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5 ハイクラスな吸血鬼

 


 強打! 強打! 強打!



 この美貌からして異能の力も半端ないと思われるハイクラスの吸血鬼が、連続コンボでガンガンと顔面を地面に打ち付けるものだから、地割れが発生。地表が揺れ動き、危ないったらない。



 ワインボトルだけは絶対に落すまいと、まずはしっかり抱え直してからハルカは、



「ストップ、ストップ、ちょっと、落ち着きなって」



 立っていられずにシルヴィーの傍らにしゃがみ込み、その肩に手を置いた。



「お願い、やめて。怖いから」



 とたん、コンボがピタリと停止。今度は逆にフリーズしてしまった吸血鬼。



 ひとまず揺れがおさまり、おとなしくなったリクルートスーツの背中をトントンしてやりながら、ハルカは訊いた。



「もしかして、はじめましてじゃなくて、前に会ったことがあるのかな? でも、ゴメンね。わたし、ちょっと記憶になくて……」



 酒に目がないハルカは、美形(イケメン)にも目がないので、これほどハイクラスな美形(イケメン)に一度でもお目にかかっていれば、まず忘れるはずがない。よって記憶にないとすれば、会っていないというのが濃厚なのだが……



 トントン、トントン――と触りたい放題の美形(イケメン)の背中から「……ちがうんです」と、くぐもった声が聞こえた。



「一方的に……僕が、いつもこっそりと、ただひたすらに覗いていただけ……」



 ふたたびのストーカー発言に臆することなく、ハルカはつづけて訊いた。



「へえ、そんなんだ。いつから? 全然、気づかなかったけど」



「ハルカさんを見つけた日……きっかい村には雪が降っていました」



 そのときのことを思いだしているのか、シルヴィーの背中が震えはじめる。



「タツ子さんに会いにいく祖父のあとをつけた僕は、古民家から少し離れた木立に隠れ、息をひそめていました」 



「ふんふん、それで?」



「縁側の引き戸が開かれた瞬間、『雪がみたい!』と飛び出してきた幼女……それが、ハルカさんでした。そのとき浮遊していた僕は、脳天に雷が落ち、胸を抉えぐられるような衝撃をくらいました。浮遊魔法を維持できず、生まれてはじめて自然落下を経験。火照り過ぎた頬を冷やしてくれた雪の感触を……いまでも覚えています」



「ふんふん、それから?」



「ハルカさんを一目みて、恋におちた僕は、その日を境に四六時中、古民家をのぞくようになり……きっかい村にハルカさんがいないときは、追跡魔法を駆使して……」




 訊けば聞くほどヤバイ吸血鬼だ。結論からして、ストーカーかつ、ロリコンかつ、常習性の高い覗のぞき魔であり、更生の余地はない。しかし、限りなく美形(イケメン)



 シルヴィーのストーカー話に耳を傾けながら、ハルカも思い出していた。



 夏休みや、冬休み。社会人になってからは、盆暮れ正月。きっかい村に移り住んだタツ子に会いたくて、毎年のように村を訪れていたハルカは――そこで、ハッと気づく。



「ねえ、婆ちゃんに会いに来ていたシルヴィーのお爺ちゃんって、ヴァン爺のこと?」



「はい、そうです。タツ子さんの茶飲み友だちだったヴァンキュリアは、僕の祖父です」



「やっぱり!」



 金髪金瞳といい、美しすぎる容姿の造形といい、たしかに血のつながりを感じる。もっといえば、このストーカー気質といい、重たい系といい、じつによく似ているではないか。



 ヴァンキュリア――という名前だった吸血鬼もまた、怖いぐらいに美しい(じい)様だったが、タツ子に何度も告白しては即フラれを繰り返し、



「しかし、アンタもしつこいねえ」



 すっかり、呆れられていた。



 フラれてシクシク泣くヴァン爺を、ハルカが慰めたこともあった。



「そのうち、ヴァン爺にもチャンスがくるよ。年寄りは気が変わりやすいから」



「そうかなあ、そうかなあ……ううっ、がんばるよぅ……」



 あのときも、背中をトントンしてやったな。懐かしい記憶だ。なるほど、あのヴァン爺のお孫さんかあ。わかる、わかる。



 妙に納得したハルカは、「ほらほら、もういいから顔をあげなよ」と、土で汚れたシルヴィーの顔を、首に巻いていた汗拭きタオルでゴシゴシしてやる。



 さすが、魔王と互角の強さを持つというヴァン爺の孫。地割れするほど激しく打ち付けていたというのに、美麗な御尊顔には、かすり傷ひとつナシ。



 心配御無用とばかりに、スーハー、スーハーと大きく息を吸い込み、



「ふぁぁ、ハルカさんの芳しい香りが……」



 ヤバさ加減を加速させている。



 しかし急にシュンとなって目を伏せると、恐るおそるといった感じで訊いてきた。



「あの、僕……怖いですか。地面を揺らしてしまったり、空を飛んだり……」



 怖いのは、そっちじゃない。苦笑いを浮かべたハルカに、何かを察した吸血鬼は、



「お願いします。好きになって欲しいなどという分不相応なことはいいません。ですから、どうか嫌いにならないでください。いきなり告白してきて、気持ちの悪いヤツだと思わないでください。頭のおかしい狂った吸血鬼だと怖がらないでください」



 そう、どちらかというと「そっち」だ。



 ストーカーだったり、覗き魔だったり、匂いをかいだり……人間的には、そっちの怖さなんだよね。



 しかしそこらへん、ハルカは柔軟だった。



「大丈夫。嫌いになんてならないよ。ほら、元気だして!」



 背中を――トントン。







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