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学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について   作者: 沢田美


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16/16

学年一可愛い令嬢三姉妹は、俺が強い理由を知りたがって、結局また俺の部屋で聞き出し会を始める

 翌日、右手の赤みはだいぶ引いていた。


 指を曲げても痛みはほとんどない。タオルで冷やされたおかげか、見た目にも大した怪我には見えなかった。ただ、俺自身が平気かどうかと、周囲がそれで納得するかどうかは別の話らしい。


 朝、教室へ入った瞬間から、涼花の視線がやたらとこっちへ飛んできていた。


 いつものように「おはよー!」と景気よく突っ込んでくるでもなく、机に肘をついている俺の手元をちらちら確認している。気にしすぎだろと思う一方で、そうさせたのは昨日の出来事だから、強くも言えない。


 結局、一時間目が始まる前になってようやく、涼花は意を決したみたいに席まで来た。


「……手、見せて」


「朝一番の台詞じゃないだろ、それ」


「いいから」


 仕方なく右手を出すと、涼花は思っていたよりずっと真剣な顔で見た。指の関節、手の甲、赤みの残り具合まで、ひとつずつ確認するみたいに視線が動く。


「ほんとに大丈夫そう」


「だから昨日からそう言ってるだろ」


「でも、ちゃんと見ないと分かんないじゃん」


 その言い方は妙にまっすぐで、茶化しにくかった。


 涼花はそれでようやく安心したらしく、小さく息をついたあと、鞄から何かを取り出した。絆創膏だった。しかも、普通に無地のやつじゃなくて、薬局で売っている少し高めの目立たないタイプだ。


「……なにこれ」


「一応」


「一応で持ってくるものか?」


「朝、コンビニ寄った」


 そこまでされると、さすがに軽く流しづらい。


「別に貼るほどじゃない」


「お守りみたいなもの!」


「絆創膏にそういう使い方あるのか」


「今日だけ特別!」


 押しつけるみたいに手のひらへ乗せられて、俺は仕方なくそれをポケットへしまった。


 その様子を見ていたクラスメイトが何人か微妙な顔をしていたが、もう最近はそこにいちいち反応していたら身がもたない。誤解が増えるのは困る。だが、涼花が本気で心配しているのも分かる。そうなると、面倒だなと思いながらも完全には拒めなかった。


 昼休みには、二年の廊下ですれ違った優里が、足を止めて同じように手元を見た。


 涼花みたいに勢いよくではなく、もっと静かに、でも逃がさない感じで。


「痛み、残っていませんか」


「ほとんどないです」


「ちゃんと冷やしましたか」


「昨日、十分すぎるくらい」


「ならいいです」


 口調はいつも通りやわらかいのに、その確認だけは妙に厳密だった。


 さらに放課後、昇降口へ向かう途中で龍華に捕まった。


 こいつはこいつで別方向に面倒くさい。


 いきなり右手を掴んで、ぐっと指を曲げさせる。


「おい、なにすんだ」


「動くか見てる」


「整形外科かお前は」


「平気そうだな」


「最初からそう言ってる」


「口で言うのと見るのは別だ」


 姉妹そろって確認方法が違うだけでやってることは同じだった。


 どうやら三人の中で、俺の怪我の確認は優先事項になっているらしい。ありがたいのか、ありがたくないのかは微妙なところだが、少なくとも昨日の件をもう終わったこととして流すつもりはないらしかった。


 その日のバイトはそこまで忙しくなかった。


 雨もなく、平日らしい穏やかな客入りで、レジに立っていれば時間はそれなりに過ぎていく。雑誌を整え、返本をまとめ、新刊台の帯を直す。いつも通りの作業をしている間だけは、昨日のことも、三姉妹の妙な気遣いも少しだけ頭の隅へ追いやれた。


