8 酒盛り
乾杯後、魔界産の赤ワインをひとくち。
「なにこれ、うまい!」
ハルカは目を丸くした。これは並みのワインではない。
繰り返しになるが、ハルカは大の酒好きである。安くても高くても、酒なら何でも好きな方の酒好きである。
とくに奢りで飲む酒は大好きだが、自分の金で飲むときは、コストパフォーマンスを重視するので、「飲み放題」か「宅飲み」と決めている。
ワインも同様で、オシャレなバーやレストランのグラスワインの1杯や2杯では到底満足できない。都会に住んでいたころは、会員制ワインバーの『飲み放題メンバー』となり、仲良くなった美人ソムリエールがすすめてくれるワインを、産地、シャトー、品種を問わず、月額5千円の週1ペースでガブガブ、ガブガブ。ドリンクバーのように飲んでいた。
そうしてワインの良し悪しについて、なんとな~く、わかるつもりになっていたハルカだったが、シルヴィーが持参した魔界産の赤ワインをひとくち飲んだ瞬間、その美味さに衝撃を覚える。
なんだこれは! うまいったら、ありゃしない。まさに別格。色、香り、後味、どこをとっても、ハルカ史上最高の味わいだった。極上ワインに、雄叫びをあげる。
「生きていて良かったああああ~~~」
そこからは、もう止まらない。
「どうぞ、全部飲んでください」
「ありがとう。では、遠慮なくっ!」
シルヴィーの言葉に甘えに甘え、ワインボトルを片手に手酌でグビグビ~
ハルカ的には味わいながらも、生ビールをジョッキで飲むようにグビグビ~
そんな飲み方をしていれば、瓶底はあっという間にみえてしまう。
「もう空っぽかあ~」
ボトルを逆さにして、どんなに一生懸命振っても、一滴たりとも落ちてこない。
ボトルではなく、できれば樽ごと欲しい――そう思わせるワインであった。
用意したツマミには、まだ手をつけていない。まだまだ飲み足りない。
「シルヴィー、付き合ってくれるよね。今度はわたしが、とっておきの酒をご馳走するよ」
本格的な酒盛りをはじめることにしたハルカは、ふたたび台所に向かい、先日、引っ越しを手伝ってくれた村役場の若手職員から「引っ越し祝いです」と贈られた、とっておきの純米酒を、暗所から取り出した。
銘柄は【妖界】、蔵元は「きっかい酒造」である。
お気に入りの江戸切子の徳利と御猪口。一升瓶を持って縁側に戻り、【妖界】をなみなみと注ぎいれた徳利をお隣さんに渡す。
「シルヴィー、冷酒にして」
「お安い御用です」
江戸切子の繊細な彫りに、形の良い唇が寄せられた。吸血鬼の冷たい吐息がかかる。
「これくらいで、いかがでしょうか?」
ハルカの手に戻された徳利はヒンヤ~リ、じつにいい具合だ。
「よし、シルヴィー。ここからが本当の『引っ越し祝い』だよ。呑もう、呑もう」
ホロ酔い気分で、ご機嫌なハルカ。
「呑みましょう。呑みましょう」
さらに上機嫌なシルヴィーが、御猪口もほどよく冷やしてくれた。
陽の傾いた縁側には――空っぽのワインボトルと一升瓶が転がっていた。
ハルカは御猪口を握ったまま、すぅー、すぅーと、シルヴィーの膝を枕に眠っている。その頬は、ピンク色。アルコールの分解が異常に早いシルヴィーは、いくら呑んでも酔うことはなかった。
酔いつぶれて気持ち良さそうに眠りこけるハルカの薄紅色の髪を、どさくさ紛れに撫でながら、
「カワイイ。カワイイ」
デレデレとした顔で、飽きることなく寝顔を堪能していたのだが、次の瞬間――異次元の速さで板の間からスーツの上着をとり、すっぽりとハルカを覆い隠した。
急激に冷めた視線を縁側の先にある垣根へと向け、念で怒気を飛ばす。
《 みるな、のぞくな、ちかづくな 》
同時にテレキネシス、いわゆる念動力をぶつけた。
垣根のそばで、古民家の様子を伺おうとしたコウモリが、「――ピキイィ!」と鳴いて、日暮れの空に弾き飛ばされていった。