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第6話 将来のわたしの代わりに、みんなを助けて

 アリアの投げた石は、奇形魔族の局部に直撃した。


「あはん! 気持ちいい~!」


 奇形魔族は恍惚の表情を浮かべ、体を震わせる。


 なんだこいつ。気持ち悪すぎるぞ。


「みんな逃げて! ここはわたしがなんとかするから!」


「でも!」


「はやく!」


 アリアは動けずにいる女児の背中を押して急かす。


「他の子もお願い!」


 女児は、より小さいふたりの子供を見て、神妙に頷く。ふたりの手を引いて、その場から離れていく。


「はやく君も行って!」


 俺に言ってから、アリアは別方向に逃げつつ、また奇形魔族に石を投げる。


「あははぁ、追いかけっこ? そんなに遊びたいならいいよぉ、ボクと遊ぼぉ~!」


 奇形魔族は誘導に乗って、アリアを追いかけていく。


 俺もアリアを追いかけ――かけ……追いつけない! 速すぎる!


 なんなんだよ! 暗くて足場も悪い洞窟を、なんでそんな全力疾走できるんだ!?


 奇形魔族はニタニタと笑いながら、途中で方向を変えた。他の子供たちを追う様子でもない。


 不気味な動きだ。気になるな……。


 幸い移動速度は遅い。俺はこいつを尾行することにする。


 すると、やがて広い空間に出て、奇形魔族は立ち止まった。


 そこに足音が近づいてくる。


「はあ、はあ……。ここまで来れば、平気、かな……?」


 アリアだ。壁に手を付き、荒くなった呼吸を整えようとしている。


「えへ~っ、待ってたよぉ~」


 その声で初めてアリアは気づき、恐怖に表情を歪める。


「なんでっ、先に……」


「ここ、ボクんちだからぁ、先回り余裕なんだぁ」


「うぅっ!」


 息も整わないうちに、アリアは背中を向けて走り出す。


 奇形魔族は今度は逃さない。その巨躯からは想像できない瞬発力でアリアの腕を捕まえる。


「えへへぇ! いい子いい子してあげるねぇ!」


 醜い顔が、アリアの体に触れるほど近づけられていく。


 アリアの顔が、恐怖から絶望に変わっていく。


「うぅ、いや……いやぁ!」


 ――俺の獲物(アリア)を汚すな!


 その瞬間、俺は奇形魔族の腕を撃ち抜いていた。肘のあたりから切断され、宙に舞う。


「あぎゃあぁぁあ!?」


 痛みにのたうち回るのを横目に、俺は解放されたアリアの手を取る。


「え……あ、れ? 君、さっきの……」


「なんで……なんで自分を犠牲にしようとするんだ! なんにもできないくせに! ひとりなら、逃げられたかもしれないのに!」


「だって……だってね、わたしの弟がね……わたしが勇者様になるんだって信じてくれてるんだよ……。こんな、ダメなお姉ちゃんなのに……。だから……なんにもできなくても……心だけは……勇者様らしくしたくて……」


 俺は息を呑んだ。


 くそ、俺のせいか!


 俺があんなこと言ったせいで、アリアが無茶を……!


「うぎぎ、いい子たちぃ……まとめて、お楽しみしようかぁ!」


 奇形魔族が起き上がる。


 切断した腕がもう再生している。かなりの生命力だ。


 俺は圧縮魔力を連射する。


「あぎっ、あぎぎっ!? 痛いっ、痛い痛い痛いぃぃ!」


 喰らうたびに大袈裟に痛がるが、しかし、すぐに再生していく。


 見た目以上に強力な魔族らしい。よほど多くの子供を喰らってきたようだ。


 こいつを殺すには、一撃で吹き飛ばすしかないだろう。しかし、それだけの魔法、今の俺の体で耐えられるか微妙なところだ。


「やだやだやだ、もういい! 他の子と遊ぶぅ~!」


 奇形魔族は逃げ出した。


 しめた。これで予定通り、他の子供たちが犠牲になる。アリア覚醒のきっかけになるぞ。


 俺は深追いせず、ふん、と息をつく。


 そんな俺を、アリアはじっと見つめていた。


「その魔法……。もしかして、カイン?」


 ここまで力を見せれば気づかれるもの当然か。


 俺は素直に顔の偽装魔法を解いてやった。


「ああ、俺だよ」


「どうしてここに? なんで顔を――うぅんっ、そんなことより、お願いカイン! はやく……はやくみんなを助けてあげて!」


「自分でやればいいだろう」


 助けてやる義理も理由もない。むしろ犠牲にするつもりだ。


「できないよ……! わかってるでしょ! わたし、まだカインみたいな勇者様にはなれないの! だから、将来のわたしの代わりに、みんなを助けてよぉ!」


 なのに、アリアに必死に訴えられると居心地が悪い。断りにくい。


「いつか、ちゃんとできるようになるから! だから今だけはお願い! なんでもしてあげるから! お菓子もいっぱい作ってあげるし、たくさん甘えてもいいから!」


「…………」


「お願い、カイン……」


「ふんっ、仕方ない」


 俺は呟いて歩き出す。


 どちらにせよ、今から追っても手遅れだろう。


「ありがとう、カイン!」


 嬉しそうに付いてくるアリアの笑顔を裏切ることになるが……。


 いや、気にするな。元々アリアとは宿敵になる運命なのだ。これくらいの心苦しさ、どうってことはない……。


 奇形魔族の行った先へ早足で向かう。


 どうせ、もう終わっている。


 アリアは食い散らかされた子供たちを目撃することになる。


 そう思っていたのに、意外な音が響いてきた。


 ぱんっ、ぼんっ! といった小さな爆発音だ。


「ねえ、あれ! あの子、魔法を使ってる!?」


 アリアが指差したのは、さっきまで一緒にいた女児だ。


 他の子供に迫る奇形魔族の手を、初歩的な爆発魔法で防いでいる。


 あの程度、奇形魔族からすれば遊びにしか感じないだろうが……。


 とはいえ、あんな年齢の人間が使える魔法でもない。


 爆炎で照らされる女児の髪は赤く、瞳も紅い。食いしばる歯には、鋭い八重歯が見える。


「――!! 伏せろ!」


 叫ぶが早いか、俺は圧縮魔力を撃っていた。


 赤髪の少女すれすれを通過し、奇形魔族に命中する。


 助ける義理も理由も、できてしまった。


 あの少女は魔族だ。ゼートリック系とは違う、かつての俺と同系統の魔族。


 魔王ゾールたるものが、同胞を見捨てるわけにはいかぬ!

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