オミオツケさんは絶望する
「乳製品アレルギー?」
そう呟いた瞬間、オミオツケさんはお腹の舌が冷たくなるのを感じた。
「そう」
スポーツ女子は、小さく頷き、卵焼きとハムステーキをご飯で包んだおにぎらずに齧り付く。
「結構、有名な話しだよ」
文系女子は、眼鏡の奥の目をキュッと萎める。
エガオが笑う時の映画を見た次の日の学校。午前の授業を全て終えたオミオツケさんはスポーツ女子と文系女子に呼ばれて屋上のベンチで昼食を食べていた。
一緒に食べるの自体は珍しくはないし、放課後に一緒に遊びに行くことだってある。
クラスの仲でも三人は仲の良い方だ、と自分でも思っていた。
しかし、今日の二人の昼食の誘いには緊張と恐怖を感じていた。
昼食に誘われた理由。
それはレンレンのことを聞きたいからに他ならないからだ。
あの後、レンレンはやってきた救急車に寄って病院に運ばれて行った。
運ばれて行ったというのはその後のことをオミオツケさんは知らないからだ。
コラボカフェの店長がレンレンの財布から両親の携帯番号の入った紙が出てきて、そこに連絡をしたら、すぐさま飛んできたのだ。
母親は、すぐさまレンレンに駆け寄り、父親は店長と客、そして医師に迷惑をかけました、と頭を下げた。
そしてレンレンに付き添うオミオツケさんに二人は驚きつつも「貴方、蓮のお友達?」「心配かけたね。ごめんね」と優しく労わってくれた。
てっきり怒られ、責められると思っていたオミオツケさんは驚きながらも混乱した頭と心では満足な返答も出来ず、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言うことしか出来なかった。
その後、レンレンは両親に付き添われて救急車に乗っていった。
どこの病院に運ばれたかはまったく分からない。
茫然自失に自宅に戻り、食事も喉を通らず、眠ることも出来ないままにレンレンのスマホに連絡し、SNSにも送り続けたがまったく反応がなかった。
そして、翌日、登校したオミオツケさんの元に彼が入院したと言う話しが舞い込んできたのだ。
「でも、驚いたよ」
文系女子が目を丸くして持参したお弁当のおかずを食べる。
「美織ちゃんとレンレン君がデートしてたなんて」
「本当だね」
スポーツ女子は、少し不機嫌そうにおにぎらずを齧る。
「あんなフェイク動画にまで利用されて……幸せすぎて油断してたんじゃないの?」
スポーツ女子は、皮肉を込めて言う。
オミオツケさんとレンレンがデートしてのがバレたのは昨夜動画サイトに上げられた一つの画像からだ。
内容はこうだ。
"衝撃!エガオが笑う時のコラボカフェにエガオ出現!女の子を襲う!"と言うタイトルと共に小さな茶色いエガオとカゲロウが生々しく動いた後に、姿を変え、大男の上半身になって女の子に襲いかかる姿が投稿されていた。
その女の子がオミオツケさんで、その直後にレンレンが映ったところで動画は終了していた。
その動画は直ぐにトレンド入りしたが、直後にフェイク動画だと叩かれて削除された。
動画の内容は百パーセント事実。これがアニメの世界なら直ぐに全世界に広まることだろうが、現実の世界は違う。現実を超えたものは所詮、信じられずフェイクとして扱われる。
撮影した人には申し訳ないがフェイクと思われたことはオミオツケさんにとって唯一の救いだった。
その場にいた人たちも目にしたはずなのに誰も口にしないのはコラボカフェという空間から何かしらのイベントだったと考えたか、言っても信じてもらえないと思ったか、それともその後に起きた疑いようのない現実の事故に直面したからだろうか?
