1―連続殺人
夏の足音がすぐそこまで来ている六月。
温い、というよりは暑い。
教室の窓から見える青空は澄みきっていて、葉っぱ青々、太陽サンサン、もう、夏じゃない? これ。
しかしまあ、学校の三時間目は何故こんなにお腹が減るのか。
これはまだ僕が華の高校生と言うか、鼻につく高校生だからなのか。
はたまた、人間はこの時間には大抵腹が減るのか。
はたまたまた、僕がただ食い意地を張っているだけなのか。
はたまたたまたは、授業中だというのに、僕の隣で教科書を立てて机の上に置き、その影で弁当を食うという、古典的でそれでいて今じゃ誰もやらないようなことをしている友人のせいなのか。
あっ、ショウガ焼き美味しそう。
お弁当の中身を拝見していると、弁当の所有者(なんだがこう表記するとカッコいい)、加藤用心は僕の方を向くと、「食うか?」とでも言うように、箸でショウガ焼きを一枚掴みとるとこちらに向ける。
だがしかし、今は授業中、優等生という看板の一欠片ぐらいは掲げている僕としては、こんなことをするのは気が引け……ショウガ焼きに食らいついていた。
ハッ、身体が勝手に動いてしまった。
先生にバレないように口の動きを最小限にして肉を噛む、旨い旨いぞ!
先生もどうやら気づいてないみたいだ。
と言うか、喋っても気づかなさそうなので、加藤にお礼を言うことにした。
「ショウガ焼き、ありがと」
「いいってことよ」
「誰が作ったの?」
「俺だよ」
「マジ?」
「マジ」
「そうか……分かったぞ……こういう美味しい料理で小さな子を誘ってるんだな!?」
「まあ、手段としてはあるにはある」
「外道」
「誰が外道だ。手段としてはあるけど実行するには難しくないか? 今時料理で知らない人に付いてくる子なんているか?」
「むっ」
確かにそうかもしれない、中々顔だけじゃなく頭の回転も良いみたいだ、虫でもわいてるのかと思ってたけど。
「何か知らねえけど、失礼なこと考えてないか?」
「なっ」
こいつ、読心術まで、天は二物も三物も平気で与えやがるな、この、金髪ロリコンめ。
「……そういえば、今、痛ましい事件が起こってるよな」
悪口の嵐を頭の中で応酬していたら、加藤はふと、思い出したかのようにそう言った。
「ああ、あれか」
思い当たる節は、ある。
と言うか、結構全国的に有名になりつつある連続殺人事件、舞台は僕らが住むこの街。
最初は路上で死んでいた独り暮らしのお婆さんの死体を、ジョギングしていたおじさんが見つけたという在り来たりで使い古されたような事件だった。
ただ、殺され方が異常というか、死体を発見したおじさんもトラウマなりそうなぐらいに異質だった。
顔の半分と腹を切り取られていたというのだ。
しかし、傷口はナイフや刀のような鋭利な刃物で切られたようなものではなく、まるで大きな獣に噛み千切られたかのように荒々しく、辺りに肉片が飛び散り、大きな血だまりができていたらしい。
が、ただの残酷な事件の一つとして、この事件もすぐに解決されると世間の皆さんも、僕も、そう思っていた。
しかし、それから三日も経たない内に女の子の死体が発見された。
その死体は前の事件同様大きな獣に噛み千切られたかのように、右腕と右足を失っていた。
警察はこれを連続殺人事件と認定し捜査を開始したが、殺された二人には性別と殺され方以外は全く共通点はなく。
捜査が難航している内に次々に同じような傷跡の死体が発見された。
最初の事件から一週間、最初の遺体を含めて四体の死体が発見された。
要するに四件の殺人が行われた。
「確かに、あれは酷いな」
「ああ、幼い女の子を殺すなんて」
「ポイントそこ!?」
「いや、事件性そのものも酷いんだが、幼い女の子を殺すなんて、百回死んでもいいぐらいだ!」
「んー、まあねー。でも、これだけの事件が自分たちの住む町で起こっても、僕らの生活って変わらないんだね」
こんな田舎町での凶悪事件、テレビ局が食い付かないはずがなかった。
凶悪な事件が起こり、連日テレビ局がこの町に取材に来ているが、それでもこの町は普通に動いている。
殺された人の遺族の方等、確かに生活が変わってしまった人もいるだろう。 だけれども、この町の大多数の人間はいつもと大して変わらない日常を送っている。
僕だって学校から五時には学校を出て早く帰れと言う命令が下っただけで、そもそも帰宅部の僕には関係ない。
「確かにそう、だけど。事件は何処かで起きてるんじゃない、この町で起きてるんだ!」
「何だが聞いたようなセリフだ」
「自分で動かない限り、何も変わらない」
「弁当食いながら、無駄にカッコいいこと言うなよ」
雑談に雑談。
無駄なことをべちゃくちゃ喋って、昼休みにはお弁当を食べて僕は無事学校を終えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰ってとりあえず適当に、冷蔵庫に残っていた余り物でご飯を作る。
