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第33話 もう俺は、必要ないよな……

 朦朧とした闇の中、俺は走っていた。


 いや、走ろうとしても足が重くて思うように進めない。


 目の前で、襲われている仲間がいるのに!


「逃げろ、フラウ! ニルス! チコ!」


 叫ぶ甲斐もなく、仲間たちは凶刃に倒れていく。


 その刃を振るうのは、冷たい殺意だけを目に宿した女。勇者アリア。


 違う。やつは宿敵だが、彼らを殺したのは他の人間だ。


 だからこれは夢だ。わかっていても、叫ばずにはいられない。


「なんでだ!? なぜ殺す!? 俺たちがなにをしたっていうんだ!?」


「……わたしの家族を、奪った。魔族は殺す」


「それは俺たちドミナ系魔族じゃない!」


「嘘つき。あなただって、いっぱい殺してる」


 勇者アリアの冷たい視線が、俺の足元に向けられる。


 死体の山があった。魔王として殺してきた人間たち。その手始めだった第6騎士団も……。


「こ、れは……違う。やつらが先に手を出したんだ。悪いのは俺じゃ――!?」


 顔を上げた先に、もう勇者アリアはいなかった。


 代わりに、俺のアリアがいた。青ざめた顔に、絶望の涙が流れていく。


「カイン……どうして……?」


 やめろ……。


 そんな顔で、俺を見ないでくれ……!



   ◇



 その日も、アリアたちと一緒に学内の清掃活動だ。


 気が重く、やる気が起きないのは夢見が悪かっただけではない。


 ふとしたときに目に入る今日の日付。そしてアリアたちが口にする、俺の誕生日。


「本当に、もうすぐなんだな……」


 カレンダーを見つめながら、ひとり呟く。


 誕生会の日は、俺が――ただの魔族だったゾールが、最強の魔王になると決意した日だ。


 ただ自分たちが平和に暮らせる場所を作ろうとしていただけなのに、人間に――王都の第6騎士団に襲撃された。


 俺の考えの足りなさを、補ってくれる親友がいた。


 慕ってくれる可愛い女の子がいた。


 憧れた、姉のような女性(ひと)がいた……。


 みんな殺された。家族同然の仲間たちを、すべて奪われた。


 同胞を守るためには、誰にも負けない力が必要だと悟った。


 守るためならば誰とだって戦った。南の魔王ゼートリック4世とも。人間とも。


 そうして俺は、魔王ゾールとなっていった。


「……ねえカイン。なんか元気ない?」


 不意に、アリアが俺の顔を覗き込んできた。


「ん、ああ。今朝は寝苦しくてな」


「嘘つき」


 どくり、と心臓が高鳴る。夢の中で、勇者アリアにも同じことを言われた。


「そういう元気のなさとは違うよね?」


 誤魔化すのは無理か……。


 考えようによっては、ちょうどいいかもしれない。


 俺は意を決して、アリアと向かい合う。


「……誕生日パーティには、俺は出られない」


「え……」


 アリアは一瞬固まった。


「……どうして? 主役はカインなのに」


「用事ができたんだ」


「それって大事な用? 先生になにか頼まれちゃったのかな?」


「そうじゃないが、とても……とても大切な用なんだ」


 救いに行くのだ。俺の家族を。


 彼らは、今ならまだ生きている。過去の俺――ゾールと共に。


 第6騎士団を返り討ちにしてやれば、みんなを救える。


 歴史を変えることに抵抗はない。


 こんなにもアリアの運命を変えてしまっているのに、今の俺の考えにも記憶にも、なんの変化はないのだ。


 きっとこの世界は、今の俺に影響しない。分岐したべつの世界になったに違いない。


 だから、変えてもいい。家族が、幸せに生きる世界があったっていい……!


「そっか……。そこまでの用なら仕方ないね……。それじゃあ、べつの日に……。用事が済んだあととか――」


「ダメだ。しばらくかかる」


「じゃあ前倒しで! それなら――」


「やめてくれ。決心が、鈍る」


 第6騎士団を討つということは、魔族に味方し、人間と敵対するということだ。


 もうアリアの元にはいられない。


 いずれ勇者となるアリアと、戦うことにもなるだろう。


 それが俺の迷いだった。


 だが、そもそも、なぜ迷う必要がある?


 アリアと敵対するのは当初の目的通り。


 その上、かつて失った者たちを救うこともできる。


 これほど理想的な選択はあり得ない。


 ……あり得ないんだ。


「……そっか。そっかぁ……。なんだかすっごい事するんだね。じゃあしょうがない……。しょうがない……のかな?」


 アリアの紫の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。


「あ、あれ? ごめん。なんだか、急に……」


 こぼれ落ちそうな涙をぬぐって、アリアは儚げに笑う。


「ねえカイン。ごめんね? すごく大切なのはね、顔を見てればわかるよ」


 アリアはぎゅっと手を握りしめる。


「でも、でもね……それって、他の人に代わってもらえないのかな? せっかくのカインの誕生日で……グレンくんも、レナちゃんも、わたしだってたくさん伝えたいことがあって……」


 唇を震わせながら、訴えるように言葉を紡ぎ続ける。


「だって、カインが覚醒して……。レナちゃんに会えて……わたしも覚醒して。一緒に学園に来て、グレンくんやみんなと仲良くなれて……。来期からはみんなでSクラスで……。そんな特別な一年だったんだよ。だから、特別な誕生日にしてあげたくて……」


 俺は必死に感情を殺す。歯を食いしばる。


「だから……行かないで欲しいって思っちゃうの。わがまま、かな……?」


「ああ、わがままだ……。みんなには中止と伝えておいてくれ」


 もう言葉も出せないまま、アリアは俺に背を向けた。そのままとぼとぼと歩き去っていく。


「もう俺は、必要ないよな……」


 アリアはもう充分に強い。つらい目に遭うことがあっても、死ぬことはあるまい。


 これからいくつも過酷な経験を経て、あの美しく冷たい殺意の塊へと成長してくはずだ。


 太陽のように温かい笑顔を失いながら……。


 そして俺は、家族を救う。


 その家族の輪に、俺が入る余地などないだろうけれど……。


「さらばだ、アリア。次に会うときは、敵同士だ」


 その日の晩、俺は誰にも告げず、学園を抜け出した。

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