28.望みー王宮にてー
side側妃
王の執務室には静寂が漂っていた。差し込む光が、ステンドグラスを通して淡い色彩を作り出し、穏やかな空気に緊張感が混じる。
王妃様とともに呼ばれた私は、軽く礼をしながら口を開いた。
「陛下、およびと聞き参りました。もしや、公爵家から返事が……」
胸の鼓動を押し殺すように尋ねる。
「ああ、そうだ」
陛下の声は落ち着いており、その眼差しには何か満足感のようなものが漂っていた。
私は思わず息を呑む。
「あの、それで……良い返事がいただけたのでしょうか?」
期待が高まり、私の胸は高鳴った。
「有難いことに、引き受けてくれた。しかも、さっそく大まかな計画を立ててくれたそうだ。よければ、このまま進めるということだ」
陛下の言葉を聞いた瞬間、王妃様の顔がぱっと輝いた。私の心も自然と軽くなった。
「まあ! 本当にそうですの? やはり、引き受けてくれるという私の予感は正しかったのですわ。陛下、その計画をぜひ教えてくださいまし」
王妃様の声は弾んでいた。
陛下は一枚の書簡を手に取り、そこに書かれている内容を説明し始める。
星をテーマにした凝った料理の提供、星座が王国を守る物語の劇、そして華やかな演出が盛り込まれたプラン。それを聞くうちに、私たちは自然と微笑んでいた。
…素晴らしいわ
「建国神話をモチーフにした物語劇……なんて素晴らしい発想なのでしょう! でも、陛下、あまりにも壮大で、成人を祝う夜会というより、建国記念の夜会にふさわしい気もいたしますわ」
確かに……私も内心そう思った。だが、壮大な計画に反対する理由もない。
王は静かに頷いた。
「確かに。だが、今は目の前の夜会が最優先だ」
「それもそうですわね。星々をテーマにした夜会……。ドレスコードは夜空や星をイメージしたものにするのはいかがかしら?」
王妃様が微笑みながら提案する姿は、楽しげで、心が弾むようだった。
さらに、ランタンを用いるというアイデアが出ると、王妃様の想像力は加速した。
「夜空には星々が輝き、地上にはランタンが揺れる……。想像しただけで、夢のように美しい光景ですわ!」
「では、計画を進めることで問題はないな?」
その場の空気が和やかに満ちていく中、王の声が再び響いた。
王妃様は、すぐさま答えた。
「もちろんですわ!」
私も同意を示す。
「異論はありません」
だが、次の言葉で部屋の雰囲気が僅かに緊張を帯びた。
「ただし、低料金で引き受ける代わりに、公爵から一つ条件が提示されている。ある望みをかなえてほしいとのことだ」
「どのような望みですか?」
王妃様の眉が少しだけ寄った。
やはり、金額が安すぎたのだわ。……無理難題でなければいいけど……。
「望みは、シャルロットとエルミーヌの次の婚約者は、当主ではなく、彼女たち自身に決めさせるという王命を出してほしいというものだ」
王妃様の目が驚きで見開かれる。彼女は胸に手を当て、小さく息を呑んだ。
「まあ、望みが地位や褒賞でないなんて、何と慎ましいのでしょう」
本当ね。でも……。
「しかし、その望み、公爵がしたのですか? 公爵であればそのような王命など出さずともシャルロットの自由にさせてあげるような気がいたしますが」
「そうだな。しかし、シャルロットのためというよりエルミーヌのためだろう。ルーベンス侯爵は、次の婚約者にクルーズ伯爵をと考えているようだと聞いた」
「クルーズ伯爵!? 後妻ではありませんか! 妃の予定だった者を年の離れたクルーズ伯爵の後妻になど……侯爵は何を考えているのですか!!」
王妃様の声が思わず大きくなり、その言葉には怒りが滲んでいた。
王は眉をしかめながら答えた。
「……金だろうな。領地経営もうまくいっていないと報告が上がっている」
王妃様は一度深く息をつき、その目を伏せると、静かに気持ちを整えるようにして言葉を紡ぎ始めた。
「陛下……彼女たちは、王太子の婚約の一件で大変傷つきましたわ。シャルロットもエルミーヌも、誰より幸せにならなくていけない存在です。この望み、叶えてあげましょう」
その言葉には温かさと力強さが宿っていた。王妃様の言葉を受けて、陛下は一瞬瞳を閉じ、短く頷いた。
「最初からそのつもりだ」
陛下の静かな声には、揺るぎない決意が込められていた。しかしまた、王の眉間にしわが寄る。
「しかし、ルーベンス侯爵もまた、厄介な男だ。エルミーヌが王宮にいた頃から、婚約者として割り当てられた予算を何度もせびってきたそうだ」
王妃様の瞳が鋭く光る。
「ええ、エルミーヌは賢い子ですもの。そのまま渡してしまえば、親子ともども罪になる。それを防ぐため、貸付という形で手続きをしておりましたわ。証書は事務官が保管しており……あら?」
王妃様の声が一瞬上ずる。陛下は怪訝そうに顔を上げ、問いかけた。
「どうした?」
王妃様は、美しい指を軽く唇に当て、小さく微笑む。
「エルミーヌは婚約者でなくなったのですもの。貸付ということは、返していただくのが筋ではありませんか?」
その言葉に、陛下も目を細めて考え込んだ。
「確かに。エルミーヌが10歳で王宮に上がった時からのものだ。かなりの金額になっているだろうな」
「そうですわね。本来エルミーヌが使うはずだったものですから、エルミーヌの自由にと思っていましたが、王家の財政も楽ではありませんし、その資金を回収できれば助かりますわ」
陛下は少し頬杖をつきながら、低く唸るように続けた。
「ルーベンス侯爵には、邸を売るなり、領地を返還させるなりして対応させるべきだろうな。慰謝料は、エルミーヌ個人へ支払ったしな。うむ、領地経営の才能がない者に、貴重な領地を預けるべきではない。それがいい」
お二人の言うことはもっともだ。しかし……
「ですが、陛下。仮にもエルミーヌの親ですわ。あの子に不利益が及ばぬよう、配慮してあげてくださいませ」
陛下と王妃様は私の言葉に力強く頷いた。
「ああ、そうだな。その点は心して対応しよう」
執務室の空気は再び落ち着きを取り戻した。何もかもうまくいくようで嬉しいわ。




