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6―キリコさん


「じゃあ、港の倉庫で」

「ああ、待ってるぜ。山田君」

「はい、では」


 日が暮れだした午後、僕は電話を切ると、白宮さんとの待ち合わせ場所、港の倉庫に向かった。あの夜から三日、期限ギリギリ、その間ずっと考えてた。……ごめん、嘘。考えるより先に答えなんて出てた。

 程なくして僕は港の倉庫に着いた。重い扉を開け、その中へ入り、扉を閉めたと同時にバチリと音を立て灯りが点いた。いきなりの光で目を細めた僕の前に、いつもと同じ真っ黒なスーツに身を包み、夜より暗い帽子を被っている白宮さんがいた。その後方には、鉄柱に光る縄でくくりつけられたキリコさんがいた。


「よう、山田くん。決心はついたよな? さあ、意を決して叫べよ。契約を解除するとな」

「嫌です」

「何でだよ、山田くん。契約を解除せずにこの妖を消すと、山田くんに悪い影響が出るかもしれないんだぜ」

「それも、嫌です」

「じゃあ、さっさと」

「嫌です。僕は契約を解除しにここに来たんじゃない。キリコさんを引き取りに来たんだ」


 僕がそう言うと、白宮さんは何か、とても珍しい動物を見たような目で僕を見る。


「バカか? 山田くん。山田くんがこの妖を助ける理由なんてないだろ? こいつは一つの村を壊滅させた妖だぞ」

「聞きました。でも、助けます」

「……そうか、詳しく話してないからそうなるんだな。よし、じゃあ、俺が話してやるよ。ある村でな……」

「止めて! 私が話すわ」


 白宮さんが話し出そうとした時、キリコさんはそう叫んだ。白宮さんは振り返ってキリコさんを見ると、倉庫の端に移動する。キリコさんが僕を見た。


「私はある村で、いつの間にか生まれてた。妖として。いきなり生まれてどうしようかと思ってた時、一人の女の子が私に声をかけてくれたの。霧の妖の私に。嬉しかったわ、とても、毎日遊んだ。でも、ある坑道で遊んだ時、私は誤って坑道に漂っていた毒ガスから出現してしまったの。早く女の子を私から離れるように言ったけど、女の子は中々離れなくて……そして、死んだわ。私は動揺したどうすればいいか分からなくなった。その時、坑道に女の子の両親が入って来たの。両親は私と死んだ女の子を見ると飛びかかって来たわ。でも、私は毒の霧。最初に飛びかかって来た父親は死んだわ。けど、母親は逃げ出した。助けを呼びに行ったのね。私はここまで来たら殺すしかないと思って母親を追いかけたわ。この事件を、ただの坑道から漏れた毒ガスで死んでしまったような事件にする為。そして、私は坑道の出口で母親に追い付き殺したわ。でも、そこには何人もの村人が居たわ。……それで、私に、襲いかかってきて、皆、死んだわ」


 語り終えたキリコさんは僕と目線を合わせたくないかのように、顔を伏せた。


「はい、じゃあ、決心は決まったかな? 山田くん」

 白宮さんはまた僕の前に立ち、問いかけてきた。


「契約を解除する決心は」「ええ、キリコさんが何人もの人間を殺したのは分かりましたし、例え、最初は事故だとしても、最後は故意に殺していたのは分かりました」


 僕は白宮さんの肩口から見える俯いたキリコさんを見る。


「でも、嫌です」


 白宮さんが何か言おうと口を開けた瞬間、ガバリとキリコさんを顔を上げ、僕を睨み、叫んだ。


「さっさと契約を解除しなさいよ! 私は貴方に嘘を吐いていたのよ!? 私は貴方に隠していたのよ!? 私は人間を殺したのよ!? 何人も何人も! 何でこんな私と今も契約を結んでるのよ! 私は罪人なのよ!? こんな罪人の為に貴方が傷つく理由なんてないのよ!? だから、だから! 契約を解除しなさい!」

「……えっ、何で?」


 そう言った僕を、白宮さんとキリコさんはポカンッと口を開けて見る。


「キリコさんが人を殺した。それは分かった。キリコさんが嘘を吐いていた。それも分かった。キリコさんが隠していたこと。それも分かった。キリコさんが罪人なこと。それも分かった。契約を解除すれば僕は傷つかない。それも分かった。僕は、全部分かったつもりで言わせて貰うよ。それが何だよ」

