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4―遺影


 翌日、また一人死んだ。

 ただ、今までと違った点が一つあった。死亡推定時刻が二時から二時半じゃなく、一時から二時の間という点だった。


「ただの通り魔かしら?」「違うよ。しょうもない小細工、つまらない足掻きだよ。これをして人外が殺したのではなく、人が殺したことにしたかったんだろ。でも、短絡的過ぎる。人外は昼間は活動できない、なんてことはないし、逆に僕が彼らに接触したその日の内に仕掛けて来たんだ。確実にあの二人の中に犯人外はいるよ」


 食器を片付け、部屋に戻り制服に着替えを済ます。

 全く、僕をバカにするなよ。

 イライラを発散するため少し乱暴に鞄に教科書などを積める。

 あんな子供騙しで僕を騙せると思ったのかよ。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 登校時刻ギリギリに学校に到着。何で坂を上りきった所に学校建てるんだよ。万年帰宅部の僕には凄くしんどい。

 教室に入り、自分の席に座った。鞄の中の教科書を机の中にしまい、ふと、下げていた視線を上げると、クラスの皆が僕を見ていた。

 嵐のように降り注ぐ視線、どうしたものかと思案していると、名前を知らないクラスの女子が一人、僕の席の前に立ち、思い切り僕の机を叩いた。


「……何で……昨日のお葬式、来なかったのよ」


 俯いたまま言った彼女の一言で、僕はこの視線の正体を知った。嫌悪、そういう名をした視線だった。

 黙っている僕に耐え兼ねたのか、目の前の彼女は僕の胸ぐらを掴んだ。


「どうして来なかったのかって聞いてんのよ! あんた以外皆来てたわよ! どうして来なかったの!?」

「どうしてって……言われても、ねぇ」


 言っても意味ないし、信じることなんて、できないだろう。

 ただ、その瞬間、さっき放った一言が彼女の地雷を踏んでしまったのか分からないが、彼女は僕の頬をビンタした。


「何でそんな無表情なのよ! 何で何も感じてないの!? あんた頭おかしいんじゃないの!? もしかして、もしかして……」


 嫌な予感が通り過ぎた。

 そしてその予感通り、次に放った彼女の一言は僕をキレさせるのに充分だった。


「あんたが加藤くんを殺したんじゃないの!?」

「……は?」

「そうよ、加藤くんとあんた仲良かったじゃない? なのに、そのあんたが加藤くんの葬式に来ないなんておかしいわよね? この連続殺人事件の犯人はあんたじゃないの!?」


 この女、何勝手なこと言ってるんだ。加藤の葬式に行かなかっただけで犯人扱いか? 僕が、僕が、加藤を殺したって言うのか? 黙れ、黙ってくれ、そんなクソみたいな言葉を吐くな、空っぽな頭を見せつけるな、幼稚な推理を始めるな。

 こいつ、殺してやろうか? 撲殺、刺殺、銃殺、絞殺、焼殺、虐殺、圧殺、封殺……

 左腕を上げ、窓にその腕を叩き込んだ。大きな音を立てガラスは砕け、女は僕の奇行に驚いたのか、一瞬で黙った。危ない危ない、マジで殺すかもしれなかった。

 太い血管は切らずにすんだが、血塗れになった腕を引き抜き、ほっと一安心。皆が呆然として僕を見ている。さっきとは違う視線。異常なものを見る視線。どうやら僕の奇人レベルは上がったみたいだ。タララララララッラ〜。奇人レベルが五レベルはね上がった。視線集中を会得した。

 大きくため息をつき、教室を出る。僕の日常生活、早く取り戻さないと大変なことになりそうだな。日常が、と言うよりは、主に僕が。

  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ガラスに手を突っ込みという、ドMもびっくりの超ドM行為を犯した後、僕は保健室に行かずに、早退することにした。所謂サボりだ。

 学校を出た僕は雅識くんがいる善島神社に向かった。

 ガラスに突っ込んだ腕の傷は大分癒えていて、この時ばかりはキリコさんと契約して人外の存在になっておいて良かったな〜、と思う。

 まあそんなこんなで、色々考え事をしていたら、いつの間にか善島神社に着いていた。

 鳥居を潜り、雅識くんの姿を探して見るが見当たらない。どっか出かけてるのかな?

 話を聞こうと思っていた雅識くんが居ないので、善島神社の周りをグルリと回ることにした。

 木々に囲まれた神社。雅識くんには悪いけど、見れば見るほどボロく見えてくる。

 神社から視線を外すと、沢山の絵馬が目の前に現れた。ぶつかるギリギリのところで僕は足を止める。危ない、危ない、気づかずにぶつかって色んな方々の夢を壊すとこだった。

 そのまま、神社観察を続けようとした時、ふと、視界の隅に見慣れた名前が書かれた絵馬があった。加藤用心と書かれた絵馬があった。それ以外にも見慣れた名前があるな、と思って見てみると、全て連続殺人事件の被害者の名前だった。今日の朝、死んだ人の絵馬もあった。他にも数十枚、古ぼけた絵馬があり、中にはその絵馬を書いた年が書かれた物もある。

 これはこれは、手がかりだね。

 鞄からメモ帳を取り出し、絵馬に書かれた年を書き写した。

 それから、数十分ほど待ったが、雅識くんが現れないので僕は帰った。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


