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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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8/12

令嬢三姉妹は、放課後になると当然みたいに俺の部屋へ集まってくる

 日曜の買い物から数日後。

 俺の部屋は、見慣れているはずなのに微妙に見慣れない空間へと変わっていた。


 落ち着いた色のラグ。

 前より少しだけ座り心地のいいクッション。

 机の手元を照らす卓上ライト。

 そして、新しく増えた紺色のマグカップ。


「……なんか、本当に変わったな」


 朝、学校へ行く前に部屋を見回して、そんな感想が漏れる。

 たったこれだけの変化なのに、空気が違う。

 前までは、生活するためだけの場所だった。

 今はそこに、“誰かが来る場所”みたいな気配がある。


 その“誰か”が三人もいるのが問題なんだけど。


 机の上のマグカップへ目をやる。

 あれを見てると、あの日のことまで思い出してしまうから困る。


『似合うと思って選びました』

『その顔、気に入ってるな』


「……朝から思い出すなよ」


 自分で自分に言って、俺は鞄を掴んだ。


 ※ ※ ※


 教室に入った瞬間、嫌な予感がした。


 視線。

 最近、明らかに増えたそれに、俺はうんざりしかける。


 理由は分かっている。

 西園寺三姉妹だ。


 放課後に呼ばれた。

 昼休みに囲まれた。

 休日に一緒に出かけた。

 部屋に来た。


 もう十分すぎるほど目立っている。

 これ以上は本当にやめてほしい。


「神谷くん、おはよー!」


 やっぱり来た。

 朝の太陽こと西園寺涼花。


 いつものように明るく手を振りながら、俺の席までやって来る。


「……おはよう」


「なんか疲れてない?」


「お前らのせいでな」


「えー、わたしたち、そんなにひどい?」


「ひどい」


「即答だー!?」


 涼花は不満そうに口を尖らせたが、すぐにいつもの調子で笑った。


「でもさでもさ、神谷くんの部屋、前よりもっといい感じになったよね!」


「朝一でその話を教室でするな」


「なんで?」


「なんでじゃない」


 周囲の空気がざわつく。

 やめろ。男子どもの耳が明らかにこっちへ向いてるだろうが。


「神谷くん」


 さらに追撃。

 教室の後ろの扉から、優里が顔を出した。


「昨日、ライト使ってみましたか?」


「……使いました」


「どうでした?」


「使いやすかったです」


「それはよかったです」


 柔らかく微笑まれる。

 周囲のざわめきがさらに強くなる。


 やめてくれ。

 会話の内容だけ切り取られると、本当に俺の部屋が西園寺家のたまり場みたいに聞こえる。


 ……いや、実際ちょっとそうなりつつあるのが最悪なんだけど。


「おい」


 廊下側から聞こえたのは龍華の声だった。


「今日、放課後」


「嫌な予感しかしない」


「部屋、行くから」


「決定事項みたいに言うな」


「だってこの前、買った本まだ読んでないだろ」


「……なんで知ってるんだよ」


「見た」


「見た、で済ませるな」


 この長女、俺の行動把握が雑に強いんだよな。


「えっ、新しい本買ったの!?」


 涼花が食いつく。

 優里も少し興味深そうな顔をした。


「じゃあ、今日は読書会ですか?」


「なんでそうなるんですか」


「面白そうだから!」


「絶対お前はその理屈で全部押し切ろうとするよな」


 だが、三人の目はもう完全に“放課後行く”で一致していた。


「いや、待て。今日は駄目だ」


 さすがに言う。

 今週、三回目だぞ。

 入り浸るにも限度ってものがある。


「なんでだ?」


 龍華が眉をひそめる。


「今日はバイト」


 その一言で、三姉妹がぴたりと止まった。


「……バイト?」


 涼花が聞き返す。


「お前、バイトしてるのか」


 龍華も少し意外そうだ。


「してますけど」


「初耳です」


 優里まで驚いていた。


 ……あれ。

 そういえば、こいつらに言ったことなかったか。


「別に、わざわざ話すことでもないだろ」


「いや、あるだろ」


 龍華が言う。


「高校生男子のバイト先とか、普通に気になる」


「なんでだよ」


「神谷くん、何のバイトしてるの!?」


「本屋」


 三人の反応は、見事なくらい一瞬で変わった。


「似合う!」

「似合いますね」

「めちゃくちゃ想像つくな」


