N(2024)
Nはカリフォルニア州で日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれた。幼少期をアメリカのナショナルスクールで過ごし、10歳のとき日本に渡って以来父親の実家のある岐阜の辺境地で暮らしていた。移住したばかりの頃は日常会話程度の日本語を話すので精一杯で授業についていくのは困難だったが、高校生になった今はもう周囲の学生にすっかり馴染んで、ただ一際大きい背丈と彫りの深い顔立ちが存在感を放っていた。
Nの所属するクラスは比較的明るい雰囲気に包まれていた。昼休みなどに人が集まるのは決まってNの机の周りで、輪の中心で渾身のジョークを放ち歓声を湧き上がらせるのがNの日常だった。その達者な口から放たれる話のネタはとどまることを知らず、とくに教師絡みのブラックジョークを披露する時の表情は自信に満ち溢れていた。そんなひょうきん者のNは容姿の可憐さも相まって男女から親しまれるのは無論、異性に想われることも稀ではなかったに違いない。
人気者の宿命というものだろう、体育祭や文化祭といった学校行事で必要とされるまとめ役にNは尽く抜擢された。クラスが盛り上がるからという極めて簡単な理由で推薦されたのだろうが、行事が終わる頃にはNが人と人との輪を穏便に広げることのできる存在であることをクラスの誰もが理解しただろう。一見粗雑そうな物言いをするが実際は誰よりも丁重に言葉を選び、年相応のやんちゃさもありながら線引きのできる人間、それがNだった。
Nは本当に非の打ち所がなかった。焦げ茶色の髪を靡かせながらグラウンドを駆けるあの姿を一体いくつの目が見つめていただろうか。
その日は寒かった。学校へ向かう道でNの死体を見つけた。地に生気を吸い取られたように雪原のなか仰向けに倒れていた。腹の辺りを切り裂かれ、そこから流れ出た鮮血が新雪を赤く染めていた。幸い顔には傷一つなく、初めてその瞳の色を知った。
Nの訃報が学内で知らされてから一ヶ月が過ぎたが、教室には未だに重い空気が漂っている。机も椅子も黒板も床も全てが色を失ったように佇んで、壁掛け時計の針が進むのも、名前も知らない同級生たちがすぐ横を通り過ぎていくのもどこか残酷だと思えてならない。煌々としたアーモンド色を見たのはあの日が最初で最後となった。




