表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

キエロ先生

キエロ先生は死にます


元々の文章下手が、実験的な文体で書いているので殊更読みにくいとおもいます

アーノルド・キエロ。

 世界的に名高い北欧デザインの巨匠たちの思想を受け継いだフィンランド出身の著名なデザイナーだ。旅先で偶然仲良くなったのがその人だった。デザインについては詳しくなかったので、キエロですと初対面で言われたのにはギョッとしたがフィンランド語でスズランのことらしい。

 旅先というのはイギリスでその頃、ロンドンで開かれていた国際博覧会のために向かったのだ。

 組織の一員として仕事に身が馴染んでいくにしたがい学生のころに燃やしていた自意識みたいなものが小さくなる感覚があった。休日、多少贅沢できる資金はあるのに能動的に何かに手をつけることなくひたすら布団のうえで毛布にくるまって、あと何時間で出勤しなければならないのか数えるしかせず、身体すべてが社会システムの一部となっているようだった。仕事には、専門的な技術を応用してやるのだが同じようなひとはごまんといるし人ですらないものがポンポン使い勝手のいい景色を生成するのをみていると中身が空洞のプラスチック人形になっていくようだった。社会に置いて行かれたくなくて、この道を選んだのだから本望だったはずなのだが今度はその社会に同化していくことに反発心が生まれ、吐き気を催すような焦燥感に襲われた。道を引き返すわけにもいかなくてそうして、いろいろに億劫になっていたときに駅構内のカベに貼られていた国際博覧会のポスターを目にした。特段そそられた展示があったわけではないがシステム化された日常から離れる口実が必要だと思った。

 昼間に入場した博覧会は人生で見たことのない規模の長蛇の列に埋もれて自分がもはやどの国のパビリオンにならんでいるか分からなくて、異言語だらけの混沌としたざわめきは別の惑星に降り立ったようだった。その様子自体が一つの展示のようで、面白くなって人混みを撮影していると真後ろの人が話しかけてきたので写真家をやっていると話すとどおりで良いカメラを持っているわけだと言った。その人がキエロ先生だった。デザイナーをやっていてそのため写真家の人と関わることも多いらしくすぐ見抜いたらしかった。あまりにも列がすすまないので喋りこんでいるうちに家に招かれる約束をしてしまった。たいへんだとなったのは帰国してようやく名前を調べてその顔とともにズラリと並ぶ記事の数々を見たあとのことだが。


 そんなわけで極北の大地を踏みしめていた。ちょうど極夜の時期らしくまだ昼間なのに空は薄暗く、冷気は肌を刺すように痛い。マップ上に示された針葉樹林の雪道を辿ってイチ時間、顔をあげると頭に描いていたより何倍も荘厳な邸宅がそびえ立っていた。ノックするとすぐ扉が開いて両腕を広げたキエロ先生がウェルカムと出迎えてハグをされた。大柄な先生の胸が顔を包んでコーヒーのような香りに窒息しそうになる。氷点下のソトから来たので先生の身体はヒーターのようにあつい。キエロ先生はゆったりとした黄色のセーターを着ていて簡略的な、おそらく小鳥のパターン模様が縫われている。普段ハグは好んでしないものだがこういう時ばかりは人の温もりに感謝する。

 廊下の扉を開けられてなかに入ると北欧インテリアを謳う雑誌で見たモデルハウスを現実世界にそのまま投影したようなリビングが出迎え、雑誌よりいくらかあか抜けて洗練されたものを感じる。

 インテリアには詳しくなくとも、北欧インテリアなるジャンルがあることは知っていたが招かれるにあたって何もしらないのも勿体ないので少しばかり本を読んだ。北欧デザインは19世紀半ばから北欧諸国で徐々に形成されてきたアイデンティティらしい。民族的なナショナリズムと、産業革命やソレに反発して起こった手工芸の復興を掲げる美術工芸運動などの大きな流れとが、結びついて各国はそれぞれ独自の思想をもとにデザインを形にしていった。それらが、国際的な展覧会を経たのち集合体『北欧デザイン』として統合され広く認知されるようになったようだ。

一括りに説明できるモノではないと思うが北欧デザインの家具はおおよそ、自然な暖かみと無駄を省いた簡素さとを同時に感じさせる。モダンという響きは冷たいが、これらのデザインはあたたかさを失わず両立することに成功している。自然素材を使いながら現代的な雰囲気も伴うナチュラルモダンと似ているがより、曲線が多用されデザイン性の高いのが北欧インテリアと思う。

