小選挙区制が社会の分断を生んでいるということについて
日本の選挙制度は小選挙区比例代表並立制である。この制度は、小選挙区制と比例代表制を組み合わせたものであり、この文章ではまず小選挙区制の特徴と課題を取り上げ、その後に比例代表制の優位性について検討する。さらに、ドイツで採用されている5%条項の意義と問題点を踏まえ、最終的に純粋な比例代表制の優位性について論じる。
小選挙区制にはいくつかの利点がある。第一に、1つの選挙区から1名のみが当選するため、与党が議会で過半数を確保しやすく、安定的な政権運営が可能となる点である。第二に、有権者は誰が自分の代表となるかを明確に選ぶことができ、その後の政治的責任追及が容易になる。第三に、候補者は自らの選挙区に資源を集中できるため、選挙費用を抑制できる。第四に、多くの選挙区で勝利するためには幅広い支持層への訴求が求められるため、二大政党が有利になり、政権交代が生じやすくなる。こうした点から、小選挙区制は安定した統治を促進する制度と位置付けられている。
さらに、小選挙区制は二大政党制につながりやすい。二大政党制の下では、有権者の支持動向に応じて政権交代が比較的容易に実現しやすく、迅速な政策決定も可能となる。加えて、有権者にとって選択肢が明確になることは、政治参加意識を高める要因ともなる。
こうした議論は、フランスの政治学者モーリス・デュヴェルジェが提起した二大政党制と小政党制の法則(デュヴェルジェの法則)とも符合する。デュヴェルジェによれば、小選挙区制は構造的に二大政党制をもたらしやすいと論じ、安定的な政権交代の基盤とみなした。実際、アメリカやイギリスでは長期的に二大政党制が支配的となっており、この法則性が経験的に確認されてきた。
しかしながら、小選挙区制および二大政党制には課題が存在する。第一に、死票の多さである。当選者以外の候補者に投じられた票はすべて無駄(死票)になる。2021年衆議院選挙では、小選挙区における有効投票の約49%が当選に結び付かず死票となった。これは比例代表制部分における死票率(約5〜10%)と比べて極めて高い数値である。こうした傾向は1996年以降の衆議院選挙でも一貫して確認されており、小選挙区制の構造的問題を示している。死票が多いことにより、有権者の意見が政治に十分に反映されないことがある。
第二に、政治の二極化を助長しやすい点である。候補者は幅広い支持を得るために中道的な政策を掲げる一方で、選挙に勝つためには対立候補を強く批判する傾向があり、その結果、政治的対立が先鋭化する。アメリカの下院選挙(全て小選挙区制)では、1970年代以降、共和党と民主党の議会内投票行動がますます分極化していることが研究で指摘されている。日本でも同様に、自民党と野党第一党の対立軸が過度に強調され、中間的立場が埋没する傾向がみられる。
第三に、少数意見の排除である。小規模政党は議席を得にくく、社会の多様な声が過小にしか反映されない。経済協力開発機構加盟国の中で、小選挙区制を基盤とするイギリスでは、2021年総選挙において環境政党であるグリーン党が全国で約2.7%の得票を得ながら、議席は1議席にとどまった。比例代表制を採用しているドイツでは同規模の得票率で数十議席を獲得できるのと対照的である。
第四に、一党優位に傾きやすい構造である。得票率のわずかな差が大きな議席差に転化するため、支持が拮抗していても一方の政党が圧倒的多数を占めることがある。例えば2012年の日本の衆議院選挙では、自民党は得票率約27%(比例区)にとどまりながら、議席の約61%を獲得した。この多数派の過大代表は小選挙区制の典型的な特徴である。その結果、小選挙区制の選挙で勝利した強力なリーダーは、議会で圧倒的な力を持つことになる。これにより、党内の反対意見や、国民の多様な声を無視して、自身の政策を強引に進めることが可能になる。また、議会内で対立する政党の議席が少ない場合、建設的な議論や妥協が生まれにくくなる。与党は、野党の意見を聞く必要がなくなり、その結果野党の影響力が著しく制限される。つまり、小選挙区制が持つ安定した政権という利点の裏側には、国民の多様な声が抑圧される危険性があるのだ。
