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終末日和

作者: 雉白書屋

『どうも、内閣オチンチン大臣です。今申し上げましたように、オチンチンという言葉は総理という言葉と置き換えても、何ら遜色のない立派な言葉です。あるいは、総理という言葉がオチンチンなのかもしれません。賃上げには失敗し、下々の皆さんの生活は苦しいでしょうが、私の“チン”はこの通り上がっております。さて、本日は愚民の皆さんに一つお知らせがあります。あと二時間で地球は滅亡いたします。ついでに、なぜ私が全裸かといいますと、公用車内で乱交パーティーの最中だったもので、このような恰好のままテレビカメラの前に出てまいりました。さあ、私のはっちゃけ具合からもうお分かりでしょう。巨大隕石が衝突し、地球は確実に滅亡します。一週間ほど前にこの事実を宇宙局から知らされましたが、馬鹿な皆さんがパニックを起こすと思い、黙っていました。さあ、私の姿をネットで拡散するもよし、コラ画像や動画を作るもよし。存分に嘲笑してください。そうこうしている間に地球は滅びます。ネットで人を攻撃するのが好きな人には、ある意味、理想的な最期かもしれませんね。でも、何も残せません。インターネットも崩壊するのです』


 朝、おれは総理の緊急記者会見と銘打ったこの放送を見ながら、淹れたてのコーヒーをカーペットにこぼしていた。

 染み込み、指先に温もりが届いたころ、および総理が裸芸人の真似を始めたところで映像が切り替わり、アナウンサーが『視聴者の皆様にお見苦しい映像をお見せしてしまい、深くお詫び申し上げます』と頭を下げた。総理大臣に対して、それは失礼だと思ったが、あれは内閣オチンチン大臣だったとおれは思い直した。

 しかし、アナウンサーによると、総理の発表は事実らしい。つい先ほど情報が解禁されたようで、各局が世界中と中継をつなぎ、終末の状況を伝え始めた。

 スーツ姿の男が締まりのない笑みを浮かべ、終末時計の針を回し続け、さすがアメリカ大統領は冷静に会見しているかと思いきや、肘のあたりから上に向かって妙な糸が伸びていた。それに、まったく瞬きをしていなかった。もしかしたら、人形なのかもしれない。ロシアは核ミサイルを発射し、北朝鮮はミサイルを撃たなかった。中国では暴動が起きた。しかし、市民は鎮圧されず、みんな一緒になって暴れているらしい。


 おれはテレビを消して家を出た。空を見上げると、確かに隕石らしきものが見えた。今はまだ月よりも小さいが、すぐに大きくなるとアナウンサーが服を脱ぎながら言っていた。

 視線を下げると、犬の散歩をしている近所の老婦人と目が合い、軽く挨拶を交わした。報道をまだ知らないのだろうか、穏やかな顔をしている。


「滅びますねえ」


 知っていたようだ。おれは「そうですねえ」と返し、駅に向かった。他にも会社員と思わしき人々が駅に向かっており、電車はほぼ時間通りに駅のホームに到着し、いつも通りの混雑だった。乗客も皆、いつものようにスマートフォンをいじったり、うとうとしていた。

 会社に着いても、終末の話をする人はいなかった。誰もが締め切りや、ランチの話をしている。

 突然、課長が窓を開け、飛び降りた。パァンという音が響いたあと、同僚が言った。「あの人、残業しないもんな」

 まるで息を吹き返したかのように、オフィス中から笑い声が上がり、それはしばらく続いた。その間も、外からは先ほどの何かが破裂するような音が断続的に聞こえていた。

 そのうち、貝殻を耳に当てたときのような音が聞こえ始めた。耳をほじったが、同僚も聞こえているらしい。音は空からのようだった。飛行機かと思ったが、その音はずっと鳴り続けていた。

 おれはなぜか急にセックスがしたくなった。立ち上がってオフィス内を見渡したが、美人の同僚はおらず、二番目も三番目もいなかった。美形の男もいなかった。既婚者もいなかった。たぶん、みんな恋人や家族と過ごしているのだ。

 そのことに気づいたおれは静かに椅子に腰を下ろした。虚しさが込み上げてきたが、笑えてきた。


 ――どうせ、全部なくなるんだ。


 おれは笑った。声が擦り切れるまで笑ったあと、ズボンを脱ごうかと思ったがやめた。総理の真似をするのはつまらない。

 突然、スマホが震え出したので見ると、母からだった。おれは席を立ち、廊下で通話ボタンを押した。あの報道から今までずっとおれに電話をかけていたらしい。みんなが電話をかけるから、つながりにくくなっているようだ。

 おれは少しの間、母と話をした。おれが「まだ他にも誰かと電話したいのに、つながらない人がいるかもしれないから譲ってあげよう」と言うと、母は泣きながら「あなたは昔から優しい子だった」と言った。

 電話を終え、オフィスに戻ると人が減っていて、それが間違い探しのようで少し笑えた。

 おれは窓のほうへ歩いた。窓から地上を見下ろすと、潰れたハエのようなものがいくつもあった。

 空を見上げると、隕石がずいぶん大きくなっており、ゴオオオオという音も先ほどよりずっと大きく響いている。地上から、まるで手を伸ばして迎え入れるかのように、いくつか黒い煙が空に昇っていた。

 席に戻ると、同僚が「セックスしに行くけど、お前も来るか?」と言ってきた。おれが「行かない」と答えると、同僚は「そっか」とだけ呟き、服を脱ぎながら慌ただしく出て行った。

 気づけば、オフィスにいるのはおれ一人だけだった。おれは机の上に足を乗せ、体を伸ばした。

 どうにも手持ち無沙汰で、何かないかと考えていると、おれは今までタバコを吸ったことがないと、ふと思った。一度くらいは経験しておこうと思い、手当たり次第、机の中を探し始めたが、三つ目の机の引き出しを開けたところで疲れてやめた。

 また自分の席に戻り、今度は机の上に座ってみた。でも硬かったのですぐにやめた。床に寝転んで、蛍光灯を見上げた。ぼんやりと楽しい思い出を振り返りながら目を閉じたが、空の騒音が大きすぎて眠れそうになかった。

 やがて、外が赤くなり始めた。たぶん、隕石が燃えているせいだろう。


「……あ、今日は燃えるゴミの日だ」


 おれはふとそれを思い出し、笑った。

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