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第30話 お前はもう詰んでるんだよ

「さて、あとはどう追い込むかだな」


 ミスティを帰したあと、俺たちは改めて膝を突き合わせた。


「不倫に横領。証拠を押さえるのは当然として、そこからどうやって失脚させるか。いや、むしろ脅して処分を撤回させるほうが早いか」


「ねえ、カイン。その前に質問なんだけど」


「なんだ?」


「不倫ってなに?」


「…………」


 一瞬冗談かと思ったが、アリアは大真面目だ。ちらりと覗くと、グレンも首を傾げている。


 綺麗な世界で生きてきたからな……大人の汚い話が分からなくても仕方ないか……。


 とか思っていると、レナはアリアとグレンの顔色を窺ってから、苦笑気味にわざとらしく口を開いた。


「わ、私も不倫ってなんだかわかんないなぁ……」


 こいつ……この歳で不倫の概念を理解していたのか……っ?


 いや、今ツッコんだら可哀想か。気づかなかったふりをしておいてやろう。


「……不倫というのは、まあ、簡単に言うと……社会的なルールを無視し、愛すべき家族を裏切り、しかもそれをひた隠しにするという、とても恥ずべき行為だ」


「うわぁ、すごい悪いことなんだね。じゃあ教頭先生って、本当に極悪人なんだっ!?」


「なんてこった。そんなやつがオレたちの学園にいたとは……ッ!」


 ……こいつらには、もう手伝わせないほうが良さそうだな。


 下手に関わらせると、話が変にこじれるに違いない。


「やっぱり、あとのことは俺に任せろ」


「そうはいかないよ、カイン! 悪い人を懲らしめるのは、勇者の役目だよっ」


「そうだぜ、ボコボコにして学園から叩き出してやるべきだ!」


「いやいや待て待て。まずは俺が説得する。それが失敗したら手伝ってもらう。それまでは温存させてくれ」


 さすがに交渉も駆け引きもなしに暴れられたら困る。本当に困る。


「俺にはお前らにはできないこともできるんだ。それに勇者の役目というなら、俺だって勇者だ。いいから任せておけよ」


「むう……。まあ、お前ほどのやつがそこまで言うなら……」


「そうだね。カインがこんなにやる気になってるの珍しいし……」


 ようやくふたりは納得してくれた。


「じゃあ、進展があったら話すから、それまで大人しくしていろよ」


 そう言ってその場は離れる。


 ひとり、レナだけついてきた。


「どうしたレナ?」


「うん、あのね、カインくん。私……お姉さんたちが知らないことも知ってるから……ふたりよりは手伝えることあると思う。なにかあったら、頼ってくれていいからね?」


 少しばかり頬が赤い。


 さてはこいつ、概念だけでなく、不倫で実際に男女がおこなう行為まで知ってるな?


「……おませさんめ」


 すると、レナは自身の髪の色より顔を赤くした。


「か、カインくんだって知ってるくせに! えっち!」


 ぱたぱたと逃げ出していく背中を、俺は微笑ましく眺めるのだった。



   ◇



「さて、教頭先生。これがなんだかわかるか?」


 数日後、俺は教頭の執務室に押しかけ、とある便箋を突きつけた。


「なんだこれは……!? ジーナのサイン?」


「そう、あんたの愛しいジーナさん直筆の告発文だ。あんたとの関係と、多額の貢物について詳細を書いてくれている。貢物の購入費は、学園の設備補修費から出ていたそうだな?」


「し、知らん! 私はなにも知らんぞ! ジーナという女となど会ったこともない! そもそもラクレイン家に、私はなんの関わりもないんだ!」


「おや? ラクレイン家と書いてあったかな? いや教えてくれてありがとう。ジーナさんというのは、あのラクレイン家の御婦人だったのか。となると、おや、これはまずいんじゃないか? ジーナさんは人妻だろう? これは姦通罪だな。いやそもそも妻子がいるのに、ジーナと関係を持った時点で姦通罪か」


「だ、黙れ! このクソガキめ! なんだこんなもの!」


 教頭ベスタはいきなり火の魔法を放った。便箋があっという間に灰になってしまう。


「はははっ、証拠はない。証拠はないぞ。貴様がどこでなにを訴えたところで、すべて揉み消してくれるわ!」


 燃やされた便箋は写しなのだが、それは黙っておいてやる。


「証拠はなくとも、証人は来ているぞ。見てみろ」


「なに?」


 俺が視線で窓の外を示すと、ベスタは下を覗き込む。ラクレイン家の馬車が停まっている。


「あれは……乗っているのはジーナか?」


「そう、ご本人だ。俺が合図したら、然るべきところへ出頭して、すべてを喋ってもらうことになっている」


「き、き、貴様ぁ! ジーナに一体なにをした!? あの便箋もそうだ! ジーナがこんなことするわけがない! 貴様がなにかしたのだろう! 幻惑魔法か!? そうだな!?」


「ほう、さすが教頭なだけはある。分かるか」


 数日前の深夜、俺は教頭の執務室に忍び込み、探査魔法を展開した。そこで教頭本人の匂いや見知らぬ女性の匂いの情報を得て、それを元に追跡。ラクレイン家のジーナに行きついたのだ。


 そして屋敷に侵入。幻惑魔法で自白させ、例の告発文を書かせた。さらに学園に来て、俺の指示に従うように暗示もかけてある。


 難しい仕事ではなかったが、時間制限があるのは少々厄介だった。俺たちはともかく、エミリー教師が学園にいられるのは今学期終了まで。クビを言い渡されてから、一週間もない期間だったのだ。それまでに撤回させなければ、エミリー教師は本当にいなくなってしまう。


 だが、もうここまでやり遂げた。あとは教頭ベスタの出方次第だ。


「それで、どうするんだ教頭先生。打つ手はあるか?」


「知れたこと!」


 ベスタは強化魔法を全開にして俺に掴みかかってきた。首を絞め付けられる。


「術者が死ねば幻惑魔法は無効となる! 生徒相手にこんなことまでしたくはなかったが! 貴様には《《事故死》》してもらうしかない!」


「つまらん判断だな、ベスタ」


 俺は容易に振りほどき、ベスタの顔面を掴むと執務机に叩きつけてやった。


「うぐっ!?」


「お前はもう詰んでるんだよ」

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