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4―受動的ダイブ


 妹が入院している病院に着いたのは十二時を過ぎたころだった。


「じゃあ、私は消えるわね」


 気を効かせてくれたのか、キリコさんは病院が見えるぐらいの距離まで来た時に消えてくれた。

 正直ありがたい。

 病院の自動ドアをくぐり病院に入ると、よく病院に来る僕と顔見知りで少し年配の看護婦さんが僕を見つけ近づいて来る。


「あら、また来たの?」

「はい、千鶴がいつもお世話になってます」

「頭を下げなくてもいいのよ。私たちも原因が分からないから手の施しようがないから申し訳ないわ」

「いえ、そんなことはないですよ」

「そう。それでね今日ね……」

「おーい、看護婦さーん」


 看護婦さんと世間話に入りそうになった時、待合室にいた一人のお爺さんが看護婦さんを呼んだ。

 グッジョッブお爺さん。 この看護婦さん話が長いんだよね。


「はーい」


 声を上げ駆けていく看護婦さんの後ろ姿を見届けると、僕は千鶴ちゃんの病室に足を向ける。

 千鶴ちゃんの病室はこの病院の四階の一番奥の部屋にある。

 歩いていると、病院の特有の独特な匂いが鼻の奥を刺し、傷口をくすぐる。

 僕は病院の匂いが昔から嫌いだった。

 なんだか病院の匂いは人の生気を奪っていくような気がする。

 薬品の匂い、死を待つ人の匂い、病気が治ると信じる人の匂い、治せない病気を治そうとする人の匂い、負の匂いが充満する病院という場所に、希望や楽しみがあるのだろうか。

 僕は入院をしたことがないし、大きな怪我もしたことがない。

 だから、僕の病院に対する考えは偏見に満ちていると思う。

 千鶴ちゃんの病室のドアを開ける。


「よっ」

「あ、お兄ちゃん、来てくれたんだ」


 ただ、感染の恐れがないとは言え、謎の病のため病院の四階の一番奥、一人部屋の病室に隔離され、日に日に少しづつ自分が痩せ細っていくのを体感する千鶴ちゃんのことを思うと、病院には希望がないと思ってしまうんだ。

 笑顔の千鶴ちゃんに笑顔を返しながら、僕はベッドの横に座る。

 今なら見える、何か青白い物体が千鶴ちゃんの腹に乗っている。

 その物体に触ろうと手を伸ばしたが、僕の指は千鶴ちゃんの腹を撫でるのみでその物体に触れることはなかった。

 まさか、一つの考えが僕の頭に巡ったその時、千鶴ちゃんの細い腕から繰り出された鉄拳が僕の顔にめり込み、僕は椅子から転げ落ちた。


「どこ触ってんのよこの変態!」

「ごめんごめん」


 痛む頬を押さえ苦笑しながら立ち上がる。

 まさかこいつ、千鶴ちゃんの中に居るのか?

 キリコさんに詳しく聞かないと。

 途中で買ってきていたリンゴを千鶴ちゃんに手渡す。


「千鶴ちゃん。ちょっと用事あるから今日はもう帰るね」

「えっ、もう行っちゃうの?」


 千鶴ちゃんが目を見開く。

 いつも最低でも一時間は居るから意外だったかな?


