第8話:挫折らしい挫折が突然おとずれた!
圧巻の一軍デビューもまもなく、次々と登板が待っている。
元ダンサーであり元陸上選手でもある、左のアンダースロー橘周が鮮烈な一軍デビューを果たした。しかし、1軍の試合は毎週月曜日以外のほどんどの日で実施されるので、特にリリーフ投手は一息付く余裕はあまり無い。
次の登板は翌々日の同点の場面。この試合では三者三振に切って取ってた。下から上に突き抜ける。高めストレートは見たことない軌道だし、真下に沈むシンカーとチェンジアップと各打者は全く慣れていない感じだ。
世界でただ一人の剛腕の左のアンダースローがプロ野球デビューした映像は、やはり世界のメディアでも取り上げられた。海外でのこれまでのアンダースローの速球派は、まあまあ腰高で、地上50㎝以上の高さから投げている。しかし橘周は地上10㎝の本格的なアンダースローであるから、皆見たことないし、何故下から投げてあれだけの速球が投げられるのか?という驚きがある。
その後、中1日でまたも同点に追いつかれてツーアウト一塁二塁のピンチでの緊急登板。重要局面での登板を任された。左の外国人打者に対して通用するし、読経もあると監督に判断されたわけだ。橘周はここでは、クイック投法(=投球フォームを短縮して動き始めて即投げる)を2度見せた。実はアンダースローはクイックが投げやすいメリットがあるが、橘周はクイックも素早くタイミングが合う分けない。あっさり三振を奪った。この日はいわゆる回跨ぎで次の回も登板し、4人中3人が三振。無双状態になってきた。
さらに中2日開けて、初めてリードした(勝っている)場面で登板した。この試合では初めてフォアボールを出したものの、3アウトは全て三振と無双状態を維持した。
そして翌日は初の2連騰でしかも回跨ぎ。初ヒットを打たれたが、無失点を継続した。ただ打者5人で1ヒット1三振とあれっ、無双状態ではなかった。スタミナにも自信がある橘周も慣れない環境でメカニックにズレを生じていた。
しかし、と言うよりそして、中1日挟んでの登板で挫折が待っていた。
2点リードの7回にマウンドに上がり、最初のバッターを豪快に三振を奪ってスタートしたが、次の打者が不運なエラーで出塁を許し、その次はファールで粘られた上不可解な判定もあってフォアボール。1アウト1塁2塁のピンチだけど、今回は不運とはいえ自分の出した走者。
ホームランも打てる1番打者に対し、初球シンカーがボール。そして2球目。得意の高めストレートがスピード不足のまま、真ん中やや高めの好球になってしまった。橘周は、「あっ失投やべっ」と思った瞬間レフトスタンドへ逆転スリーランホームラン。
ガクッと膝を付いたのは、何年振りだろう。ひょっとしたら中学生以来だろうか?「ストレートが全然伸びなかった、やってしまった!試合を壊してしまったなあ」と力が抜けていく。あっという間のノックアウトで降板。初めて
ヤジが色々と飛んできた「メッキ剥げたのか?」「慣れられるとヤバイぞ」「どないしてくれるんや!」等と。
他の選手の「こんな日もあるよ。切り替え切り替え!」という慰めも、逆転スリーランホームランと打たれた責任は重い。結局その日は、そのまま4:5で敗戦と負け投手となった。「最初が黒星かあ」と以外にメンタルがえぐられる。
翌々日のこと。ブルペンでの何かちょっと尾を引いててしっくりこない。この日は3点リードされた比較的楽な場面でマウンドに送られた。しかし、しかしである、連続フォアボール。橘周は、呆然とした。慌てて監督が出てきて、ピッチャー交代。その直後に2軍行きを命ぜられた。
「うーーーーーん。ショックだ。この3日間全然立て直せなかった」と素直に思った。人生最大の挫折かもといつになくマイナス思考になる。逆転スリーランに連続フォアボールもショックだが、軌道修正できなかったことはもっと情けない。
でも、長いプロ生活はまだ始まったばかりと、1時間後には、すぐにもう一人の自分を斜め上方向に登場させたのだ。そして実況中継である「さあ橘周これが挫折か、試練だなあ。緊張と疲れでノックアウトと連続フォアボールって
お前は自滅野郎だ。無双状態からの一気にどん底になるとはね。さあて立て直せるのか?お前の心意気とセンスを見せてみろ!お前ならできるさ。でも今日はゆっくり休め」って。
さあ、二軍でやり直し。キャンプ以来バタバタしていたが、ここでじっくり身体と心と技術をリニューアルして再度一軍を目指せ。