7 古民家の縁側
古民家の縁側にて、正座をしてハルカを待つシルヴィーは、拷問のような両脚の痺れに耐えていた。
10分ほど前、ワインボトルをしっかりと抱えたハルカから、
「せっかくの『お近づきのしるし』だし、良かったら古民家でいっしょに飲まない?」
夢のようなお誘い受け、夢にまで見ていた敷居をまたいだ。感無量だった。
玄関からまっすぐ伸びた廊下の先には、襖や障子を開け放った間仕切りのない正方形の居間があり、南向きの窓からは自然光が射しこんでいた。
縁側から見えるのは、垣根に囲まれた小ぶりな庭。そこには、見ごろを終えた桜木があった。
「適当に座って、くつろいでいてね」
そう告げたハルカは、廊下を挟んだ居間の斜め向かいにある台所へと消えていく。
シルヴィーが陣取った場所は、ハルカの後ろ姿がいちばん良くみえる縁側だった。
視線の先、台所でグラスを用意する愛しい人は、
「ねえ、シルヴィーは酢の物とか平気? あっ、酢の物って、わかるかな。ピクルス的なヤツなんだけどー」
そんな風に声をかけてくる。
「はい、大丈夫です。僕はなんでも食べられます!」
「良かったあ。あ、チーズとかはもちろん平気だよね。エルフ族のマーサおばさんに貰ったチーズの詰め合わせがあったはず! あとは、これこれ、鯖の水煮缶~」
鼻歌まじりにツマミを用意するハルカと楽しく会話をしながら、シルヴィーの妄想は止まらなかった。
ああ、新婚さんみたいだ。
『お隣さん』から『新婚さん』になれる日を夢見ながら、胸がジーンとしてくる。しかしここで、正座をしている脚にもまた、激しくジーンがきた。
両脚の膝をそろえて畳み込む日の出国スタイルは、シルヴィーの幸せな妄想を掻き消す勢いで、下半身に痺れという耐え難い苦痛を与えてくる。
愛しいハルカを目の前にして、理性と節度を保ち、欲望を抑え込むには、これ以上ない座法であるが、ツラい、とってもツラい。
そこに「おまたせ~」と、逆さにしたワイングラスを片手にぶら下げ、ツマミを盛りつけた皿を盆にのせたハルカが、縁側にやってきた。
「あれ、シルヴィー、魔界育ちなのに、正座なんてよくできるね。脚イタイでしょう。無理しないで縁側に腰掛けて。わたしもそうするからさ」
家主の許しがでたことで、「御言葉に甘えて」と腰をあげようとしたシルヴィーは、激しい痺れに悶絶。「グッぬうううぅ」と情けない呻き声をあげたのち、顔から突っ伏した。
ゲラゲラと笑い転げるハルカに腕を支えられ、ヨタヨタと縁側に腰掛ける。
「ご迷惑を……」
「いいよ。婆ちゃんが足腰弱ってからは、いつもこうやって縁側まで連れてきてあげていたから。懐かしいな」
すっかり年寄り扱いされ、落ち込むシルヴィーだった。
ワインやグラス、ツマミを並べて、ハルカとシルヴィーは並んで座る。脚の痺れが治まったシルヴィーは、ワインボトルを手にとり、「少し冷やしましょうか」と指先から冷気を放ちはじめる。
「へえ、そんなことができるんだ。便利だね」
「凍らせることもできますので、氷が必要なときはいつでも声をかけてください」
「わあ、それはいいね。今年の夏も暑くなりそうだから、急にカキ氷が食べたくなったら、呼ぼうかな」
「ぜひ! 冷気も暖気も除湿もできますので、室内もお好みの温度、湿度に保てます。いつもでご利用ください」
ポカポカ陽気の午後。縁側には春の陽射しが燦燦とふりそそいでいる。
「春うららか。いいお天気ですねえ」
リクルートスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げたシルヴィーが、太陽の光を浴びている。
その姿をみたハルカは――吸血鬼なのに、太陽の光は大丈夫なのかな――そう思って、またひとつ懐かしい記憶を思い出した。
そういえば、ヴァン爺もへっちゃらだったな。
夏のギラギラした太陽の下、タツ子の畑仕事を毎日のように手伝っていた。
「タツ子さん、このナスは、そろそろ食べごろですよ」
「今日は、トマトを収穫するんだよ」
「わたし、トマトはちょっと苦手なのですが……」
「好き嫌いするんじゃないよ」
「はい……」
そんな具合だったから、孫のシルヴィーも太陽の光が平気なのだろう。もしかしたら、吸血鬼が夜行性だとか、太陽の光が天敵だというのは、ただの迷信なのかもしれないな。
ほど良く冷えたワインが、グラスに注がれた。
「善きお隣さんに」
「幸あらんことを」
ハルカとシルヴィーは、グラスを傾けた。