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ファンタジーな村に引っ越したら、「初恋です」と吸血鬼の王がやってきた  作者: 藤原ライカ


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36 夏まつり(4)

 


 夏まつり2日目がスタートした。



 昨夜のうちに、北側にある竹やぶはさらに整地され、イベント会場は芝生を拡大。それによりアミューズメント仕様の休憩所はスペースを大幅に広げ、とくに『幻獣茶屋』は大改装された。



 当初は厨房のみ改装予定だったが、「なんなら」という羅漢刹のひとことで、各支店から呼び寄せられた小鬼大工衆によって、茶屋の上には矢倉が組まれ、御座敷仕様の2階、3階席が設けられた。



 厨房の通路は広げられ、天井に梁を追加してマタサク希望のキャットウォークも完備された。これで厨房担当と配膳担当が、ぶつかり合う心配もなくなった。



『体験型アドベンチャー』の方も、村民、キャスト総出でエリアを拡大、モニターを増設して、大挙として押しよせるであろう勇者パーティと妖都潜入組に備える。 



 来場者駐車場の一角には、シルヴィーによって描かれた ㋑、㋺、㋩、㊁  の魔法陣が4つ用意され、現在、その魔法陣の前に立っているのは――



 〖ようこそ、きっかい村へ〗と書かれたパステルカラーのボードを首からぶら下げ、大量の風船を持たされている黒兎の着ぐるみ。その正体は、何を隠そう魔王ベゼルデウス。



 じつは本日の朝6時、魔王城に迎えに行ったシルヴィーに、襟首を引きずられるようにして登場したのは、全身を漆黒のローブで覆い隠し、漆黒のマスクをした魔王様。



 全身黒づくめで、魔王らしいといえばそうなのだが、一言も話さず、銅像のように立っている異様さを、シルヴィーはこう説明した。



「昨今、魔界で色々ありまして、ここ200年ほど引きこもり中なんです。元々のコミュニケーション下手がさらに悪化してしまい、ただいま重度のコミュ障なんです」



 全身から負のオーラをまき散らす魔王が魔法陣の前に立つと、駐車場もまた暗雲がたちこめたように暗く重苦しい雰囲気が漂い、『夏まつり』の楽しい雰囲気がけっこう台無しだった。



 そこでアカネが、「念のため持ってきて良かったわ」とウサギの着ぐるみの頭部を、漆黒マスクの上からかぶせた。もちろん胴体も。魔王は暑さ、寒さを感じない体質なので、炎天下の駐車場に立たせていても問題はない。



 ただ、ドス暗いオーラのせいか、白兎の着ぐるみは真っ黒兎になってしまった。なんだか暑苦しいということで、長い耳に爽やかなブルーの花飾りをつけ、パステルカラーのボードを首から下げてやり、色とりどりの風船を持たせてみると、意外と可愛らしい感じになった。



 シャトルバスを転移させる魔力を放出するたびに、ウサギの目が光るのもなかなか良く、バスから降りてきた子供たちは、黒兎のまわりに集まって風船をせがんだ。



「はい、どうぞ。楽しんでくださいね」



 シルヴィーが風船を渡してあげるのを見て、黒兎もしだいにそれを真似るようになり、「ウサギさん、ウサギさん」と無邪気な子供たちの相手をする様子は微笑ましかった。



 そうして開幕した2日目。



 シャボン玉が空高く舞い上がり、飛竜が歓迎の花吹雪をふらせるイベント広場は、ハルカがむかし「こんな国があったらいいな」と、絵本を見ながら思い描いていた夢の世界そのものだった。



 青空の下にある七色の砂浜と虹色のウォータースライダー。天馬が自由に空を駆け回るメリーゴーランドの下では、銀色の蜘蛛糸が張り巡らされたトランポリンが太陽の光でキラキラと輝いている。



 イタズラ好きな妖がいるお化け屋敷に、妖精の棲む森。芝生の上で鬼ごっこをする人族の子どもと座敷童。



 いつか読んだ童話のなかに迷い込んだような、御伽噺の紙芝居に飛び込んだような、不思議の扉が開いた先にあるファンタジーワールドが、目の前でリアルに広がっていた。



「いらっしゃいませ~」



「ようこそ~」



 本日も『エルフの森』は売上好調で、コンセプト系飲食サービスも大人気だ。



 『ロイヤル・アフタヌーンティー・ガーデン』に勢ぞろいしたゾロ目殿下たちは、期待以上の活躍をみせてレディたちの目からハートを飛び散らせている。



 かたや赤髪のウォーレンが率いる吸血貴公子たちは、官能方面に極振りして、はだけた胸元を触らせ、魅惑の腹筋を見せつけてやり、艶やかで刺激的な【R15指定 ガーテンパーティー】に招待されたレディたちを次々と悩殺した。



 開店と同時に満員御礼の『幻獣茶屋』は、店舗を大幅に拡充したことでメニューの提供がスムーズになり、客の回転率があがった。待ち時間を30分以内に抑えている。



 満月ディスプレイで状況を報せてきたアカネによると、『体験型アドベンチャー』の方も、昨日に引きつづき大盛況で、常設を望む声が盛んに上がっているという。



『 黒羽くん人気絶大なり グッズ販売求める声高し 商品化要検討 』



 そのメッセージを受取ったとき、商品化を誰よりも望んでいるのはアカネだろうと、ハルカは察した。



 大忙しの1日はあっという間に過ぎていき、来場記念品をすべての来場客に渡して、最終の無料シャトルバスを見送ったときには、夜空に三日月が浮かんでいた。



「おつかれさま」



 黒兎の背中をポンポンと叩いて、ハルカは労をねぎらう。



「いまから打ち上げするよ。魔王様も来てよ。約束だからね」



「…………」



 無言の兎頭が、コクリと揺れた。





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