しかし、どれだけ動画がフェイクと叫ばれようがオミオツケさんとレンレンが一緒に映っていたことは疑いようのない事実。
朝からオミオツケさんの元にはレンレンと一緒にいたの?彼に何があったの?と探り、囃し、野次馬する生徒と事実確認をしたい教師たちに迫られ続けていた。
スポーツ女子と文系女子が屋上に連れてきたのもオミオツケさんを好奇な目から守るためもあるのだろう。
そして……。
「で……」
スポーツ女子はじっとオミオツケさんを睨む。
「いつから二人は付き合ってたのよ?」
「いや……付き合ってなんか……」
オミオツケさんは、弱々しく言う。
「付き合ってないのに二人で映画なんて行く?しかもコラボカフェなんて……」
「それは……趣味が一緒だったから……」
オミオツケさんは、組んだ両手の指をモジモジと絡ませる。
「お礼もあったし……」
オミオツケさんは、ぽそりっと言う。
「お礼ねえ」
スポーツ女子は、ふんっと鼻息を吐く。
「何のお礼か知らないけど……」
スポーツ女子は、八つ当たりするようにおにぎらずに齧り付く。
「私は、とんだ道化だったわけだ」
「道化なんて……私たち本当に付き合っては……」
「まあまあ、二人とも」
文系女子が間に入ってくる。
「それよりも美織ちゃん、本当に知らなかったの?レンレン君の乳製品アレルギーのこと」
文系女子の言葉にオミオツケさんは重く頷く。
「一度も……聞いたことなかった」
そもそもがみそ汁に絡んだこと以外でレンレンとちゃんと話したことなんてあっただろうか?と、いうよりもレンレンが自分のことを自分から話してくれたことなんて一度もない。
一方的に自分が話して……自分が驚いて……自分が勝手に惹かれていっただけなのだ。
「二人は何で知ってるの?」
オミオツケさんの問いにスポーツ女子と文系女子はお互いの顔を見合わせる。
「高校入学して最初の時かな?」
「最初のホームルームの時に自分からみんなの前で言ったんだよね。"自分は重度の乳製品アレルギーです。みんなに迷惑かけるかもしれないからこの場を借りて伝えます"って。あん時は私も驚いたよ」
スポーツ女子は、麦茶のペットボトルに口を付ける。
「アレルギーを告知するって凄い勇気がいるのに、あんなに堂々と言えるなんて……」
「カッコよかったよね」
文系女子もその時のことを思い出して小さく笑う。
「そのお陰で私達もクラスのみんなに言うことが出来たんだ」
二人がアレルギー持ちだと言うことは勿論知っている。
しかし、そんな経緯があって耳に届くことになっただなんて知らなかった。
「まあ、クラスが一緒になったことないからね。仕方ないよ」
文系女子は、切なそうに笑みを浮かべてオミオツケさんの肩に手を置く。
「特にレンレン君は男子だからね。違うクラスの女子にまで話しはいかないよ」
「……でも私は生徒会の……」
「生徒会はしょせん生徒会だろ?」
スポーツ女子は、少し冷めたように言う。
「アニメや漫画じゃないんだから風紀は守れても病気や体質まで面倒は見れないだろう」
スポーツ女子のきつい口調に文系女子は顔を顰めて「言い過ぎ」と嗜める。
「でも、実際かなり重いアレルギーらしいよ。私達も重い方だけど比較にならないくらい……」
文系女子は、眼鏡の奥の目を下に落とす。
「私達は、何だかんだと口に含まなきゃ重傷にはならないけどあいつの場合、肌に触れるだけで呼吸困難になるみたいだし……」
触れただけ……。
オミオツケさんの脳裏に昨日の光景が蘇る。
みそ汁からオミオツケさんを守ろうとして倒れ込んだレンレンの顔の上に落ちたフレンチトーストのお皿。
その表面にはたっぷりと付いていたはすだ。
卵と蜂蜜、そして牛乳で作った液が……。
オミオツケさんの表情が青ざめ、胃の奥から冷たいものが込み上げてくる。
「で……でも……」
オミオツケさんは、震える目でスポーツ女子を見る。
「貴方……彼に上げてなかった?クッキー?」
オミオツケさんの言葉にスポーツ女子は顔を赤らめる。
「み……見てたの?」
スポーツ女子は、動揺に声を震わせる。
オミオツケさんは、小さく頷く。
「アレは……メレンゲクッキーだよ」
「メレンゲ?」
「卵白で作ったの。私も小麦粉アレルギーだからさ……二人で食べれる物をと思って……」
そう言って恥ずかしそうに目を反らす。
「私は食べれないけどね」
