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3-鉈振る夜に

 柔らかなソファーに座り、腕を組む。

 遅い。

 何度時計を見ても時刻は午後七時過ぎ、チラチラ見る携帯電話にも家電にも着信なし。

 千鶴ちゃんが友達の家に行ったのは昼、今は午後七時過ぎ……女の子の一人歩きは危険です。


「何イライラしてんのよ」

「してない」

「してるでしょ。しかも、七時を過ぎてからずっと貧乏揺すりしてるわよ」

「してな」


 言い返しつつ足を見るとすんごい貧乏揺すりしてた。秒速五回ぐらいの。しかも、両足。

 僕は両足を掴んで貧乏揺すりを止める。


「してないよ」


 キリコさんは頭に手を当て、大きくため息をつく。


「そんなに心配なら迎えに行ったらいいじゃない」


 ……成る程、その手があったか何で気づかなかったんだ? まあ、いいや。

 僕はすぐに千鶴ちゃんの携帯電話に電話をかける。数回コール音が鳴った後、千鶴ちゃんが出た。


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「どうしたの? じゃないよ。遅いよ。今どこ?」

「駅に着いたところだけど……」

「そこで待ってて、すぐに行くから」

「ちょっ、お兄ちゃ」


 それだけ言うと僕は電話を切り、玄関に向かう。


「貴方、本当にシスコンね」

「シスコンじゃないよ。妹限定心配症」

「……バカじゃないの」


 冷めた目で見られた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 数十分後。

 駅に着き、千鶴ちゃんと一緒に家に帰っていた。


「ごめんなさい、友達と喋ってたら盛り上がっちゃって」

「もういいよ、怒ってない。でも、遅くなった時は僕に電話しろよ? すぐに迎えに行くから」

「でも、お兄ちゃんにも用事あるでしょ」

「妹の迎えより大事な用事は無いから」

「……そ、そう」


 ん? 若干千鶴ちゃんが僕から離れたような……気のせいだ。

 千鶴ちゃんの退院してから肩辺りまで伸びた黒い髪が風に揺らされ、川のように宙を流れる。

 夏の夜風は好きだ。体にまとわりつく蒸し暑い空気を流してくれる。


「そういやー、昔、千鶴ちゃんと母さんと一緒に、蛍を見に行ったことがあったね」

「……?」

「ほら、田舎のお祖母さんの家に行った時にさ、近くの川で」

「あー、あったね、そんなこと。蛍、凄く綺麗だったよね。ありきたりかもしれないけど、光る川みたいでスッゴく綺麗だった」

「んー、そんな綺麗だったけ?」

「綺麗だったよー。でも、私とお母さんが騒いでる中でお兄ちゃんだけ、何も言わず見てたよね」

「感慨に浸ってたんじゃないか?」


 千鶴ちゃんに本当のことは言わないけど、僕は正直、蛍を見て何が楽しいんだよ、と思った。ただ光るだけで寿命は短いし、環境が悪いとすぐに住めなくなる弱々しい虫。でも、千鶴ちゃんの目には宝物のように映ってたみたいだ。


「あの時千鶴ちゃん、蛍を掴まえようとして、川に落ちたよね」

「ま、まあね」

「しかも大泣き」

「もう! そのことは言わないでよ!」


 千鶴ちゃんは顔を真っ赤にし、頬を膨らましながら僕の背中をポカポカと叩いてきた。僕は歩きながら後ろを振り返り、その腕を手で制す。


「ごめんごめん、悪かったよ」

「もう、止めてよね」


 千鶴ちゃんは唇を尖らしてそっぽを向いた。

 僕がまた正面を向いた時、月光に照らされ鈍く光る刃が僕の首元目掛け振られていた。

 咄嗟に千鶴ちゃんの腕を引き、横に飛んでそれをかわした。刃が髪の先をかすめた瞬間、冷や汗が一気に流れ落ち、脳から色々な汁が流れ出す。

 千鶴ちゃんを引き起こしながら、銀の刃を確認すると、それは鉈だった。そして、その凶器を狂気を持って狂喜して振るう犯人は、鉈を勢いよく空振ったせいで、体勢を崩していた。

 緑色のパーカーのフードを目深に被り、汚れたジーンズと、同じく汚れたスニーカーを履いている。黒ずんだ汚れはオイルか泥か、はたまた血、か。体は細く、体格からは性別は判断できない。

 犯人はゆっくりと立ち上がり、僕らの方を向く。

 でも、僕には分かる。

 犯人の体は青白く光っていて、顔だけの人が宙に浮いて恨めしそうに犯人を見ている。どうやら、あの時出会った少年だ。……ついてないな、て言うか首切り殺人犯が何で僕らを?

 鉈を辺り構わず無茶苦茶に素振りしながら、少年は近づいてくる。

 いつの間にか千鶴ちゃんは僕のTシャツの腰辺りを掴んでいた。その手の震えがTシャツを伝わり僕の体に伝わる。僕はTシャツを掴む千鶴ちゃんの手をほどき、その手を僕の手で握りしめる。

 視界の端で千鶴ちゃんが僕を見ているのが分かったけど、僕はただ、少年を見据える。千鶴ちゃんの手を放し、少年と千鶴ちゃんの間に僕は立った。

 僕をどれだけ傷つけようと、どれだけ怖そうと、どれだけ罵倒しようと、どれだけ卑下しようとしても、千鶴ちゃんを、妹には手を出すなよ。

 少年が大きく一歩踏み出し、僕を鉈の届く射程距離に捕えると、長い腕を鞭のようにして、鉈を振るった。が、僕は焦ることなく空振って無防備な少年の懐に飛び込み、顔面を殴り付けた。少年は後方に数メートル程転がり飛ぶ。人を殴った嫌な感触が手に広がった。

 狙われる所の検討はついてる。今までの被害者も首を切られたこと以外の外傷は、ちょっとした擦り傷しかない。首、その一手しか目の前の鉈を振り回す少年には無いはずだ。


「うわあああぁぁ!」


 少年は不意に獣みたいに叫んだかと思うと頭を押さえ、身構えている僕に背中を向け逃げ出した。何が起こってるんだ? 警察が来たわけでもない、目撃者が来たわけでもない、て言うかむしろ僕らも目撃者だし、じゃあ、何でに逃げた?