また、二大政党制には以下のような深刻な課題がある。一つ目は、意見の二極化が起こる点である。二つの政党が互いに激しく対立するため、政治が二極化し、妥協点を見つけるのが難しくなる。二つ目は、多様性の軽視が起こるという点である。二大政党が選挙に勝つために、特定の少数意見よりも、多くの票が見込める大きな層の意見を優先する傾向がある。三つ目は、どちらの政党も支持できない有権者は、投票したい候補者がいないという不満を抱くことがあるという点である。
この小選挙区制や二大政党制のデメリットのうち、政治の二極化が起こるというデメリットと意見の多様性が軽視されるというデメリットは、小選挙区制及び二大政党制の課題のうち特に深刻な課題であるといえる。なぜなら政治の二極化が起こることと意見の多様性が軽視されることで、以下の状況が起こるからである。既存の政党の思想は、それぞれが異なるイデオロギーの極に位置するため、議論は常に右か左かという対立に終始し、現実的な解決策が生まれにくくなる。また、政党も支持者も相手を敵と見なすため、互いの意見に耳を傾けず、建設的な対話が失われる。そして既存の政党がそれぞれのコアな支持層に焦点を当てるため、中道的な意見を持つ多くの人々が政治から疎外される。有権者は、自分の意見に完全に合致する候補者がいないため、常にマシな方を選ぶことを強いられる。その結果、社会および政治の分断が起こる。本来であれば建設的な政治的議論が行われ未来に向けた政策を決めるべきはずの議会及び社会が、派閥争いに終始してしまうのだ。
また、小選挙区制の死票が多く出るというデメリットも、深刻な問題を引き起こす。死票が多く出ることによって、有権者は戦略的投票を行うようになる。すなわち、有権者は、自分の本当に支持する候補者に投票しても勝てないと考えるようになる。そのため、自分の票が死票になるのを避けるために、当選する可能性のある二大政党のどちらか、マシな方に投票することを強いられる。またそれと同時に人々は、相手の政党に投票する人々を自分の票を死票にしようとしている存在として認識するようになる。政治的な対立は、単なる政策の違いではなく、自分の投票を有効にするか、無効にするかという、個人的な利害の争いへと変質していくことになる。その結果政治が勝つか負けるかというゼロサムゲームになると、両陣営は、相手の支持者を説得するのではなく、ひたすら相手を攻撃し、自陣営の熱狂を煽るようになる。これにより、異なる価値観を持つ人々は、もはや対話の相手ではなく、打倒すべき敵になってしまう。こうして社会の分断は加速することになる。
つまり小選挙区制や二大政党制は社会の分断を加速させる問題のあるシステムであるといえるのだ。
こうした課題を踏まえると、比例代表制および比例代表制がもたらす多党制の意義が浮かび上がる。比例代表制では、小政党への投票も議席に結び付くため、死票が少なくなる。これにより、有権者は自身の信念に基づいた投票を行いやすくなる。また、多党制のもとでは、単独での政権獲得が困難であるため、政党間の協力や妥協が不可欠となる。これは、異なる価値観を持つ集団を敵としてではなく対話の相手として認識する契機となり、社会の分断を抑制する効果が期待できる。実際、比例代表制を採用している国々では、政治的不信感や社会的分断の指標が小選挙区制の国よりも低い傾向が示されている。また、オランダや北欧諸国は長年にわたり純粋比例代表制を採用しつつ、連立協議と妥協の文化を通じて高い安定性を維持してきた。国際的な比較研究でも、これらの国々は多党制=不安定という単純な図式には当てはまらないことが示されている。
