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第24話 事故でチューしちゃうこともあるよね……っ

「……アリア」


 女子寮の一室。


 運び込まれたアリアがベッドで眠っている。その傍に俺はいた。


 保健医の診断によれば、体力と魔力、そしておそらく聖気の使い過ぎが原因だそうだ。


 聖気を正確に感知できる者はいなかったが、おそらく間違いないだろう。俺の知る勇者アリアも、聖気を使った技を使い過ぎて不調となることがあった。


 俺はアリアの手を、ただ握り続けてやる。


(――こうしてれば安心するでしょう?)


 ずっと昔、そう言って手を握り続けてくれた女性(ひと)がいる。


 前世のことだ。優しくて包容力があって、落ち着いていて、時々甘やかしてくれる。そんな年上の憧れの女性(ひと)


 もう会えない、失われた女性ひと……。


 いや、《《今なら》》まだ、会うだけならできる。


 時を遡って、ここにいるのだから……。


 でも今この時、大切なのはアリアだ。


 アリアには早く回復して、特訓に復帰してもらわねばならない。だから、少しでも苦しみが和らぐよう、この俺が手を握ってやるのだ。


 効果があれば、いいのだが……。


 安心してくれているといいのだが……。


 やがてアリアは、ぼんやりとまぶたを開ける。


「ん……レナ、ちゃん?」


「…………」


「あれ、違う? カイン? なんで、また、その格好……?」


「ここに来たいと言ったら、レナにやられた」


 俺はまた女子制服を着せられている。


 ちなみに当のレナは、アリアと同部屋の女子生徒を連れ出してくれている。


「そっか……。そこまでして看病しに来てくれたんだ……」


 アリアは宝石みたいな紫の瞳を揺らめかせた。ぽろりと涙が流れる。


「ごめん……。心配してくれてたのに、こんなことになっちゃって」


「ああ。なんで、あんな態度を取るんだ」


 文句は色々あった。心配したとか、グレンと仲が良くて腹が立ったとか、少しだが――本当に少しだが寂しかったとか。


 けれど、そういった言葉も想いも、口には出さなかった。宿敵に言うことではない。


 ただ……。


「あんなの、やめてくれよ」


 それだけは言いたかった。


「ごめん……。カインが、レナちゃんとばっかり仲良くしてて……キスまでしてて、それでむしゃくしゃしちゃって……」


「だからあれはキスじゃない。レナは魔力を補給してくれただけだ。こうやって、額をつけて……」


 と、顔を近づける。


「わ、わっ」


 アリアは目を丸くして逃れようとする。


 そのせいで狙いが逸れる。意図しない箇所同士が触れ合ってしまう。


 慌てて離れる。


 アリアは固まってしまう。俺は思わず、自分の唇を指でなぞる。


 すごく、柔らかかった……。


 しばしの沈黙。


 耐えきれず、俺は声を上げる。


「だ、黙るなよ。事故だ、事故。姉弟(きょうだい)なんだ、こんなこともある」


「う、うん。そうだよね。姉弟(きょうだい)なら、じゃれあって、事故でチューしちゃうこともあるよね……っ」


「こ、今度は動くなよ? 俺が魔力補給してやれば、少しは良くなるはずだ」


 改めて額をくっつける。集中して、アリアへ魔力を流し込んでやる。


「ほら、な? 魔力はこうやって受け渡しできるんだ」


「そっか……ごめん。本当に、勘違いだったんだね……」


「今日はごめんばっかりだな」


「えへへ、じゃあ、ありがと。魔力もらったおかげかな、元気出てきた」


 その柔らかな笑みに、少しばかり安心する。


「俺も……悪かったかもな。厳しくしすぎた。レナになら、あんな風にはしない。きっと、嫌われるから」


「カインはやっぱり、レナちゃんのこと好き?」


「ああ、気に入ってるよ。でも、恋愛とは違う」


 アリアの手を、少しだけ強く握る。


「俺はきっと、甘えすぎていたんだ。お前になら、なにを言っても、なにをやっても、平気だって……な」


「……そんなこと、ないんだよ?」


「今はわかってる……。ただ、俺たちは姉弟(きょうだい)だから……。友達や恋人みたいな関係は、なにかの拍子で途切れてしまうかもしれない。けど、血の繋がりは切れない。なにがあっても姉弟(きょうだい)なんだ」


「……うん」


「だから無意識に、お前はどこにも行かないって、変わらずにいられるって、安心してしまっていたんだ。そんなわけ、ないのにな……」


 俺はなにを言っているんだ。


 どうしてこんな気持ちになっているんだ。


 いずれ宿敵になるのに。いつか雪辱を果たすべき相手なのに。


「だから……ごめん。俺は、お前と仲違いしたくない」


 これではまるで、俺がアリアを本心から好いているみたいじゃないか……!


 でも止められない。たぶん、止めたくない。


「うん……。わたしも、そんなの嫌だな」


「どうすれば、許してくれる?」


 するとアリアは、悪戯めいた笑みを浮かべる。


「じゃあ……さっきの事故を、もう一回、とか? なんて冗だ――」


「それでいいなら」


 俺はそっと《《事故》》を起こした。ただの挨拶のように、すぐ離れる。


「これで仲直りだな」


 アリアは呆けた顔をしていたが、数秒もすると、耳まで赤くなっていった。


「……う、うん! な、仲直り……!」


「アリア、さっきから顔が赤いな。熱が出てきたんじゃないか?」


「え、あ、へ、平気!」


 アリアは俺から手を離すと、ガバッと毛布を引き上げ、顔まで覆った。


「カインは、もう帰っていいよ」


「もう少し手を握っててやろうと思ってたんだが」


「も、もう本当に平気だから……!」


「……そうか……」


 毛布を少し下げて、アリアは目だけ出す。 


「カイン、ありがと。また一緒に頑張ろうね……」


「ああ。早く、良くなってくれよ」


 それを最後に、俺は女子寮を立ち去った。


 なんだか冷静になってみると、すごく恥ずかしいことを言ったり、やったりしていた気がする。


「ち、違うからな! これは飴と鞭だ!」


 誰にともなく、俺は言い訳していた。

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