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5―僕の初対決


 体に襲いかかる衝撃的な衝撃。

 もうダメ、この物語はこれにてしゅうりょ……


「何寝てんのよ」

「痛い痛い痛い痛い」


 耳がサヨナラしちゃう。

 あれ、てか、僕生きてる?

 四階から落ちたのに。

 かなり痛む体に鞭を打って立ち上がり、服についた土を払う。

 擦り傷だらけだけど、骨は折れてないみたい。

 人の骨ってチタン製?


「さっ、こっちよ。ついてきて」


 走り出したキリコさんに並走しながら問いかける。


「四階から落としても大丈夫と思ったから落としたの?」

「そうよ。身体能力が上がるって言ったでしょ?」



 確かに言ってたけど、これは身体能力うんぬんの問題じゃないだろ。

 人の構造を無視した耐久力。

 ふと気づいたけど、結構な距離を全力疾走してるけど全然疲れない。


「めちゃくちゃ身体能力上がってるじゃん」

「それだけ上がったとしても、私たちにとってはそれが普通」

「なんか、へこむな。てか、場所分かるの?」

「あー、それはね」


 キリコさんが前髪で隠れた左目を僕に見せる。

 本来眼球が入る場所にぽっかりと黒い穴が空いていた。


「左目であいつを追ってるから」


 うん、グロいね。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 十五分ぐらい経っただろうか、雑木林の中でキリコさんが立ち止まり真っ直ぐ前を見据える。


「……来るわよ」


 葉っぱが擦れる音共に青い光を纏ったそいつは木々の間からゆったりとした動きで現れた。

 千鶴ちゃんを苦しめていたそいつは真っ白な狐だった。

 ただ、狐と言うには大きく、虎並みの体躯をしている。

 狐は僕らから数メートル離れたところで座り、何かを見定めるように僕らを見つめる。

 大丈夫。

 千鶴ちゃんを苦しめていた奴が目の前にいるけど僕は冷静でいられている。

 大丈夫だ。

 黙っていると狐の方が先に口を開いた。


「チッ、何なんだよテメエら、俺が長年かけてあの獲物をなぶり殺すつもりだったのによ。邪魔しやがってよ」


 キリコさんが僕の様子を横目で伺って来た。

 大丈夫、僕は冷静だ。


「君、名前は?」

「あー、くそ! あの女旨そうだったのにな」


 僕の質問を無視し、狐は空を見上げ悔しがる。

 冷静に冷静に。


「僕らは君を殺すに来たんだけど、一つ聞きたいことがあるんだ」

「殺すならさっさと殺しゃいいだろ。やれるもんならな」

「何で千鶴ちゃんを殺そうとしたんだ?」

「無視かよ。あいつは俺の神社で転びやがったんだ」「は?」

「十年ぐらい前だったかな? この俺様の神社の境内で人間風情のあいつが転びやがったんだ。きったねぇ人間の表皮を擦り付けたんだ。俺の神社で」


 冷静にれい。

 理性の檻を本能が叫びながら壊した。

 殺せ! 殺せ!

 バットを取り出すことも億劫で、人を殴ったこともない右手を握りしめ気づけば駆け出していた。

 キリコさんが何かを言ったが耳に入らない。

 全身の血が沸騰して、その熱が僕を駆り立てる。

 殺せ! 殺せ! そんな小さなことで、十年もの間千鶴ちゃんの幸せを奪ったあいつを殺せ!