比例代表制の課題として、過激な主張をする政党が小選挙区制に比べて支持を拡大しやすいという課題があるとされている。例えばイタリアでは政治が不安定になり、ドイツでは極右政党とされるドイツのための選択肢が躍進している。イタリアでは1994年の選挙制度改革後も政治的混迷が続き、総選挙後1年足らずで再選挙が現実の問題になるなど、政権が極めて短命になる傾向が見られた。これは比例代表制による多党制が一因とされている。またイタリアは完全比例代表制度から1994年に小選挙区比例代表混合制、2017年から小選挙区比例代表並立制へと選挙制度改革しているように、政治不安定を解決するため何度も選挙制度を変更せざるを得なかった。またイタリアでは単独で過半数をとることが難しくなり、政権奪取を狙うポピュリズム政党が反対していた制度改正が行われるなど、政治不安定への対応が継続的な課題となっている。ドイツでは、チューリンゲン州では緑の党が議席ゼロになるなど、既成政党の退潮が目立ったように、ドイツのための選択肢の躍進は既成政党の議席減少をもたらしている。極右政党ドイツのための選択肢が第2党に躍進し、注目を集めている。右傾化するドイツという状況が生まれ、ますます正常な政党だと認識されつつある。ドイツのための選択肢以外の選択肢がないと考える支持者が多く、他党とは逆に固定支持層が増える傾向があるなど、政治の分断が深刻化している。しかしこの見解には疑問がある。一つ目の理由は、どんな過激な主張でもそれが民意であれば政治に反映されるべきだからだ。民主主義の根本原理は民意の反映にあり、その結果として生じる政治的多様性は制度の欠陥ではなく、むしろ民主主義の本質的特徴である。二つ目の理由は、小選挙区制より比例代表制の方が過激な主張をする政党が支持を拡大しやすいとされる見方には疑問の余地があるからだ。小選挙区制でも比例代表制の国がそうであるように過激な主張をする政党が支持を伸ばしている。例えばアメリカ合衆国でトランプ率いる共和党が支持を伸ばしたのが良い例だろう。三つ目の理由は、利害折衝は政治の基本であり、これができない政治家の無能さを選挙制度の問題に帰する、こうした責任転嫁には問題があるからだ。
オランダの比較政治学者アレンド・ライプハルトは、比例代表制の方が少数意見をより反映し、民主主義の質の点で優れていると強調している。すなわちアレンド・ライプハルトは、比例代表制の方がより包摂的民主主義に近づくと主張している。彼の比較政治研究によれば、比例代表制諸国は政府への信頼、少数派の政策反映、分断の抑制、において小選挙区制諸国よりも優位に立つ。つまり、小選挙区制の安定性と比例代表制の包摂性は、古典的にも対照的な評価を受けてきた。
結局のところ、小選挙区制は安定性を重視する制度であり、比例代表制は包摂性を重視する制度である。故に小選挙区制は安定性を、比例代表制は包摂性を強みとして持つ。しかし今日の社会が直面するのは、多様化と分断の克服であり、求められているのは包摂性の強化である。その意味で、比例代表制の優位性が一層明確になる。
ドイツの5%条項は、多党制の断片化を防ぐ仕組みとして一定の合理性を持つ。しかし同時に、少数政党や無所属候補を排除する効果を持ち、有権者の選択肢を制約するという副作用がある。そのため、比例代表制であれば特に、排除的な仕組みを導入する場合には、民主主義の包括性とのバランスが問われる。
以上を踏まえると、純粋な比例代表制とそれに基づく多党制は、死票の削減、多様な意見の反映、社会的分断の緩和といった点で、小選挙区制や二大政党制よりも優れた制度的枠組みであると考えられる。真に自由で民主的な社会を構築するためには、比例代表制がより適した選択肢となり得る。比例代表制は包摂性をもたらすだけでなく、長期的に民主主義の安定性も確保しうる。