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釣り竿

作者: loocora
掲載日:2026/06/24

父が亡くなったと電話がかかってきたのは、よく晴れた土曜日の朝だった。

夏も半ばで、ひどく蒸し暑い日だった。

心不全で、職場で倒れたところを救急搬送され、病院で死亡が確認されたそうだ。享年54歳。まだ若すぎる死だった。

一人暮らしの家を出て、実家に向かった。思えば、今年大学に入ってから初めての帰省だ。

実家に着くと、母さんや祖父母が出迎えてくれた。

久しぶりの実家は、こんなに小さかったものかと、不思議な気持ちになった。

父が亡くなったというのに、妙に実感がわかなかった。

というのも、父は僕が小さい頃からずっと無口だった。

大学に入ってから、急に連絡が増えたが、連絡してくることと言えば

”最近どうだ”とか”講義はついていけてるか”なんてことばかりだった。

父と話したことも少なかったから、適当に返事をして、だいたい終わっていた。

だから、実感もわかないし、悲しい気持ちになることもできなかった。

それでも、家族の死ではあるから気分は暗かった。

すぐに葬式が執り行われた。佐々木家式場の文字を見ても、やはり実感はわかなかった。

葬式中、どうしてもやることがないから、横目で参列者をのぞき見していた。

一人はハンカチで顔を隠してすすり泣き、一人は涙をこらえんばかりに顔をこわばらせていた。

驚いたのは、思ったよりも参列者が多かったことだ。

思った以上に人が集まっていた。これは意外だった。

長い葬式も終わって、火葬場についた。

焼けた父の骨は、小さく見えた。

母が、これもいい経験だからと僕に喉仏を入れさせた。

僕には、何がいい経験なのやらと不思議に思えた。

その後のお通夜では、みんなが父との思い出を語らっていた。

そうして、葬式が終わった。

お通夜会場から出ると、外はすっかりと夜になっていて、昼の暑さがまだ残っていた。


四十九日を過ぎたころ、父の部屋を片付けることになった。

父の部屋に入るのは初めてだったし、どんなものがあるのか興味深かった。

父の部屋には、本棚いっぱいの本、パソコン、それと何かのトロフィーたち。

そして、僕の小さいころの写真。そこには笑顔の父と、寝ている僕が移っていた。

父の笑顔なんて、数えるほどしか見たことがなかったから、新鮮な気持ちだった。

窓から差し込む光が眩しくて、暖かかった。

いろいろと片付けていると、一つ大きな段ボールを見つけた。

気になったので開けてみたかったが、勝手に開けるのは気が引けたので、一応母に訊いてみた。

「この段ボール、開けていいかな。」

「ああ、それね。いいと思うよ。」

悲しい顔をしていた母が、一瞬こちらを向き、微笑んだ。

段ボールを開けると、そこには大きな釣り竿が何本か入っていた。

そういえば、父は毎週日曜日に釣りに出かけていたっけ。

父が釣ってきた魚は時たま夕食に出ていた。

そんな記憶をたどりながら、釣り竿を取り出そうとすると、一本だけやけに綺麗な竿があるのを見つけた。

使用した痕跡もないので、買ったばかりなのだろう。丁寧な作りで、いかにも高そうだ。

せっかく買ったのに、使うことができなくてかわいそうだなと思った。

とりあえずその日は、父の遺品をまとめるだけで終わった。

ふと、気になったことを母に訊いてみた。

「父さん、毎週釣りに行ってたけど、どこに行ってたの?」

すると、母は少し考えこんでから、こちらを見て、

「隣町の、牧岡川って言ってたかしらね。」

「行ってみればいいんじゃない?」

そういいながら、母は少し口元を緩めた。

思いもしなかった提案に、少し驚いたが、悪くないかもなと思った。

「気分が乗れば行ってみるよ。」


結局、父の遺品はいくつか形見分けされた後、ほとんどが処分された。

僕の手元にはあの釣り竿たちが渡された。

「一応持っておきなさい」だそうだ。

人の死はこんなにもあっけないものかと、僕はなんだか父に同情した。

その後、帰路についた。

ずっと片付けや掃除をしていて疲れたため、帰りの電車は眠ってしまった。

自分の部屋についた時には、外はすっかり暗くなっていた。

シャワーを浴びて今日は寝ようと、荷物を押し入れに押し込んでシャワーを浴びた後、ベッドに横になった。

気づいたら外は明るくなっていた。時計を見ると、8時だった。

服を着替えて、講義資料をバッグに詰め込み、家を出た。

朝の暖かい日差しが、身を包んだ。

夏もすっかり半ばで、昼間はとても蒸し暑い。

僕は汗をよくかく体質なので、冬の方が好きだ。

そして講義を受け、帰ってきたのは午後4時。

いつもより長い時間講義を受けたので、疲れた。