文系女子は、目を細めて言うが嫌味ではなく、むしろ面白がって揶揄ってるという印象だ。
恥ずかしがるスポーツ女子を横目に文系女子はオミオツケさんに目を戻す。
「牛乳だけじゃなくて山羊の乳とか羊とかもダメで、お母さんの母乳でもアレルギーが出たって聞いたよ」
「母乳で⁉︎」
オミオツケさんは、声を上擦らせる。
文系女子は頷く。
「母乳ってお母さんの食べてたものが影響が出やすいからね。蓄積されたものに反応したみたい。お母さんもお医者さんに指摘されて急いで食生活を改善して粉ミルクなんかも一切与えなかったらしいけど、やっぱり栄養が足りなかったみたいで病院を行ったり来たりしてたみたい」
栄養が足りない……。
病院を行ったり来たり……。
「それを補おうとサプリとか薬が出たらしいけど、そのせいで随分と太っちゃったらしいよ。カルシウムも取れないから背も低くくて、それで小学生の頃はよくいじめられてたって笑いながら話してた」
オミオツケさんの脳裏に昨日、レンレンが話してた言葉が過ぎる。
学校って……怖いですよね。
太ってるとか、小さい、頭が悪い、同じ物を食べられない、それだけの理由できみ悪がられ、馬鹿にされ、虐められる……。
(これ……自分のことだったんだ……)
オミオツケさんは、両手を口元に当て、息を飲む。
「あいつ……ずっと引きこもってたらしいよ」
スポーツ女子が頬を赤らめながら言う。
「学校に行くのが怖いって。食べれないのを馬鹿にされるのが嫌だって」
オミオツケさんの脳裏に部屋に閉じこもって蹲って泣いている幼いレンレンの姿が浮かぶ。
それだけで胸が痛くなる。
「そんな時にね。家族でとあるレストランに行ったんだって」
引きこもってしまった息子を心配した両親は少しでも気晴らしになればとレンレンを旅行に連れて行った。
遊園地で遊び、海を泳ぎ、大好きなアニメの聖地を巡るなど、思いつく限りのレンレンの好きな所を回ったと言う。最後は予め予約しておいた乳製品と縁遠い和食のお店
に行き、食事をして帰ろうとした時、トラブルが起きた。
店側の手違いで予約が取れていなかったのだ。
しかも満席。
当然、空くのを待っていたら帰りの新幹線にも間に合わない。
普段は怒らない両親が憤慨にレンレンが驚いていた時、「よかったらうちに来ませんか?」と声をかけられた。
四十過ぎの綺麗な女性だった。
女性は、近くの農家の人でお店に野菜を下ろしており、そこで小さなレストランもやってると言った。
普段はこんな出しゃばったことはしないがレンレン家族とお世話になっているお店がもめてるのを見て思わず声をかけてしまったと言う。
お店側は思わぬ助け舟に喜び、送迎と食べた食事の負担をさせてもらうと言った。
しかし、レンレンのアレルギーのことがあるので当然、両親は渋り、申し出はありがたいけどそちらに行くことは出来ないと告げた。
しかし、事情を聞いた女性はにっこりと微笑み「だったら尚のことうちにいらしてくださいな!」と半ば強引に自分のレストランに連れてきた。
レストランは、地方の農家がやってるとは思えないくらい小洒落ていて地元の人だけでなく、わざわざ車で遠くから足を運ぶ人もいる知る人ぞ知る人気店のようだった。
「この子のメニュー、私が決めて良いですか?気に入らなきゃ料金はいらないので」
それだけ言うと女性は両親の意見も聞かずに厨房へと引っ込んだ。その後、慌ててアルバイトと思われる若い男の子が両親の注文を聞きに来た。
両親は不安げに厨房を見て、レンレンは何が起きたのかまったく分からず呆然とした。
それからしばらくして女性が一つの皿をレンレンの前に置く。
レンレンは、目を大きく見開く。
目の前に置かれたのはアニメでしか見たことのないメープルシロップがたっぷりかかったパンケーキだった。
レンレンは、初めて見たパンケーキに大きく目を大きく輝かせる。
メープルシロップのかかったこんがりと焼け目のついたパンケーキは何ものにも変え難いくらい煌びやかで、美しくて、そして美味しそうだった。
両親は激怒した。
アレだけ息子にはアレルギーがあると言ったのにこれはどう言うつもりだ、と。
しかし、女性は、両親の怒りを無数の針のように受けても笑みを絶やさなかった。
「このパンケーキは息子さんの為に作ったパンケーキです」
そう言ってからレンレンに目を向ける。
「どうぞご賞味ください」
