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4 ゴシック城

 


 きっかい村での暮らしがスタートして、ちょうど1週間目の朝。



 古民家の2階にある寝室で目覚めたハルカが、朝陽を浴びようとカーテンをあけたときだった。それは突然、東側の区画に建っていた。



 昨日まで、正確には昨夜まで。この「あやし区」には、南側に建つ古民家しかなかったはずなのに――ハルカは大いに驚いた。



「ええええええっ! どんな突貫工事?! まさかの一夜城!!」



 東側には整地前の雑木林があったはずなのに、それも綺麗さっぱりなくなり、美しい幾何学模様の庭が境界線がわりにグルリと、四つの尖塔を持つ城を取り囲んでいる。



 ハルカには、緑の魔法陣のなかに荘厳なゴシック様式のお城がそびえているようにみえた。



 こんなお城が一夜にして建てられるとは……



 あの居城がハリボテでない限り、ハルカが知るいかなる建築技術をもってしても、到底ありえない工事期間である。しかし、ここは――きっかい村。



 異種族たちの並外れたパワーとスピード、摩訶不思議な異能の力をもってすれば、ハリボテではない一夜城とて可能なのかもしれない。



 すっかり目が醒めたハルカは、クラシカルな雰囲気たっぷりのゴシック城を眺めながら窓枠に頬杖をついた。



 突貫工事も気になるが、それよりなにより気になるのは――



「お隣さんは、いったいダレかな?」



 ゴシック系のお城が好みなら、魔界出身かもしれない。



「仲良くなれるといいけど」



 気になるお隣さんが、手土産のワインを持参して引っ越しの挨拶にやってきたのは、その翌日だった。



 天気の良い昼下がり。



 庭先の花に水を撒こうとブリキのジョウロを片手に玄関を出たら、その人外はいた。



 金髪おしゃれミディアム。きめの細かい色白の肌に金の瞳(ゴールデンアイ)の持ち主は、均整のとれた長身に濃紺のスーツを着こなしていた。リクルートスーツに見えないのは、この圧倒的な存在感と隠し切れない気品のせいだろうか。



 ハルカと目が合った人外は、金の瞳(ゴールデンアイ)をクワッと開眼したのち、ゴクリと喉を鳴らすと、ものすごい速さで直角に一礼。



「はじめまして。青山さん()の隣に引っ越して参りました。シルヴァン・ハインリッヒ・ドラクルと申します! どうぞ、よろしくお願いします!」



 なかなか礼儀正しい青年だ。そして、とんでもない美形。まさしく人外レベルとでもいおうか。



 魔族はその多くが人型で、容姿端麗な者がほとんど。さらにいえば、美しさは強さに比例するため、強ければ強いほど美しく、より上位階級となる。



 おそらく、目の前にいる青年は魔族なのだろうけど、ちょっとやちょっとではお目にかかれないハイクラス。上位中の上位であることは疑いようがない。



 写実的な宗教画を見ているような、世にも美しいこの青年をじっくり観察しながら、ハルカは思った。全身真っ白に塗ったら、それは見事な石膏の彫像が出来そうだ。最高傑作まちがいなし。



 どんなポーズがいいかな。もちろん全裸で、ちょっと大胆な感じに――見たければ見ればいい、って具合に腰を挑発的に突き出してもいいかも。前に、こう、グイッと!



 エセ芸術家気取りに、そんなイヤラシイ目で見られているとは露知らずのお隣さんは、緊張気味に自己紹介をつづけた。



「種族は吸血鬼です。純血種なので頑丈なのが取柄です。空も飛べます。変身もできます。あと、念力操作とかテレポート的なことも。ほかにも色々できます。手先も器用なので、何かとお役立てる便利なお隣さんです!」



 就職活動中の大学生よりも、強めの自己アピールでしめくくると、



「どうか、シルヴィーと呼んでください!」



 また直角に上半身を折り曲げて「お近づきのしるしに」とワインボトルを差し出してきた。



 酒に目がないハルカはジョウロを放り投げ、差し出されたボトルを両手でガッチリと掴んだ。年代物のいかにも高級そうなワインに、自然と顔がほころぶ。



「ご丁寧にありがとうございます。青山ハルカです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」



 いいもの貰っちゃったなあ。



 上機嫌のハルカを見て、緊張気味だった青年の口元にも、ようやく笑みが浮かんだ。



「あの、お許しいただけるなら、ハルカさんとお呼びしてもかまいませんか?」



「もちろん、堅苦しいのはナシにしよう。わたしも、シルヴィーって呼ぶね」



 了承したハルカが、「シルヴィー」と呼んだ瞬間だった。



「あ、ありがとうござます! うれしいですっ!」



 煌めく金の瞳(ゴールデンアイ)が潤みはじめ、微風も吹いていないのに、シルヴィーの金髪がファサアアァァと舞い上がる。



「この日を、どんなに待ち焦がれたことか……あの日からずっと、ずっと……」



 喜びを噛み締めるように言葉を震わせた吸血鬼は、



「初恋です!」



堪えきれずといった感じで、唐突に叫んだ。



「好きです! 初恋です! 好きすぎてどうしようもなくて、365日ほぼ24時間体制で覗き見中だった僕は、きっかい村役場のデータベースに侵入し、ハルカさんが引っ越してきたのを知った日から数日間! 右往左往、また右往左往と、魔界を周回すること4周半! ついに辛抱たまらず、追いかけてまいりました! 初恋です!」



勢いそのままに「初恋です」を3回くり返し、完全ストーカーの重めな告白をかましたあと。



「あああああああっ! バカ正直になんてことを口走ってしまったんだああああぁぁぁっ!!」



 即、我に返って絶叫しながら(うずくま)り、



「バカ馬鹿バカ馬鹿っ! この大馬鹿モノめええええ!」



 黄金律に配された美麗な顔面を、これでもかと強く激しく、地面に連打しはじめた。





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