学年一可愛い令嬢三姉妹は、バイト帰りの夜でも当然みたいに俺の部屋へ転がり込んでくる
「……で、なんで本当に来てるんだよ」
バイト帰りの俺は、アパートの前で深いため息をついた。
目の前には、西園寺三姉妹。
涼花は当然みたいな笑顔で立っているし、優里は少しだけ申し訳なさそうにしながらも帰る気配はない。龍華に至っては、もう自分の家みたいな顔で階段を見上げていた。
「神谷くんが疲れてるなら、今日はやめようかとも思ったんだけど」
涼花が言う。
「思っただけで実行はしなかったんだな」
「だって、ちょっとだけ話したいなって」
「私も、今日は神谷くんに少し聞きたいことがあったので」
「優里まで……」
「私は別にどっちでもいい」
龍華がそう言ってから、少しだけ間を置く。
「でも、お前が今から一人で帰って、適当に飯食って寝るだけなのもつまらん」
「なんで俺の夜の過ごし方にお前が感想持ってるんだよ」
「事実だろ」
否定しづらいのが腹立たしい。
結局、俺は鍵を取り出して扉を開けた。
「一時間だけな」
「やった!」
涼花がぱっと顔を輝かせる。
その横で優里も、ほんの少しだけ安心したように笑った。龍華は何も言わずにさっさと部屋へ入っていく。
……こいつら、本当に遠慮ってものを知らない。
※ ※ ※
「お邪魔しまーす!」
「もう何回目だよ、その台詞」
「でも言いたくならない?」
「ならない」
涼花は靴を脱ぐなり、ラグの上へぺたんと座った。
すっかり馴染んでいる。馴染みすぎていて逆に怖い。
優里は買ってきた飲み物の袋をテーブルへ置く。
「勝手に来るのもあれだったので、少しだけ買ってきました」
「……なんですか、これ」
「飲み物と、甘いものです」
「涼花が選びました!」
「余計な予感しかしないな」
袋の中を見る。
コンビニスイーツが妙に多い。
「どう見ても『少しだけ』じゃないだろ」
「神谷くん、疲れてる時って甘いもの食べたくならない?」
「なるけど」
「でしょ!」
理屈としては正しいのが悔しい。
「それより、飯は?」
龍華が当然みたいに聞いてくる。
「まだ」
「じゃあ何か作るのか」
「作るけど」
「手伝う!」
涼花が即座に手を挙げた。
「やめろ」
「なんで!?」
「お前が台所に立つと嫌な予感しかしない」
「偏見だよ!」
「前に包丁持たせたら玉ねぎ全部みじん切りにしただろ」
「それは頑張った結果だもん!」
頑張り方の方向が違う。
「私は手伝えますよ」
優里が穏やかに言う。
「神谷くん、何作るんですか?」
「……チャーハンくらいならすぐできますけど」
「じゃあ手伝います」
「お前は?」
龍華を見ると、あいつはもう俺のベッドに腰掛けて漫画を開いていた。
「私は応援担当」
「一番腹立つ担当だな」
だが、優里が手伝うと言うなら正直助かる。
バイト終わりで一から四人分を作るのは少し面倒だった。
「じゃあ、卵割ってもらえますか」
「はい」
エプロンなんて洒落たものはないから、そのまま袖を軽くまくってもらう。
狭い台所に優里が立つと、それだけで妙に距離が近い。
「……」
「どうしました?」
「いや、別に」
どうしたもこうしたもない。
バイト帰りの夜、自分の台所で、令嬢が自然な顔で卵を割っている状況に脳が追いついてないだけだ。
「神谷くん、塩ってこれ?」
涼花が勝手に棚を開けようとする。
「待て。お前は動くな」
「えー!」
「本当に余計なものまで出すから駄目だ」
「むぅ……」
唇を尖らせながらも、涼花は渋々引き下がった。
そのやり取りを見ていた龍華が、漫画から目を上げもせず言う。
「犬みたいだな」
「誰が!?」
「待てって言われて本当に待ってるあたり」
「龍華お姉ちゃん今の失礼だよ!?」
「でもちょっと分かります」
優里が小さく笑う。
「優里まで!?」
台所と部屋の境目で、また騒がしい声が飛び交う。
狭いはずの空間なのに、不思議と窮屈さはなかった。
チャーハンはすぐに出来上がった。
四人でテーブルを囲むには狭すぎるから、いつものようにベッドとラグを使ってどうにかする。
「いただきます!」
涼花が一口食べて、すぐに目を丸くした。