そう言ってレンレンに優しく微笑んだ。
その笑みはレンレンの傷んだ心を動かすには十分すぎるほどに温かいものだった。
気がついたらレンレンはナイフとフォークを使ってパンケーキを口に運んだ。
レンレンの両親はそれを見て悲鳴を上げる。
女性は、じっとパンケーキを食べるレンレンを見る。
レンレンの目が大きく、大きく見開く。
「あ……っ」
震える声が小さく漏れる。
母親は、慌てて吐き出させようとし、父親は発作時の薬を準備しようとする。
しかし……。
レンレンの目から涙が溢れる。
頬が、唇が、身体が震える。
それは発作ではなく……歓喜の震えだった。
「甘い……」
レンレンは、ぼそりっと言う。
「美味しい……」
レンレンの目に星屑のように輝く。
レンレンは、弾けるように顔を女性に向ける。
女性は、優しく微笑む。
「凄く美味しい!」
レンレンは、食べた。
人生で初めて料理をがっついた。
それ程までにパンケーキは甘く、柔らかく、そして美味しかった。
一欠片も残さず食べ終えてもレンレンの体には蕁麻疹も出なければ呼吸困難に陥ることもなかった。
両親は、驚きすぎて何も言えない。
「オーツミルクで作ったパンケーキです」
女性は、優しい声で種明かしをする。
オーツミルクとは、オーツ麦と呼ばれる麦を砕いて濾過して作った植物性のミルクだと言う。
「これなら乳製品アレルギーの人でも美味しく食べれます」
女性の発したその言葉は、レンレンに取ってはまさに神の掲示に等しかった。
生まれた時から串刺しにされ、身じろぎすることすら許さなかった杭が音を立てて緩んだ気がした。
両親は、涙を流してレンレンを見て、女性に先程まで怒りを飛ばしていたとは思えないほどに感謝の言葉を述べた。
しかし、唐突に女性の顔から笑みが消える。
「このパンケーキは確かに美味しいとは思いますが食感や風味はやはり本物とは違います。生地の甘みもどちらかと言うと淡白です。まだまだ本物には敵いません」
そう言って女性は頭を下げる。
レンレンと両親は驚く。
「これが今の私に提供できる精一杯のものです。今はこれでお許しください。そして次いらした時にはもっと美味しいパンケーキが届けられるよう精進致します」
そう告げた女性の目はあまりにも真っ直ぐで、幼いレンレンの心を強く打ち付けた。
そしてこの出会いがレンレンのその後の人生を大きく変化させていった。
「それからレンレン君はびっくりするほど元気になってったらしいよ」
文系女子は、レンレンから聞いたことを思い出しながら説明する。
女性は、都内の大学で管理栄養士として働いていたと言う。両親が高齢になったのを機に戻ってきて農家を継ぎ、以前からやりたかったオーガニックとアレルギーのある人でも食べられるレストランを始めた。
レンレン家族は、女性と交流を持ち、母親は女性とレンレンのアレルギーの相談しながら薬に頼らなくても栄養を摂ることのメニューを考案し、レンレンに提供した。
そのお陰でレンレンの身体は鎖が解かれたように成長した。身長が竹のように伸び、お肉がカンナで削られたように落ちて男の子らしい逞しい身体つきになった。引きこもっていたせいで人と接するのが苦手で気弱なのは変わらないが学校にも無事に戻ることが出来、友達とも遊ぶことが出来るようになった。
そしてレンレンは明確な夢を持つことが出来た。
自分が女性と出会って人生が変わったように自分も同じように食べたいのに食べれなくて我慢し、悲観している人達に料理を届けたい。
人生に少しでも光がさせるようにしたい。
「そう思ってレンレン君は始めたんだよ。レンレン定食を」
オミオツケさんは、目と唇が震えるのを止めることが出来なかった。
レンレンがあんなに一生懸命にみそ汁が食べられるように付き合ってくれたのはその為だったのだ。
誰よりも食べたいのに食べれない苦しみを知っているからこそレンレンはあんなにも考え、あんなにも動いてくれたのだ。
オミオツケさんが楽しく、家族と、友達と、そして自分自身のためにみそ汁が飲めるようにと願って。
それなのに……それなのに……。
オミオツケさんの目から涙が溢れる。
突然、泣き出したオミオツケさんに二人は驚く。
オミオツケさんは、両手で顔を覆って泣いた。
「私……彼の夢を……命を奪っちゃうところだった」
自分が映画になんて誘わなければ……。