「キリコさん、犯人が分かったよ」

「あら、良かったじゃない。で、どうやって聞き出したの? 正直と嘘つきから」

「いや、まずそこから間違ってたんだよね。嘘つきは雅識くんの方で、逆さ神さんは本当のことを言っていたんだよ」


 逆さ神さんは天の邪鬼だが、本当のことを言っていた。逆さ神さんの言ってたことの反対は全部本当だった。……ややこしい。

 まあ、でも、本当のことしか話せなくても嘘はつけるし、逆に事実と反対のことしか話せない方が、嘘をつきにくい。


「要するに」

「雅識くんが犯人」

「証拠は?」

「雅識くんの神社に絵馬があったんだけどさ、殺された全員の名前があったんだよ。他にも、昔に書かれた絵馬があって、絵馬に書かれたいた年に起きた事件のことを図書館で調べてみたんだよ。そしたら、その年に今回と同じような事件が起きていたんだ。数年ごとに一人づつ、ぐらいだけど」

「じゃあ、行きましょう」


 ソファーから立ち上がろうとしたキリコさんを、手で制す。


「待って」

「何?」

「明日にしよう」

「何でよ?」


 キリコさんはすっごい怪訝な顔で僕を見る。


「今日、雅識くん居ないっぽいからさ、それに、僕やりたいことが有るんだ。雅識くんを倒す前に」

「……そのやりたいことは譲ることができないものなの?」

「譲る譲らないじゃなくて、譲れないよ。こればかりは」


 キリコさんは膨れっ面をして僕を睨む。いつもなら僕が折れるが、今回だけは負けられない。

 根気よく睨んでると、キリコさんは呆れた様にため息をつき、ソファーに寝転びそっぽを向く。


「貴方、変なとこで頑固よね」

「褒め言葉?」

「皮肉よ」


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝、起きたのは三時。午前三時ではない、午後三時。普段ならば遅刻だが、大丈夫! 今日は休日。熟睡したお陰で僕は充実。

 うんっと伸びをし、庭でバットの素振り。

 一汗かいてシャワーを浴び、バットを袋に入れて肩に掛け、僕は家を出た。

 向かう先は加藤の家。

 加藤の家に行くのは四階目だった。以前見た時と変わらず、結構な大きさの家。要するに豪邸だった。

 インターフォンを押すと、インターフォンにカメラでも付いてるのか、インターフォンに出ずに、加藤の母親、百合子さんはドアを開けて僕を迎えた。


「久しぶりね」

「お久しぶりです。今日は加藤の」

「入っていいわよ」


 僕が言い切り、礼をする前に、百合子さんは僕を家に上げた。


「こっちよ」


 百合子さんの後に続いて行くと、襖が現れた。


「ここに居るの」


 百合子さんがゆっくりと襖を開ける。そこには二十畳ほど畳張りの座敷が広がり、奥には加藤の遺影があった。


「帰る時は何も言わないでいいから、好きなだけ喋りなさい」


 そう言って百合子さんは僕に微笑み、座敷に僕を残して去った。葬式に来なかった僕に向けたやつれた笑顔、傷んだ髪、細くなった身体、それだけで、それだけで、百合子さんの優しさが、強さが痛いほど分かった。

 線香を上げ、遺影の前に正座し、僕は手を合わせる。

 今、加藤の死と僕は向き合っている。もう、最初の頃のような嘔吐感も、頭痛もしない。ただ、虚しさは、空しさは、空虚さは最初も今も一緒だった。


「なあ、加藤」


 話しかけてみた。

 彼が生きてる時に、僕から話しかけることはなかった。


「普通って何だと思う?」


 問いかけてみた。

 彼が生きてる時に、僕から問いかけることはなかった。


「僕は今、自分が分からない、普通が分からない。普通でいたいのに、自分でいたいのに、普通の自分でいたいのに、分からないんだ」


 さらけ出してみた。

 彼が生きてる時に、僕からさらけ出したことはなかった。

 どれもこれも、返答なし。当たり前だ。消えたんだ。加藤用心は死んだんだ。


「僕さー、今から君の敵討ちしてくるんだよ。そいつを倒したら、僕は普通が戻ってくると思うんだ」


 敵討ちって言葉、僕ほど似合わない奴はいないな。

 無関係なことには無視して、関係あることは全力でことにあたる。聞こえは良いけど、ただの卑怯者だ。

 世界から自分を切り離して、自分のことしか考えず、自分に与えられる影響を心配し、全ての行動が自分に良いようにがるように計算し、メリットデメリット、損得勘定でしか行動出来ない。

 優しさも、愛も、慈しみも、善意も、全て他人に与えるのは、自分を好んで欲しいから。

 悪意も、憎悪も、殺意も、嫌悪も、全て嫌いな人間に与えらるのは、自分を嫌って欲しいから。

 ワンマンプレイならぬロンリープレイ。オンリーワンならぬロンリーワン。孤独に孤独で孤独な孤独。故に一番。当たり前に一番。自分が一番。

 だから、人が死んでも涙を流さない、流せない。


「加藤が死んでも涙を流せない」


 何故なら、どれだけ親しくても結局は他人で、死ぬのが自分でなくて良かったと、心の隅で思ってしまうから。

 近しい人が死んでも、そう思ってしまう。


「僕は、異常だよな」


 今、この瞬間も、僕はひどく冷静で冷酷な顔をしているのだろう。

 息を吸う。息を吐く。こんな僕にも平等に呼吸は許される。


「よし!」


 自分の頬を叩き、現実逃避していた脳を引き戻す。

 ごちゃごちゃ考えても仕方ない、考えるのは後だ。やるべきことをやってから、好きなだけ考えよう。

 僕は立ち上がり、襖を開け座敷から出た。

 襖を閉める時、襖の隙間から笑っている加藤の遺影を見た。


「じゃっ、ちょっくら行ってくるよ」


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