大学に入ってからというもの、大学の講義と何気ない一人暮らしの日常に追われるような生活を送っていた。

こんな生活も悪くないかと思う。


父の死から二か月ほど経った頃、本格的な夏の暑さに、避暑の方法に考えを巡らせていたとき、ふと押し入れに入れたままの釣り竿のことを思い出した。

今日は日曜日で講義もないし、川なら涼めるからちょうどいいと思い、行ってみることにした。

30分ほど、釣り竿とともに電車に揺られながらその川に向かった。

とても晴れた日だった。雲一つなく、夏の暑さが爽快に感じられた。

駅からしばらく歩くと、「牧岡川親水魚釣り場」という看板を見つけた。

ここのことか、と足を進めた。受付で簡単に説明を受け、いざ中に入った。

思ったよりも大きな川で、風が涼しかった。

僕は適当な場所を見つけ、持ってきた椅子と釣り竿をセットした。

釣りなんかしたことなかったから、餌をつけるのに手こずっていると、

見知らぬおじさんが声をかけてきた。

「あんちゃん、釣りは初めてかい。」

「そうなんですよ、餌を針に通すのが難しくて。」

そういうと、おじさんは僕の隣に腰を掛け、竿を手渡すよう手を突き出した。

素直に渡すと、

「ゴカイはな、ここの口に針を入れるんだ。」

と言って、慣れた手つきで餌を取り付けてくれた。

「ありがとうございます。」

と礼を言って、竿を受け取った。すると、

「あんちゃん、佐々木さんのところの子かい。」

と訊かれたので、僕は驚いた。

「どうしてわかったんですか」

「あんちゃんの使ってる釣り竿、見覚えがあってな。前来てた佐々木さんって人が使ってる竿にそっくりなんだ。」

なるほどと思った。毎週来ているのだから、知り合いの一人くらいはいるだろう。

「ええ、そうです。多分僕の父だと思います。」

「前は毎週来てたのにな、最近はめっきり来なくなってなぁ。」

「父は亡くなりました。」

言おうか迷ったがここで嘘をついてもなと思い、伝えた。すると、おじさんはしばらく驚いた顔をして、

「本当か。亡くなったのか。」

と、事実を呑み込めないような顔をして確認してきた。

「はい、二か月ほど前に心不全で亡くなりました。」

そう伝えると、

「そうか、それは残念だったな。」

と、顔を下に向かせながら、つぶやくように言った。

しばらく、川のせせらぎだけが静かに響いていた。

「父とはよく話したんですか。」

と訊いてみた。

「ああ、釣りが好きな人でな、よく息子、だからあんちゃんの話もしていたな。」

「気さくな人だったよ。」

僕は二重に驚いた。僕の話をしていた上に、気さくな人?

「僕の話ですか。」

考える前に口が動いていた。

「そうだ。あんちゃんの話だ。」

「あんちゃんが、志望してた高校に受かった時、自分のことのように嬉しそうに俺に教えてくれた。大学んときもそうだ。」

おじさんは自慢げに父の話をつづけた。

「息子が大学生になったら、釣りに誘いたいと言っていたな。

なかなか誘えないとも言っていた。乙女かと思ったな。」

驚きの連続で、半ば放心状態になってしまった。

「あんちゃん、大丈夫か。」

おじさんの言葉ではっとした。

「ええ、大丈夫です。すみません。」

「まあ無理もない、お父さんがなくなっちゃったんだもんな。」

「いいえ、そうではなく...」

僕は言葉に詰まってしまった。が、かろうじて言葉を絞り出した。

「その、僕の知る父とあまりにも違っていたもので...」

すると、おじさんが不思議な顔をして僕の顔を見つめた。

日差しは暖かく、川辺に吹く風は涼しかった。

「ほう、あまりにも違う、とな。」

おじさんは繰り返した。少し落ち着いた僕は、父が家ではどんな人だったかを説明した。

それを聞くとおじさんは、

「あんちゃんの親父さんは不器用だな」

と大笑いをした。一通り笑った後、

「そりゃ驚くのも無理はないわな、俺もびっくりだ。」

と笑い泣きの涙を手で拭いながら言った。

「そんな関係で、あんちゃん、親父さんは釣りに誘おうとしてたわけだ。」

「本当に驚きです。」

「いい話じゃねぇか。」

僕も、可笑しくなってしまって、笑顔がこぼれた。

一通り笑った後、ふと、新品の竿のことを思い出した。

「そういえば、これ」

そういって僕が新品の竿を取り出すと、おじさんは驚いた顔をして、

「そいつぁ結構いい値段するぜ。」と教えてくれた。

「おまえさんと釣りに行くときに、プレゼントするつもりだったんじゃねえか?」

「まずは誘うところからでしょう」

僕は自身の声が震えていることに気づいた。

「ほら、いっちょ釣るぞ。」

揺らぐ視界を時々手で拭いながら、僕は針に餌をつけ、川に向かって竿を振った。

日曜日の昼、温かな日差しに、川がキラキラと輝いていた。

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