第0章・1―キリコさんとの邂逅
「契約しない?」
目の前に立つ綺麗な少女が僕にそう言った。
それが普通の少女だったら僕は、ヒャッホーイ! どんな契約をこんな美少女と結べるんだよ! ビバ、青春! と驚喜乱舞しただろう、多分。
ここで一つ誤解して欲しくないのは、僕が男色家ではないということと、ロリコンではないということだ……二つだった。
話を戻すと、僕はこの契約を断るつもりだ。
何故僕が美少女からのお誘いを断らさせてもらうかと言うと、答えは一つ、彼女は立っているから。
宙に立っているからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
いつもと変わらない朝。 変わっていたのは一日中霧が出ていたことと、トーストが焦げたことぐらいだった。
いつもと変わらない日常。
いつもと同じように学校に行き、いつもと同じように学校が終わればすぐ帰宅し、病院に行き、妹の様子を見て、夜になれば塾に行く。
いつもと、本っ当にいつもと変わらない日常となるはずだった。
いつもと変わらない塾からの帰り道、もう既に十時を回ったころ事件は起きた。
人っ子一人いない夜道をぶらぶらと歩いている僕の視線の先にある空中に霧が集束し始めた。
僕が呆気に取られていると、みるみる内に真っ白な人の形をした霧になり、そして、霧が霧散すると中から少女が現れた。
少女は真っ白な瞳に真っ白な肌、そしてその白さを際立たせるような黒いドレスを着た、触れれば消えてなくなりそうな、そんな儚げな美しさを備えた美少女だった。
そして、形の言い唇を動かし言ったのだ。
「契約しない?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、今に至る。
彼女は腕組みし、答えを待っているのか、黙って僕を空中から見下ろす。
ドレスの中が見えそうで見えないのが残念だ、とつまらない思考に至りながらも、僕は僕の中のチキン魂が彼女がもしヤのつく職業の娘だったり、とんでもない魔力を持った魔女っ子だったりしたら、契約を断ったら後々大変になると叫ぶので、契約を断る前に彼女の素性を教えて貰うことにする。
僕がビビりなわけではない、僕の中のチキン魂の意思を尊重してやっただけだから。
「えーっとさ、君、名前は?」
「霧から生まれたキリコ」
……あー、人間じゃない気はしてたよ、ただ、昔話風な自己紹介をされてもこちらは反応に困る、得意気な顔とかしてるので余計困る。
「人間?」
「霧から生・ま・れ・たキリコ!」
「えーっとさ、霧の精霊的な感じのあれかな?」
「精霊と言うよりか悪魔と言った方が近い」
少し寂しげな顔をする美少女、キリコさん。
「契約って、言ったよね?」
「ええ」
「じゃあ、契約と言うからには、僕は何か代償を払わないといけないんじゃない? キリコさんは悪魔なんだったら、なおさら」
「特に要らないわ。感謝しなさい私の広い心に」
悪魔と契約するのに何も要らないとか、オカシイでしょ、悪魔的常識で。
「ってことは、契約することでキリコさんが得るものは特にないと」
「貴方と契約出来る」
「それで満足ならいいけど……ちなみに僕がキリコさんと契約するメリットって何かある?」
「…………」
凄い考えてる。
考える人と同じポーズして考えてるよ。
「……湿度調節出来るから加湿器代わりに……どう?」
「その契約断る!」
くるりと身を翻し、僕は後ろを見ずに駆け出した。
さっきまでの会話も、宙に浮く美少女キリコさんも置いて、僕は全力で走る、否、全力で逃げる。
宙に浮く美少女とか、契約とか、霧の精霊やら悪魔やら、僕は自分に無関係なことには無関心、関係あることには全力で取り組むという考えだから、僕が彼女と契約しても、しなくてもメリット無し。
よって、僕とは無関係、僕じゃなくても変わらない、むしろ彼女は僕より他の奴と契約した方がいいだろう、多分。
そして僕は今までの出来事を綺麗サッパリ忘れて、暖かいベッドで寝るのが吉なのさ。