 狐が笑った。

 気づけば宙に浮いてた。 いや、正確には前足で殴り飛ばされた。

 後からやってきた痛みに思わず呻く。

 木々の枝を折りながら空中遊覧飛行、地面へ胴体着陸。

 頭から温かい液体が垂れてきた。

 血が外に排出されたおかげか、一気に怒りが引いていき頭が冷める。

 殺されるかもしれない不安で体が震える。

 何バカやってんだ僕。

 武器も出さないで勝てるわけないだろ、あれは化け物だ。

 立ち上がり、袋から金属バットを取り出し構える。

 周りは木々に囲まれ狐の姿が確認出来ない。

 何処だ。

 何処から来る。


「危ないわよ!」


 キリコさんの叫び声が聞こえた瞬間、反射的に屈んだ。

 すると、ほぼ同時に僕の上を何かが通り過ぎる。

 目を上げると、狐が地面に着地し僕に向かって駆けていた。

 相手が走ってくるのに合わせ、バットを振ったが狐はそれを楽々とかわし、僕の肩前足で押さえつけ地面に押し倒した。

 狐が獣臭い息を僕の顔に吹き掛ける。


「殺せると思ったのか? 人間風情が」

「一応、僕も君たちと同じ存在になったんだけど」

「同じ存在って言っても、お前は下の下の下だけどな」

「いやいや、上は落ちる恐怖しかないから」

「ごちゃごちゃうるせえな」


 狐の舌が僕の首筋を這い、冷や汗が背中を伝う。


「お前から先に食って、その次にあの娘を食ってやるよ」

「それは止めといた方がいいよ。今、僕の骨はチタン製だから」

「餌は喋るな」


 狐は僕の頭が丸々二つぐらいすっぽり収まりそうな大きな口を開ける。

 ヤッバイなぁ、真っ赤な舌が目の前に、鋭い牙が顔の横。

 視界の端にキリコさんの姿が見える。

 キリコさんは狐の横っ腹にタックルをかまし、僕を狐から解放した。

 僕は素早く立ち上がりキリコさんの横に並んで、狐に向かい合う。


「ありがとう。キリコさん」

「貴方が死ぬと契約がなくなるからね」

「そうかい。ところで何か作戦あるかな?」

「後ろ向きな作戦ならあるけど」

「それは何でしょう?」


 と問いかけた時、狐が一瞬で間合いを詰め、キリコさんの腹を噛み千切った。

 真っ赤な血が噴き出す光景を狐、いや、僕でさえも思い描いてしまった。

 が、キリコさんの傷口からは煙が微かに出ているだけで一滴の血も出ておらず、狐の口からも煙が出ていてその煙が狐の目を覆っている。

 キリコさんは腹の半分がない状態で僕を見る。


「とりあえず、逃げて考えましょう」


 その言葉を聞いたと同時に、僕らは走り出す。

 木と木の間を走り抜け、出来るだけ遠くへとお――横にあった木が砕ける。

 いつの間にか、追いついた狐が木を砕いたのだった。

 しかし、未だ狐の目には煙がまとわりついている。


「何処に居やがるんだ! この近くに居るのは分かってんだよ!」


 真っ白な毛は逆立ち、誰の目から見ても狐は激昂していた。

 だが、僕らは足を止めない。


「なあ、何で目が見えないのに僕らの場所が分かるんだ」

「匂いや音で追ってるんでしょ」


 背後から何かが駆けてくるような音がする。

 後ろを振り返ると、狐が一直線に僕らに向かって大口を開き、迫っていた。

 僕らはすんでのところで横っ飛びをして、それをかわす。

 さて、どうしようか。







 木の幹に背中を預ける。 気づかれないように静かに呼吸をする。

 気づくな気づくな。

 気づかれたら終わりだ。

 体が汗ばむ。

 金属バットを強く握りしめ額に当て、頭の熱を冷ます。

 冷静に冷静に。

 さあ、来るぞ。

 匂いを嗅ぎ付けて奴が来る。

 突如白い物体が茂みから現れ、僕に向かって駆けて来て喰らいついた。

 僕が木の根元に脱ぎ捨てた、僕の汗やら血やら匂いが付いたTシャツに噛みついた。

 これが最初で最後のチャンスだ。

 僕は木の一番上から飛び下りた。

 着地に失敗したところで問題はない、四階から落ちても平気だったんだから、むしろ、今、考えるべきは狐の頭を金属バットで粉砕すること。

 空中でバットを振り上げる。

 今頃、騙されたことに気づいたようだけど、もう遅いよ。

 体重、重力、速度、腕力、怒り、憤怒、勢い、その他もろもろを金属バットに託し、目が見えない狐の頭に振り下ろした。

 鈍い音と共に狐の頭からは血が噴き出し、金属バットが曲がった。

 僕は態勢を崩しながらも着地する。

 鉄でも撲ったかのような痺れが僕の腕を襲う。

 だけど、こいつはこの程度では死なない。

 怒号を上げる狐に間髪入れず二撃目を与えようと、痛みで動かない身体を無理やり捻りながら、曲がったバットをがむしゃらに振った。

 横に振られたバットは白い毛が真っ赤に染まった狐の顎の辺りを撲りつけた。

 が、ここで僕の体はガタがきたみたいで、撲りつけた勢いのまま地面に仰向けに倒れ、金属バットが握力のなくなった手から離れる。

 地面の冷たさが火照った身体に心地いい。

 怒り狂った狐はところ構わず足を振り回す。

 それが幸を奏し、その内の一振りがもう動けない僕を掠めた瞬間、狐は僕の居場所に目星をつけたのか手探りで、いや、前足探りで僕を探し当てると僕の腹の上に前足を乗せてきた。

 爪が刺さり脇腹の辺りから血が滲む。


「よくも……やってくれたな」

「まあ……そりゃ……どうも」


 お互い息も絶え絶えで、荒い呼吸の間に言葉を挟み込む。


「やっと、これで……お前を……ぶっ殺せるぜ……手間……かけさせてくれたな」


 勝利を確信した顔で狐は言った。


「毛髪から爪の垢まで……余すことなく……喰らいつくしてやるよ」


 勝利を確信した声で狐は言った。


「それは……どうかな?」「なんだと!?」

「君は……勝利……を……確信しているようだけど……勝負の核心を……突いてない……勝利を勝ちとるのは僕でも……君でもないんだよ」


 勝負の核心を突く声で僕は言った。


「どういう……意味だよ!」

「もう一人……いるのを……忘れてるよね」

「はぁーい! 霧から生まれた……」


 狐の肩ごしに、曲がった金属バットを振り上げ宙に浮いているキリコさんが見えた。


「キリコです!」


 勝利を確信した声でキリコさんはそう言って、バットを狐の後頭部に振り下ろした。

 止めの一撃をくらった狐は地に伏せた。


「ありがとう……キリコさん」

「どういたしまして」

「肩を貸してくれれば……嬉しいな」


 キリコさんは黙って頷き僕の肩に手を回し、立ち上がらせてくれる。

 そして、そのまま立ち去ろうとした時、後ろから声が聞こえた。


「神を殺して……良いと思ってんのか?」


 立ち去ろうと促すキリコさんを手で制し、首だけを後ろに向ける。


「君みたいなのが……神だっていうなら……僕は神を殺す。……第一……神様風情が……人間を……殺すな」

「お前には……これから先……あらゆる困難……災難が待ってるだろう」


 それだけ言うと狐の身体は真っ黒な泥のようになっていき、地面に染み込むように消えていった。

 染み込む地面にせめて言葉をかけることにした。


「ごめん、僕……無宗教だから。そんなの……信じないよ」


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