 キエロ先生宅のリビングも机の版や椅子の脚、小物類など各所に曲線が用いられている。ブランドサイトで同じような作品を閲覧していたときはなるほどははあ無印良品の感じかと思いながらスイスイとスクロールしていたが氷点下のソトから来たからこそだろうか、その形状や色合いに温もりとありがたみを感じる。凍えきったからだを癒される感覚があり、このデザインが極寒の地で生まれたのは必然なのかもしれない。

 キエロ先生は肘掛椅子に腰をかけてカフェテーブルを挟んで向かいにある、壁際のソファに座るよう促された。先生が座っているのはおそらくタンクチェアだろう。どっしりとした佇まいからタンク、戦車の愛称で知られているらしい。ゼブラ模様の座面を支える、プライウッドのフレームはしなやかな曲線を描き大柄な先生の体重をしっかりと受け止めている。

キエロ先生はスッと立ち上がって「そうだカハヴィを淹れるよ」とアイランドキッチンの方へ向かっていった。聞きなれない単語だが淹れるということは飲み物だ。そうと分かると安心するのは飲み物は多少クチに合わなくとも飲み干すことは難しくない。食べ物のように噛む行程がないぶん味わう時間は、短い。カハヴィという聞き慣れない響きからして郷土的なものだろうか、気に入ったらスーベニアに買って帰るのも良いかもしれない。

じっと座っているとキエロ先生は部屋での撮影は自由になさいとおっしゃった。たしかにこんな機会なのだしお言葉に甘えようとカメラを構えるが視線があちこちに移動してしまって一向にシャッターを押せない。切り取るべきイメージが浮かばないのは、不動産からの住宅イメージの依頼とするとこの構図にしようというアイデアは浮かぶが今、先生がおっしゃたのは「自由に」であって求められたテーマはないのだ。そういえば、近頃とる写真はすべて仕事としての写真で休日出かけることもしなかったのでそれ以外ではもう永らくカメラを持っていないし今日も、カメラは首からぶら下げているだけで一度もシャッターを押していない。学生のときはカメラ片手に外出して数分おきに写真を撮ったものだが思い出せるのはその事実だけで、どんな景色を収めていたかは頭からすっかり抜け落ちている。あの頃の自分はまだ取り戻せていないいのかと思うとまた焦燥がのどをせり上がってくる。


 博覧会の旅でなにも得られなかったということはないはずで、ひとつ鮮明に覚えているのがどこのパビリオンだったかの木とライトの展示で壁が全面、植物の緑で覆われた丸い、円柱のフロアの中央に一本の大樹が鎮座していた。天井にはシーリングライトが円を描くように均等に並んで、まるでライトから光の雫が零れ落ちているように垂直に降ろされた透明な雨粒形に連なるガラスが、大樹を包囲していた。スタッフによる展示の説明がひと通り終わり次のフロアに進もうとして、キエロ先生がまだ立ち止まっているのに気づいた。先生とは、成り行きでいくつかの展示をいっしょに回って冷静に分析してこの国はこうなんだよと納得のいく説明してくれたのだがこのときの先生は一言も喋ることなく、大樹を見上げるその瞳はどこかうっとりとしていた。自分がさっさっと通り過ぎようとした展示にデザイン界の有名人は、何を見つけたのだろうと気になって立ち尽くす先生を待ちつつ何か見落としがあったかと再度展示を入念に眺め回した。もちろん神秘的で美しいとは思ったがそれは表面的なイメージに対する感想で、キエロ先生の瞳はこの景色に何か別の、見えない思想を感じているのではないかと思わせた。

 この仕事は自分のそれとは違う、というのはこれは何らかの思想をもとに自ら形成されたものであって自分は自然やありのままの生活の魅力を切りとるのだ。しかし何を作るべきかも何を切りとるべきかも思想が必要という点では変わらない。この展示が脳裏に焼き付いているのは、先生のこともあるが言葉にならない感想も由来している気もする。大樹と、シーリングライトから落ちる、ガラスの雫、展示を見てから数日おきにこのイメージを頭のなかで反芻している。


 再び今、目の前に広がるリビングルームに向き合うともし、この景色を自由に切りとるなら何かが足りないという気がしてくる。そばにある暖炉がパチパチいう音が心地いいのに耳を澄ませるとそういえばソトは嵐のようで風の吹き荒れる音がわずかに聞こえ、来るのが少し遅かったらコレにやられていただろう。座っているソファのちょうど背後にある窓は模様のカーテンで隠されて様子は分からないがふと、カーテンを開けたらどうだろうという気になった。壁掛け時計は15時を指しているが今は極夜の時期、凍えそうな寒色が空間を刺すだろう。この部屋だけでは足りない何かそれはあたたかさにはないもの、あたたかさの対極に当たるものではないのか。