 けれど、閉店前の見回りをしていた店長に声をかけられて、それもすぐ戻ってきた。


「神谷くん、昨日ちょっと面倒事あったんだって?」


「……どこから聞いたんですか」


「商店街の人づて」


 狭いな、この街は本当に。


「大したことじゃないです」


「そういう時の“大したことじゃない”は信用できないけどね」


 店長は苦笑しながら、カウンターの下から小さな紙袋を出した。


「さっき、中学生くらいの子たちがこれ置いてったよ。君に渡してほしいって」


 受け取って中を見ると、スポーツドリンク二本と、簡単な手書きのメモが入っていた。


 昨日はありがとうございました。

 助かりました。

 かっこよかったです。


 短い字でそう書いてある。


 悪い気はしない。しないんだけど、こういうのは妙にむず痒い。

 助けたかったから助けたというより、見過ごせなかったから動いただけだ。そこへ感謝をぶつけられると、行き場がなくなる。


 それでも、俺はそのメモを折りたたんで、紙袋ごと鞄へしまった。


 閉店時間を過ぎて店を出ると、入口脇の街灯の下に見覚えのある三人がいた。


 涼花が最初に気づいて手を振り、優里がその横で小さく会釈をする。龍華は壁にもたれたまま、いつものように腕を組んでいた。


 なんでいるんだ、とは、もう聞くのも少し疲れていた。


「迎えに来た」


 龍華が簡潔に言う。


「俺は子どもか」


「昨日の今日で放置する方がどうかしてるだろ」


 たしかに言い返しづらい。


 優里は俺の顔を見て、それから鞄を持つ右手へ視線を落とした。


「今日は痛み、悪化してませんか」


「してないです」


「ならいいです」


 同じ確認でも、優里が言うと少しだけ空気が静かになる。


 涼花はそんな二人のあとを引き継ぐみたいに、俺の横へ並んだ。


「今日は部屋?」


「なんで最初からそこなんだよ」


「だって話したいし」


「なにを」


「昨日のこと」


 いつもの軽い調子ではなかった。


 その一言に、俺は少しだけ黙る。


 昨日の件について、姉妹三人ともそれぞれ何か思うところがあるんだろうとは感じていた。だが、学校や商店街の真ん中で話すようなことでもない。そうなると、結局行き先は限られる。


 俺は小さくため息をついて、駅とは逆の道へ歩き出した。


 三人が当然みたいについてくる。


 川沿いの道は、夕方を過ぎると少しだけ風が通った。商店街の熱気が薄れて、街の音も遠くなる。部屋へ直行する前に、少しだけ頭を冷やすにはちょうどいい。


 姉妹もそれを察したのか、しばらく誰も無理に口を開かなかった。


 ただ、沈黙が気まずいわけではない。


 川面に映る街灯のにじみを見ながら歩いているうちに、ようやく俺の方が先に言葉を出した。


「そんなに気になるか」


「気になります」


 返したのは優里だった。


「昨日のこともですけど、それより」


「それより?」


「神谷くんが、どうしてあんなに落ち着いて動けるのか」


 隣で涼花も頷く。

 龍華は口を挟まなかったが、聞いているのは分かった。


 なるほど、そっちかと思う。


 ただ心配しているだけじゃなくて、強さそのものの理由を知りたいのか。


「別に、大した理由じゃない」


「そう言って大した理由じゃなかったこと、あんまりないよね」


 涼花にそう言われて、少しだけ言葉に詰まった。


「小さい頃、祖父に習ってたんだよ」


 三人の視線が集まる。


「空手っていうか、護身術まじりみたいなやつ。あんまり競技っぽくない、実戦寄りの」


「お祖父様が?」


 優里が少し意外そうに聞き返す。


「昔ちょっとやってたらしい。道場とか大げさなもんじゃなくて、近所の子どもに教える延長みたいな感じで」


 思い出してみれば、あの頃の祖父は無駄に元気だった。走り込みだの、受け身だの、足さばきだの、子ども相手とは思えないくらい基本をやらされた記憶がある。


「最初は嫌だった。痛いし、地味だし、友達はゲームしてるのに俺だけずっと型とかやらされてたし」


「なんか想像つかない」


 涼花が素直に言う。


「神谷くん、小さい頃も静かだったの?」


「今よりはマシだったと思う」


「へえ」


 少しだけ笑いが混じる。

 けれど、三人とも真面目に聞いていた。


「中学入ってからは、祖父がよく言ってた。“先に手を出すな。でも、出されたら迷うな”って」


「……」


「だからまあ、昨日みたいなのは、その延長」


 そこまで言って、俺は肩をすくめた。


「喧嘩が好きなわけじゃない。むしろ面倒だから嫌いだ。ただ、やるなら早く終わらせるだけ」


 龍華がそこでようやく口を開いた。


「昨日のお前、そんな感じだったな」


「見てて分かったか」


「分かる。慣れてるやつの動きじゃなくて、教わったやつの動きだった」


 その言い方は妙に腑に落ちた。


 龍華は喧嘩そのものに詳しいわけではないだろうが、人の立ち方や温度差を見るのがうまい。そういうところで察したんだろう。


「だから、あんまり感心はしてない」


 龍華が続ける。


「助けたことは別だけど、強いから偉いとも思わない」


「別に、偉いなんて思ってない」


「だろうな」


 優里は少しだけ考えるように目を伏せてから、静かに言った。


「でも、だから神谷くんは最初に煽らないんですね」


「……たぶん」


「勝てる人ほど、わざわざ大きく見せようとしないんですね」


 その解釈は、少しだけくすぐったかった。


 涼花は難しい顔で歩きながら、やがてぽつりと呟く。


「なんか、ちょっと安心した」


「何がだよ」


「神谷くんが、ただ喧嘩慣れしてるわけじゃなくて」


 そこまで言って、涼花は自分なりに言葉を探したらしい。


「ちゃんと、守るための強さなんだなって思った」


 その言い方は、正直ずるい。

 そんなふうに整理されると、俺が自分で思っている以上に綺麗なものみたいに聞こえてしまう。


「買いかぶりすぎだろ」


「でも、昨日そうだった」


 涼花はきっぱり言った。


「神谷くん、自分が目立ちたいから出たんじゃなかったもん」


 それは、否定できなかった。


 部屋へ戻る頃には、夜がきちんと降りていた。


 鍵を開けて中へ入ると、三人はいつもより少しだけ静かだった。騒がしい入り方をしないだけで、空気の印象がこんなに違うのかと思う。もっとも、その静けさも長くは続かなかった。