 少年の背中が暗闇に消えていくのを見た時、視界の隅に青白い光を纏った人影が近くの木の上に立ってるのを捉えた。

 人影は逃げる少年を見届けていた。僕がその人影を見つめていると、目があった。人影はニヤリと笑うと、暗闇に消えていった。

 何が何だか分からないけど、とりあえず僕は千鶴ちゃんに声をかけた。


「大丈夫? 千鶴ちゃん」

「大丈夫だけど……ちょっと足がすくんで歩けないかも」


 見ると、確かに千鶴ちゃんの足は歩けそうもない。


「おぶろうか?」

「……重いよ」

「関係ない」

「やっ、ちょっと!」


 僕は嫌がる千鶴ちゃんを力づくでおんぶし、歩き出した。


「警察行く?」

「行かないよ」

「何で!?」

「言っても無駄だよ。僕らが本当に犯人と会ったか証拠がないんだから。だって、犯人は目撃証言すらないんだよ?」

「む〜」


 いきなり千鶴ちゃんが僕の肩に顎を乗せぐりぐりやってきた。


「痛い痛い! 何するんだよ!」

「だって……それだったら、私たち泣き寝入りじゃん。そんなの私やだ。殺されかけたのに……」


 僕の首に回された千鶴ちゃんの腕が、ギュッと締まる。


「確かにそうだけど……」


 僕みたいなバカとは違って、千鶴ちゃんは怖いんだろうな、そりゃあ鉈を持った、今話題の犯人に殺されかけて何も感じないやつの方がどうかしてる。多分、千鶴ちゃんは犯人を見てしまったから、犯人に狙われる、とか考えたりしてるんだろう。


「大丈夫だから」

「……?」

「千鶴ちゃんは大丈夫」


 僕の妹に、手を出しやがって、しかも、千鶴ちゃんを怖がれせやがって……僕の世界を傷つけた覚悟はできてるよね?


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 家に帰ると、千鶴ちゃんは安心したからか、すぐにリビングのソファーで寝てしまった。寝ている千鶴ちゃんに毛布をかけてから、二階に上がり自分の部屋に入る。


「キリコさん」

「呼ばれて、飛び出て、キリコ、で、す」


 いつもの元気が全然ないキリコさん、だけど、今は構ってる暇はない。


「ねえキリコさん、人外の存在が人に取り憑くことってあるの?」

「あるに決まってるでしょ。貴方は実例をその目で見てるじゃない?」

「……千鶴ちゃんのやつか」

「そうそう」


 そうだ千鶴ちゃんは人外の存在の取り憑かれていたんだ。すっかり忘れてた。 人外の存在が人に取り憑くことがあるとするならば、あの少年の近くにいたあの人影は人外の存在で、少年を操っていたんじゃないか?


「ならさ、人外の存在が人にとりついて、人を操ることって、あるの?」

「あるわよ。て言うか、貴方の妹に取り憑いていたやつの方が珍しいわよ。大抵人にとりつける人外は人間にとりついて、好き勝手したいからね」

「……何で?」

「だって、自分の姿を現して人間を殺して目撃者が出たら、その道の人間を呼ぶかもしれないでしょ?」

「お坊さんとか?」

「そんな感じね。まあ、私たちを倒せる程の力を持った、いわゆる『本物』の人間は中々いないけどね。でも、その万が一を恐れて人間に取り憑くことのできる人外は自分から手を下さず、人間の体を使って手を下すの。し・か・も、人間の方は精神病と認定されて罪は受けることがないっていう、悪循環よね〜、ホント」


 正しくキリコさんの言う通りだ。人外が人を使い、人が人を殺し、人は罪を受けない。素晴らしい悪循環じゃないか。

 あの少年は叫び、頭を抱え、逃げた。近くには人外の存在がいた。


「でもねー、人間に取り憑いて意のままに操れる人外はとっても強いわよ? 倒すつもりなら覚悟しときなさい」

「……ナンノコト?」

「あら、また人外を倒すつもりじゃないの? この、万年精神錯乱の情緒不安定人間さん」

「語呂が悪すぎる」


 女の勘は鋭いなー。ふと思ったけど、人外の存在に性別とかあるのかな?


「キリコさん」

「何よ」

「キリコさんって……女性だよね」

「違うわよ」

「……なっ!?」


 うっ、嘘だろ、女じゃなかったのかよ……てか、風呂場に出てきた時のドキドキを返せ! 人の心臓の鼓動の回数は決められてるって聞いたことあるぞ!


「……どおりで胸が無いと思ったよ」

「黙れ!」


 視界が横に吹っ飛ぶ。簡潔に言うとかなりの力で頬を叩かれた。

 頬を手で押さえ床に横たわる僕の前で、キリコさんは無い胸を張って自信満々に答えた。


「レディよ!」

「……ブッ飛ばすよ」


 何だこのムカムカ、しかも、意味一緒じゃん。

 僕は立ち上がり、ズボンをはたいて埃を払う。

 まっ、取り敢えず。


「キリコさん」

「何?」

「明日はデートに行こうか」


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