「ごめん、ちょっと外せない用事でさ」

「……分かった。でも、今度はもう少し長くいてね」「うん。約束する」






 病院を出て少し歩いたところで、紙を燃やしキリコさんを呼び出す。


「キリコさん」

「はぁーい」


 手を振りながらフワリと舞い降りるキリコさん。

 もうお決まり。


「妹に憑いてるやつは、妹の、千鶴ちゃんの中にいるのか?」

「そうよ」

「じゃあ、どうやって倒すんだよ。千鶴ちゃんの中にいる奴に手を出せないだろ?」

「大丈夫よ。私に任せて」「信じられるか!」

「契約したものは主に嘘はつけないのよ? それに、信じるか信じないかは貴方の勝手だけど、あの娘を治せるか治せないかは貴方次第よ」

「……分かった。キリコさんを信じるよ」

「あら、そんなに簡単に信じていいの?」


 キリコさんはせせら笑う。

 ……どっちなんだよ。


「いいよ、信じるよキリコさんを。でも、僕がキリコさんを信じれば信じるほど、キリコさんが僕を裏切った時の憎しみは比例するし、僕はどんな手を使ってでも君を消すよ」

「ふーん、そう、覚えておくわ」

「で、いつ倒しに行くんだ?」

「今晩よ」

「今晩!?」

「そうよ。貴方が戻れと命令してなかったから、今日私は貴方の後ろで薄い霧になって様子を見ていたわ」

「そういうことは先に言って!」

「でも、その私の行動がなかったら貴方の妹が死ぬことになっていたわよ」

「どういうこと?」

「貴方が妹のお腹に触れたおかげで、相手を見えていることが気づかれたわよ」


 ……やってしまった。

 そうだ、僕は何で気づかなかったんだ。

 同じ存在になって相手に触れられ、相手が見えるようになった。

 それは同時に、あっちも僕に触れることができ、僕を見ることができると言うことじゃないか!

 第一、前まで存在の格が上だったのだから、やつは前までの僕、人間の存在ぐらい見ることができていたんだ。

 そして、じっくりと体の中から獲物を弱らしていたのに、それに気づき邪魔しようとする者が現れた場合、そいつはどうする?

 さっさと獲物を殺すか、気づいた者を殺す。

 弱りきっている千鶴ちゃんと存在の格が上がった元気な僕。

 殺すならどちらが早く確実かは言うまでもない。


「今晩なんて悠長なこと言ってられない! は、早く助けにいかないと!」

「焦らないで」


 駆け出そうとした僕の足を、キリコさんの言葉が止める。


「でも! 千鶴ちゃんが!」

「夜までは大丈夫よ」

「何でそう言い切れるんだよ!」

「昼は人間の時間。夜は人外の存在の時間。相手は夜にならないとあの娘を殺すぐらいの力を持たないわ」

「じゃあ、昼間に……」

「貴方、目立ちたいの? それに第一、私たちも人外の存在よ。夜にならないと相手をあの娘から引き摺り出すことも、倒すことも叶わないわ」

「……分かったよ。じゃあ、今晩だ」


 自分の弱さを噛みしめ自分の無力さを飲み込む。

 何も知らないくせに焦るのはバカだ。

 今はキリコさんの言うことを聞くしかない。

 しっかりするんだ、僕。

 僕が、他の誰でもない僕が千鶴ちゃんを助けるんだ。

 助けなきゃいけないんだ。


「武器の一つぐらい持って来なさいよ」

「当たるのか?」

「相手が実体化したら当たるわよ。まあ貴方も相手の攻撃に当たることになるけど。まっ、死ぬかもしれない、ぐらいの覚悟はした方がいいわよ」

「分かった」


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 五月になったとはいえ夜はまだ肌寒く、冷たい風が僕の表皮の温度をどんどん奪っていく。