「……えっ?」

「そんなこと僕には関係ないね。どこで誰が死のうと、どこで誰が殺そうと僕には全く無関係じゃないか? 僕は無関係な物事には首を突っ込まないことにしてるんだよ。だから、僕にとって、キリコさんが人を殺したとか、嘘をついたとか、隠してたとか、そんな昔のこととか、どうでも良いし、関係ないよ」

「でも、私は三日前まで貴方を騙していたのよ? それは昔、貴方には無関係?」

「今僕が生きてる今日に比べれば昨日とか一昨日とか三日前とか、そんなの大昔だよ。それに、僕は心が広いから嘘ぐらい許せるよ。大体、僕自信が嘘つきだしね」

「……でも、私は」

「どうでも良いよ、今までキリコさんがしてきたことなんてさ。重要なのは、一度出来た僕とキリコさんの関係を壊さないことさ」

「……私と、貴方の、関係?」

「うん。主と使い、キリコさんはそこで黙ってみててよ。主命令。僕は何とかして、キリコさんを助けるから」


 キリコさんは困った表情をした後、口を閉じた。それを確認すると、僕は視線をキリコさんから白宮さんに移した。白宮さんは今この状況が本当にめんどくさそうに後頭部を掻いている。


「はぁーーーー、クソッ。山田くん、本当にやる気かい?」

「まあ、やる気はほどほどですが、殺る気はマックスですよ」

「あっそ」


 白宮さんの姿が一瞬ぶれたように見えた瞬間、僕の視界は手のひらに覆われた。顔面に衝撃。僕は宙を舞い、数メートル後方にある倉庫の扉にぶつかった。扉が大きな音を立て、僕を止めた。

 ふらつく頭を抑え、僕は立ち上がる。白宮さんはかったるそうに僕に視線を投げ掛けてる。白宮さんがしたのは、ただの掌底。だからこそ分かる圧倒的な実力差。僕は鼻から出る生暖かい液体を拭い、思案する。この化け物を倒す手立てを。

 ……あるのか?


「なにボーッとしてんだよ!」

「うおぁ!」


 気づいたら側頭部に向け蹴りが放たれたいた。ギリギリのところで両手でガードしたけど、それごと蹴り飛ばされた。僕は何とか受け身を取って、さっきまで僕の居た場所に、ポケットに手を突っ込んだまま立っている白宮さんに目を向ける。



「人間の動きじゃないでしょ」

「いや、人間だよ」

「じゃあ、何でそんな速く動けるんですか?」


 取り敢えず、時間を稼げ。そして、今の現状を理解しろ、利用できる物を探すんだ。


「お前だって存在の格が上がってるから、身体能力が上がってるだろ? 俺は存在の格は上がってないが、所謂、霊力が使えるんでね。それを使って身体能力を上げてるんだ……」


 白宮さんは三メートル程跳躍して、片足を上げる。


「よっ!」


 かけ声と同時に、上げた片足を僕の肩めがけ振り下ろし、さながら断頭台の刃のような踵落としを繰り出すが、さすがの僕もこんな大振りの攻撃に当たる訳にいかなく、横っ飛びにかわすと、重い打撃音と共に白宮さんの片足が僕の居ない地面に膝下ぐらいまでめり込んだ。

 ……ヤバすぎでしょ

 物の試しにと、足がめり込んでいる白宮さんの顔面に蹴りを放ってみたけど、白宮さんは軽々と避け、僕の足を掴み地面に僕を何度か叩きつけ、そして、ぶん投げた。地面にぶつかる衝撃、痛み。目が霞んで来た。


「もういいだろ? 山田くん。実力の差は明らかになったじゃねーか」

「……確かに……でも、諦める訳にはいきませんよ」


 体に力を入れる度、あちこちが痛む。ギシリギシリとまるで油の切れたロボットみたいに体を動かす。

 やっと立ち上がり、顔を上げると白宮さんは目の前にいた。


「そうかい」


 白宮さんが拳を振り上げるのが見えたけど、体が反応できない。一拍置いて、白宮さんの拳が僕の腹を貫いた。思ったより感じない痛み。……てか、あれ、痛くないぞ。白宮さんの腕が貫通したままのは分かるんだけど……。