面倒な恩人キリコさんの分を合わせて二人分。
テーブルに料理を持って行き、先に座っていたキリコさんと向かい合う席に僕は座り食事を開始。
「まぁまぁの出来ね」
「酷評だな」
「まぁまぁの返しね」
「そうでもなかっただろ」
当たり障りのない会話をキリコさんと交わしていると、点けっぱなしにしていたテレビから、学校で加藤との会話の話題に登った連続殺人事件のニュースが流れた。
どうやら五人目の被害者が出たらしい。
ご飯時に嫌な物見ちゃったな。
リモコンでテレビを切る。
もう〜、ヤダヤダ〜ご飯食べてるのに〜、とぶりっ子のように頬を膨らませようかと試みようとしたものの、それは気持ち悪いなと思い直し黙々とご飯を口に入れることにした。
しっかし、
「人間やったとは思えないな、この事件」
僕の一人言に対して、キリコさんが思わぬ返答をした。
「そりゃそうよ、アレは人間の仕業じゃないわよ」
「え?」
「あら、気づいてなかったの? 犯人は私たちと同じ人外の存在よ。そもそも、人間が一週間ぐらいの間で何の痕跡も残さずに五人もの人間を殺せないでしょ?」
考えてみればそうだ。
快楽殺人犯であろうと無差別殺人犯であろうと、人を五人殺したことのある犯罪者はいるだろう。
だけど、同じ場所で証拠を残さずにたかだか一週間ぐらいの間で五人もの人を殺せるだろうか? 多分、無理だろう。
「でも、犯人が人外の存在っていう証拠は?」
「まず、傷痕。人間の腹や腕を噛み千切れるほどの力や牙を持つ動物がこの町に生息してるとは考えにくいわ。犯人が人間だとして、ノコギリとかを使って死体を切ったとしても、荒い傷痕を残すのには時間がかかって、誰かに見つかるわ」
「でも、首を絞めて殺してから家に持って帰って、死体の腕とかを切断して、それを夜になってからばらまく、っていう方法だったら人に見つかることもないし、時間を幾らかけても大丈夫じゃないか?」
「貴方、ニュース見てなかったの? 肉片が辺りに飛び散っていて、大きな血だまりが出来ていたのよ? 死体を切り取ったのはその場で行ったのよ。しかも、五つの死体全ての死亡時刻は発見された日の午前二時から二時半の間よ」
「ん〜」
五人の被害者を皆午前二時から二時半の間で殺し、死体を切り取ったのはその場でか、確かに難しい。
でも、
「でも、チェーンソーを使ったと考えたらどう? その場で殺せるし、肢体も切り落とせる」
「だけど、そんな奴と出会ったら逃げるでしょ? チェーンソーを持ちながら追いつけるかしら? 死んだ人間の中には二十歳の男も居たのよ。活動的な二十歳の男を、チェーンソーを持って追いつき、その場で殺せるかしら? 更に、殺された場所は全部見晴らしのいい河川敷や道路よ。それに、もう一つ、人外の存在と思われる箇所があるの」
さっきからスラスラと、君は探偵かよ。
「どこ?」
「時間よ。全員の死亡時刻が二時から二時半の間、人外の存在が色めき立つ時間、要するに」
「丑三つ時、だろ?」
「そうよ」
一瞬で人を殺し、証拠を残さずに去り、犯行時刻は二時から二時半の間。
ふーん、確かにこれは人外の存在が犯人の可能性が高いな。
事件に納得し、ちょうど食事も食べ終えたので僕は食器洗いを開始した。
この時間、結構好きだな〜、食器の汚れと一緒に心の汚れも洗い落とせそうだ。
「ねぇ」
僕の幸せ時間を邪魔する声が耳に入り、食器洗いを中断し後ろを振り向く。
「今度は何?」
「貴方、犯人を倒さないの?」
「倒さないよ」
「貴方しかできないことよ、これは」
「だから、何?」
「貴方が倒さないとこの町の人間は次々死んでいくのよ?」
「そうなるだろうね」
「貴方、人間を助けようとか思わないの?」
「全く持って思わないよ。だって他人がどれだけ死のうが知ったこっちゃないよ。僕は僕に無関係なことは無視するって決めてるんだ。そうだろ? テレビの中に映る戦争の映像を見たところで可哀想だなとしか思わないし、大多数の人は何もしないよ」
キリコさんはとても驚いた表情で僕を見ている。
僕を何だと思ってたんだよ。
僕は自分が生まれた町を命懸けで守る英雄ではないし、無償の愛で身体を張って他人を助けるヒーローでもないし、困っている人に優しく手を差し伸べる聖人君子でもない。
僕はただの高校生だ。
僕は自分が生まれた町を命懸けで守るバカではないし、無償の愛で他人を助ける阿呆でもないし、困っている人に優しく手を差し伸べる偽善者でもない。
もう一度言おう、僕はただの高校生なのだ。
自分に無関係なことは全力で無視し、関係のあることは全力で取り組む。
英雄でもヒーローでも聖人君子でもバカでも阿呆でも偽善者でもない、普通に普通で普通な普通の高校生なのだ。