたけど、大丈夫なの?」
レティアとグラントに向かって声をかけると、レティアが慌てて立ち上がってフランの目の前に駆け寄ってきた。手をフランの額に当て、すかさず自分の額にも手を当てて体温を比較する。
「熱は、無いみたいね。だけどあなたが体調崩すなんて、初めて?」
グラントから話は聞いていたようだが、自分の目と肌で感じなければ安心できなかったのだろう。フランの体温を確認したレティアは傍から見ても分かるくらい安堵して肩の力を抜いた。
「そうですね、でももう大丈夫です。ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「良いのよ。家族を心配して何がおかしいのよ」
フランの様子を見て安心したレティアは笑顔でフランを見つめながら椅子に座り、紅茶を一口啜る。
「あ、そうだ、フランにお礼を言わなきゃいけないんだった」
「お礼、ですか?」
思い出したようにレティアが手を叩き、隣にフランを招きよせるとテストの問題用紙を取り出し、机に置き、そこに書かれている数字を自慢げに指差した。
「どうよ、8割以上できたわ。点数はまだ分からないけど、フランがいなかったらここまで点数伸ばせなかったかもしれないの。だから、ありがとう♪」
問題用紙にはレティアの字ではない字体で「84%」と書かれていた。その横に小さく「まぐれよ、まぐれ」と書かれているのが些か気になるが、それはともかくとしてフランもレティアが自分のおかげで頑張れたのは嬉しい事だ。少し照れながらも笑みを浮かべる。
「それは何よりです、お嬢様。一夜漬けになってしまったところも多かったですが、何とかなったようで良かったです。これからはもっと余裕を持って対策をしましょうね」
「うぐっ、それを言われると反論できないわ……」
レティアの勉強がはかどらなかったのには範囲が広い事もあったがテスト前日の昨日まで遅々として進まなかった事も理由の1つだ。何とかなるだろうと高を括っていたようなのだが、存外難易度が高く、フランの頭脳を借りつつ何とか日付が変わる前に形にした、というのが現状だ。
先週末の休日にしっかりやっておけば、こうはならなかったはずだ。
「あら、フラン起きて大丈夫なの?」
調理場の方からクレアとメリスが現れ、フランを見つけると持っていたトレーをテーブルに置いて3人の元にやって来た。
「心配をおかけしました、メイド長。ですが、とりあえずもう大丈夫ですので、仕事に戻ります」
「それは良かったわ。それじゃあ、クレアと一緒に夕飯を運んでくれるかしら? グラント、食器を」
笑顔でフランにそう言うと、テキパキと仕事を伝えていく。
フランは指示に従ってクレアと共に調理場へ向かう事にする。調理場に行くとすでに今日の夕飯が台車に乗せられた状態で待機されており、デックスはフランとクレアが来たのを確認すると持っていくものを指差して運ぶよう示した。
「それじゃ、クレアはそっちを」
「了解~、ってこっちの方が多いじゃない……」
フランが運ぼうとしている方と見比べて不平を漏らすが、それでもしっかりと持っていくのはクレアの芯は真面目であるという証明だろう。
「はぁ、おっとっとっ」
危なっかしい声と共にクレアが夕飯の乗ったトレーを運び出していくのを笑いを堪えながら見送った後、フランは自分が運ぶ分のトレーを持ち上げようとする。
「フラン」
「のわっ」
不意に声をかけられ、持ち上げようとしたトレーを慌てて台車に戻す。
「デ、デックスさん、いきなり声をかけないでくださ……なんですか、これ」
振り向いてデックスの方を向くと、デックスが小さな袋をフランの顔の前に差し出してきた。それをマジマジと見ながらフランは尋ねる。
「頭痛止めだ。よかったら使え」
「あ、ありがとうございます」
デックスが喋る所を久しぶりに聞いたフランはデックスの重みのある声に聞き惚れながらも袋を受け取りそれを素早くポケットに入れるとトレーを持って調理場を出る。
(やっぱり、この屋敷の人は善い人ばかりです)
片手でトレーを持ち、ポケットに入った袋の感触を確かめながら、フランは人知れず頬を緩めていた。
デックスが屋敷で喋ったああっ!
はっはっはっ、彼だって人間ですよ? そりゃあ喋りますよww
さて、今回は前回の余韻のせいで明るくならなかったかもですが、シリアス続きだと主にハモニカの精神が滅入るので早々に切り上げて話題を変えましょうかね。
鈍痛鈍痛鈍痛鈍痛
感じないわ☆
じゃないんですからww
あれ、ハモニカは何度聞いても「鈍痛」としか聞こえないんですがねぇww
まあ、そんな話はどうでも良く(いいんかいw)、また次回お会いしましょう。
誤字脱字報告、ご感想お待ちしております。