 武器として選んだのは定番の金属バット一本、一週間だけ野球小僧だった僕の副産物。

 もちろん、袋に入れて肩に担いでるよ。

 普通に金属バット持って歩き回ってたらただの危ない奴だからね。

 しっかし、夜の病院ってめちゃくちゃ不気味だな。

 幽霊や怖い話がいっぱい出るわけだ。

 雑誌の代わりに父さんの部屋から持って来たタバコに火をつける。

 こっちの方が雑誌より持ち運びに便利だと今更ながら気づいた。

 タバコとライター、金属バット……不良街道まっしぐら。


「キリコさん」

「はぁーい。副流煙のキリコよ」

「嫌な二つ名だな」

「あら、金属バットを選んだの? いいんじゃない中々。少し定番だけど」

「重々承知だよ」


 キリコさんが浮いたまま移動し、僕の前で静止する。


「さあ、行くわよ。私がドアとかの隙間から病院に入って、中から鍵を開けるからついて来てね」


 言った瞬間、煙に変わり病院へ進み始めるキリコさんの後ろに僕はついていく。





 夜の病院内はとても暗く、非常口の緑の光が不気味に廊下を照らす。

 時々やって来る見回りから身を潜めながら、慎重にかつ素早く移動し、僕らは千鶴ちゃんの病室の前に着いた。

 ケータイで時刻を確認する。


「二時、か」

「丑三つ時ね。ちょうどいいわ、この時間が一番私たちが力をつける時間だわ」

 暑くもないのに手のひらや額から汗がにじみ出ている。

 ジーンズで手汗を拭いてゆっくりとドアノブに手を伸ばす。


「うっ、うぅーーー」


 呻き声が病室の中から聞こえて来た。

 マズイ!

 緊張して油を打ってないロボットのようなガチガチの体を無理矢理動かし、素早くドアノブに手をかけ、大きな音が出るのも構わず勢いよくドアを開け病室に入る。

 不吉な病院の匂いが漂う部屋のベッドの上で千鶴ちゃんが、胸を押さえながらのたうち回っていた。

 身体中の血管が血の供給を止めたかのように体温が下がっていく。


「キ、キリコさん」

「分かってる」


 キリコさんは煙に姿を変えると、僕の妹の口から体内に入っていく。

 そして、千鶴ちゃんの体が痙攣したかと思うと、青白い光を纏った何かが千鶴ちゃんの口から飛び出した。

 その何かは地面に着地し一瞬立ち止まると、僕の顔を掠め、後ろの壁を通り抜けて外に出た。

 何だ、あれ。


「なにボーッとしてるのよ! 追いかけなさい!」


 何かが通り抜けた壁を見つめていると後ろからキリコさんの声がかかった。

 振り返るといつの間にか千鶴ちゃんの中から出てきたキリコさんが立っており、その隣のベッドの上ではさっきまでのたうち回っていた千鶴ちゃんが死んだように横たわっていた。


「千鶴ちゃんは!?」

「大丈夫よ、気絶してるだけ。あいつの場所は私が教えるから早く追いかけなさい」


 頷いて病室から駆け出そうとした時、ひんやりとした手が僕の腕を掴んだ。


「何やってるの? こっちの方が早いからこっちから行きなさい」


 振り返ると、キリコさんは病室の窓を開け放っていて、僕をそちらへ引っ張る。

 おい、まさか。


「ほら、早く」


 グイッと腕を引っ張られ窓の前まで連れてこられる。

 ヤバい、緊張が続いていて体が動かない。

 窓から夜風が病室に舞い込み、月が僕を笑っている。


「レッツゴ〜」


 気の抜けた合図と共に僕の背中は押され、窓から地面へダイブする。

 地面へ落ちつつも上を見上げるとキリコさんが笑って僕を見ている。

 まさかの病院から紐なしバンジー、なんか時間がゆっくり進んでる気がする。

 あれか、これが走馬灯とやつなのか?

 でも走馬灯って何で走馬灯って書くんだ?

 走はなんか分かるよ、灯もなんとく分かるよ、でも馬って。

 走る馬の灯りって、馬の記憶じゃん。

 走る人の灯りだったら分かるけど。

 そうじんとう……響きが怖いな。

 あっ、でも、人によって人生歩いてるか走ってるか違うし、一概には言えないか。

 キリコさん、裏切ったのかな?

 わかんないや、もしこれで生きてたら理由を聞こう、死んだら呪い殺す……のも変な話か、キリコさん人間じゃないし、神様とかを呪い殺すとかできるのかな?

 はてなはてなはてなはてな、謎が謎を呼び僕の頭の中で謎がタップダンスを踊ってる。

 はあー、てか、突き落とされた病室、四階だったよね。

 さて、現実逃避さいか//////////


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