「なんなんだその一致団結」


 涼花は身を乗り出してくる。


「え、制服とかあるの!? エプロン!?」

「あるけど」

「見たい!」

「見せない」


 即答すると、涼花が「えー!」と声を上げた。


「神谷くんの本屋バイトとか、絶対レアじゃん!」


「レアかどうかで人を見世物にするな」


 優里は少し考えるように視線を落としたあと、穏やかに言った。


「だから、あんなに本に詳しいんですね」


「いや、それは元からです」


「でも、好きなものに関わる仕事をしているのは素敵です」


「……別に、そこまで大したもんじゃ」


「またそうやってすぐ小さく言う」


 龍華がぼそっと口を挟む。


「なんだよ」


「いや別に。ただ、お前そういうとこあるよなって」


 その言い方が妙に真っ直ぐで、少し返事に困る。


 すると涼花が、ぱっと顔を輝かせた。


「じゃあさ! 今日はバイト終わりに神谷くんの部屋集合ってことで!」


「なんでそうなるんだよ!」


「だって、放課後ダメでも夜なら――」

「もっとダメだわ!」


 朝から全力で突っ込みを入れたせいで、もう疲れた。


 ※ ※ ※


 放課後。

 俺は本当に本屋のバイト先へ来ていた。


 駅前にあるそこそこ大きい書店。

 学校帰りの学生も来るし、会社帰りの大人も立ち寄る。

 忙しすぎるほどじゃないが、暇すぎるわけでもない、ちょうどいい規模の店だ。


 エプロンをつけ、レジに立つ。

 仕事中は、余計なことを考えなくていいから楽だった。


「神谷くん、この新刊、特典まだある?」

「ありますよ」


「この作者の前作ってどのあたり?」

「二列奥の棚です」


 接客は別に嫌いじゃない。

 必要なことだけ話せばいいし、本に囲まれている空間は落ち着く。


 問題は、その落ち着いた空間に――


「……は?」


 見覚えのある金髪が入ってきたことだった。


 涼花。

 続いて優里。

 最後に龍華。


 なんでいる。


 なんで三人揃っている。


 しかも、揃いも揃って私服だ。

 学校帰りじゃない。わざわざ着替えて来てる。


「うわ、本当にいた!」


 涼花がこっちを見つけて、小声のつもりで全然小さくない声を出した。


「声量!」


 思わずレジ越しに睨むと、涼花は慌てて口元を押さえた。

 遅い。


「……お前ら、何してるんだ」


 隙を見て小さく問うと、優里が申し訳なさそうに笑う。


「少しだけ、お邪魔しようと思って」


「本を買いにな」


 龍華が平然と言う。


「いや、それにしても三人で来る必要ある?」


「あるよ!」


 涼花が即答した。


「だって神谷くんの働いてるとこ、見たかったし!」


「だから見世物じゃないんだって言ってるだろ」


 バイト中にまでこのテンションを持ち込まれると、色々困る。


「でも、似合いますね」


 優里がじっと俺を見る。


「エプロン姿」


「……そういうこと言うのやめてください」


「褒めてるんですけど」


「だから困るんです」


 龍華はそんな俺たちの会話を面白そうに見ながら、棚から適当に漫画を抜いていた。


「おい、神谷」


「なんだ」


「仕事してる時、普段よりちょっとまともに見えるな」


「普段はまともじゃないみたいな言い方やめろ」


「普段は根暗」

「余計なお世話だ」


 すると涼花が、くすっと笑う。


「でも、なんか分かるかも。神谷くん、ここだと落ち着いてる感じする」


「そりゃ仕事だからな」


「うん。でも、好きな場所なんだろうなって思う」


「……」


 何気ない一言だったのに、少しだけ胸の奥に引っかかる。


 好きな場所。

 たしかに、そうかもしれない。


 本屋は昔から落ち着く。

 誰かの物語が並んでいて、まだ読んだことのない世界が無数に積まれていて、静かで、それでいて退屈しない。


「神谷くん、これおすすめ?」


 優里が一冊の文庫を差し出してくる。

 俺は仕事モードのまま、それを受け取った。


「それ、少し切ない系です。恋愛というより、人間関係寄りの話ですけど」


「じゃあ、優里お姉ちゃん好きそう!」


 涼花が横から言う。


「私はこっちの明るい方が好きかも!」


「お前は分かりやすいな」


「えへへ」


「龍華さんは?」


 優里が振り向くと、龍華は手にした漫画をひらひらさせた。


「私はこれ。頭使わなくて済むやつ」


「お前、意外とそういうの読むよな」


「悪いか」


「いや、ちょっと親近感湧く」


「ふん」


 龍華は鼻を鳴らしたが、どこか機嫌がよさそうだった。


 その後、三人は思い思いに店内を見て回った。

