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【完結】見返りは、当然求めますわ  作者: 楽歩


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25.呆れと疲労 ー王宮にてー

 side 王太子



 2人ってシャルロットとエルミーヌか?




「なっ!  婚約を解消された後、さらに頼みごとをするなど、普通の感覚ならありえぬことだ。想像もできぬか?」




 父上の声が低く響き、重く胸を押しつぶす。言い返すべきか、黙るべきか……。



 父上の怒りを見て、迷った様子の王妃殿下が口を開いた。




「……ですが、それ以外に手はありませんわ。公爵家の企画部門は、お茶会だけでなく夜会にも手を広げていると聞きました」




 王妃殿下の言う通り、彼女たちの力を借りなければ、夜会を乗り切るのは不可能に思える。




「陛下おしゃることはわかります。ですが、他国にも、もうすでに招待状も送ってしまいました。今更、中止はありえません」


 母上が言葉を継ぐ。だが、その声には明らかな焦りがにじんでいる。





「……わかっている。だが、その招待状、あの二人にも送っておる」


 父上が鋭く言い放った。心臓が跳ねる。


「あの二人」とは、シャルロットとエルミーヌのことだろうか。




「円満な婚約解消をアピールするために出席してもらえないかと、公爵に頼み込んで……。解消に円満も何もないがな……はは」




 父上の自嘲気味の笑いが耳に痛い。





 そうか、出席するのか。彼女たちと再び顔を合わせることになるのだな。




「本来であれば、王太子の顔など見たくもないだろうがな。参加を承諾してもらった」





「見たくもない」? ――そんなはずはない! 父上の言葉が胸に突き刺さる。 彼女たちが私を嫌っているなんて……。父上は何かを誤解しているのだろうか。




「それなのに、まだ頼みごとをすると? 頼むにしても契約とお金が発生することを忘れてはいないか?」




 父上の声には呆れと疲労が滲んでいる。




「それも含めて、この予算内でとお願いいたしましょう。円満をアピール……わだかまりがないことを知らしめる、おめでたい場が粗末なものであっては、なおさら、よくはありません。彼女たちだって嫌でしょうし。お茶会だってあんな素敵なものだったのですもの! 低予算でもきっと王家に恥じないものを作り上げてくれますわ」



 王妃殿下が懇願するような目で父上を見つめる。



「陛下、きっと引き受けてくださいますわ」



 王妃殿下の更なる声に父上が深いため息をついた。




「はぁ……。もうすでに何度も恥はかいているんだ。私から公爵に頼もう。恥の上塗りだが……仕方がない。何でこんなことに……」




 父上の目が私を鋭く睨みつけた。燃えるような怒りと侮蔑の色が、その視線に浮かんでいる。


 自分の軽率さが、すべての混乱を引き起こしたことをようやく理解し始めていた。だが……




「私は、ただ……アンナに何か特別なことをしてあげたかっただけです。正妃のことも、ハンカチのことも、その……少しでも――」




 言葉が途切れる。自分でも説明のしようがなくなってしまったのだ。





「その結果が、今この状況だ。お前がどれだけ個人的な思いで動こうとも、その行動は王室の名と威信を背負う。アンナ、アンナと……、国の正妃だぞ! お前一人の問題ではないのだ!」  




 父上の言葉が深々と胸に刺さる。その場の空気は凍りつき、誰一人として声を発しない。母上も王妃殿下も目を伏せて沈黙している。助け舟を期待して目を向けるが、その影も形も見当たらない。



 冷たく重い沈黙が部屋を支配する中、私は喉の渇きに耐え、必死に呼吸を整える。





「今この状況は、お前の責任だということを、よく自覚するのだ。そして、二度と愚かな行動を取らぬよう、肝に銘じろ。お前のその地位を守りたいのならな!」




 父上の最後の言葉が、深い傷跡のように心に刻み込まれる。

 何も言い返せない。自分の行いが招いた結果の重さに、ようやく押しつぶされそうになっている。




 *****




 重い足取りで母上と私室を出る。扉の向こうから、まだ父上の怒りの余韻が感じられるような気がして、自然と肩がすくむ。



 廊下を歩きながら、どうにも言葉を切り出せずにいると、母上が先にため息をついた。




「で、アンナのことをどうするつもり?」


 促されるように口を開く。



「母上、さすがに前回のお茶会と違って、夜会を隠すことなどできません」




 母上は歩みを止め、手に持った扇子で額を押さえながら険しい表情を浮かべた。その顔に、一瞬だけ同情とも苛立ちともつかないものがよぎったように見えた。




「……陛下のお怒りを見たでしょう? 当日はアンナの席を用意するわ。でも彼女には、その場から動かないように伝えなさい」


「動かないとは?」




 思わず聞き返した私に、母上は扇子を閉じて強く手元に握りしめた。その音が廊下に響く。




「動き回って下手なことをされても困るし、誰かに余計なことを言われても困る。身分も低いし、あなたとの関係もなんと説明すればいいか……ああ、頭が痛い」




 母上の声は苛立ちを隠そうともしない。私の返答を待たずに続ける。



「王太子の婚約者候補の者は、他の人とあまり接触できないという建前にしなさい。秘密保持のためとでも言い訳を作るのよ!」



 その冷たい言葉に、胸がざわめいた。母上を責めるつもりではないが、それでもこれはあまりに理不尽ではないか。




「アンナに嘘をつけと!?」




 怒りとも戸惑いともつかない声が廊下に響いたが、母上はそれに動じる様子もない。むしろ深いため息をついた。




「……恥をかきたいとでも? それとも、陛下をさらに怒らせたいのかしら」




 その一言に、言い返す言葉を失った。母上の言う通りだ。父上の叱責を受けたばかりの私には、もはや選択肢がほとんど残されていない。




 ‥‥‥。




 頭の中はアンナのことでいっぱいだった。彼女は、きっと夜会に出ることを楽しみにしているはずだ。誰よりも嬉しそうに微笑んで、当日の華やかな景色を思い描いている。その期待を裏切ることになるのは、胸が痛む。




 席の問題だけではない。ドレスはどうしよう。


 アンナが今持っている服の中に、夜会に出るにふさわしい服はあっただろうか。『金がない』か。当事者の私の予算など、もはや残っていないだろうな……。




 廊下を歩き続ける母上の背中をぼんやり見つめながら、私は無力感に苛まれていた。




 この先、どうすればいいのか――。楽しみにしていたはずの夜会の煌びやかな光が、遠い世界のものに思えた。







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