「おいしい!」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ! なんか、家のご飯って感じする!」
「それはそれでお前ん家どうなってるんだよ」
「うちは料理人さんのご飯だから!」
「ああ、そうだったな……」
スケールが違う。
「でも、こういうの好きです」
優里も穏やかに箸を動かしながら言った。
「温かくて、ちゃんと人が作った感じがして」
「料理人の人も人が作ってるだろ」
「そうなんですけど、意味は伝わりますよね?」
「……まあ」
伝わる。
妙に伝わるから困る。
龍華は黙々と食べていたが、不意にぼそっと言った。
「やっぱうまいな」
「なんだよ急に」
「事実を言っただけだ」
「最近ちょいちょい素直だよな」
「殺すぞ」
「褒めたのに!?」
即座に殺意が飛んできた。
でも、口調のわりに本気じゃないのが分かるくらいには、俺もこいつらに慣れてしまっている。
食べ終わって片付けまで済ませる頃には、時計はもうだいぶ夜を指していた。
「……で、聞きたいことってなんだったんだ」
俺がそう言うと、優里が少しだけ姿勢を正した。
「バイトのことです」
「バイト?」
「はい。いつからしてるんですか?」
「高一入って少ししてからですけど」
「どうして本屋を?」
質問の仕方は穏やかなのに、妙に核心を突いてくる。
「……本が好きだから、ってのもあります」
「やっぱり」
「あと、家にずっと一人でいるのも微妙だったんで」
それも本音だ。
両親はほとんど帰らない。放課後、何もない部屋で一人きりの時間を潰すくらいなら、本に囲まれて働いている方がまだ気が紛れる。
優里はその答えを聞いて、少しだけ目を伏せた。
「神谷くん、ちゃんと自分で居場所を作ってるんですね」
「……そんな大層なもんじゃないです」
「またそうやって小さく言う」
今度は優里に言われた。
しかも龍華と同じことを。
「だって実際そうだろ」
「そうは思いません」
優里ははっきり言った。
「神谷くん、自分で生活して、自分で働いて、自分で好きなものも持ってるじゃないですか。それって、すごいことですよ」
「……」
真正面からそんなふうに言われると弱い。
照れるとか以前に、どう返していいか分からなくなる。
「そうだよ」
今度は涼花が、いつもより少し静かな声で言った。
「神谷くんって、ちゃんとしてるよね。わたし、前から思ってた」
「前から?」
「うん。なんか、静かなのに、ちゃんと自分の足で立ってる感じがする」
なんだそれ。
そんな評価をされたこと、一回もない。
「……買いかぶりすぎだろ」
「買いかぶってない」
龍華まで会話に入ってくる。
「お前、そういうところはちゃんとしてるよ」
「お前にまで言われると逆に怖いんだけど」
「何だそれ」
龍華は不満そうに眉をひそめたが、いつもの噛みつく感じはなかった。
なんなんだ今日は。
三人とも妙にまっすぐで、こっちの防御が追いつかない。
「神谷くん」
涼花がラグの上で膝を抱えながら、じっと俺を見る。
「わたしたちが部屋に来るの、やっぱり迷惑?」
「またその話か」
「だって、ちゃんと聞きたかったんだもん」
今までみたいな勢いじゃない。
少しだけ不安そうな顔だった。
「わたしたち、勝手に来て、勝手に騒いでるから」
「……」
そう言われると、軽くは返せない。
「迷惑な時もある」
正直に言う。
三人の肩が、ほんの少しだけ下がった。
「でも」
俺は続けた。
「最近、帰ってきて誰もいない部屋が、前より静かすぎるって思う時はある」
「……!」
「それは、たぶんお前らのせいだ」
言った瞬間、涼花の顔がぱっと明るくなった。
優里は目を丸くしてから、嬉しそうに笑う。龍華だけは一瞬黙ったあと、ふっと目を逸らした。
「それ、かなり嬉しいです」
優里が小さく言う。
「わたしも!」
涼花がすぐに食いつく。
「じゃあ、もっと来てもいいってこと!?」
「話が雑なんだよ」
「でも、否定しないんですね」
「優里、お前そういう時だけ鋭いよな」
「よく言われます」
多分、本人に自覚があるタイプだ。
「……まあ、ほどほどなら」
そう絞り出すと、涼花がその場で小さくガッツポーズした。
「やった!」
「喜びすぎだろ」
