第11話:全国放送で圧巻の投球と監督の言葉
1軍再昇格後のピンチをしのいで、チームの勝利に貢献した。そしてその2日後に登板。
1軍に再昇格して2戦目。テレビの実況放送。
「噂の橘周が、7回のリードの場面で出てきました。希少価値の左のアンダースローの中でも、史上初の剛腕の橘周投手です。詳しく無い方のために、あらためて経歴をお話します。
父親の仕事の関係でアメリカ産まれアメリカ育ちで今年24歳になります。現在183㎝、84㎏。小さい頃から野球を中心にトランポリン、空手、中学2年から日本に戻りまして、野球部所属。しかし3年生では成長痛等の影響もあって、あまり活躍できず、高校では野球を離れてダンスに没頭します。ストリートダンスの世界でもかなり活躍し、様々な大会で優勝もしたようです。元ダンサーのプロ野球は・・過去にいないのではないでしょうか?
大学2年の時に、足の速さの才能を活かすために「1年間だけでも陸上を本気でやってみないか?」と説得されて短距離、中距離や走り幅跳び等幅広く挑戦したところ、100mの記録は10秒38、200mは20秒65等全日本クラスの記録を残しました。100mよりむしろ、200m、400mの方がむしろ得意だったことでもスピードだけでなくスタミナにも自信があると言えますね。ベース一周も力をセーブしたのに13秒フラットだったとのことで、本気で走ればプロ野球史上最速という声もありまうす。
そして大学3年の冬におじいさんに『俺としては周がプロ野球で活躍するところを見たかった』とさみし気に言われたことで、そこから急遽プロ野球を目指すことにしました。実はそれまで父親の草野球チームに、父親との約束を守るために頻繁に参加し、100試合以上に出場したので、経験だけは積んでいたようですが、専門的な指導を受けていなかったので、頼み込んで大学の野球部の練習生として半年ほど参加させてもらったようです。
就職が決まった後、その会社の野球チームに入り、キャッチャーの人にアンダースローを勧められ、それがピタッとはまり、あれよあれよと言う間に、ドラフト1位でジャイアンツに指名されて、今に至ります。高校と大学で野球部に所属したのは大学の最後に練習生としてのみという異色中の異色の経歴です。
解説の宮崎さんから見てこの橘周いかがですか?」
「いやー、左のアンダースローというのが珍しいのですが、それよりも調子がいい時のストレートが凄いです。地面スレスレの低い位置からキャッチャーミットに向かって、垂れることなくズドーンとくるって今まで誰もいなかったわけですからね。見る度に惚れ惚れします。」
そして、この日は、全国放送する中で三者三振。しかも空振り三振オンリーだ。ストレートに伸びがある日は最早無敵だ。如何にプロでも下から上に伸びてくる軌道は、1打席で慣れるのは無理があるのだ。しかも高速で少し沈むツーシーム、大きく落ちるシンカーが混ざってくるからストレートばかりに気を取られるわけにはいかない。
その上忘れた頃に、チェンジアップ、カットボール、パワーカーブにスローカーブと球種が多く、打者が嫌がるピッチャーの代表格になりつつある。
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実は前回の登板後嬉しいことがあった。監督から、監督室に呼ばれた。
「周!。ナイスピッチング!これでまた1つ壁を越えたな」
「はい、私もそう思います」
「いやー俺はさ、周のピッチング見るのが好きなんだよ。最初に高めにホップしたの見た時、ゾクッとしたよ。ここだけの話、今日本で一番カッコいいピッチングフォームだと思ってるぞ」
「本当ですか?そう言っていただけると嬉しいです」
「でも調子に乗ったり、夜更かししたりはダメだぞ」
「はい、桑村コーチにも何度も言われましたし、大丈夫です」
プレッシャーのかかった試合を切り抜けた後に、監督からの嬉しい言葉は「これから寝る前に思い出すとぐっすり寝られる」と思えるほど、心が軽くなった。同時に桑村コーチに教わったこと、中でも疲れを次の日に残さないコツは忘れずに実行して、もう二度と二軍に行かないように活躍したいと誓った。
これで勝ちパターンのリリーバーの一員に昇格した。ここから飛躍できるか?




