表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/38

7 古民家の縁側

 


 古民家の縁側にて、正座をしてハルカを待つシルヴィーは、拷問のような両脚の痺れに耐えていた。



 10分ほど前、ワインボトルをしっかりと抱えたハルカから、



「せっかくの『お近づきのしるし』だし、良かったら古民家(うち)でいっしょに飲まない?」



 夢のようなお誘い受け、夢にまで見ていた敷居をまたいだ。感無量だった。



 玄関からまっすぐ伸びた廊下の先には、襖や障子を開け放った間仕切りのない正方形の居間があり、南向きの窓からは自然光が射しこんでいた。



 縁側から見えるのは、垣根に囲まれた小ぶりな庭。そこには、見ごろを終えた桜木があった。



「適当に座って、くつろいでいてね」



 そう告げたハルカは、廊下を挟んだ居間の斜め向かいにある台所へと消えていく。



 シルヴィーが陣取った場所は、ハルカの後ろ姿がいちばん良くみえる縁側だった。



 視線の先、台所でグラスを用意する愛しい人は、



「ねえ、シルヴィーは酢の物とか平気? あっ、酢の物って、わかるかな。ピクルス的なヤツなんだけどー」



 そんな風に声をかけてくる。



「はい、大丈夫です。僕はなんでも食べられます!」



「良かったあ。あ、チーズとかはもちろん平気だよね。エルフ族のマーサおばさんに貰ったチーズの詰め合わせがあったはず! あとは、これこれ、鯖の水煮缶~」



 鼻歌まじりにツマミを用意するハルカと楽しく会話をしながら、シルヴィーの妄想は止まらなかった。



 ああ、新婚さんみたいだ。



『お隣さん』から『新婚さん』になれる日を夢見ながら、胸がジーンとしてくる。しかしここで、正座をしている脚にもまた、激しくジーンがきた。



 両脚の膝をそろえて畳み込む日の出国スタイルは、シルヴィーの幸せな妄想を掻き消す勢いで、下半身に痺れという耐え難い苦痛を与えてくる。



 愛しいハルカを目の前にして、理性と節度を保ち、欲望を抑え込むには、これ以上ない座法であるが、ツラい、とってもツラい。



 そこに「おまたせ~」と、逆さにしたワイングラスを片手にぶら下げ、ツマミを盛りつけた皿を盆にのせたハルカが、縁側にやってきた。



「あれ、シルヴィー、魔界育ちなのに、正座なんてよくできるね。脚イタイでしょう。無理しないで縁側に腰掛けて。わたしもそうするからさ」



 家主の許しがでたことで、「御言葉に甘えて」と腰をあげようとしたシルヴィーは、激しい痺れに悶絶。「グッぬうううぅ」と情けない呻き声をあげたのち、顔から突っ伏した。



 ゲラゲラと笑い転げるハルカに腕を支えられ、ヨタヨタと縁側に腰掛ける。



「ご迷惑を……」



「いいよ。婆ちゃんが足腰弱ってからは、いつもこうやって縁側まで連れてきてあげていたから。懐かしいな」



 すっかり年寄り扱いされ、落ち込むシルヴィーだった。



 ワインやグラス、ツマミを並べて、ハルカとシルヴィーは並んで座る。脚の痺れが治まったシルヴィーは、ワインボトルを手にとり、「少し冷やしましょうか」と指先から冷気を放ちはじめる。



「へえ、そんなことができるんだ。便利だね」



「凍らせることもできますので、氷が必要なときはいつでも声をかけてください」



「わあ、それはいいね。今年の夏も暑くなりそうだから、急にカキ氷が食べたくなったら、呼ぼうかな」



「ぜひ! 冷気も暖気も除湿もできますので、室内もお好みの温度、湿度に保てます。いつもでご利用ください」



 ポカポカ陽気の午後。縁側には春の陽射しが燦燦とふりそそいでいる。



「春うららか。いいお天気ですねえ」



 リクルートスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げたシルヴィーが、太陽の光を浴びている。



 その姿をみたハルカは――吸血鬼なのに、太陽の光は大丈夫なのかな――そう思って、またひとつ懐かしい記憶を思い出した。



 そういえば、ヴァン爺もへっちゃらだったな。



 夏のギラギラした太陽の下、タツ子の畑仕事を毎日のように手伝っていた。



「タツ子さん、このナスは、そろそろ食べごろですよ」



「今日は、トマトを収穫するんだよ」



「わたし、トマトはちょっと苦手なのですが……」



「好き嫌いするんじゃないよ」



「はい……」



 そんな具合だったから、孫のシルヴィーも太陽の光が平気なのだろう。もしかしたら、吸血鬼が夜行性だとか、太陽の光が天敵だというのは、ただの迷信なのかもしれないな。



 ほど良く冷えたワインが、グラスに注がれた。



()きお隣さんに」



「幸あらんことを」



 ハルカとシルヴィーは、グラスを傾けた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