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第36話 お前は俺の過去だけど、もう俺にならなくていい

「来たぞ」


 強力な魔力を感知して、俺はゾールたちに警告してから振り向いた。


 頭には一対の(つの)。青白い肌。鋭い牙と爪。魔力を帯びた鎧に、赤黒いマント。落ち着きのある身のこなし。


 ゼートリック系魔族でも、高位の者と見受けられる。おそらく第6騎士団が討伐する予定だった魔将だろう。


「よもや看破されるとは想像もしておりませんでした。大した実力です。お名前をお聞かせ願えませんか、少年?」


 俺は返事代わりに、圧縮魔力を速射した。


 眉間を貫通。倒れる間もなく塵となって消える。


「バカにするなよ。姿を見せろ、臆病者」


 俺が今討ったのは、魔力で作り出された分体だ。騎士団と同様に、魔力の糸で操られている。


「そうですかそうですか。その魔法、その性格。私の情報網に引っかかっておりますよ。アーネスト村に現れたという、少年勇者カインですね?」


 また同じ姿の分体が現れる。1体だけじゃない。まるで土から生えてくるように、次々と分体が立ち上がってくる。


 数十の分体をかき分けて、ひときわ強力な魔力を放つ個体が悠然と歩いてくる。本体はこいつか?


「俺がカインだったら、どうだと言うんだ?」


「我が魔王、ゼートリック4世の脅威となる者には死んでいただく。その血肉は、私がいただきますがね」


「やはりお前らは野蛮な獣だな。紳士のふりをしても、卑しい食欲が透けて見える」


「まだ幼い少年に言うのも酷ですが、遺言はそんな軽口でよろしいので?」


 一斉に分体が飛びかかってくる。


 俺はあえて前に踏み切った。襲いくる十数の爪や牙の間合いを見切り、その隙間に突っ込んだのだ。


 同時に魔力を溜めた右手を、魔将の本体に向ける。


魔炎刺槍(ファイアランス)!」


 青い炎が鋭利な刃となって魔将に激突する。


 魔将は魔力防壁を張って耐えたようだが、今の一撃で防壁は半壊している。


 周囲の分体が俺を取り囲もうとするが、意に介することはない。


魔衝風撃(ブラストショック)!」


 強烈な熱風を全周囲に展開。分体どもを吹き飛ばし、俺は魔将を再び補足する。


 魔将は分体を盾に、後退していく。俺は追う。


 分体を相手にするのは無駄だ。本体を潰せばすべて終わる。


 騎士どもを殺さず保護するのに、余分に魔力を消耗してしまったのだ。いちいち相手にしていては、こちらの魔力が尽きてしまう。


「おい、その数をひとりは無理だ! 俺たちも行くぞ!」


 魔将の出現と分体の数に動揺していたゾールたちだが、遅れて加勢してくれた。


 俺を狙う分体を遠くから撃ち抜いたり、注意を引き付けたりしてくれる。かなり動きやすくなる。だが……!


「来るな! 避難していろ! お前たちが傷ついたら俺は……」


「心配すんな! 誰も死なせねえよ! お前もな!」


 ゾールの実力は、分体を数体倒すのがやっとな程度だろう。他のみんなはそれ以下だ。まともに立ち向かっては勝ち目はない。


 その力と数の差を、連携で補う。ニルスが指示を出つつ援護射撃。ゾールや他の開拓民が前に出て、それらの能力をフラウが強化魔法で底上げする。傷ついたらすぐ治療もする。


「……そうだな。心配はいらない、か」


 長らく忘れていた。俺たちは、心を通じさせたときこそ一番強かった。


 俺は魔将本体を、単独で追いかける。


 背中は安心だ。けれど、寂しくもある。


 ゾールは言った。俺がゾールなら、独りのはずがない、と……。


 仲間が勝手についてくる、と……。


 正しいよ、過去の俺(ゾール)よ。今でもそう思う。


 でもな、それは仲間がいるならの話だ。


 俺の仲間は――今、お前の周りにいる家族は、俺にはもういないんだ。


 彼女らへの想いがあればこそ、もう失いたくなかったからこそ、強くなれた。


 けれどフラウたちのような、家族と呼べるほどの者は、もう手に入らなかったんだ。


 羨ましいよ。


 お前は俺の過去だけど、もう《《俺に》》ならなくていい。


 俺みたいな、最強でも孤独の魔王になんてならなくていい……!


「もう逃さん!」


 俺はいよいよ魔将を捕捉した。


閃爆魔砲(ブラストキャノン)!」


 超高熱の魔力の塊が、魔将を飲み込む。周囲の分体を巻き込みながら突き進み、はるか遠方で大爆発。


 生き残った分体は、すべてその場にバタバタと倒れていく。


「はあ、はあ……」


 渾身の一撃だ。手応えはあったが……。


「やった? カインがやったぞ! 本体を消し飛ばしたんだ!」


 ゾールが声を上げると、仲間たちも一緒になって歓声を上げる。


「いや待て! まだだ!」


 倒れた分体が一斉に立ち上がる。ゾールたちに向けて、全員が指を向ける。


 圧縮魔力の一斉掃射が来る!


 俺は限界突破(オーバーリミット)を発動させて、一瞬でゾールたちの前に出た。


 全力の魔力防壁で、すべての射撃を弾く。弾き続ける。掃射は、途切れない。


「おやおや、やはり彼らがあなたの弱点でしたか」


 再び強力な魔力を持つ個体が現れる。


 復活した、だと?


「そうか……。その不死身ぶり。お前があの、魔将『不死身のヴァウル』か!」


「ご明察」


 魔将ヴァウルは、不敵な笑みを浮かべていた。

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