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地上10センチから世界を征する 剛腕の左のアンダースロー  作者: 伊藤ライリー
アンダースロー卒業後の橘周
162/216

第162話:新天地 四国アイランドリーグが開幕

四国アイランドリーグが開幕した。愛媛マンダリンパイレーツに入団した橘周は、まず高知で、高知ファイティグドックスとの試合に臨んだ。


松山市から高知市までは、バスで移動。最後に高速バスに乗ったのは、23歳の1年だけ社会人だった時。前の日からこっそりワクワクしていたのだが、実際けっこう楽しかった。橘周は、特別に隣に人がいない席に座り、愛媛と高知の景色を眺めたり、若い選手と時々話したり。


開幕戦には、スーパースター橘周が出場するとあって、約1万5千人が駆け付けた。3番ライトで先発し、3打席まで出場した。


2打席目でなんとかレフト前ヒットを放ったが、何かしっくりきてなかった。


しかし、守備では5回の守備機会があり、2回はファインプレーを見せた。その1つは、ライト前へのライナーを果敢に飛び込んでのスライディングキャッチ。

外野手の前に落ちるライナー性のヒットの場合、観客からすれば「今のちょっと頑張れば取れたんじゃないの?」ということが多い。橘周はピッチャーの立場からも、可能な打球は突っ込んで捕球したかった。それに後ろにそらすと大チョンボになる打球を、素早い判断とスピードで捕球することが外野手の醍醐味だと思っていた。


次の日は、同じく高知で2番レフトで先発したが、2打数ノーヒットでベンチへ下がった。


それから中4日空いて、いよいよ松山の坊ちゃんスタジアム開幕戦。

なんと超満員の大盛況だ。皆が橘周を見たい見たいと集まった。


相手はソフトバンクホークスだ。橘周は、気合バリバリで3番ライトで先発出場。しかし、メジャーのピッチャーとだいぶ異なる、間をためてためて投げるフォームに苦戦した。4打数ノーヒット。坊ちゃんスタジアムには大きなため息が何度もこだました。


独立リーグで3試合9打数1安打。


まだ始まったばかりなのに、早くも世界中で悲観的な声が溢れた。

「今年40歳になるんだから、ついに衰えたんじゃないか」

「今まではピッチャーの合間のバッターということもあり、研究されてこなかったから打ててたのでは?」

「アメリカに戻って、俳優に専念した方がいいのかも」

等々。


橘周本人も少しだけ、気持ちがめげていた。


実は、経験を積み重ねた大ベテランだからこそ、失敗が許されないという強いプレッシャーがかかるものなのだ。


試合後にバッティング練習した後、有名な繁華街である三番町で懇親会が開かれた。

「今日は橘周を慰める会開いてくれてありがとう!」

「まだたった3試合ですよ。バット振れてると思いますよ」

「お、やっぱり慰めてくれた(笑)」

庶民的な居酒屋での懇親会で、打たなきゃ、打って当然と思っていたことに気づいた。「なんか明日は、肩の力が抜けていい感じに戻れる気がする」と本来のポジティブな考えに変わっていた。


そして、次の日の4試合目で、遅ればせながら爆発した。


1打席目は、ライト線2塁打を放ち、三塁への盗塁成功。

2打席目は、右中間へのスリーベース。満員の球場が大歓声に包まれた。

連続長打で「よし、これでやっていける」と自信になった。


3打席目には、真ん中低目のストレートをバックスクリーンへ叩き込んだ。

「なんか今までで一番嬉しい!」って心の中で叫んだ。ここでお役御免となり。ベンチに座ったところで、ものすごくホッとした。

「いかんいかん、まだ余韻に浸るほど活躍してないぞ(笑)」と自分を戒めるとことを忘れなかった。


メジャーの時は、ピッチャーで結果を残せばいいからとバッティングは楽な気分だったし、いきなりの活躍は誰も見込んで無かった。しかしメジャーからは、はっきり言ってかなり格下になる四国アイランドリーグなので、即結果を残して当たり前の雰囲気があった。


打率も前日の.111から一気に.333に上がりかっこがつくようになった。

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