コラボカフェになんて誘わなければ……。
確認もしないでみそ汁に触れなければ……。
くだらない嫉妬なんてしなければ……。
それにきっと彼は……。
「美織ちゃんは悪くないよ」
文系女子は慌てて声をかける。
「そうだよ。知らなかったんだから仕方ない」
スポーツ女子もフォローに入る。
「レンレンも怒ってなんかないし、と、いうか死んでないから、な」
二人は、優しく声をかける。
しかし、オミオツケさんの耳には届かない。
その後、どうやってクラスに戻ったのかも、授業を受けたのかも、生徒会の活動に参加したのかも覚えていない。
しかし、自宅に戻り、自室のベッドに横になってオミオツケさんは決めた。
もうレンレンと会わない、と。
翌週、レンレンは学校に復帰した。
アレルギー症状自体はすぐに治ったものの久々の発作だったせいか、身体に思った以上の負担がかかり、両親と医師の薦めもあって大事をとって三日間の入院と四日間の自宅療養をした。
その間、スマホには友達からの心配、お見舞いの連絡とSNSがひっきりなしだった。
レンレンは、一つ一つ丁寧に読みながら返信していった。
しかし、その中で気になることが二つあった。
一つは文系女子とスポーツ女子からのSNS。
文体こそ違うが内容は同じだった。
"美織ちゃんが元気ない"
"学校来たら直ぐに声かけて上げて"
"男なら責任取りなさい"
と、いったものだった。
美織ちゃんと書かれたのを見た時、それがオミオツケさんのことだと気づくのに時間が掛かった。
そうだ。彼女は美織という名前だったと思い出す。
そんな大切なことを忘れるくらいオミオツケさんと言う名前はいつの間にか自分の中で定着していた。
元気がないと言うのはきっと自分がこんなことになったことに責任を感じてるからだろう。真面目な彼女らしいな、とレンレンは思った。
それに男としての責任……ひょっとしてあのことを話したのだろうか?
そういえば彼女には自分の体質のことについて話してなかった。隠していたつもりはなかったが妹の為に一生懸命、みそ汁を飲もうとしている彼女を見て、自分の経緯なんて言う雑味を入れる必要はないか、と思ってしまったのだ。
きっとさぞ驚いて、なんで言わなかったのかと怒っているかもしれない。
その証拠に気になることのもう一点として救急車で運ばれて、退院して以降、オミオツケさんからの連絡は来なかった。
心配かけてすいません、と送っても返信すらない。
きっと怒ってるのだ。
やばいなあとレンレンは頭を掻く。
しかし、自分もただ休んでいたのではない。
その間にオミオツケさんがみそ汁を飲む方法が一つ思いついたのだ。
もし、これがうまくいけばオミオツケさんはきっと妹と一緒にみそ汁が飲めるはずだ。
そう意気込んでレンレンは1週間ぶりに登校したのだが……。
「オミオツケさーん!」
昼休みの終わり、食堂の片付けを終えてから教室に戻ろうとしたところで彼女の姿を見つけた。
一週間振りに見たオミオツケさんは、とても小さく、愛らしく、そして輝いて見えた。
レンレンは、嬉しさとは違う感情が膨れ上がりそうになるのを抑えながらオミオツケさんに駆け寄る。
寝込んで動かさなかった身体は鉛のように重かったがそれでもオミオツケさんの元に早く行きたい一心で走る。
「こんにちはオミオツケさん!」
レンレンは、息を切らしながらも和やかな笑みを浮かべる。
オミオツケさんは、いつものように冷めた目でレンレンを見る。
いつものように冷めた目。
そのはずなのにレンレンはどこか違和感を感じた。
「こんにちは。レンレン君」
彼女は、抑揚のない声で挨拶してくる。
出会った頃のような冷めた声で。
いや、出会った頃よりも冷たく、そして痛々しい声で。
その冷たさに当てられてレンレンは胸が痛むのを感じた。
「オミオツケ……さん?」
レンレンは、戸惑いながらも彼女の名を呼ぶ。
「何か用?もうすぐ授業が始まるわよ」
しかし、オミオツケさんの目と声は冷たい。
「え……あ……あの……」
オミオツケさんのあまりの態度の冷たさに狼狽えてしまい、レンレンは何を言おうとした言葉が飛んでしまう。
「用がないならもう行くけど?」
「あっ待って……その……あの……」
レンレンは、動揺しながらも飛んだ言葉を捕まえる。
「今日の放課後、空いてますか?」
「……何故?」
何故?