「だって神谷くんが認めた!」
「許可の範囲を拡大解釈するなよ」
龍華はそんな俺たちを見て、呆れたように肩をすくめる。
「まあ、今さら追い出されても困るしな」
「お前が一番図太いんだよ」
「知ってる」
自覚あるのかよ。
その時、不意に部屋の空気が静かになった。
さっきまで騒いでいたのに、妙に落ち着く間が落ちる。
優里が新しいマグカップに残ったお茶を見つめながら、ぽつりと言った。
「私、神谷くんの部屋、好きです」
「また急だな」
「静かで、でも寂しいだけじゃなくて。ちゃんと神谷くんの好きなものがあって……なんだか落ち着きます」
「私も好き!」
涼花が元気よく続く。
「なんか来ると楽しいし、神谷くんの違う顔見れるし!」
「違う顔ってなんだ」
「本読んでる時とか、ご飯作ってる時とか、バイトの話してる時とか!」
全部見られてるな……。
「私は」
龍華が短く言って、少しだけ言葉を探すみたいに黙った。
「……落ち着く」
たったそれだけ。
でも、龍華がそういう言い方をするのは珍しかった。
「お前……」
「何だよ」
「いや、今日は妙に素直だなって」
「うるさい」
龍華はそっぽを向く。
耳がほんの少しだけ赤い気がしたのは、多分気のせいじゃない。
そんな空気を壊すみたいに、涼花がぱっと立ち上がった。
「よーし、じゃあ次はみんなで映画見ようよ!」
「切り替え早いな!?」
「この前、環境整えたいって言ってたじゃん!」
「言ってたのはお前だろ!」
「ポップコーン買ってくる!」
「ここ映画館じゃねぇよ!」
優里がくすっと笑う。
「でも、楽しそうですね」
「乗るな」
「私は恋愛ものがいいです」
「優里まで!?」
「私はホラーでもいい」
「龍華、そのチョイス絶対この部屋に向いてないだろ」
「神谷、怖いの駄目なのか?」
「駄目じゃないけど、お前らが騒いで面倒なことになる未来が見える」
「失礼だなー!」
涼花が頬を膨らませる。
優里は楽しそうだし、龍華も口元だけ少し上がっていた。
気づけば、もう最初に決めた一時間はとっくに過ぎていた。
「……そろそろ帰れよ」
俺が言うと、涼花が「えー」と露骨に不満を出す。
「だってまだ全然話せるよ?」
「もう夜だ」
「そうですね」
優里は素直に頷いて立ち上がった。
「今日は帰りましょうか」
「優里お姉ちゃんが言うなら……」
涼花もしぶしぶ立ち上がる。
龍華は最後に漫画を閉じて、当然みたいに俺を見る。
「じゃあ、また来る」
「そこは疑問形にしろ」
「嫌だ」
こいつ本当にぶれないな。
三人を玄関まで見送る。
狭い玄関に並ぶと、やっぱり華がありすぎておかしい。
「神谷くん、今日はありがとう」
優里が柔らかく言う。
「ご飯も、お話も」
「……別に」
「また来るね!」
「ほどほどにな」
「善処しまーす!」
「一番信用ならない返事だな」
龍華は最後に靴を履きながら、ちらっとだけ俺を見た。
「お前、疲れてる時はちゃんと言えよ」
「は?」
「無理して相手してるなら、殴る」
「物理で解決しようとするな」
「でも、無理してないならいい」
それだけ言って、龍華は先に階段を下りていった。
「……なんなんだあいつ」
「ふふっ。龍華なりに心配してるんですよ」
優里が笑う。
「分かりづらすぎるだろ」
「でも、神谷くんなら分かるでしょう?」
「……まあ、少しは」
そう答えると、優里は満足そうに微笑んだ。
涼花が手を振る。
「じゃあね、神谷くん! 明日学校で!」
「おう」
優里も小さく会釈をして、龍華の後を追った。
三人の姿が見えなくなってから、俺は部屋へ戻る。
静かだ。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに。
なのに、その静けさは前みたいにただ空っぽなだけじゃなかった。
笑い声の余韻が、まだ少しだけ残っている気がする。
「……完全に入り浸ってるな」
今さらな結論を呟きながら、俺はテーブルの上に残ったマグカップを片付けた。
そんな騒がしい日常を少しずつ当たり前にし始めていた。
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