第14話:雨の葬儀
泥濘した細道を進む足元で、革靴が不快な音を立てて泥水を跳ね上げる。
コンクリートで覆われたドブ川は、降り続く雨を飲み込み、水位を上昇させ、重く濁った流動音を周囲に響かせていた。歩く度にスラックスの裾が汚れ、その黒い染みが視界に入るたび、苛立ちが表出する。
佐藤の葬儀。
内縁の妻が喪主を務めたそれは世界を灰色に塗り潰す生憎の雨で執り行われた。この女の為に佐藤は革靴を、そして自らの存在を摩耗させていたのだろう。
雨に濡れ、透けるほどに薄く、儚い境界線の女房の喪服と山田の光を閉じ込めるような濃い黒の喪服。それは二色の黒が描く極端なこの世界のコントラストであった。
天から降り注ぐ雨滴は重力に従い、地表に滞留し、やがて河川へと合流する。その終着点はやはりドブ川なのだろう。
己の顔貌を隠すように傘を低く構えなが、三浦は目の前の小規模な斎場を眺めた。
剥げかけた雨が染みる壁、手入れの行き届かぬ調度。佐藤がこの社会構造において受けてきた待遇の寒々しい投影だと、三浦は胸を詰まらせた。
雨に煙る斎場の片隅。
山田は傘を展張しながら、煙草を燻らせる二名の男達に接近した。
知り合いにでも話すように、陽気に声を掛けると、男達の顔面には瞬時に戦慄が走った。その反応に満足したのか、山田は口角を滑らかに上昇させ、自己紹介の手間が省けたなと、歓迎の顔を作る。
そしておもむろに、シャリ、シャリとフリントホイールの摩擦音を、葬送の雨音を切り裂くように鳴らし、安っぽい愛用のオイルライターで煙草に火をつける。
その瞬間、男達の眼球はこれ以上ないほどに見開かれ、雨音が緊張を高める。
山田はオイルライターを歪んだ笑顔の傍らで、軽く振って見せた。そして、一人の胸部へ親愛の情をを込めたかのように軽く拳を接触させる。
パサリと傘が地面に落ちた。
男達は雨に暴露されるがまま、糸が切れた操り人形のように脱力し、咥えていた煙草すらも地面へと落下させた。抵抗の意思も、逃走の脚力も、オイルライターの提示によって奪い去られていた。
雨に濡れた路傍の石はやがて沈降した色彩のまま、地面の砂利と同化する。それは、黒い理による、挑んだ世界からの強制退場であった。
山田は事もなげに、軽く手を振ってその場を後にした。
背後に残された二人の男たちは、降り注ぐ雨の中で石のように固まったまま、自分たちが触れてしまったものに怯え、必死に震えていた。
雨に打たれながらその様子の観察を深める三浦に、草津は通常通りの「注意喚起」だと告げた。つまり、三浦の懸念は杞憂であると。
あの男達は佐藤の協力者であり、保持している情報の危険度を再認識させられたに過ぎないと。
それでも、山田の手段がいかに従来の流儀を維持しようとも、その構成はやはり粗雑すぎる。どことなく、いつもの口角を緩める仕草も、ワイヤーで動く人形じみた不自然さを感じたのだ。三浦は山田への違和感を内部で深めていた。
その時、草津が動きを止めた。
雨を遮る傘の下、三浦へと正対し、逃げ場のない視線を合わせた。三浦が反射的に訝しげな顔を浮かべると、草津は一度視線を下方へズラし、自らの下顎に手を固定した。草津が思考を圧縮して時の癖である。
思考がまとまったのか、再び視線を合わせると、最小限に抑圧した声で
草津は雨を遮る傘の下、三浦へと正対し、逃げ場のない視線を合わせた。三浦が反射的に訝しげな表情を浮かべると、草津は一度視線を下方へ外し、自らの下顎に手を固定した。それは、彼が思考を極限まで圧縮する際の癖だった。
数秒の沈黙の後、再び視線が絡む。
草津は、周囲の雨音にさえ悟られぬよう、喉の奥で押し潰した最小限の声を出した。
今は山田よりも田中に対して警戒レベルを上げるべきだと。
三浦は息を呑んだ。草津もまた、別の視点から「異変」を察知していたのだ。
雨なのか、あるいは皮膚から滲み出た脂汗なのか。
喪服の下を冷たい液体が蛇のように蔦い、三浦の体温を一段と奪っていった。