「外が気になるのかい」

客人の様子を察してかキエロ先生が寄ってきてシャーとカーテンを引いた。窓越しに見える外はやはりヒヤリとする強い青で極夜といえ雪が月明かりを反射しているので真っ暗ではない。天井にぶら下がっている照明と窓越しの景色をおなじ画面におさめたらどうだろうという気になって立ち上がろうとするとカタと、冷たい音がして

「時間はまだまだありましょう。ひとまず」

とキエロ先生が机にキルタのティーカップやポットを置いていた。カップのなかの液体は濃い茶色で、できあがったらしいこれがカハヴィと思われる。

「冷めないうちに」

先生はこちらにティーカップを差し向けてティータイムのはじまりを促した。カップの取っ手をつまむと指先が温かく湯気が立ち上って視界を覆う。心がほっとしてカハヴィというのは身体を温める役割として親しまれているのだろうと思う。

「ではいただきます」

カップを口元につけた瞬間ブワッと、風が吹いたと思うと窓ガラスの割れる音がして一瞬なにが起こったか分からなかったが目の前のキエロ先生の額の中央から血が流れていた。先生はウンともスンともいわず動く気配はない。たしかな根拠はないが先生は助からない、死んだのだと直感的に思った。首をひねって窓の方をみると窓ガラスに亀裂が入っていてその線の集まる一点には小さな穴が開いている。おそらく先生を死なせたのは銃撃だろう窓の向こうから、何者かが撃ってきたのだ。それはつまり今この場所に留まるべきでないということだがしかし何故か身体が動かない。緊張からではなくむしろ、動くに至らないという感じでどこかも分からない所から襲撃されている非常事態を身体が知覚していない。というのもキエロ先生は死亡しているわけだがゆったりとアームチェアにもたれ掛かる姿は穏やかな夢をみているようで、死、それも殺人だがそんな冷ややかで惨いイメージはいっさい想起させない。それにあまりにも文脈がなく人が、ほんの少し前に知り合った人があっさり死ぬというのは現実には思えない。夢を見ているのは自分なのかという気さえする。

数分ほど硬直して思考が回転していた感覚だがキエロ先生の額から流れ落ちている鮮血は鼻筋にも行き着いていない。とりあえずシャッとカーテンを閉めてソファに座ったまま身を屈める。どうしたらいいのか分からず片手に持ったままのティーカップのカハヴィから湯気が立ち上っているのが目に入るとなにか焦る気持ちがする。

会社の人から出張先の尾道で買ったお土産ですよかったらどうぞとレモンケーキを渡されたことがある。レモンケーキは食べたことがなかったがレモンの酸味は苦手なので一応「遠慮します」と言って受け取らなかったら、次の日からその人の態度が極端にそっけなくなった。よかったらと言っておいて本当は受け取ってほしかったのなら最初からそう言えばいいのだが社会にはこういうことが本当に多くて辟易だ。

 たとえ死人でも人が、せっかく手間暇かけて、淹れてくださったカハヴィが冷めてしまうのは罪悪感が湧くうえ勿体ない気もするのでひとまず、淹れたてホットのうちに飲むことを優先すべきだと思った。早急に取っ手を持ち、一飲みでいこうとしたが熱さにのどがヒリついて思わずむせそうになるので微量ずつ飲むことにする。味わわないのも失礼にあたる。

特有の苦みが口に広がってコーヒーの味だと思った。コーヒー、カハヴィと反復すると響きが似ている気もする。フィンランドの言葉ではそう呼ばれているのかもしれないがしかし淹れてくれた本人が死んでいるため、訊くことはできない。コーヒーか否かに関係なく困ったのは苦いのは頑張れば飲み干せるが得意ではない。

 改めてカフェテーブルを見るとカハヴィの入ったティーポットの隣に一つ一回り小さいポットがある。何だろうと開けてみると角砂糖だ。先生が入れていた気配はなかったので客人に気を利かしてくれたのだろう。2コすくってカップに落とすと随分飲みやすく、美味しい。

カハヴィのおかげかひっきりなしに動いていた思考が静まってゆくのを感じ動悸も落ち着いている。再び、キエロ先生に顔を向けると先ほどまで先生にくぎ付けだった視界が広がり先生の座っているタンクイス、花柄のファブリックパネル、穏やかな色の間接照明など背景の境界線を明瞭に捉える。

