第83話:不調でもアンダースローに転向した世界の少年達に頑張る姿を見せるんだ!
左のアンダースロー橘周は、6月中旬ようやくメジャーのマウンドに立てた。
まずは敗戦処理での登板だ。
ネットを中心に心無いアンチの声があったが、地元のファンは暖かかった。日本で3年メジャーで3年の計6年連続して20勝を続けたこと、チームの勝利のためにピッチャー、バッター、走者、野手のあらゆるシーンで死に物狂いで頑張ってきたことを、ファンもチームメイトも地元メディアも分かっているからだ。
脇腹は100%近く回復したものの、腰はまだ80%程度。当面このままだろうと覚悟していた。これからは、長くて2イニングなのでセットアッパー(中継ぎ)として生きていく。セットアッパーとして成功し、そのうち8回や第2クローザー(クローザーを休ませたい時に変わりにクローザーとして登板する)を任されるぐらいの信頼を勝ち取るのが目標だ。
しかし、腰がイマイチの状態では、やはり甘く無かった。ストレートの勢いが衰えたことも大きいが、絶対的な自信を持っていたコントロールも微妙にずれが生じる。だから、被打率が上がり、四球も増え、厳しい投球が続く。
それでもランナーが出た時には、クイックの投球フォームを混ぜ、また巧みな配球もあって、どうにか防御率2点台をキープし、ロングリリーフができないハンデがあってもマイナー降格を免れていた。それとライジングストレートとライジングカッターは、他で見られない球筋なので、1試合1回限りの対戦では慣れる前に終わる。
奪三振率は初めて一桁になり、先発してバッタバッタと三振を奪っていた一昨年までの姿からすると寂しいものだが、仕方ない。
実は橘周の活躍で、日米問わずアンダースローに転向するピッチャーが増えていた。左のアンダースローもごくわずかながら登場していた。そんな少年達に対し、今の少々苦難の時期を見せることも大事だと考えていたし、逆に、アンダースローに転向した少年達がいることを、心の支えにしていた。
耐え忍んだドジャースとの契約最終年である、メジャー5年目のシーズンが終了した。成績は3勝3敗1セーブ、防御率2.95、奪三振46(奪三振率8.45)と当然プロ野球、メジャーを通して最も悪いものだ。年俸は今年の出来高がゼロ査定で、24億。
セットアッパーとしては、最終的に3番手か4番手というところまで信頼度が上がり、そこそこチームに貢献できたし、良い経験になった。シーズンオフの間になんとか自分に合う治療法や改善法を見つけ出し、来年はもう少し良いピッチングをしたいと願っていた。
しかし、トップ球団であるドジャースが契約してくれるのか?それとも見放されるのか?




