第173話:実は、昨年シーズンの弟壮太郎が凄まじかった
ここで、過去に遡って見る。
橘周の弟である壮太郎はヤンキースのエースである。
一昨年末5年総額約350億円の巨額の契約を結んだのだが、その契約初年度は、途中のケガもあり、不本意な成績であった。
しかし、ケガのおかげで、オフには久しぶりに、とことん鍛えることができた。年末には、その年メジャーから去った兄の家に泊まり込んで、訓練と議論を重ねたことも意味があった。
まず、昨年速度低下に悩んだストレートの復活が実現した。さらに変化球としては、これまでの武器である、速球、ナックルカーブ、カットボール、ツーシーム、チェンジアップに加えて、シンカー、シュート、スプリットがそこそこ使えるメドが立っていた。
ちなみにシンカーは手首を捻り、シュートは捻らないという兄と同じ分類。
そして迎えた29歳になるシーズンは、兄が29歳シーズンに記録した26勝2敗を密かに目標とするぐらい、少々自信を持っていた。
開幕投手を任された1戦目は、5回2安打無失点。ストレートは何度も160キロを超え、昨年より明らかにパワーアップしていた。またシンカーも右バッターのアウトローに鋭く曲がり落ち、決め球として使えた。
開幕3連勝で迎えた4戦目に、偉業を達成した。
前半からシンカー、ツーシーム、カットボールを低目に、ストレートは高めと低目を使い分け、ナックルカーブで目先を変え、確実にアウトを重ねていく。後半にはチェンジアップも混ぜて的を絞らせることなく、9回を投げ切った。しかもスイスイと。
パーフェクトゲーム達成!!
「去年から取り組んだことは間違いではなかった」
橘壮太郎は、その後も活躍を続けて7月5日には、なんと開幕15連勝と、ダントツの勝ち星を上げた。
しかし壮太郎は、兄と同じでシンカーを投げることが疲れると感じていて、5月に入ってから、少しずつ減らして、代わりにシュートを投げ始めていた。シンカーはスピードがあり、急激に曲がるので、威力がある。それに比べてシュートは遅く横に曲がっていく。なので本当ならシンカーにすべきなのだが、なんか疲れる球種なのだ。
7月5日の試合もシンカーは投げていないのだ。
そして、7月11日の登板前。珍しく練習で、スプリットの調子が良い。シンカーを辞めた影響もあるのか、今までで一番しっくりきた。
試合では1回からストレート、チェンジアップ、スプリットのコンビネーションで、三振の山を築いていく。
ストレートは158キロ~163キロ、チェンジアップは120キロ~135キロ、スプリットは150キロ前後。
世界的にもチェンジアップとスプリットの両方が得意で、両方を決め球に使っているピッチャーはほとんどいない。しかし、この日の壮太郎はそれができていたのだ。同じような軌道で、ストレートは伸び、スプリットは高速のままストンと落ち、チェンジアップは、ゆっくりきてさらに落ちる。軌道が似ているため、バッターはタイミングがなかなか取れないし、タイミング取れても捉えにくい。
3回まで短い投球感覚から、ほぼ3球種で8奪三振と完全に無双状態。いわゆるゾーンに入っていた。
4回からは、155キロ前後のツーシームと140キロ前後のシュートを混ぜて、余計にバッターを混乱させる。特にシュートはストライクゾーンからボールゾーンに大きく曲げることで、バッターの集中力を削ぐ効果もあった。
5回に四球を出したが、6回終了時点で17奪三振と無双状態は変わらない。
7回からは、疲れからややボールの勢いが衰えたが、ノーヒットを続けていたため、続投した。コーチから降板の相談もあったが、きっぱりと断った。8回終わって、無安打19奪三振。兄の最高記録20奪三振まで後1つとなっている。
「そろそろ周の記録を1つ抜いておくか!」と気合を入れ直し、9回は初回のようにストレート、チェンジアップ、スプリットのコンビネーションを押した。
ストレートも再び160キロを超えた。
9回三者三振で、ノーヒットノーラン達成。
しかも22奪三振のメジャー新記録!!!
「いやー疲れた。メジャーに来て一番疲れた。でもやったぜ!」
4月のパーフェクトゲームも嬉しかったが、今日はさらに格別だ。
試合後には、兄の橘周から電話があり、
「壮!凄かったな。今日はのんびりした今ままでの雰囲気が無くて、迫力を
感じたよ。22三振かあ。やられたよ。でも26勝は抜かすなよ!」
「ありがとう。周のおかげだよ。でも27勝して見せるぜ!」
壮太郎は、このままシーズン終了まで勝ち続けた。チームの打力、守備力もアップしたことも奏功し、歴史的なシーズンとなった。
■シーズン成績
・28勝1敗
・防御率:1.20
・奪三振:357
・MVP&サイヤング賞
橘壮太郎は、兄の橘周に続いて、真の伝説のピッチャーになったのだった。
「周の400三振は遠かった!これだけは俺には無理だな」と、兄の凄さもあらためて実感することができ、充実したシーズンを終えた。




