第5話:若年者達
外を走行する車両の音響も希薄となり、静寂がより深層に沈降する時間帯。押し黙った三人の中を、秒針の振動が進行し沈黙を際立たせる。
刻音が無機質な空間に広がり、三浦の背骨に共鳴した。浅くなった呼吸を急かすように、その音は内側から彼を侵食していく。
巻き込まれるように構築された離脱不可能な共犯関係。
目の前で煙草を吹かす山田は、流されやすい無知な若者の弱さにつけ込み、退路を遮断し、選択肢を徹底的に剥奪した。冷徹に悪魔の手段を遂行し、「注意喚起」を見せつけることで三浦の自由意思を奪い取ったのだ。
刻音の圧は高まり、動悸と吐き気がドブ川を形成する。山田の迫り来る手にしがみつくことでしか、ドブ川の濁流から逃れる手立てはない。
この惨状を受容しなければ、人生は崩壊する。それは、敵対者に対応するメソッドでありながら、そのまま裏切ることができない駒の生成方法でもあった。
この現実が三浦の内側から生存本能を継続的に刺激した。
刻音と共に焼ける酒を胃に流し込み、現実から逃避するように、三浦は会議室での田中の事象に思考を支配させる。山田の目論見が整理された理性的なパズルであるならば、田中の事象はそれとは真逆の不気味さである。
ふと、今は椅子に座った山田の足載せになっている銀色の一斗缶が視界に侵入した。その銀の光が琥珀色を透過し、導かれるように三浦は思い返す。一斗缶が着弾した時点から、あの空間に配置された人間の動きはどこか不自然な機械的動作であった。視線と動作の辻褄が合わず、精巧に人間を模した人形の様相。
グラスの中の液体にそんな疑念が広がる。
そして田中自身も不自然な要素を発散させており、それは草津の観測にも同様に投影されているようであった。思い返せば発生する、恐怖を伴う心理的負荷。それを内部に沈下させるよう身震いしながら三浦はウィスキーを煽った。
酒臭い冷や汗を三浦がかいている横で、草津は口腔に含んだメンソールの煙を吸い込まずに、唇から漏れ出させていた。思考は一人の人間に集中している。
田中。あの場は、今まで聞いたこともない男により支配を奪取された。異常な場の濃厚な密度の存在感を突如発生させ、動作と音の乖離が起きているような感覚を草津は得ていた。
口から灰皿へ、灰皿から再び口へ。紫煙は煙草の軌道をゆらりゆらりと空間に描いていく。
その様が会議室での事象に重なる。霧散する紫煙を観察しながら、草津は記憶の糸を辿る。
滑らかさを失ったアニメーションをスローで観ているような。
煙草への点火の光の後に音が聴覚領域に届くような。
自身と世界の両方がズレを生じている、肌の膠着を伴う時間差である。その気づきを得ている人間がいる様子はなかった。さらに田中本人から空間に這う触手めいた明確な燐光を目撃した。田中の振る舞いは、現実の構造を時間をかけて再構築しているようであった。
その田中からの圧力は、佐々木の持つ「口を塞ぎ圧死させる」ような既知の暴力的な圧とは異質である。だが、人間の抵抗を遮断するかのような未知の力場が田中から漏れ出していた。
いつしか執務室の紫煙と沈黙が滞留した空気は、三浦と草津の田中談義によって活気づいていた。
山田はそれを邪魔しないよう、沈黙を守りながら煙草の先に火をつける。コクとまろみ、そしてタール感のある煙を吐き出し、熱に浮かされたような二人を横目に、事態の構造を整理した。
目論見は達成されており、会議自体は破綻なく負の進行ではない。田中は不可解ではあるが、偶発的な事象であり、再現性があるとは判断し得ない。
薄寒くなる事象ではあるが、オカルト的分類のもの。
山田はいつものように、半分残し、指先に灰がつかぬよう丁寧に灰皿に煙草を押し付ける。そして、すぐさま新しい一本を咥え、エグ味と共に思考を続ける。
若年の二人の関心がその事象にあるのであれば、留意は必要である。未成熟な純粋性による認識であるならば、問題はない。あの会議室の熱狂に飲まれたことによる一時的な錯覚とも断定できる。
ふと見れば、灰皿に押し付けた煙草は無残に折れ曲がり、指先に灰が付着していた。山田は酒臭い息でそれを吹き飛ばし、若年二人の様子を眺めた。
山田は充満した室内の煙を排出するため、窓を解放する。外気の冷たい空気が排煙と共に体温を奪うように入り込む。外はすでに車両の音すら聞こえない闇と静寂の世界であった。夜の街特有の匂いが隔離された室内を現実に戻していった。
山田を残し、草津とは三浦は執務室を後にした。タクシーの待機中、切れかけた街灯の光が希薄な二つの影をアスファルトに落としている。
眼前には暗闇と静寂の世界が広がり、両名が発する酒と煙草の臭いが漂っていた。残りの煙草の本数を数える三浦。
その横で、「龍がいた」という草津の極小の震え声を、三浦は聞き逃さなかった。
草津に向き直り、その意味を問いただそうとしたその瞬間、ドブ川に光が走った。
タクシーが2台こちらに進行してきたのである。




