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5―真の嘘

 夜が来た。僕の、僕たちの時間だ。

 とても心地いい夜風を体に浴びながら、善島神社の長い階段を一段ずつ踏みしめる。

 この足は誰の足だ?

 僕の足だ。

 この腕は誰の腕だ?

 僕の腕だ。

 この頭は誰の頭だ?

 僕の頭だ。

 何者にも騙されるな、何事にも惑わされるな、舌先三寸は舌ごと喰らい返せ、口先だけのハッタリ野郎は僕一人で充分だ。

 階段を登り終えると、境内の真ん中で雅識くんが空を見上げ立っていた。

 僕が雅識くんに近づくと、雅識くんはゆっくりとこちらに顔を向けた。


「こんばんは」

「こんばんは、雅識くん」

「どうしたんですか? バットなんて肩に担いで」

「ん? これはね〜」


 と言って僕はその場で素振りをした。

 バットの風を切る音が場の雰囲気を変化させる。


「お仕置きしなくちゃいけない奴がいてさ。まあ、何て言ったらいいのか、言葉は悪いけど、撲殺用のいわゆる鈍器ってやつだよね」

「へぇ、あなたを怒らせるなんで、失礼な方ですね。ホント」

「ああ、本当に失礼な奴なんだよな。本当のことしか話せないとか言って、ガンガン嘘を吐いてくる奴なんだよ」

「それは最悪ですね〜。誰なんですか?」

「全く、その通り、最悪な奴なんだ。そして、そいつの名前は」


 大きく一歩踏み込み、雅識くんをバットの射程距離内に入れる。不意打ち気味に振るったバットは彼の側頭部に炸裂した。

 雅識くんは横に吹き飛び、僕の腕に程よい痺れが残った。やっぱり、あんまり良いもんじゃないな、何かを撲るって言うのは。


「……だから、嫌いだ」


 雅識くんはゆっくりと立ち上がり、最初に僕に見せた無邪気な目とは全く違う、怨みがましい目で僕を見る。


「だから、人間は嫌いなんだ。自分は好き勝手に嘘をつくくせに、僕らにはそれを許させない」


 背筋に何か冷たい感覚が伝う。舐めちゃ駄目だ。こいつも神なんだ。

 雅識くんの髪の毛が逆立つ。


「僕らに勝手に望んで、死んだ人間を生き返らせれるか? 失った手足を元に戻せるか? 日照りのせいで水不足の畑に雨を降らせるか? 人の心を変えられるか? 人の頭を良くできるか? 無理だろ? 無理だよな? 無理に決まってんだろ!? 高位な神ならまだしも、土地神程度にそんなことできるかよ! そんな力あるかよ! それなのに、僕らに勝手に期待しやがって」


 雅識くんの爪が鋭く尖り、赤く長い舌が鋭い犬歯の間から現れる。


「そして、願い事が叶わなかったら絶望して、神社の掃除も粗末にして、僕らへの信仰を勝手に忘れる」


 雅識くんは苦しそうに呻き、頭を掻きむしる。


「しょうがねえだろ? 無理なもんは無理なんだよ! なのに……なのに、なのに、なのになのになのになのになのになのに……」


 雅識くんは獣のようにつり上がった瞳で僕を睨み付ける、


「お前ら人間は自分勝手過ぎるんだよ! 何百年、何千年も前から、お前らの生活の土台を守ってんのは誰だよ! この土地が邪気に満たされないようにしてるのは誰だよ! 俺だ! 正に俺だろ!? なのに、てめえらは」