ティーカップは空になったので机に置いた。何者かによって人が殺された殺人部屋なんて全部ほっぽり出してあっちこちに足をひっかけてスっ転びながらも逃げるべきと思うのだが先ほどとは変わり、ソトは相変わらず風が唸っているが心持ちは嵐の過ぎ去ったあとの空のように穏やかで、晴れやかですらある。

 そうさせているのは何かと考えるとこの空間かもしれない。リビングをリビングたらしめている家具たちはどれも大部分に明るい色の木材が使われ、しなやかな曲線を描く様子は生命を想起させる温かさを演出している。この空間は死、冷たさとはあまりにもかけ離れている。今ここから逃げ出したとしてソトにあるのは極寒の外気とトゲトゲしい針葉樹林くらい、イチバン近い街に行くにも雪と氷の道ともいえぬ道を数キロは歩かねばならない。むしろ死に近いのはソトの方で先生はなぜこんな場所に住んでいるのかと疑問が湧く。

 ふと、大樹とライトの展示のイメージが今の視界に重なってハッとする。あの展示が脳裏に焼き付いていたのは、生命力とその反対ともとれる無機質さ、冷たさとの共存という対極的な構造に感動を抱いたからではないかと思う。それを感じていながら、言語化をできなかったために何であるか認識するに至らなかったのだ。この景色には展示と同様に冷たさとあたたかさ、死と生とが共存している。思考がクリアに、澄み渡っていくようで本当に死んでいる人は目の前なのだが死んでいた自分が息を吹き返す感覚になる。

 しかしキエロ先生が見ていた何かが、まだ見えていない気が異様にする。変に冷静になって徐にカメラを構える。殺人現場と化したこの空間を写真にしたら、それは完全に現場写真なのだがなにか分かるかもしれない。死因ではなく、キエロ先生が見たもの、自分の撮るべきものが見えてきそうな予感がある。しかしだんだん瞼が重くて細部の輪郭がぼやけ始めるのは、身体が急速に温められて、眠くなったのだろう。人が死んでいる、この状況で眠るわけにはいかない。いやキエロ先生は本当に死んでいるのかはまだ確かめていなかった。心臓が動いているのならまだ助かるかもしれないしいずれにせよ、救急車を呼ばなければならない。重い腰をなんとか起こして、立ち上がりキエロ先生の胸に耳を当ててみるが結果は残念なものだった。それを確かめるとフッと、力が抜けてキエロ先生に身体を預けると先生の血が手に落ちてきて生ぬるく、思考が溶かされていく感覚だけがある。


 それから本当にいろいろ大変で帰国は1カ月もさきになってしまったのだがひとまず、分かったのはあの夜眠ってしまったのはカハヴィに混入していた睡眠薬のせいだった。加えてキエロ先生宅の地下室から、数年前や数十年前から行方不明になっていた何人かの人骨が見つかったということだった。さまざまな物的証拠から、それらはアーノルド・キエロの犯行によるものと証明されたが先生はやはり死んでいたようで事件としては、かなり後味の悪い結果になった。それが分かるまで延々と事情聴取を受けて、問い詰められて机をバンバン叩かれたのには腹が立ったがカメラを抱きしめながら、死体の懐で眠っていた不審人物は怪しまれて当然だと思う。

 キエロ先生を撃ったのがどこの誰かはまだ不明らしいが因果応報という気がして先生の死を悼む気持ちにはまあならなかった。先生とのことを振り返ってみるとそもそも、世界的なデザイナーが旅先で話しただけの無名の写真家を自宅にまで招くというのは妙な話だ。

 あのときカーテンを開けていなければ白骨死体の一つになっていたと考えるとフクザツな気持ちになるが、あの日以来、吐き気を催すような焦燥を感じることはなくなった。展示と、キエロ先生の死を経て気づいた思想みたいなものが写真家としての矜持を与えてくれたと思う。

 ところでキエロ先生の地下室はてっきり、コンクリに囲まれた冷徹な部屋と思っていたがリビングのようにお気に入りの北欧ブランドの家具で装飾されていたらしい。そこにあった人骨というのも、壁の中に隠されていたなどではなく丁寧にソファに座らせたりベッドに寝かせたりされた状態で発見されたという。知っているのは帰国後ニュースで見たからで、世界的に有名なデザイナーがシリアルキラーだったのは報道されないはずもない。先生が、どういう思想を持ってそんなことをしていたかは分からないがそれは先生があの展示に見出していたものと重なるのではないかと思う。あのとき、睡眠薬が作用するまえに、あのタンクチェアに座ったキエロ先生を撮れていたらソレが見えたかもしれないが多分、見えないままでよかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