 冷蔵庫から麦茶を出している間に、涼花はラグの上へ座り込み、優里は昨日と同じように俺の右手を一度だけ確認し、龍華は当然みたいに本棚へ手を伸ばしていた。


「お前、本読む気満々だな」


「黙ってると空気重いだろ」


「配慮なのかそれ」


「半分くらいはな」


 素直に答えるのが腹立つ。


 麦茶を四つに分けて置くと、優里がコップを手にしたまま、もう一度俺を見た。


「神谷くん」


「なんだ」


「昨日、助けてくれてありがとうございました」


「またそれか」


「またです」


 優里はやわらかく笑ったが、目は真面目だった。


「私、ああいう場面を見るの、苦手なんです。誰かが乱暴なことをされているのも、それを止めるために誰かが傷つくかもしれないのも」


「……うん」


「だから、神谷くんが動いてくれて助かったのは本当です。でも、同時に、もうあんまり見たくないとも思いました」


 それは綺麗事じゃない、本音だった。


 涼花も小さく頷く。


「わたしも」


「私もだな」


 龍華まで短く同意した。


 三人そろってそう言われると、なんとも言えない気分になる。


「……分かった」


 結局、俺は昨日とほとんど同じ返事しかできなかった。


「なるべく無茶しない」


「なるべく、じゃなくて」


 涼花がすかさず口を挟む。


「ちゃんと」


「お前、そういうところだけ妙に厳しいな」


「大事なところだから!」


 その勢いに、思わず少し笑ってしまう。


 すると涼花は、安心したみたいに肩の力を抜いた。

 優里も表情をやわらげ、龍華は本棚の前でちらっとだけこっちを見て、何も言わずに視線を戻す。


 空気が少し軽くなる。


 そこでようやく、涼花が本来の調子を取り戻した。


「でもさでもさ、護身術ってことは、ちょっと教えてもらえたりするの?」


「は?」


「もしもの時のために!」


 嫌な予感しかしない。


「お前、昨日の話ちゃんと聞いてたか?」


「聞いてたよ! だからこそ!」


「私は少し興味あります」


 優里まで乗ってきた。


「最低限の身の守り方を知っておくのは、悪くないかもしれません」


「優里まで理屈をつけてくるな」


「私は別にいらん」


 龍華が本棚から一冊抜きながら言う。


「でも、涼花には必要かもな」


「ひどくない!?」


「昨日みたいにすぐ一人で動くからだ」


「うっ」


 図星だったらしい。


 俺はコップを置いて、三人の顔を順番に見た。

 この流れ、断っても終わらないやつだ。下手に拒否すると、たぶん涼花が変なやる気を出すし、優里は丁寧に逃げ道を塞いでくる。龍華は面白がって横から煽るだけだろう。


「……本格的なのは無理だぞ」


 そう言うと、涼花の顔がぱっと明るくなった。


「じゃあちょっとならいいの!?」


「だから話を急ぐな」


「でも駄目ではないんだね?」


 優里の聞き方が静かなのに鋭い。


「基礎だけだ。距離の取り方とか、変に捕まれた時の外し方とか、その程度」


「十分だ」


 龍華が即答する。


「今度、場所いるよね」


「なんで次回開催が決定してるんだよ」


「だってこの部屋、さすがに狭いし」


 涼花がラグの上で両手を広げる。

 たしかに、六畳一間で護身術講座をやるのは無理がある。机も本棚もあるし、下手をすると俺の生活基盤が壊れる。


「川沿いの公園なら空いてるかも」


 優里がさらっと提案した。


「放課後なら、人も少ないでしょうし」


「なんでそこまで具体的なんだ」


「やる気がありますから」


 その返答が綺麗すぎて困る。


 俺は深く息をついて、右手を見た。

 昨日の赤みは、もうほとんど残っていない。


 それなのに、昨日より今日の方が、俺の中で何かが面倒な方向へ転がっている気がする。


「神谷くん!」


「なんだよ」


「次の放課後、空いてる?」


「その聞き方で空いてるって言うと思うか?」


「言ってくれそう!」


「期待が雑なんだよ」


 けれど、その場にいた三人の顔は、妙に楽しそうだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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