揺れる青春
俺の名前は神谷悠真。どこにでもいる高校一年生だ。――いや、訂正しよう。少なくともこの雄幸高校では、どこにでもいる側ですらないのかもしれない。
晴れて入学できたこの雄幸高校は、県内でも名の知れた名門校。そして、この学校にはちょっとした有名人がいる。
「やほやほ! みんなー! おはよー!」
教室の空気を一瞬で明るく塗り替えるような声。
誰彼構わず挨拶して回る美人三姉妹の三女――西園寺涼花だ。
金色のロングヘアを揺らしながら、朝日みたいな笑顔で手を振る。そのうえ運動神経抜群で、部活の成績も優秀。まさに陽キャとスポーツマンシップを人の形にしたような存在だった。
そんな太陽みたいな人間である涼花は、こんな陰キャな俺にまで分け隔てなく接してくる。
「神谷くんもおはよっ!」
ぽん、と軽く背中を叩かれ、そのまま手を振って去っていく。
……あれは駄目だろ。
あんな対応をされたら、誰だって一瞬くらいは『え、俺のこと好きなのか?』って勘違いする。もちろん、現実はそんな甘くない。あいつにとっては、道端の花に「きれいだね」と声をかけるのと同じくらい自然なことなんだろう。
この高校に入学して二ヶ月。季節は六月に入っていた。
二ヶ月もあれば、学校の空気はだいたい固まる。誰が人気者で、誰が中心で、誰がモテるのか。目に見えない序列表みたいなものが、教室のあちこちに出来上がっていく。
もちろん、俺はそのどれにも属していない。
いや、強いて言うなら『クラスで一番影が薄い奴は誰か』みたいな不名誉な部門があれば、上位入賞くらいは狙えるかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今日も平凡に過ごして、静かに一日を終える。それが俺の学校生活における最適解だ。
自分の机に教科書と鞄を置き、俺はそのまま机に突っ伏した。
寝たふり。
入学式の日、友達作りに盛大に失敗した俺が編み出した、高校生活をやり過ごすための処世術である。スマホは校内使用禁止。周囲に話す相手もいない。なら、寝ているふりをして時間が過ぎるのを待つのが一番楽だった。
耳に入るのは、楽しそうな笑い声ばかりだ。
週末の予定だとか、部活の話だとか、誰がかわいいだとか。そういうもの全部が、俺とは別の世界の出来事みたいに聞こえる。
俺の“青春”は、たぶんこのまま、何も起きないまま消費されていくのだろう。
そう思っていた。
※ ※ ※
放課後。
俺は寄り道するように駅前の本屋へ向かった。
店内に入って真っ先に向かったのは、ライトノベルの新刊コーナーだ。気になっていた新作を手に取り、表紙を眺める。あらすじにざっと目を通して、数ページだけ試し読みをする。
……うん、当たりっぽい。
そのままレジに持っていき、会計を済ませて店を出た。
袋の中に収まった本の重みが、少しだけ嬉しい。家に帰ったら、ベッドに寝転びながらゆっくり読むつもりだった。
そんなささやかな楽しみに気をよくしていた、その時だった。
「ねぇ、そこのお姉さん。俺たちと遊ばない? 少しだけでいいからさー」
軽薄な声が耳に入る。
視線を向けると、男が三人。一人の女子高生を囲んでいた。
制服姿だ。しかも、見覚えのあるデザイン。雄幸高校の制服だった。
助ける義理はない。
面識もなければ、話したこともない相手だ。赤の他人。関わらずに通り過ぎるのが賢い。
俺はそう判断して、視線を逸らし、人混みに紛れようとした。
その瞬間だった。
女子高生と目が合った。
助けて。
声には出していないのに、はっきりそう言っている目だった。
「ねぇ、姉ちゃん」
男の一人が、彼女の腕に手を伸ばす。
――気づけば、俺は体を動かしていた。
「あの、その子、困ってるじゃないですか。やめません?」
女子高生と男たちの間に割って入り、できるだけ淡々とした声で言う。
「あぁ? 誰だテメェ」
先頭にいたオラついた男が、露骨に顔をしかめた。