「うるせえよ」

「ああ?」

「うるせえって言ってるんだよ」


 雅識くんの言ってることは分かる。確かに分かる。だけど、違うだろ。それは、違うだろ。


「君もじゃないか」

「……何言ってるんだよ」

「人間からの信仰を、人間からの恩恵を、人間からの世話を、勝手に望んで、勝手に期待して、勝手に絶望したのは……君もだろ」


 全く怖くないと言えば嘘になる。だけど、今、僕が美少年の面影を一切無くし、獣のような姿になった雅識くんを見て思うことは、


「君が何百年、何千年前から生きてるか知らないけど、僕から見たら君は……ただの我が儘なガキ、だ」


 駄々をこねてる子供だと言うことだ。


「てっめぇ!」


 雅識くんのいた地面が爆ぜたと思った時には、雅識くんは両手を組み合わせて作った拳を振りかぶり、飛び上がっていた。

 ギリギリのところで僕はそれを横っ飛びしてかわす。

 そうだ怒れ怒れ、普通に戦ったら僕に勝ち目なんてない。怒れば動きは単調になり、僕でもかわすことができる。

 僕が態勢を立て直したと同時に、雅識くんは一直線に僕に向かって駆け、鋭い爪を持つ右腕を振り上げる。が、僕は慌てずその右腕をバットで下に叩き、空いた側頭部をバットで撲った。

 ふらついている雅識くんを、すかさずバットで何度も殴打する。今を逃せば、いつ形勢逆転されるか分からない。撲る撲る撲る撲る撲る撲る撲る撲る撲る撲る撲る。もう一撃加えれば、倒れそうな雅識くんに最後の一撃を加えようとバットを振り上げた時、横から強い衝撃が襲った。

 と思うと、僕は宙を舞っていた。

 重力が体にかかり、回転しながら地上に辿り着いた。身体中を痛みが襲い、着地するさい、嫌な音がした右腕が痺れたようになって指を動かせない。

 ふらふらする頭を左手で押さえながら、さっき僕が立っていた場所を見ると、雅識くんの隣には黒い狛犬、逆さ神がいた。

 前提が間違っていた。

 嘘つきは逆さ神さんでも、雅識くんでも、なかった。

 どちらがどちらも真実を言って、また、嘘を言っていた。真実の嘘、嘘の真実。この二人は共犯だったのか。

 逆さ神さんは僕をちらりと見てから、雅識くんの方を向く。


「こんな奴に勝つなよ」

「すいません」

「俺たちの恨みを晴らさないんだろ?」

「……はい」

「じゃあ、ずっとこいつを殺すなよ」

「早く殺せってことですよね」


 逆さ神さんが来たせいで、雅識くんは冷静さを取り戻した。

 僕は最後の希望を持って、タバコを出して火を点け、名前を呼んだ。


「キリコさん」

「は〜い、呼ばれて、飛び出て」


 キリコさんは煙から現れると同時に、二人に飛びかかっていった。


「キリコ」

「邪魔じゃない」


 逆さ神さんの一撃を受け、キリコさんは何もすることができずにかき消された。

 そうだ、元々キリコさんはやられることはないが、戦闘能力は皆無だったな。

 ゆっくりと二人の神は僕に近づいてくる。

 ボロボロの雅識くん一人なら、何とかなりそうだけど、逆さ神さんもいるとなるなら話は別だ。

 万事急須、最悪で最低な状況だ。打つ手なし。

 二人は僕の前に立ち止まる。


「最後に何か言いたいことはありますか?」


 完全に冷静になった雅識くんが僕に問う。


「実行犯はどっちなんだ?」

「ほぼ、逆さ神さんです」「人を殺した時、心は痛まなかった?」

「いえ、」


 雅識くんは冷えきった視線で僕を見ながら言った。


「全く」


 逆さ神さんが腕を振り上げた。

 僕は目を瞑った。

 大きな音が起こった。

 ああ、僕は死んだのか、案外痛みは訪れないんだな。キリコさんは人間の魂は未練がないとすぐ消滅するって言ってたけど、僕はどうなんだろう?






 ん? てか……あれ? もしかして僕、生きてるのか?

 目を開けると、二人の神の代わりに一人の亡霊が立っていた。

 生前と変わらぬ金髪、中性的な顔、高い身長。

 変わったのは、体が青白く光っていることだけだった。そんな、死んでるか、死んでないかの違いなんてどうでもいい。

 目の前の彼は僕を見た。


「久しぶり加藤」

「おう、お前のアイドル兼幼女向け紳士、俺だぜ」

「くだらないね」

「全くだぜ」


 加藤は笑った。

 僕も笑った。


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