 恐る恐る自分の腹部を見ると、白宮さんの腕が僕の腹にはまってた。詳しく言うと、僕の殴られた腹部が霧となり、白宮さんの攻撃を透かしてた。少し驚いている白宮さんを殴った。今度も避けられるかと思ってたけど、意外なことにモロに入った。

 多分、僕はキリコさんと同化しているのだろう。完全に化物だな。まあ、白宮さんの攻撃は霧になってかわせるから、考える時間はたっぷりできたな。


「これが、同化って奴ですか」

「そうだ。お前はほぼ、あの霧の妖と同化したんだよ。……可哀想に余計苦しむはめになるんだぜ」

「?」


 白宮さんは駆け出し、僕の右肩を殴る。僕の右肩から下は何の抵抗もなくふっ飛んだ。が、僕の右肩から下の部分は霧に変化し……


「……あれ?」


 霧に……変化しない。それどころか、痛みが痛みが痛みが痛みが痛みが


「ガアアアァアァァァァァ!」


 肩口からは血は出ないものの、はっきりとした痛みが伝わり、意識がとびかけ思わずしゃがみこんでしまう。


「透かせられると思ったんだろ?」


 見上げると白宮さんが僕を見下ろしていて、その手は白く輝いている。


「甘いぜ、山田くん。フレンチトーストより甘い。見ろよ。この手。霊力を纏わせることで妖の存在を破壊できるんだぜ。新しく腕を生やしたりしない限り、その腕は霧とならないぜ。どうだ? 効果は実感してるか?」

「……ええ、まあ」

「ハッ、息も絶え絶えじゃねーか。さっ、契約を切れ」

「……拒否します」

「もういいじゃない!」


 声をした方を見ると、キリコさんが泣いていた。


「もういいじゃない。貴方が私の為にそこまでやる必要なんてないわよ。そもそも、私は、貴方がここまでやってくれただけで十分よ。ありがとう。だから、もう、契約を解いて。一言、一言だけ、言うだけでいいんだから」


 キリコさんはそう言って微笑んだ。泣きながら微笑んだ。……僕の中の何かが切れた。


「なら、何で、君は泣いてるんだよ! 死にたくないからだろ!? 生きたいからだろ!?」


 キリコさんがビクリと体を震わした。


「どうなんだよ! 答えろよ!」

「……生きたいに決まってるじゃない!」

「じゃあ、しがみつけよ! 生きることを最後まで諦めるなよ! 死にたいならさっさと死んでくれていいよ! ただ、キリコさんが生きたいって思うなら、何としてでも、生きろよ! そう思ってる間は、僕は死んでもキリコさんを助けるよ! じゃないと、妹を助けてくれたキリコさんに、恩を返せないだろ!?」


 その時、いきなり頭を白宮さんに踏まれた。


「なら、山田くんは死んでも文句は言わないんだな?」

「言うに決まってるじゃないですか。どうしたんですか? 白宮さん、バカになったんですか?」

「……いや、だってお前、さっき、死んでもって……」

「誇張表現に決まってるじゃないですか。殺されたら数百代まで呪いますよ」

「いったい、俺はどうしたらいいんだよ」


 困った顔で頬を掻く白宮さん。


「だから、さっさとキリコさんを解放して下さい。後、あっちに落ちてる僕の腕、拾ってくっ付けてくれたらとても嬉しいんですけど」

「…………」


 白宮さんが俯いた。ヤバい、キレた?


「ハッハッハッハッハッハッ! ここまで自分の利益ばっかり考える奴は初めて見た」


 と思ったら爆笑した。


「本っ当に面白い奴だな。山田くん。よし、俺から上に言ってその妖の件を無しにしてやるよ」

「そんな権限あるんですか?」

「バカ野郎、俺は月夜の戦闘部隊……」

「あっ、それ、長いからいいです」

「てめえ。とりあえず、電話をしてみるわ」


 白宮さんが携帯で電話をかけながら指を鳴らすと、キリコさんを縛っていた光る縄が消えた。キリコさんはゆっくりと立ち上がり、僕の腕を拾い、その腕をくっ付けてくれた。


「壊された貴方の存在を補充しといたから」

「ありがとう。至極感謝」


 電話を終えた白宮さんは僕らに近づく。


「さすがに無実とまでは行かなかったが、罪を違う形で受けることしたぜ。近い内に会うことになる」

「どういうことですか?」「お前らも月夜の一員になるってことだ」

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