「俺は今、この姉ちゃんに用があんだよ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ」
言うなり、胸ぐらを掴まれる。
近い。酒と煙草の混じったような臭いが鼻についた。
さらに、後ろにいた大柄な男が一歩前に出る。
「まあまあ、そんな怒んなって。お兄さんとちょっと話そうよ」
にこにこと笑っているのに、目だけが笑っていない。
肩を掴まれた瞬間、指が食い込むみたいな強さに、こいつがただ者じゃないことが分かった。
横では、女子高生が青ざめた顔で俺を見ていた。
「あ、あの! 私に用があるんですよね!? この人は関係ないので――」
彼女は俺を庇うように一歩前へ出る。
けれど、そんな言葉で引くような連中なら、最初からこんなことはしていない。
「じゃあ、まとめて話せばいいだろ」
男たちは俺たちを囲むようにして、そのまま人気の少ない路地裏へと連れていった。
最悪だ。
人通りはない。近くに助けを求められそうな大人もいない。
目の前には、露骨な敵意を隠しもしない男が三人。
「さて、と」
大柄の男が肩を鳴らしながら、俺を見下ろす。
「君、雄幸の生徒だよね? 名門校のお坊ちゃんってやつ? なら金持ってるだろ。金出せば許してやるよ」
「……あいにく、持ち合わせはないです」
「そっか」
一拍置いて、男は笑った。
「じゃあ死ねや!」
その言葉と同時に、大柄な男の拳が振り下ろされる。
速い。
それでも、見えないほどじゃない。
当たればただでは済まない。だったら、やることは一つだ。
反撃。
俺は一歩だけ半身にずれて拳をかわし、がら空きになった男の脇腹へ、体重を乗せた回し蹴りを叩き込んだ。
「――っ、がはッ!?」
鈍い音とともに、大柄な男の体が横へ吹き飛ぶ。
そのまま壁に激突し、崩れるように地面へ倒れ込んだ。
「は……?」
残った二人が固まる。
女子高生もまた、目を見開いていた。
俺は小さく息を吐く。
本当は、こういうのを人前でやりたくはなかった。面倒事が増えるだけだから。
「て、てめぇ……!」
「調子に乗んなよ、ガキ!」
二人は慌てて足元に落ちていた鉄パイプのようなものを拾い上げ、叫びながら突っ込んでくる。
雑だ。
一人目の振り下ろしを横にかわし、その手首を打って武器を落とさせる。怯んだ腹に膝を入れ、そのまま顎を打ち抜く。
二人目は勢いのまま横薙ぎに振ってきたが、しゃがんで避け、その足を払う。バランスを崩したところに拳を一発、みぞおちへ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
「が、ぁ……」
数秒後には、三人とも地面に転がっていた。
静寂が落ちる。
荒い息だけが、路地裏に残った。
「あまり、見られたくなかったんだけどな……」
小さく呟き、俺は女子高生の方を見る。
正直、怯えられると思っていた。普通はそうだ。さっきまで囲まれていた相手を、一方的に叩きのめした男を見て、怖がらない方がおかしい。
だが――
「ありがとうございますっ! すごく……すごく格好よかったです!」
「……は?」
返ってきたのは、震え声でも悲鳴でもなく、きらきらした尊敬の眼差しだった。
思わず間の抜けた声が漏れる。
女子高生は、ぱっと表情を明るくして、ぺこりと頭を下げた。
「助けていただいて、本当にありがとうございました。私、西園寺優里です!」
「西園寺……?」
その名字に、引っかかるものを覚える。
整った顔立ち。気品のある雰囲気。どこかで見たことがあるような――いや、聞いたことがあるというべきか。
「……もしかして、西園寺涼花の」
「はい。姉です」
にこりと微笑みながら、彼女は答えた。
「三姉妹の次女、西園寺優里です」
またか。
心の中で、思わずそう呟く。
これで二度目だ。俺はまたしても、“西園寺”の人間を助けてしまったらしい。
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