その言葉にレンレンは、動揺以上の痛みを感じた。
「何故……ってほらみそ汁……実はいい方法が思いついて……これならきっとオミオツケさんも……」
「もういいの」
「……えっ?」
レンレンは、彼女の発した言葉の意味を理解することが出来なかった。
「みそ汁のことは……もういいの」
レンレンの目が大きく見開く。
本当に……本当に彼女は何を言ってるんのだ?
「別にみそ汁が飲めなくったって死ぬことはないわ。美味しいものはもっとたくさんあるもの」
それはそうだ。
この世には美味しいものが溢れてる。
命に関わるような乳製品アレルギーを持った自分にだって食べれるような美味しいものはたくさん存在する。
でも……。
「オミオツケさんは妹さんと……みそ汁を飲みたかったんじゃないんですか?」
その言葉にオミオツケさんの冷めた目が一瞬揺れる。
「妹にはこの前話したわ……みそ汁のこと」
「話した?」
レンレンの言葉にオミオツケさんは頷く。
「みそ汁がどんな物なのかをちゃんと説明した。私が理由があってみそ汁が飲めないことも話したらちゃんと理解してくれた」
オミオツケさんの話しを聞いた妹は、きょとんっとした顔をしていたが、その後、泣きそうな顔をして「お姉ちゃんかわいそう」と優しく頭を撫でてくれた。
その時の妹の顔を思い出すと胸が張り裂けそうになるが、ぐっと飲み込む。
「これからはみそ汁もちゃんと家で作るようにしてその日は私は自室で食べる。そう家族で決めたの。だからもう……みそ汁を飲む必要はないのよ」
オミオツケさんは、そう言って冷たく笑った。
レンレンは、呆然と、そして失望した表情を浮かべてオミオツケさんを見た。
「今までありがとう。レンレン君」
オミオツケさんは、丁寧に頭を下げる。
「食堂頑張ってね。管理栄養士の夢も。陰ながら応援してるわ」
オミオツケさんは、ゆっくりと踵を返す。
「さようなら」
振り返らず、冷たい声で別れを告げるとオミオツケさんはゆっくりと歩き出す。
「……待ってますよ」
……えっ?
オミオツケさんは、足を止める。
しかし、振り返らない。
レンレンは、和やかな笑みをオミオツケさんの小さな背中に向ける。
「今日の放課後……食堂で待ってますね。さっきも言ったけど試したいことがあるんで……これならきっとオミオツケさんもみそ汁が飲めるようになるはずです」
レンレンは、いつもと変わらない和やかな笑みと優しい声でオミオツケさんに話しかける。
しかし、オミオツケさんは振り返らない。
小さく肩を振るわせるだけだ。
「勝手に……」
オミオツケさんは、冷めた声を絞り出すように言う。
「勝手にすれば!私は行かないから!」
千切れるように声を上げ、オミオツケさんは足早に去っていく。
レンレンは、ただその背中を見続けた。
授業の始まる予鈴が寂しく鳴り響いた。