 騒ぐわけでもなく、本を手に取って、感想を言い合って、たまに俺へ聞きにくる。


 その光景は、思ったより悪くなかった。

 ……いや、悪くないどころか、少しだけ嬉しいと思ってしまった自分がいる。


 俺の好きな場所に、俺のことを知っている連中がいて。

 しかも、その連中がちゃんと本を楽しそうに選んでいる。


 なんだろうな、これ。

 妙な気分だ。


 だが、その気分は長く続かなかった。


「神谷くんって、ここでは人気あるんだね」


 休憩に入る直前、涼花がそんなことを言った。


「は?」


「さっきから、女の子のお客さんに声かけられてたし」


「仕事だろ」


「でも、ちょっと笑ってた」


「接客だからな」


 なんだその尋問みたいな入り方。


「へえ」


 龍華が、なぜか少しだけ目を細めた。


「愛想よくできるじゃん」


「仕事中だけな」


「ふーん」


「なんだよ」


「別に」


 別に、と言うわりに顔が面白くなさそうだ。

 優里まで、どこか考えるように視線を逸らしている。


「……お前ら、もしかして変なこと考えてる?」


「考えてないよー?」


 涼花がすごく分かりやすく目を逸らした。


「考えてますね」

 優里が静かに断言する。


「お前、味方してくれないのかよ」


「客観的事実ですから」


 龍華は腕を組んだまま、じっと俺を見た。


「……本屋だと、少しかっこつけてるな」


「なんで喧嘩売るみたいな言い方なんだよ」


「売ってない。ただ事実を言ってるだけだ」


「それを世間では売ってるって言うんだよ」


 だが、どこか三人とも妙な空気だった。

 不機嫌……まではいかない。

 でも、少しだけ落ち着かないような、面白くなさそうな、そんな感じ。


 ……まさか。


「お前ら」


「なに?」


「何ですか?」


「なんだ」


「嫉妬してる?」


 言った瞬間、空気が止まった。


 やばい。

 これはやばいかもしれない。


 だが次の瞬間。


「はあ!?」

「ち、違います!」

「誰がだ」


 三者三様に反応が返ってきた。

 返ってきたが――全員ちょっと動揺している。


「図星じゃねぇか」


「ち、違うってば! ただ、なんか……その……!」


 涼花が珍しくしどろもどろになる。

 優里も頬を少し赤くして視線を逸らしていた。

 龍華は舌打ちしそうな顔をしている。


「……お前、たまにそういうのだけ鋭いよな」


「からかわれてる側だからな」


 言い返すと、龍華が不服そうに鼻を鳴らした。


 優里が小さく咳払いをする。


「と、とにかく。神谷くんがお仕事をちゃんとしているのが見られて、よかったです」


「話を無理やり戻したな」


「戻しました」


「認めるんだ」


 涼花はまだ少しだけ顔を赤くしながら、ぶつぶつ言う。


「だって……知らない神谷くん見た感じがしたんだもん」


「知らないって、仕事中なんだから当たり前だろ」


「それでもだよ」


 その言い方が、妙にまっすぐだった。


 知らない俺。

 たしかに、学校でも部屋でも見せてない顔はある。

 本屋での俺は、少しだけ別のモードだ。


 だからこそ。

 そんなふうに言われると、妙に意識してしまう。


「……まあ、もう見ただろ」


「うん、見た」


 涼花がじっとこっちを見る。

 優里も、龍華も。


 そして三人とも、少しだけ満足したように笑った。


 なんなんだ、本当に。

 俺の何をそんなに知りたがるんだ。


 バイト終わり、店の外へ出ると、夜風が少しだけ涼しかった。


「それで、どうするんだ」


 俺が聞くと、涼花が元気よく言う。


「もちろん、このまま神谷くんの部屋!」


「当然みたいに言うな!」


「だって、今日の神谷くん見たら、なんか行きたくなったし」


「どういう理屈だよ」


「知らない神谷くん見たあとって、もっと知りたくなるじゃないですか」


 優里がさらっと言った。


「優里まで!?」


「私は自然な感想を言っただけです」


「私は今日は別にどっちでもいいけど」


 龍華が言ってから、少しだけ間を置く。


「……お前が疲れてないなら、行く」


「最後の一言だけずるいな」


「そうか?」


 こうして。

 結局その日も、三姉妹は俺の部屋へ集まることになった。


 放課後だけじゃない。

 休日だけでもない。

 バイト帰りまで当然みたいに侵食してくる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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